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2話 A-1 真望柴 涼

王道系の子です。

 俺は急いでいた。早く帰らなければ。その焦りのせいか少々狩りの時に傷を負ったが気にしてられない。今日生まれる我が子にご馳走を届けなければならないのだ。妻には赤ちゃんが食べられるわけないと言われてしまったが、違うのだ気持ちの問題だ。

 村に到着する。友が慌てたように呼んでくる。うるさい邪魔だ分かっている。息を切らしながら我が家に帰ってきた。

 妻が手に抱くものを見たとき泣いた。言いたいことが沢山あった。考えていた。もう周りからすれば無様だったであろう。族長の威厳などその時はなかった。

 泣き叫びながら妻に有難うと言った。もちろん俺の子であるリョウにもだ。


 するとリョウは笑った。まるで理解しているようだった。この子は大物になる。そう直感した。周りには親ばかといじられ続けたのだが。







 M組6番 真望柴涼 男 16歳


 誕生日4月4日 牡羊座 A型


 成績は上位をキープする。授業態度問題なし。疑問はちゃんと口にし解決する。夢は医者になること。


 担任の平均評価「とても真面目で良い子です」

 友人の平均評価「真面目で優しい」

 両親の平均評価「頭も良くて優しい良い子です」





 僕の評価は概ねそんなものだ。僕は変人になることを嫌った。社会的な模範となることを進んで行い、命の価値を知り大切にするのだ。


 だけど、社会について、命について、世界について、学べば学ぶほど分からなくなった。するとどうだろう。僕は無機質になった。平等で平均。

 最近親しくなった彼女は大げさに笑いながら言うのだ、


 ――それは変だと。












 ラシューニュー大陸南部に位置するこの村の名はセリノン。狩猟民族が住まう場所だ。9凶星の噂など届かないほど人里離れたこの村では今日成人の儀が行われていた。

 彼らが成人へ至る道は非常にシンプルだ。この時期にこの地へやってくるグレイゾンの群れ、そのうちの一頭を狩りその角を持ち帰ることである。年齢は関係なく誰でも参加できる。もちろん命の保証はしないが。


「チッ……クソ!」


 木々が生い茂る中でファラは逃げていた。罠が壊されてしまったのだ。通常の大きさのグレイゾンならば問題なかったはずなのだが予想を大きく上回る巨体が引っかかったことでそのまま破壊されてしまった。

 彼女もまた儀式に参加している一人だ。今年で15になる。同年代の者達はほとんど去年までに成人しているため今年は何としても成功させたかった。いつも運が悪かったのだ。前年は病にかかり、その前は危険度がグレイゾンよりも上の種の乱入を受けた。


 弓を射る。しかしグレイゾンの硬い外殻に阻まれはじかれる。グレイゾンは鎧をまとったサイのようなものである。運動の邪魔にならないように鉄並の外殻に覆われ、その速度は平原ならば80キロを超える。そしてその性格は凶暴の一言で自らの角に獲物を串刺しにすることを楽しんでいるフシもあるそうだ。肉食であり、ここら一体の草食動物は毎度食らい尽くされるのである。


「くっ!?」


 なんとかその突進をファラは躱すが体を木に打ち付けてしまった。まずい。そう思った時にはグレイゾンは方向を変え迫ってきていた。


 するとグレイゾンの目の前に革袋が落ちてきた。それと同時に火を纏った矢がそれを射抜く。


 爆発した。ファラは身をかがめる。グレイゾンは視力を失ったようで、暴れまわっている。そこに矢が降ってくる。その矢は外殻を貫通し急所を貫いた。


 巨体が倒れ音が響く。やがて仕留めた者も姿を現した。マントを羽織り口元も布で覆い白い髪を切りそろえていてお河童だ。


「大丈夫ですか? 一応消臭剤まいときますけどあと5分もすれば匂いで他のグレイゾンも来ると思うので早く角とったほうがいいですよ」


 そう言って彼は粉をまき始める。彼の腰には5本の角がぶら下がっている。


「おいリョウ!! んな人助けしてる余裕なんかあんのかよ! アタシはもう4本とったぜ!」


 木の上からそんな声が聞こえる。


「じゃあこのまま帰ろうか。僕もう5本だし」


「なにい!? ふざけんな! まだ矢数に余裕はあんだ待ってろ!!」

 そう言ってもう一人は木の上から飛び降りていった。


「あらら。ではお気を付けて」



 彼もまた消えていった。

 手を思いきり地面に叩きつける。彼女も未熟だが誇りは持っている。こんなのおこぼれをもらったようではないか。彼の優秀さは知っている。族長の息子でその髪色にその血は現れている。

 だが悔しかった。今年でたった10歳の子に恵んでもらうなど。










「どうだあ? 8本だぜ?」

 そう自慢げに彼女、フィンロウは角を見せている。年はリョウより2つ上だ。お互いに同い年の子がいなかったため自然と一緒にいるようになった。彼女はリョウに対してよくお姉さんぶる。もう慣れたものである。


「6本。僕の負けだね。約束通り言うこと聞くよ。それで? 湖で妖精でも捕まえるの? それとも迷いの洞窟で肝試し?」


 この成人の儀を達成するのは二人にとって造作もないことだった。一頭狩ったあたりからどちらが多く狩るか勝負していたのである。よくこういう勝負をするのだが戦績は拮抗している。罰ゲームを負けた方にやらせるのが普通なのだが、フィンロウの言うものはなかなか無茶なものが多いのだ。


「あっ、あー……。えーっと、ま、まああとでいいや!」


「? そう?」


 いつものなら嬉々として言ってくるのだが今日は疲れているようだ。報告のため族長の屋敷の前に行くことにした。すると人だかりが出来ていて、今村に残っている人全員がいるようだ。

 族長であるリョウの父フェルゼがやってきた。


「おお。おかえりリョウ。どうだった……ってなんじゃその量。まあ余裕だったか」


「おじさん!! アタシは8本だぜ!」


「おー! やるなあフィンも。これからお祝いあるからそれまで休んどけ」


「うん分かった」


 少し暇があるようだ。これからどうしようかリョウが迷っているとフィンロウが視線を向けてくる。


「なんか僕の顔についてる?」


「なんかさあ、いつも思ってたけどお前おやじと仲悪いの?」


「いや別に。フィンのとこみたいに喧嘩ばっかしてないし」


「ばっ! うるせぇ、アタシのとこはいいんだよ! こうなんつーか壁を感じるんだよなあ。腹割って話したほうがいいんじゃねえか」


「うーん。まあそうかもね。そうしてみるよありがとう」


「……淡白な奴だな」


 そうフィンロウが感じるのも無理はない。リョウにとっての父親は彼ではない。一時的に預けられた親戚の家のおじさん、程度の認識だ。怒られたこともあるが、それはこの世界の常識が足りていなかっただけの話だ。確かに10歳児としてはおかしなことも多いが、自分が10歳の時の行動を覚えているはずもなく、ここでは20歳で家庭を持っていて当然で、中年扱いなのでたいして不思議に思われることもなかった。


 不意に人の声が騒がしくなる。また一人儀式を終えたようだ。先ほど助けた女の人のようで、その手に持つ角の大きさに皆驚いているようだ。次々に彼女を褒め、その度に彼女は苦笑いを浮かべている。

 リョウと彼女の目があった。すると目を見開いたあと彼女は下を向き何か決心したように口を開いた。


 その時誰かの叫び声が聞こえてきた。


「おい!! 助けてくれ!! リャンジが!!」


 成人の儀に参加していたものの一人だ。左手を折ってしまっていて体もぼろぼろだ。ペアを組み狩りを行っていたらしいがグレイゾンに囲まれてしまい、脱出のためパートナーが囮になっているようだ。


「リャンジの兄貴が!? っておい! 待てリョウ!!」


 狩りを担当している者たちは狩場が遠く、村にいる者たちも準備をするまでに時間がかかる。リョウの決断は早かった。


 グレイゾンの死骸からはゴキブリのように同種を引き寄せるフェロモンが発せられる。その為美味ではあるがその肉を村に持ってくることは禁じられている。先程の者たちはそれを破りその肉でお祝いしようと考えていたのであった。消臭剤を使わずにその肉を持っていたため奴らに囲まれたのである。

 奴らの執念は凄まじいものがある。一度狙った獲物は何日かけても仕留めるし、仲間を殺したものへの復讐は狩りではなく殺戮だ。

 リョウは目の前の死体を見てそう身を以て感じたのだった。ここに来るまで5頭は撃退した。それら全ての角に血がついていたのである。奴らは突き刺し引き摺り裂いたのだろう。リャンジとは遊んだこともあるし、頼りないがいい兄貴分だった。


「な、なんだよこれ。せめて食ってやれよ……!! あんまりじゃんかあ!!」


 隣でフィンロウが泣き崩れた。ここでの死因は獣に食われるものがほとんどだ。死体が残ることのほうが少ない。

 リョウは何を思ったのか火と反応して爆発するこの世界の火薬とも言えるゴリューナを撒き始め、矢に火の力を込める。それを放つと地面に穴があいた。


「彼を埋葬しようかフィン」


「メイ……ソウ?」


「うん」



 フェルゼがたどり着いた時にはリョウとフィンロウは盛り上がった地面に対し何やら祈っていた。


「ごめん父さん。間に合わなかったよ」


「そうか。残念だ。何をしているんだ?」


「リャンジを土に還したんだ。あまりにも酷くてさ」


 フェルゼは息子のその行動に驚いた。良くも悪くもリョウは狩人だった。命を平等に見ていると思った。なぜなら自分の祖母か死んだ時と初めて獲物を仕留めた時も同じ顔をしたからだ。

 しかしすぐに理解した。これはフィンロウのためだと。死生観がまだリョウに比べ彼女はまだ発達していない。狩りもゲームのようなものだ。そんな中兄のように慕っていた者の死だ。受けるショックは計り知れない。だがこの行為によりリャンジの死を受け入れ、命を奪うことへの考えも得ることができる。


 息子の顔はいつもの顔であった。



 ファラもまたこの場にいた。自分もこうなっていたかもしれない。成人すれば結婚して狩りに行く必要がなくなる。ある意味そのために頑張ってきた彼女。先程は正直に獲物を自分で仕留めたわけではないと言おうとしていたがその気は失せた。

 リョウと再び目が合う。ただ純粋にその目が恐ろしかった。それもそのはずだ。


 彼は常に平等だ。獲物に向ける目も、親しい人に向ける目も同じなのだ。そう。狩る気になればこの村人すべてを手にかけることができる。そしてその死体になんの感情も向けずにただ祈るのだろう。





「……父さん」


「ああ。矢はあるか?」


「問題ないよ」


そんな会話のあとにリョウは木を駆け上っていった。その後、徐々に他の者達も警戒態勢に入る。ファラも理解した。


 ――何か途轍もなく大きい存在が来る。




 森の雰囲気が変わる。あたりを静寂が包む。すぐさま二人組になり、新成人組は族長のもとへ集まった。


「おじさん」


「待てフィン。リョウは偵察に行っただけだ。あいつの方が森の中では俺より動ける」


 これは事実だ。立ち上がった時から訓練をフェルゼ直々に仕込まれていたリョウは察知能力、適応力にとても優れていた。本人としてはフェルゼの訓練はもう御免らしいが。

 数分後、リョウが降りてくる。


「とてつもなくでかくて、凶暴だった。黒い鎧に羽をはやしたピュノーみたいなやつだった。もうすぐ森に入る。多分グレイゾンの匂いを追ってると思う」


 ピュノーとはキリンまたはブラキオサウルスのような首の長い四足動物である。この世界の言葉で説明するためにリョウは言葉を選んだのだが、伝えるならば「15mくらいの黒いドラゴン」である。


「どっちから来た」


「おそらく西」


「……ヴォルクウラだ。2グループは村へ戻れ!! 避難させろ!! お前ら弦を縛り付けろ!!!」


 指示に従い戻る4人と弦を手に紐で縛り付ける者たち。弦を手に結ぶ行為はこの民族にとって玉砕覚悟の意味を指す。つまりヴォルクウラと言う種はドラゴン的な認識だろうかとリョウはのんびりと考えていた。

 ぎゅっと、マントを摘まれた。振り向くと不安そうな顔をしたフィンロウがいた。いつも強気な少女ではあるがまだ12歳だ。当たり前の反応だ。親しいものの狩られた姿を先ほど見たばかりなのだから。

 頭を優しくなでる。よく妹にもこうしてあげたのをリョウは思い出した。見事にその妹はグレたが。


「すまねえなお前ら。成人したばっかでよ。だがこんな状況これから嫌というほど来るんだ。まだ仲間がいる時でよかったな。生き残れよ!」


「その新人に手柄を横取りされないようにね大先輩」


「くははははっ! 言ってくれるなリョウ!!」


 その時咆哮が聞こえてくる。まだ距離はあるはずだ。どんな声量をしているのか。


「さっき撃退したグレイゾンの大体の位置はマークしてたからわかる。僕がグレイゾンの匂いであの黒いのを誘導できると思う」


「なっ!? 何言ってんだよリョウ!!」


 フィンロウがリョウに掴みかかる。しかし、フェルゼの指示で大人二人掛りで引き剥がされる。


「誰か連れてくか?」


「ごめんいらない。邪魔になる」


「よし。行け。赤の3番に誘導しろ」


 再びリョウはかけていった。フィンロウが泣いて叫んでいるのが見えたが無視した。






 






 ただ良い子になろうと僕は考えていた。こうした方が良いと教わったものはなんでもやった。ルールを守った。横断歩道を右手を挙げて渡り、慌てていても赤信号では止まり、持ってきてはいけないものは絶対学校に持ってこなかった。でもルールを読めば穴は絶対見えてきたし、発案者がどんな考えだったのかも理解してしまった。

 それでも僕は良い子であろうとした。それが僕の普遍の基準だったからだ。変な人だと言われたくなかった。可笑しい子だと思われたくなかった。

 

 鳥に食べられている虫を見たときも、轢かれた猫の死骸を見たときも、おばあちゃんの葬式に行った時も、生きている人々と触れ合っても、

 

 ――それらの違いが僕にはわからなかった。生死の違いが分からなかった。



 やがてそれはダメだと思ったのだ。命は平等といえば聞こえはいいけれど、人間とそこらの害虫を等しく扱ってもいいのだろうか? 自分の家族と名も知らぬ死刑囚を等しく考えてもいいのだろうか? おかしい。

 そう学んだ。自分の考えと矛盾したものだと分かっていたのに。


 そんな時、とある医療ドラマを見た。命を救った医者が患者と笑い合う。何がそんなに楽しいのかは本当は理解はできなかったけど。生命を救う。『命の価値』がわかるかもしれないと思った。

 でも、その勉強をすればするほどヒトがただの肉塊に見えてきた。どこに命があるのかわからなかった。

 あの高校に通うことになったのはそんな時だ。驚いた。いきなりデス・ゲームをやれなんて言い出すもんだからね。ルールに従う僕は説明が終わったあとに隣の子を殺した。逃げる子も殺した。

 まあ僕からしたらただ動かなくなっただけだ。悪魔だの殺人鬼だの罵倒されたけど鼻で笑ってやった。僕は決まりごとを守っている良い子だから。


 そして僕はあのクラスに入った。そこにいた初対面のフワッとした雰囲気のお嬢様のような女は開口一番こう言ったんだ。


『あなた変な人ね。くふふふふっ! あはははははははっはははは!! ごっごめん無理だわ我慢できないわ。だってそうでしょ!? なによそれ、良い子ちゃんの化身なの?! そもそも……』


 あのクラスの連中は僕よりも捻くれたやつしかいない。素直にそう言えるよ。





 



 『貫け』


 詠唱を付与された弓はあっけなくグレイゾンを打ち抜く。リョウの一族は弓矢でほぼなんでもこなす。生まれた時からこの技術の存在は知っていたが普通に自分も出来た時は驚いたものだ。

 いわゆる詠唱魔法というやつだ。ここの言語でハーセト(信言)と呼ばれるもので、自身がイメージできるものならば言葉を発するだけでそれが現象として起こる。

 まず子供たちは火が燃えるところと消えるところを見せられ記憶し、木棒を持たされ一斉に唱える。できるものはその時点で使えるようになり、それ以外の子も経験でできるようになるらしい。

 ここの民族は視覚、聴覚、嗅覚、味覚、触覚に加え霊覚、魔覚という感覚を持つ。簡単に言えば霊覚は見えないものを感じる霊感に近い。魔覚は自身の中にある魔力を感じるものだ。肉体的、精神的な疲労に加え魔力的な消耗も存在する。

 体力、精神力のように魔力も鍛えることが可能だ。体力精神力魔力の三力でここの人間は動いているらしい。


 ハーセトも自身の魔力を消費する技術だ。矢に火を纏わせる程度なら全力の3分の一のパンチを繰り出したような感じだ。もちろんこれは3歳から鍛えられたリョウの感覚である。



「ふう。さて行きますか」


 仕留めたグレイゾンの最も美味で匂いの最も強い肝を食す。フェルゼと共に狩った時くらいしか食べられないので少し得をした気分だ。あのドラゴンの感覚も近い。

 適度に拓けた場所で弓を構える。全力で引き絞り止める。傷を負わせ挑発するだけで良い。だが撃退できるならば撃退したい。こちらの戦力は族長や歴戦の者たちがいるとは言え少なく、新成人達も混乱して犠牲になるのが関の山だ。もし非戦闘員のいる村にまで進まれたらとてつもない被害を受ける。ここでリョウが致命的な一撃を入れられれば、報復しに来るとしても時間ができて作戦も綿密に練ることができるだろう。

 

『粉砕せよ』


 地球での経験を活かしたハーセトを込める。思い浮かべるのはミサイルが敵の装甲車に炸裂した時のもの。歴史の授業として戦地に運ばれた。戦争訓練とあの宇宙人は言っていたがあの時は4回くらい戦死した。そのうちの3回はあの笑うお嬢様のフレンドリーファイア(誤射という名のヘッドショット)だ。

 

 リョウが嫌なことを思い出していると地響きが聞こえてくる。羽を持っているはずなのに飛んでは来ないようだ。


 おそらくあと100m。


 80。



 50。





 20。





 おかしい。態勢を変え上を見る。どこかわからない。


 0。





 突如として地面が噴火した。炎をその身に纏いながら先程の黒いドラゴン。ヴォルクウラが真下から飛び出してきたのである。その体は熱を帯びた溶岩が流れている。黒い尖ったウロコに覆われその赤い瞳がリョウを見る。

 地面から掬い上げられながらもなんとか弓を放つ。それをヴォルクウラは避けようとするが矢は羽を掠める。


 その瞬間左の羽が吹き飛ぶ。矢が光を放ちながら炸裂したのだ。龍の痛みに悶える咆哮があたりに響く。


「くっ!」


 今の咆哮で右耳の鼓膜が敗れてしまい平衡感覚を失ってしまった。こうならないように耳から鼻まで防音、防臭の布を巻いているのだがさっきの不意打ちでずれてしまっていた。

 フラフラなところに化物が火を吐いてきた。いやあれは隕石に近い。直径1mほどの隕石が地面と平行にこちらへ直進してきた。

 魔力を使いながら全力で避ける。後ろにあった大木に直撃し、地面と直角にクレーターができた。


 飛べなくなったと判断し、リョウは奴の足元の地面を狙う。相手の掘ってきた穴をもう一度利用してやろうとした。狙いを定めることが難しくなってしまったので3本同時に放つ。そのうちの一つが相手の前脚の下に命中し爆発。バランスを崩すことに成功した。


 こうなった以上自分で仕留めることはできないと判断し、全力で誘導ポイントへ向かう。怒りの咆哮とともに立て直した奴が追ってくる。

 あの火に焼かれる前にたどり着ければ良いなといつもの顔のままリョウは疾走した。








 


アタシは5歳の時から両親に鍛えられた。皆アタシのことを天才って褒めてくれた。もちろん調子に乗ったさ。ゆくゆくは族長になってやるとさえ抜かしていた。でも、本当の天才って奴がいた。

 リョウ。アタシより二つも下の癖になんでもできる。アタシの知らない単語を知ってるし、ハーセトだって大人顔負けだ。悔しくて悔しくて何度も勝負を挑んだ。手加減されて戦績を調節されているのも知ってる。気に入らなくて無茶な罰げえむばかりやらした。

 気取ったやつだったら喜んでぶっ飛ばしてやったのにあいつは良い人すぎる。暇を見つけては人助けだ。赤ちゃんの世話を手伝えば泣かれ、喧嘩の仲裁をしては蹴られていた。まだほんの子供なのにだ。

 なんでそんな優しくすんのか聞いたことがある。あいつはこう答えた。


「普通だよ。これが普通なんだよ僕の」


 そのくせ獲物は簡単に殺しやがる。わけのわからないやつだと思った。




「おじさん。リョウはなんであんな危険なことしてんだ?」

 誘導ポイントで待機しつつ隣の族長に尋ねる。


「まあ、あいつにとっては危険じゃないってことだろ。気にすんな」


「気にするだろ。死んじゃうだろうが」


「セリノンの女が何言ってやがる。毎日死にに行く旦那を見送るんだぜ? 今からそんなんでどうする。特に次期族長の嫁ならなおさらだろうが」


「なっ!? 何言ってやがる!!」


「静かにしろい。成人したんださっさと告ってくれ。じゃないとあいつここに帰ってこないぞ」


「え……それってどういう」


「しっ」



 咆哮と地響きが聞こえてくる。こちらに向かってくるみたいだ。聞こえてくる声が怖すぎる。リョウはこんなやつから逃げているのか? 大丈夫なのか?


「よしさすが俺の息子。構えろお前ら」


 構えた弓が震える。もしここに来るのが例の獣だけだったらどうしよう。そんなの嫌だ。


 目の前が爆発した。立ってられたのは族長たちの世代だけだ。何が起きた? 目の前には火だ。さらにまた火の塊が飛んできた。今度は別の方に隠れていた人達が吹き飛ばされた。


「父さん! まずい!! バレてる! 撃てる人だけでももう撃っちゃって!!」

 マントを焦がし、大量の汗をかきながらリョウが走ってくる。しかしその後ろで爆発が起こった。


「リョウ!!」

 爆風を受け吹き飛ばされリョウはそのまま地面に頭から落ちた。


「ほっとけ! 平気だ!! 構えて込めろ!!」

 信頼しているのだろうがこういう時のおじさんは冷たい。リョウや仲間を傷つけたやつへ向けて全力の矢を構える。恐ろしい咆哮と熱とともにそいつが姿を現した。


「……なんだこいつは……」


 誰かがそうこぼした。族長だったのか他の人だったのかはよく覚えていない。気がつけばアタシは爆風により気絶していた。






「くそ!! 見たことねえぞありゃあ!! ヴォルクウラよりやべえぞ!! 誰だよそう言ったの!!」


「リョウだったはずだが!! あいつよく生き残ったな!! そこで伸びてるけどよ!!」


 半数以上戦力を減らしてしまったが彼らの弓は石も平気で貫く。何本かの矢は黒い得体の知れない化物の体に突き刺さった。だが刺さっただけで大したダメージにはなっていない。

 木々の上を飛び回りながら矢を放ち、炎弾を避け続ける。


 一本の矢が黒龍に刺さり回転しながら進んでいく。あまりの激痛に黒龍は悶える。


「ああん!? これでもダメか!! なんじゃありゃ!」

 フェルゼの全力の矢だ。効果はあるがそう何発も放てるものではない。


「おい!! バカ息子を叩き起こせ!! さっさと起きろリョウ!!」

 安全な場所に避難させられていたリョウに負傷者たちの蹴りが入る。狩り中は昂ぶっているのだ。



『…………』


 すると急に黒龍の動きが止まった。何かをジッと見つめる。


「なんだぁ? まあいいか」


 矢が放たれる。それを黒龍は躱した。真横から来たものをだ。フェルゼのものではない。その矢は羽を破壊した時のように爆発した。黒龍はその狙撃手を見つめる。


 マントも脱がされ、今のリョウはボロボロのシャツと短パンだ。知らないものが見れば戦争孤児のような格好だ。白いお河童の頭。まだ幼さの残るあどけない顔。



 すると急に黒龍の中から膨大な魔力が感じられた。その場にいる誰もが不味いと感じた。


「てめえら逃げろおおおおお!!」


 フェルゼの一言とともに皆走り出す。怪我人は背負われ、荷物のように運ばれる。


 

 さらに黒龍の魔力が膨らむ。リョウと黒龍はギリギリまで睨み合っていた。好敵手としての何かが芽生えたとかそういうものではない。


『……涼か』

「うん。……三谷君?」

 黒龍、いやナクニが口を開いた。霊覚を通じて話しかけてきているようだ。テレパシーのようなものだろう。


『今俺は力を蓄えている最中なんでな。休戦と行こうぜ』

「村襲わなきゃいいよ」

『やっと人見つけたと思ったらこれだもんよ。城破壊してお姫様をさらってみてえよ早く』

「それじゃあ勇者に倒されるんじゃない?」

『チッ!! まあいい。これから進化するからよ。近くにいたら消し飛ぶぜ』

「何言ってるの?」

『うるせえ!! この体に聞きやがれ!!』


 そう言いながら光に包まれるドラゴン。なかなかにシュールな絵だった。







「光に包まれてそのあとは消えたみたい……だよ。いつつ……。フィンちょっと荒っぽいよ」


「うるせえばか!!!」


「そうかリョウ。しかしよく生きてたなお前。さすがとしか言い様がねえな」


「本当にあの黒いの見たことないの?」


「ああ。ヴォルクウラにあんな巨体はいねえし。あの炎弾は理解できん」


 ナクニの進化とかいうものに吹き飛ばされ気絶していたところをフィンロウに回収されたらしい。あの黒龍の姿はもうどこにもないという。被害がないわけではなかったが。


「怪我人多数。三人死亡。一人が死体見つかってない」


「あのお前が成人の儀で助けた女がまだ見つかってないんだ」


「ああ、あの人か」


「まあファラはしゃーない。狩人向きじゃなかったからな。よし、取り敢えず成人祝いと化物撃退祝いをやってくるからよ。おめえはここで大人しくしとけ」

 そう言ってフェルゼはリョウの部屋から出ていった。フィンロウはリョウの体を濡らした布で拭いている。


「君は行かないの?」


「うっせ……いつもはあとで笑えるものだったけどよ、今日のはダメだぜリョウ……」


 まだ10歳なのだ。現に彼女が今看病している者は小さく、体も発達途上だ。英雄の器だと村の大人は言うがそんなの知ったことか。


「死んでたかもしれねえんだぞ!!」


「成人の儀だってそうだろ? 普段の狩りだってそうさ。僕が助けなきゃ君だって危ない時あったろ?」


「やかましいいいっ!! ダメダメダメだ!!」

 子供のように喚くフィンロウ。


「……分かった。ごめん無茶したよ」


「……ぐす、うわあああああああああ!」


 泣き出したフィンロウを一回り小さいリョウが撫でて慰める。記憶を年齢として踏まえればその立場は間違っていないのだが。彼女が泣き疲れ眠りその両親に回収されるまでそれは続いた。
















「よお調子はどうだリョウ」


「もう酒臭いですよフェル!」


「まあまあイイじゃねえか。ちょっと席を外してくれシャルン」


「ええいいですけど。リョウは寝てますよ?」


「まあまあ」

 不思議そうに首を傾げる妻を追い出す。フィンロウ以上にリョウに甘いのだこの親馬鹿は、と自分のことを棚に上げる。


「よう、起きてんだろ?」


「……バレてた」


「ははっ当たり前だ。誰が隠れ方と死んだふり仕込んだと思ってんだ」


「起きてると母さんの説教がうるさくてさ。フィンにも叱られたし久しぶりだ。」


「確かになあ。いいんだよ女どもには言わせとけ! 俺からすりゃあ痺れるぐらいかっこよかったぜ今日のオメエはよ! 大したもんだぜ!」


「酔いすぎだよ」


「イイじゃねえかせっかくお前も成人したんだ。酒ぐらい飲めよ」


 この世界のお酒は不思議なことに温泉のように湧いてくるそうだ。この近くには葡萄酒のようなものが湧く泉がある。


「多分体がついてかないからやめとく」


「何だよお語り合おうぜ」


「……腹を割ってか……」


「ん?」


「そうだね。少し話そうよ父さん」



 人は死に際によく喋る。死を悟った人間は手紙を残す。その次に人がよく喋るのは旅先の見ず知らずの人だ。人はもう会うことのない人に対してが一番素をさらけ出すのだ。

 リョウもそんな気分だった。あと10年だ。資産を持っていくことができるといっても、結局この世界のこの関係はこれっきりだ。向こうにちゃんと父親がいる。でも、このリョウの父親は自分をどんなふうに見ているのか少し気になったのだ。




「父さんは僕が村の人になんて呼ばれてるか知ってる?」


 フェルゼはすぐには答えなかった。その表情は真剣だ。狩りの時のようなものではなく対話を試みているようなものだった。


「……ご都合の英雄様か?」


「まあ一番馬鹿にしてるのはそれだよね」

 リョウは笑う。


「父さん。僕がみんな全て同じに感じているのは知ってる?」


「ああ」


「そしてそれはこの村だから許されるということも分かってる?」


「そうだな。……やっぱり外に出たいか?」


「うん。僕の考え方はおかしいんだ。そして僕はそう言われるのは嫌なんだ。きっと気づいてるのは父さんや母さん……フィンはないかな。一般の人からすればとても理解できないものなんだよ」


「リョウ……」


 この世界に生まれたとき驚くことが普通だから驚こうとした。命を奪うことが地球人からすれば悲しいことだから悲しもうとした。

 でも驚く程にここでの生活はぴったりと合った。何もかもがその日を生きている。次の日には消える可能性を誰もが秘めている。地球でも変わらない事ではあったが、それを肌で感じることができた。


「僕は狩人、いや命を奪うことも救うことも出来てしまう人間だ。父さんは認めてくれるかもしれない。けどダメだ。今日のフィンの反応を見たでしょ? ここでも僕はダメなんだよ父さん。僕はちゃんとした子になりたかったんだ。困っている人がいれば助ける。勇敢に戦う。そんな子に」


「つまりお前は平均的な良い子になろうとしていたんだな。自分がおかしくないと証明するために」


「そう……だね」


 思えばしゃべりすぎてしまった。他人に言葉で喋ったのは初めてだった。クラスメイト達もリョウのことは知っている。しかしあいつらは言葉でなくともリョウ以上に理解をするおかしい連中なのだ。M組以外でリョウのことをある程度理解していたフェルゼにも驚いたが。


「アホ! オメエのどこが良い子だ!」


「え?」


「俺より強いし、俺よりモテるし、俺より危険なことするし、俺より上手いし、俺より頭いいしよ!! なんだあ? この親不孝もんがあ!!!! お前は狂ってるくらいでバランス取れてんだよ!!」

 それはもう酔っていた。そういえば緊張からかかなりペースが上がっていた。


「お前は狂ってて良い子! ハイ終わり!!」


「ええっ? 父さん……」


「それよりフィンとはどうなんだよ? ふえへへ」

 ダメだこの父親。そう初めて思った。



 しかし、ふと思った。確かにリョウはフェルゼやフィンロウ、M組の誰かが死のうとも虫を潰したときと同じ反応をするだろう。

 でも、今この世界のどこかにいるクラスメイトのことを考えることは多い。ここでも朝起きたら父を探し、フィンロウと真っ先に遊ぶ。


 何がすべて同じに見えるだ。ほんのわずかだが彼にとっての特別はあったのだ。会えなくて寂しい、人じゃなかったけど久しぶりにクラスメイトに会えて嬉しかった。


 変化を自覚すると不思議な感覚を得た。なにかすっきりした。

 きっとあの奇想天外お嬢様はつまらないと呆れるだろう。だがそれがどうした。やっとズレが治ってきた気がした。



「フィンとのことはちゃんと考えてるよ。まだはやい気がするけど」


「おお!! よっしゃ、じゃああいつの親呼んでくる!!」


「……えぇ?」












 2年後、とある村を旅立つ男女2名の姿があった。どちらも見掛けはとても幼いが、その雰囲気は大人顔負けであった。


「本当に付いてくるんだねフィン」


「なっ!! なんでだよ当たり前だろ!! アタシはツマだからな!!」


「妻なら別に待っててもいいんだけどね。さてどこ行きますか」










 九凶星事件から12年後、今ここからラシューニューでの争いが激化していくのであった。

 主に他世界からの異物たちによって。






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