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17話 狂気の微笑み

えぐい描写に注意です

 目の前で華麗に剣を振るいながら微笑む少女に対してロノコは苛立ちを覚えた。

 それは人が死んでいくこのような場所にあってはならない綺麗な笑顔であったから。その笑みの理由が邪悪なものであると知っていたから。


 共に学生として生きていた頃、今よりは平和な時間を過ごしていたあの頃から彼女の微笑みだけは好きになれなかった。

 人が笑うのには理由がある。笑わなくてはならず、ちょっと無理に笑顔を作ってしまうこともある。我慢するということもあるのだ。


 しかし、「尾賀江(オガエ) 名桜(ナオ)」は違った。彼女はただ、()()()笑う。無邪気に、陽気に。

 全てに楽しみを見出してしまうその精神性にロノコは恐怖すら抱いていた。


「ねえ、香崎ちゃん! すごい! 私達、殺し合いしてる! あははっ、こんな地球外に来てクラスメイトと戦ってる! 不思議すぎ。あははははっ!」


 槍は破壊された。今ロノコに残されたのは異常になった身体能力のみ。ナオの剣戟はもう見切りはじめている。

 自身の拳が鈍い音を立てて彼女の腹部を鎧の上から殴る。後ずさりながらもすぐにナオは治療スキルを施し、再び向かってくる。


「今回の目的はなんですかナオ。わたしたちの邪魔をしないで下さい!」


 東方に軍を進めるためにはこのケントランザを攻略しなければならない。来るべきエーピア戦に備えてなんとしても砂漠越えの資源を手に入れなければならない。

 とうにローノとしての役割の限界は越えていた。人間側が対策を練る前にぐちゃぐちゃに掻きまわしておかなければならなかったのだ。番号付きたちの性能は低い。戦い以外で役に立つことはほぼない。

 いかに効率よく彼らを消費するかがローノが考えるこの戦いの勝率を上げるための肝だ。


 しかし、これはまずい。



 見事なまでに叩きのめされていたケントランザ、その他小国の連合軍はこのたった一人の少女のおかげで立て直しつつある。


 勇者の子孫を名乗る赤髪の可憐な少女。兵士たちを癒しながらも剣を振るう聖騎士と呼ばれるに相応しいその強さ。

 そして何よりもあきらめずに戦うその表情。ロノコ以外の誰もがその笑顔は周りを勇気づけるために無理をしていると誤認したおぞましい笑顔。



 この殺し合いをただ楽しむ狂人。


「いやよ。邪魔するわ。はっ……、笑っちゃうわモンスターの大攻勢とか。魔王がいるとしたらあんたは幹部。つまり、勇者一行に倒される最初の一人!! くくくっ……」


 なにが可笑しいのかまた彼女は口を歪める。


「言っておきますがここは現実ですよ。貴方の好きな勧善懲悪などありはしません」


「ぶっ!? あーはははははははっはっ!! 確かに、確かに。でも、現実でもそれを謳っといた方が印象がいいでしょ?」


 血の付いた剣をローノに向けながらその未熟な英雄はそう語った。その血にいくつの今の同胞の命が流れているのだろう。


「……そうですね」


 ローノは構えた。それは地球で何度も使った相手のことを考えない暴力を振るうためのもの。

 彼女の言ったことが本当ならばきっとこの殺人はローノの印象をよくするのだろう。




 ──なぜならば、この世界で勇者を名乗るこの女こそが悪なのだから。
















 執事の挨拶で今日も目を覚まし、寂しく一人で食事を摂り、趣味に没頭し他の誰にも会うことなく一日を終える。

 これを幸福と言えるのだろうか。生活には困らないという点でいえばそうだといえるのだろう。

 だが、彼女の価値観にしてみれば小さなこの屋敷には執事と彼女の2人しか住んでいない。誰もここを訪れることなどない。彼女がここを出ることもない。外出を許されるのは執事のみ。


 良い年齢になった彼女と今年で四十を超える執事との間に情熱的な関係などなく、事務的なものだ。何も言わずともやってほしいことをしてくれる優秀な人物なので、本当に用があるとき以外は会話すらない。


 執事に渡された今日の情報誌を読みながら,自室の隣のベランダで夕暮れを見ながら物思いに耽る。エーピア国でありながらこの場所を知るのは王族のみだ。彼女の幼い頃は避暑地として母親と利用していたものだが、現在は完全に贅沢な牢屋となっていた。


 今、世界は大変なことになっている。九凶星が輝いたあの日からずっとだ。

 でも、彼女にとってはどこか遠い場所のように感じることしかできなかった。


「ハーニベル様。失礼します、例の件の報告が上がってまいりました」


 そんな彼女にも最近、夢中になっているものがある。


 彼女にしては珍しく目を見開く反応をすると、執事の持ってきた用紙に目を通す。

 それは以前依頼したクレフラトロー協会からの調査報告書だった。その第一文には「悪魔笑いの捜索」という文章がみられる。


 全てを読み終えた彼女はため息をつくとそれを執事へ返す。


「今回も駄目でしたか?」


 執事がそう質問する。彼女のことを想ってではなく、この依頼をしに態々町の方まで出かけるのが面倒なのだ。そう優秀な彼が思ってしまうほどに何回も、様々な場所で彼女はこの怪人物を探していた。


「……死体の共通点はどこのクレフラトローも気付いてくれるのですが、容疑者は絶対に違うのです」


 その報告書には悪魔笑いを探していて遭遇した殺人事件とその容疑者について書かれていた。


「そもそもハーニベル様はなぜこれらの犯行が同一人物だと思うのですか? 事件の度に犯人は出ているではありませんか」


 何度も説明しているのに信用しない執事に少し腹が立つがそれは顔に出さず彼女はそれに答える。


「無傷の死体なんて誰にでも作れるわけではありません。未知の毒なんて言わないで下さいね? もしあったとしてもそれを作っている人がいるということ。それに容疑者は全員綺麗に動機があっても否認しています」


 いつもの物静かな態度とは打って変わってはっきりと喋るその姿を見て執事は呆れた。彼はこの仕事が楽だから引き受けたのに、最近はこの件で命令されされることが多くなり辟易していた。

 まあ、この場所に閉じ込められた彼女に同情しないわけではない。しかし、彼女の趣味や体質の関係上どうしようもないことなのだ。


「畏まりました。次はどこに頼みましょうか?」


「……少し考えます。今日はもう下がりなさい」


 そんな疲れた顔をされて気付かない彼女ではない。自分が柄にもなく熱くなっていることもわかっている。


 部屋から執事を追い出し、また情報誌を読む。世界に大きな変化が訪れている。しかし、彼女がその波に飲まれることはあり得ないのだ。炎神の噴火も、西方の蛮族の襲来も、小国の争いも文字でしか知ることができない。


 首飾りに手を掛け、亡くなった母のことを思い出す。もう彼女にとっての母はそれしか残っていない。


 ハーニベル・シャイス・サットシー。それが彼女の名前だ。現在のエーピア国第二王女である。継承権など()()()()()()()


 金髪青目の美しいその女性は王宮から遠く離れた田舎でその人生を終えようとしていた。




「こんにちは」



 ──そんな挨拶をされるまでは。





 


 ハーニベルは動くことが出来なかった。庭から5メートルはあるベランダに登って入ってきた目の前の少女は当たり前のように微笑みながら、母が使っていた椅子に座った。円形の机を挟んで向かい合う形になる。


「あれ? 起きてるー? もしもーし」


 手を振り首をかしげながらそう問いかける少女。少し赤い髪を伸ばし後ろで纏め、よく知らないが旅人のような恰好をしている。少なくとも一般の人ではないと感じた。


「……誰ですか貴方は?」


「ええー、わかんない? ふふふ……そんな睨まないでよ。私達の仲じゃないの」


 混乱に混乱を重ねていくハーニベル。十数年間執事以外に人と接点を持ったことはない。


「わからないわ」


「んー? 熱烈なラブコールを何回もしてきたじゃん! それこそ世界中!! いやあ最近クレフラトローのグレード上げたでしょ? 胡麻化すの苦労したけど逆にやりやすかったよ。こうやって依頼主に会いにこれたわけだし?」



 それを聞いた瞬間、ハーニベルの体は硬直した。恐怖が体の中心から溢れ、髪先まで支配していく。

 だが、そんなショックを受けても彼女は声を上げることも、気絶することもなかった。


「……悪魔笑い」


 それを聞いて、にやにやとその少女は笑っていたと思うと急に不機嫌になった。


「なにその反応!? 淡白すぎでしょ!! ここはめっちゃ悲鳴上げて、助けてくれええって懇願するとこでしょ!?」


 そして、よくわからない持論をかざしてきた。


「……私を殺しに来たのですか」


 勿論彼女が言ったようにハーニベルは叫びたかった。でも、彼女の心臓は早鐘を打つこともなく、汗をかくこともない。


「ぶっ……あはははははっ!! まあそうよねえ! そうよねえ……うーん」


 焦らすように悪魔笑いは言う。


「なんかアンタ面白そうだから殺さない!」


 そう言った彼女の笑顔は輝かんばかりの素晴らしいものだった。














「えっ!? ハニー、王女様なの!? やばっ!!」


「言葉遣いおかしくありませんか?」


 何故か自己紹介をお互いにすることになった二人。悪魔笑い、もといナオルはハーニベルのことをハニーと呼び始めた。

 王城でやったならば注意されるような、足を組み、肘をテーブルにつける座り方でナオルは話し、ハーニベルは綺麗に座っている。

 緊張というものではなく幼い頃の教育が染みついてしまっているだけだ。


「ねえ、ハニーっていつもそんな無表情なの?」


 触れてほしくない部分にナオルは堂々と踏み込む。だが、身を守るすべを持たないハーニベルに無視することはできない。


「……私は、私の体はとても鈍いのです。表情があまり変わらない、心が体に表れない、そういう体質なのです」


 いろいろな治療を受けてきた。しかし、彼女が笑うことは少なかった。

 いつしかまわりはいつも無表情な彼女を避け始め、哀れんだ。


「グハハハハハハハッ! なにそれ、マ、マグロ!? にゅははっ、マグロ姫っっっ!! 無表情系かぁ~、うん! 合格!!」


 しかし、なぜか、彼女は笑った。それも腹を抱えて。


「…………」


「あ、ごめん怒った? マグロ姫」


「いえ……少々取り乱しただけです」


「どこがッ!?」


 本当に理解が出来なかっただけなのだがまた笑われてしまった。その設定強すぎ、と言われてもよくわかない。

 なるほど、これが悪魔笑いかとなんとなくハーニベルは納得した。



 ナオルが落ち着くまで待っているともう日が落ちていた。だが、一向に彼女が帰る気配はない。

 深呼吸をするとハーニベルは口を開いた。


「そろそろ目的を聞いてもいいかしら、悪魔笑い」


「親しみを込めてナオって呼んで?」


「……ナオ」


 そう呼ぶと彼女は先程までのものとは違う笑い方をする。声を出さず、口をただ三日月のように変える。


「はじめはあんたをどう殺してやろうかと思ってきたのよ。いろんな名前で依頼してたし、私の存在を疑ってなかったし邪魔になると踏んでたからね」


「今は違うということですか?」


「そうよ。ちょっとあんたに興味持っちゃった。ねえ、あの執事さんに助けを求めないのはなんで?」


 顔をどんどん寄せてくる殺人者に対してもハーニベルは怯むことが出来ない。この時ばかりは自分の体質に感謝した。


「無駄だと思っているからです。助けを求めたところで私はあなたに殺され、彼が犯人にされるだけでしょう? ここに侵入を許している時点で私はあなたに命乞いをするしかないのです」


「……読めない。やっぱその設定強いわ。まあそうよ」


 ゾッとハーニベルの背中に寒気が走った気がした。また彼女の顔が近づく。






「ねえハニー。私と楽しく生きてみたくない?」


 そっと彼女の手がハーニベルの頬に触れる。





「……それはどういう意味ですか?」

 

 少し心臓が跳ねた気がした。心も温かくなったような……そんな幻想がハーニベルを惑わせる。


「ここにいてもつまらなくない? 私と一緒にめちゃくちゃなことして遊ばない? 理由としては私あんた気に入ったから殺したくないの。勿体ないって思ったから」


 ────外に出たくない?




 脳が焼けた気がした。心に響いた気がした。なんだそのプロポーズは、と笑ってしまった気がした。

 しかし、表情が変わることはない。


「強制じゃないわ。でも、ここで断ればあんたを殺す。ずっとここにいるならば死んでるも同然だからね。そう思ってたでしょ?」


 それは、はじめから答えが決まってる問いだった。




「……断れないわ……。やはり卑怯なのねナオは」


 やっとのことでそう返し、ナオルを見ると固まっていた。しばらくそうした後、いきなりナオルはガッツポーズを取った。


「……。やば、今のぐっと来た!! 今の照れ顔最高!! マグロ姫のデレ一丁入りました!!」


 彼女がどんなに悪質なことをしてきたのかハーニベルは知っている。




 だが、そう言って快活に笑う彼女はなぜか、本当にどうしてかわからないが、まるで太陽に思えた。







「でね、そこで宝石をそいつの服に仕込んどいて……」

「なるほど」


 最近の夜はよく冷えるが、燭台に火を灯し、なぜか場所を知っているナオルが淹れた紅茶を楽しみながら会話をしていると全く気にならかった。

 情報誌には載っていない実際に目で見てきたことを話してくれるナオルと、それを聞いて質問を繰り返すハーニベル。

 話題は尽きない。同世代の女性とのお喋りをしたことのないハーニベルには貴重な体験だった。内容は聞く人が聞いたら卒倒しそうなものばかりだったが楽しい。


 笑えない自分だが、なんとなくその分もナオルが笑ってくれているような気がした。


「てか私のことばっかじゃなくてあんたのこと聞かせてよ!」

「……私のことですか?」

「そう! なんで閉じ込められるようにここに住んでるの?」


 ハーニベルが一人ここに連れてこられたのは6歳の時だ。その当時のことをよく覚えてはいない。ただ、母が死んだことによって環境が変わったのは確かだ。

 気持ちの悪い子だと言われていたのは知っている。これでは嫁の貰い手どころか、娼婦にもなれないと言われたこともある。その意味が分かったのはかなり後だ。


「それだけが理由かなあ? そのマグロだってなんかの交渉事の時は役立つと思うんだけど。外交とか王族がやってんでしょ?」


「確かにそうですね。他に思い当たることと言えば、趣味の方ですかね」


「ん? 情報誌じゃなくて?」


「違う方ですね。結構引くと思いますよ」


「ええー? 気になるー」


 その時、誰かが階段を登ってくる音が聞こえてきた。おそらく執事のものだ。


「今日は下がれと言ったのに……」


「そういやあの人とはどんな関係なの? 実は愛を語り合うとか? 見てたけどそんな親しそうに思えなかった」


 逃げようともしないナオルに呆れながらもハーニベルは答えた。


「……まあ、この仕事を受けるにあたって私の体を好きにしていいとは言われていたようです。実際、処女は彼に奪われました。でもまあ、こんな体ですからすぐに飽きたと言われました」


 少し彼女のようにおどけて言いたかったのだが、いつものようになってしまった。

 この話題でもおそらく爆笑するのだろうとナオルの反応を伺うが、彼女の方がハーニベルのように無表情になっていた。


「ナオ? まるで私みたいになってますね」


 意外に初心なのだろうかと思い、からかうように言ってみる。こちらを見てナオルは笑った。

 だが、次に彼女の口から放たれた一言は明るくもなんともない冷酷な殺人犯のものだった。


「殺すわ」








 彼はゆっくりとハーニベルの部屋に向かう。なぜか声が聞こえてきてうるさいのだ。勘弁してほしい。


 はじめこの仕事を任されたときは喜んだものだ。王族の美しい娘を好きにしていいと言われたのだから。しかし、成長してから抱いてみても彼女はなんの反応も示さなかった。喜びも、嫌がりもしない無反応のあの顔はどうも苦手になってしまった。つい、殴ったりして反応を確かめてみたが無駄だった。


 あれからしばらく抱いていないが、日に日にそそるようになってくるあの体はたまらない。反応がないこと以外はとても良いのだ。

 最近は働かされっぱなしなのだから、久しぶりに好きにさせてもらうかと部屋をノックする。



 返事を聞いてその部屋を訪れた彼の意識はそこで途切れた。





 血は一切零れていなかった。確かにナオルの短剣が執事の首を貫いているはずなのに、彼は時が止まったかのように固まったままだ。


「どう? 見たかったんじゃない? 私の犯行」


 笑顔になったナオルがそう言う。まだ目は暗く、殺気は消えていない。


「……ええ、まあ」


「別に難しくはないわよ? 治しながら殺しただけ」


 治癒スキルは死人を生き返らせることはできない。それは常識だ。だからなのか死体に治癒スキルをかけてどうなるかを知る人物は少ない。


「私の治癒スキルは【生命:3:逆行】。これは魔力量に応じて生命体の体を()()もの。だからこうしてスキルを使いながら切った部分は切られる前の状態に戻る」


 短剣を引き抜きながらその傷口を塞ぐ。この世界では回復させる方法はいくらでもあるがダメージをなかったことにすることはできない。一撃で急所を貫かれれば即死し、治癒は無駄に終わるのだ。

 ナオルは【暗殺】のスキルでその一撃を強化していた。


「……じゃあこれは死体でありながら、完全に生きていた時と同じ状態なわけですね」


「まあ、そうとも言えるかなー。強制的に寿命を迎えるみたいな感じ。……ん? どうしたの?」


 死体をベタベタと触り始めるハーニベル。彼女にしては珍しく動きが早い気がする。


「ナオ。臭くなる前に一緒に運んでもらえないかしら」

「お姫様自ら? いいわよ、私やっとくから」

「いいから! ついてきて!!」

「んおおっ?!」


 無表情で声を荒げるハーニベル。興奮しているようだ。

 地下に向かう階段を執事の足を持ちながら進むナオル。浮遊魔術を使い上半身を持つハーニベル。


「あっ、こら。引きずらないで。傷ついちゃうでしょう。治癒スキルも掛け続けて!」


 その階段の雰囲気は痛い歯医者へ行く道中のようで、たまに見える赤黒い点はきっとホコリか何かだろう。

 ナオルはとても嫌な予感がした。



「そこに寝かせて」


「…………いえっさー」


 その予感は的中した。



 見渡す限り赤い。壁も天井も床も赤い。何かが跳ねたようなものとか垂れたような模様が赤いインクで描かれているようだった。

 その模様を描いたであろう「筆」は綺麗に飾られていた。この世界の筆は毛ではなく刃を使うようだ。鎚のようなものから鋸のようなものまでバラエティに富んでいる。


 アトリエというべきなのか奥の方には「作品たち」が飾ってあった。それらは保存魔術と浮遊魔術の陣が書かれた場所に置かれゆっくりと回転していて、地球の博物館顔負けの展示方法だ。

 タイトルも作者の独自性が出ているようで『初恋の人の頭骨』、『裏切り者の手』、『私の裸を見た愚物の両目』等々、ちょっと勘違いしてしまう様なものばかりだ。

 その中でも一番ナオルの中で評価が高いのが『私を創った杯』と『私の初めて口にした恵み』だ。まるで、えっちなフィギュアの上半身と下半身をわけたもののようだ。


「……うわーお」


「やっぱ引いちゃったかしら……。顔には出ていないけど恥ずかしいわ……」


「なにそのオタ趣味がばれたみたいな……。いや違うけど違わないか……」


 乙女のようにもじもじと両手を前で組むハーニベル。ちょっとこの場所とのギャップで笑いそうになるのを堪える。人の趣味を笑ってはいけない。


(コイツ外に出しちゃいけないのでは……?)


 まともで正常なナオルには常識がある。

 瞬きせずに男の死体を眺めて恍惚としている王女という濃すぎて吐き気のするキャラを見て我に返ってしまったのだ。


「なんであんたが私に興味を持ったのかわかった」


「? いえ、そんなことよりちょっと手伝ってください。血が出ないように切断するにはどうすればいいですか?」


 大きい大きい鋏を手にそう聞いてくるお姫様。目は嘗てないほど輝いて、生き生きとしている。

 詰まるところ似た者同士だったわけだ。


 ────まあ、おもしろいからいいか。そうナオルは思った。





「こう?」


「そうです。表情は変えないで下さい。ああ、それ最高です」


 部屋には楽し気な女たちの声が木霊する。


「…………」


「あっはははははははは!! めっちゃ血かかってるし!! ごめんってば! 無表情で刃物振り回すとか危ないって!! 」


 ある時はじゃれ合って。


「『引退執事』とかどうよ? ご苦労様的な」


「いえ『私の初めての相手』でしょう」


「基本その路線なのね。てかそんなもんこっち向けないでよ」


 ある時は真剣に語り合い。


 


 狂ったように笑いながら二人の女は眠ることも忘れて遊びに耽るのであった。


 



















 なにもすることのない仕事場で男は欠伸をした。彼の名はアクラス・ゲムーンツ。エーピア国六大貴族ゲムーンツ家の人間だ。

 与えられた役割はとある人物の経過観察を聞いて上の者に報告することだ。数年前まではちゃんと仕事をしていたのだが、いつの間にかサボっても何も言われなくなってしまった。


 とある人物とはエーピア国第二王女ハーニベル・シャイス・サットシーのことである。アクラスも直接本人に会ったことはない。報告に来る召使いの文章の中でしか知らないのだ。

 最後に持ってこられた文章によれば、精神に異常が見られ、まだ城に帰すべきではないとされている。


 王族も彼女の存在は忘れたいようで、彼女の話題は一種のタブーとなっている。民衆の間では消えた第二王女として都市伝説の一部になっているとか。

 

 アクラスの知っている王女の特徴としては、一切動かさない表情と感情がほとんどだ。実の母親との会話でも顔を綻ばせたことがないそうだ。

 あと彼女が忌み嫌われる理由として聞くのが彼女の周りで起こる怪現象だった。


 彼女の気に入った人物が行方不明になったり、仲の良かった人物の死体が消えるなど、黒い噂が絶えない。

 母親である第三王妃が死んだときも首と手足しか残っていなかったらしい。

 

 王族は彼女を疑った。実に馬鹿らしいと思う。当時6歳の子供に何ができたというのか。

 王妃は政争に巻き込まれ死に、彼女を継承争いから遠ざけようという誰かの魂胆が丸見えだ。


 しかし同時に飼っていた動物の死骸を抱きかかえていたという記録も残っていて、あり得るかもと思ってしまう謎の王女である。

 ちなみにアクラスは会いたいなどとは思わない。


 報告書は問題無い。それだけでよいのだ。



「失礼します、アクラス様。お会いしたいという方が城の入り口にいるのですが……」


 1日会うかどうかの部下がそう告げてきた。


「そんな約束はしていないと思うが……どんな人だ?」


「それが平民、それも旅人の少女のようでして。報告をしに来たと……」


「報告……? 少女が?」


 なにか寒気がした気がする。そして、その予感は当たる気がした。


「はい、そしてこれを見せてくれと言われました」


 そして、部下が取り出したそれはたった今考えていた王女の従者の証だった。





「1カ月程前からハーニベル様にお仕えしています、ナオルと申します。以後お見知りおきをアクラス様」


 仕事をするなどいつぶりであろうか。部屋で片膝をつく少女を見てアクラスはため息をついた。


「……いつもの、あー、あいつはどうしたのだ?」


「た、退職なさいました。私がすべての仕事を引き継げば何も問題はないと……そう教わりました」


 その赤髪の少女は何かを堪えた気がしたが気のせいだろう。

 そもそもそんな報告も要らないと教えてほしかったものだ。


「わかった。これからはお前が引き継ぐということだな。もう下がってよいぞ」


 書類にサインをしてさっさと返す。


「そ、それだけ!? いえ……あと申し上げたいこともございます」


 アクラスにはなぜあの男がこんな真面目な人物に後を継がせたのか理解が出来ない。

 早めにこの会話を切り上げたいと思ったのは、さっきから何か寒気がするからだ。


「……なんだ?」


「最近の王女様の経過です。私の見たところもう何も問題はないと思います。前任の者も四十まで仕事をやり遂げたわけですから、あの不名誉な噂は真っ赤な嘘だったと言えます。無表情と呼ばれていた王女様も今の年齢ならば、落ち着いた方として見られることでしょう」


「何が言いたいのだ?」


「王女様へのいわれのない罰はもうよいのではないでしょうか? この城に帰って来させるべきです」


 絶句とはこのことをいうのだろうか。アクラスは何を言われたのか理解できなかった。













(大混乱しちゃってマジ受ける)


 上司に報告してみると言ってアクラスは逃げた。確かに彼一人で決めることではないだろう。


 ナオルは別に間違ったことはしていない。従者の引継ぎも元々確立していたルールに則ったものだ。ただ、あの王女の従者をやりたがる者がいないのと、前任が殉職しているくらいの違いだ。

 王女の経過を見て問題ないと報告して、王城に帰すということもちゃんと想定されている。ただ、誰も帰す気も帰って来させる気もなかっただけだ。


 1日ほど待って欲しいと言われ、城に滞在することになったナオル。城から往復に2日かかるあの屋敷にはハーニベルしかいないのに誰も彼女のことを考えていないのがまた笑える。

 この1カ月である程度の家事は叩き込んでおいたので死にはしないだろうが、また変な作品が増えないか心配だ。


 近しい人ほど創作意欲が湧くようで、ナオル自身も何回か危ない目に遭っている。致死毒が食事や茶に入っている、即死級の罠が仕掛けられているのは当たり前。それでいて本人は暢気に挨拶をしてくるのだ。

 もしかして、あの執事は只者ではなかったのではないかと思ったが、ハーニベルは彼にはそこまで興味はなかったようだ。

 数々の熱烈なアプローチを数週間払いのけたナオルに対しての攻撃は止み、彼女は方向性を変えた。

 毎朝、ナオルのベッドのシーツを変えはじめたかと思えばそれについている髪の毛を集めだしたのだ。今、彼女のつけている髪飾りにはナオルの赤い髪の毛がついていて付け毛のようになっている。


 それを見る度に何をやっているんだコイツとナオルは笑ってしまうのであった。


「あー、こらっ。我慢しなさい。私だって慣れないとこで寝るんだから」


 兵馬用の馬小屋で愛馬であるサクラにそう話しかける。なんだかんだ一緒に旅をしていたのだ。

 ブラッシングをしながらその日の愚痴を言うのが日課となっていた。サクラは集団を嫌うため、他の馬がいるここが気に入らないのだろう。


「まったく、アンタもいい加減相手見つけたら? 人間でいうナイスガイがいっぱいじゃんここ」


 そう言われ不機嫌そうにサクラは辺りを見回すが、鼻を鳴らした。お眼鏡に適う男はいないらしい。


「あっ、そう……ははははっ」


 顔をサクラの顔に当てて共に笑う。サクラの表情はわからないがそうだと思う。ナオルが自分を乗せるでかい人間だと彼女のことを思っているように、彼女もナオルのことを自分の上に乗る小さい馬だと思っているのだ。


「随分仲がいいんですね」


 じゃれ合っていると後ろから声を掛けられた。振り向くとそこには優男が立っていた。とても兵士には見えず事務仕事か、地球ならホストかアイドルが似合いそうな男だ。

 

「まあ、幼馴染みみたいなものですから。もうあまり言葉も要らないかもですね」


「それは羨ましい。僕もそんな風に仲良くしたいものです。馬に舐められてしまって、なかなかうまく走れないのですよ」


「そうですかー。頑張って下さいねー。って痛ッ!? なんで押すのよサクラ。……人見知りかッ!」


 鼻息を荒くしながらナオルの背中を押してくるサクラ。仲良くなれと言っているようだ。

 なぜか、人間の男ばかり気に入る相棒に呆れながらあまり興味の湧かないその男を見る。


 この世界の人々にしては痩せ型で、金髪、青目とイケメン要素が揃っている。服装も小綺麗で高そうなもので、声もなんか儚い感じだ。


(やっぱ面食いだわ、コイツ)


 サクラが嘶く。大興奮である。


「失礼ですがここの兵士の方でしょうか? 城どころか、王都に来るのは初めてでして、もしも貴方が王族の方であったなら驚いてしまいます。なんて、ははははっ」


「えっ? ああ、そ、そうですよね! 大丈夫ですよ僕はここの兵士ですから、王族だったら驚きですよね!」


(まじかあ……)


 慌てて反応するその男を見てさらにやる気をなくすナオル。相棒、サクラは顔、学歴、収入に対する高感度なセンサーを持っていることが証明された。

 どの位置にいる人なのかは謎だが、媚を売っておいて損はないだろう。


「それは安心しました。どうでしょうか? 私でよければコツを教えましょうか? 今日一日暇なもので」


「乗馬のコツですか?」


「それもいいですが、貴方は少し口説き文句を考えた方がよいのでは?」


 彼を私に乗せろと服を噛んでくる相棒を無視してナオルは微笑んだ。

 一瞬何を言われたのか理解できていなかった彼だったが、自分の状況を振り返り気付いたのか顔を真っ赤にしながら否定してきた。


「す、すまない! そんなつもりはなかったのだ!」


「あれれ? 口説かれてなかったのですか? それは残念です!」


「やめてくれ……」


 あっという間に主導権を握ったナオルに冷たい視線をサクラが送ってくる。しかし、暇つぶしのおもちゃを見つけたナオルは無視する。

 手で後で高い餌を買ってやる仕草をすると、サクラは納得したように大人しくなった。


「今日は非番ですか?」


「まあそうだな。僕はいつも休みみたいなものだ」 


 最初の敬語が消えてしまっているおぼっちゃまはとても笑える。この男も暇なのだろう。この国は全体的に怠けている雰囲気をそこら中から感じる。平和ボケともいえる。


「それこそ羨ましいです。私は早くここでの仕事を終えたいです」


「君はどこかの使者か? 見かけない顔だが」


 よし、ぶっこもうとナオルはにやりと笑う。




「というよりも従者ですね。私はハーニベル・シャイス・サットシー様に仕える者ですよ!」


「…………は?」


 男の呆然とした顔を見て必死に吹くのを堪える。一応、ちゃんとした笑顔に見えているはずだ。


「え? いや……姉上は死んだはずじゃ……」


「ぐッ……げほっ! ゴホッ! 失礼!」

(やべえッ……腹がねじ切れそうッ!! 予想以上に近くてびっくり!!)


「いや君それは本当なのか……?」


「はい。今日はハーニベル様の経過を報告しに来ました」


「いや、そういうことじゃなくて、何もされていないのか? あの人は人を食らうと聞いたぞ」


「くぎゃっ……。い、いえ全くの誤解です!」


 その後もおそらく、第三王子である彼に詰め寄られそれを否定していく。

 男の必死な顔に笑いが堪えられなくなってくる。結構噂が真実なのがまたナオルのツボを刺激した。


 そして、噂がハーニベルはランブラズ帝国が送り込んできたスパイであり人造人間だというところまで来ると、とうとう堪えきれなくなりナオルは崩れ落ちた。

 王子の驚いた表情も最高だった。


「あひ~ッ! 笑いましたよ……」

「そんなに可笑しかったかい? 僕としては君が心配なのだが」


 あの王女に操られているのではないかと本気でこの男は思っているようだ。勿論否定して、旅の途中で怪我をしてどうしようもないところを助けられ、その日以来忠誠を誓っているという美談を挟んでおいた。

 実際のところ、ナオル自身も彼女のことを気に入ってるので、王子は少し信じたようだ。


「あの姉上が……」

「ところで王子さまって暇なんですか? こんな平民相手に小一時間話し込むなんて」


「まあそれを言われると弱いな。僕は権力争いからも外れているからね……って、あっ」

「あはははははははっ!! バレバレですよトル様。会話のコツからお教えしましょうか?」


 語るに落ちる王子様は知っていたのか、と落ち込み始める。


「まあまあ、私は敢えて空気を読まずに言いましたが、これからは気を付けるべきですよ。私が間者だったならもう貴方は大戦犯になってましたから」

「そんなにかい?」

「ちょろすぎですよ。もし3年後の私だったら明日の朝は王子の寝室で共に迎えてましたとも!! あははははっ!」

「……今でも変わらないと思うが」


 ちらりと王子はそう言ってくる。外見は老けているがナオルは10歳である。ロリコンと心にメモする。


「まあでも仕方ない。すまなかった。少し会話相手になってくれないか? 城にいない者と話すのは久しぶりでね」

「寂しい方ですね!」

「……容赦ないな。城の連中は政治の話ばっかで嫌なんだ」

「内部の愚痴は減点ですよ王子様。くっ、あはははははははは!」

「あっ! つい……」


 トルの愚痴を聞きながらも、ナオルは笑っていた。

 それが愛想笑いではないことを王子もわかっているようだ。それが彼にとっては心地が良い。腹に何か抱える人物しかいないこの城は疲れるのだ。

 暇つぶしに話しかけたこの赤髪の少女の笑顔はその日以来彼の心に残り続けるのだった。




 余談ではあるが、王子を取られたサクラの機嫌はなかなか直ることはなかった。






















「そう……もうすぐなのですね」


「このまま何もしなければ3日後にはぽっくりと」


「少しは捻った言い方をしなさい!」


「まあまあいいじゃないすか。先輩とワタクシしかいないんですから」


 料理人の格好をした男と少し前にやってきた神聖ランブラズの使者が人気のない廊下で会話している。


 魔法系のスキルに反応するセンサーに細工を施し、防音スキルを使いながらの会話だということを知らなければ男女の触れあいのように思える。


「後継の最有力は確か第一王女でしたよね?」


「まあ、僅差ですがねえ。第一、第二王子の勢力も馬鹿にできませんよ」


 その会話はこの国のことを考えているものだった。

 エーピア国王、または女王は六大貴族と四騎士の投票で決まる。その10票を獲得するために各勢力は争っている。その1票1票も各家の中での選び方があり、多数決のところもあれば代表の意志が全てのところもある。


 保守派の第一王女陣営と改革派の第一王子陣営、武闘派の第二王子陣営の3つが主な勢力である。


「ふーむ、どう掻き回しましょうか」


「えー? ワタクシに聞いちゃいます? ぶっちゃけ仕事終わったんで帰りたいんですけど」


「何を言っているんですか。次の仕事があるに決まっているでしょう」


 やる気のない料理人に使者の女性は呆れる。しかし、彼の言っているようにもうたいした任務もないので、彼がここに留まる理由はない。

 どの勢力にも味方をしておけば良いのだ。負けた勢力に文句が言えるはずもない。国王を殺せる技術を持つ彼女たちには王となるものを守る技術もある。

 再開発をしていくらかのセキュリティは出来上がってきたが、スキル研究に最前線で携わっている彼女にしてみればこの国の技術はまだまだだ。


 発展が遅れている理由は様々だ。

 研究者に対する処遇が悪いと聞く。十年前にはジュンクレイルという現代に生きる伝説の魔女ですらこの国を見限ったほどだ。

 権力争いも多い。上下の連携が取れていないので滞っている工事がいくつもある。


 人口が多いことによって人材は確保できているようだが、これから出ていくものが多くなっていくだろう。


「よろしい。貴方は以後、情報収集を中心として動くように。合図は私がします」


 そう言うと男は影のように消えた。同時にあらゆる阻害スキルを解除する。この場に残るスキル反応はない。



 彼女の任務の第一段階は終わった。後はどこかからの接触を待つのみだ。一国の使者をずっと遊ばせておくようならばそれはそれで動きようがある。

 彼女が自室への廊下を歩いていると、知らない女性が辺りを見回しているのが見えた。


 この城の人物は頭に叩き込んでいるので、今日ここを訪れたのであろう。

 赤髪を後ろで纏め、軽い武装をしている。もちろんその刃物類は隠されているが。外見は十代半ばだ。基本的に年齢を騙る人物に接する機会の多い仕事のため使者は外見の情報を信用しない。

 おろおろと目的の場所がわからず迷っているようだった。


「どうかしましたか?」


 違和感はない。いつものように使者は話し掛ける。


「あはは……。それがここに来るのは初めてでして、割り振られた部屋がわからないのです……」


 困ったようにその少女は笑った。


 この区画を利用するということは彼女もなにかしらの使者なのだろう。場所を聞き、案内をしながら使者は思った。


「ランブラズの使者様なのですか。通りで綺麗な髪色をしているわけですね!」


「有り難う御座います。ナオルさんもこの国では珍しい髪の色ですね」


「私はこの国の出身ではないですから。いろいろ珍しがられちゃって、気まずいです」


「ああ、とてもわかります」


 エーピアの人々は暗い髪色をしている。ランブラズでは皇族にしか見られない黒髪も、この国ではありふれたものだ。

 初めてこの国を訪れるランブラズ人も必ず驚いてじろじろと見てしまうのでお互い様である。


 最初は固かった会話もエーピアに来たときに経験する一種のあるある話で盛り上がっていた。

 使者というだけあってこの少女もそれなりに会話が得意なのだろう。


「さあ、着きましたよ」


「おっ! ほんとだ! ありがとうございます、シェイファ様!」


 立場的に同じであるはずの少女はへりくだっている。

 名前を聞いた時点で王族であることをわかっている彼女は知識もあるのだろう。ホウ・コロライル・シェイファは少し感心した。わかった上で尊大に接してくる貴族もいるのだが、基本的に他国で知るものは少ない。


「いえいえ。楽しい会話でした。是非、今度はゆっくりとお茶でもしましょう!」


 これは事実だ。仕事が落ち着いたのもあるが、ホウのテンションは高かった。もう旅立っているだろう今の主との会話を連想するほどである。やはり、自分は寂しいのだと感じた。


 そんな少し熱に浮かされたホウは続く会話で現実に引き戻される。


「それは嬉しい提案です! 今度とは言わず今からどうでしょう? 私明日には帰ってしまうので!」


「あら、そうなのですか」



「はい! それに……ここでは話せないこともあります」


 ホウは気付いた。気付いてしまった。彼女の変化に。

 その笑みは先程の爽やかなものではなくなり、イタズラを企む子供ようなものになる。


「……それはまた。察しが着きませんね」


 警戒を顔に出すことはないが、予想の付かなかった展開に戸惑う。彼女の住んでいる場所は言ってはなんだが政治的に関わってくるような所ではない。

 そのはずだった。


「こういえば分かりますか? 私の主はハーニベル・シャイス・サットシー。この国の第二王女であらせられます」


 確かに、その名は知っていた。だが、詳しい事情は数々の噂やフェイクによって完全に把握出来ていなかったのだ。ただ、王国にとっては重要なものではないようで、今後関与してくるような事柄ではなかった。今この瞬間までは。


「どうか我が主にお力添えを。王位継承の暁にはそちらの計画に賛同しましょう」


 ホウはその笑みは好きになれそうになかった。













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