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13話 母の脅威

 彼はこの世界に突然やってきてしまった所謂転移者だ。

 事前に少し知識のあった彼は状況の理解が早く対応力もあった。それによりスキルシステムに気づき、自分のスキルを確認するとどれもこの世界では珍しいもののようだった。


 いつの間にか彼の周りには仲間が増え、最初のころは元の世界に帰りたいと願っていたがそんなことを考えることはなくなっていた。

 ゲームのようなところではあったがただ純粋にこの世界が好きになったのだ。少し名も売れ大陸の東では有名になった。


 そうしてしばらく生活していると彼と同じ状況のものがいると分かってきた。転移者だけでなく転生者もいるようだ。

 不思議なことに彼らすべてが日本人であった。彼が会ったのは二人であったがその人たちはゲームとしてこの世界をプレイしていたらしい。彼の日本にはそんなゲームはなかった。


 彼はこの世界について探ることを目標として活動し始めた。

 そんな数日後の夜のことだ。


「こんばんは」

 森で野宿していると後ろから女の声がする。

 振り向くとそこにはまだ幼い少女が立っていた。


彼は驚いた。なぜなら日本語でのあいさつだったからだ。


「……こんばんは。君も地球から?」


「そうそう! 良かったあ。ふふふ、違ったらどうしようかと思った」


 そう安心したように少女は笑った。そしてなぜか剣を抜いた。


「同郷のよしみでその技術教えて・・・ね!!」


 戦闘技術を教えてほしいということだろうか。かつては自分も強くなろうとしていた時期もあったなと懐かしく思っていると、彼の首は宙を舞っていた。







「楽なのはいいけど同じ日本人だってわかった瞬間緩みすぎじゃない? レベル差半端ないはずなのに。暗殺はランク2だけど」


 今までにちょっと眠ってもらった人数はすでに10を超え、その誰もが同じ「日本人」に警戒を抱かなかった。

 おそらくそういった穏やかな人物ばかりがこちらに来ているのだろう。


 回復魔法を死体にかける。やはり、傷はふさがるようだ。綺麗に切り裂いた首の傷はもう何もなかったかのように戻ってしまった。

 装備品をまさぐり良さそうなものを貰う。鑑定スキルはまだ低いので勘も交えて判断した。

 この男は装備自体には頼っていなかったようだ。純粋に戦闘スキルを強化しただけに思える。


 ナオにとっては好都合だ。

 アビリティによって吸収できる。ナオ自身が使えるかどうかはともかくあって損はない。


 彼の調理していた美味な夕食を齧る。やはり日本人だ。うまい。

 速度上昇と隠密のスキルを使いこの場を去る。


「大量大量! あははははははは!」


 今日も上機嫌だ。

 その赤髪の少女は笑い声を残し月夜に消えていった。






「わからないいいい!!」


「これ! あきらめるでない! よく考えんか!」


「ママみたいに頭良くないもん!!」


「あっ!! デュラウ!!」


 怪人を追って部隊が森に入ってくる少し前のこと。

 水神の森で、魔法についての授業中にケンカするなどこの親子にはよくあることだった。

 この日も例に漏れず娘が駄々をこね、母が叱り、娘が脱走した。


「まったく……。できるはずなんじゃがの~」

 ジュラウはため息をつき散らかった部屋を片付けるのであった。



「くそ。この生活きつすぎっしょ。女ってのがないわあ。まだだよな生理は……」


 誕生の日から死にかけたケンザンは命が助かったことに安堵しつつも重要なことがあると気付いていた。

 それは自身の性別である。


 地球にはもう許嫁も存在し、会社を継ぐ立場にある彼には相当きつい課題であった。

 男になるための技術がはたしてあるのだろうか。理事長はそのまま地球に返すと言っていた。


 ジュラウによって閉じ込められているこの生活。あんななりでかなりのやり手であることは分かっていたので油断できない。

 現にこの森の奥は猛獣や毒霧のある地帯なども存在するもはやケンザンにとっての牢獄となっていた。

 近くの村にすら行ったことがないため情報が全く入ってこない。全てジュラウからの知識になってしまう。

 脱走を図るにもすぐに発見されてしまうため、こうして日々脱出ルートを開拓しようにも無駄な努力だろう。


 あの母親はケンザンにとって今は障害であった。




 最近ではこのまま20年経ってしまうとあきらめてすらいる。


 泣けてきたので泣いていると辺りから笑い声が聞こえてきた。とてもよく知るあのお嬢様の声だ。もうずいぶん前のことになってしまったが、涼があの笑い声を聞くと単純に寒気がすると語っていたことを思い出しちょっと和んだ。


「え、詰みっしょ」


 あの母親は戦闘技術をまったく教えてくれない。戦う術を全く持っていないのにヤツに勝つことは不可能だ。

 情報統制のかけられているケンザンと既にあの危険地帯を超えてここにきている彼女では差がありすぎるのだ。


「なんだか山頂は平和ね。……ん?」

 

 草木を掻き分け現れた少女。

 やはり尾賀江名桜だ。幼いし髪の色も多少変わっているがあの凍り付く笑みは間違いない。

 M組の注意人物の一人だ。注意人物しかいないのだが。


 少し驚いたことがあった。

 それは彼女の言った今の言語が理解できないということである。ある程度の言語は学んでいたはずなのだ。

 全く理解ができなかった。まるで脳が理解を拒むようであった。


「きゃああああああっかわいい!! 幼女! どうちたの~迷子~?」


(なんだ? 馬鹿にしているのか?)


 駆け寄って頭をなでてくる。ケンザンだと分かっていてもこう反応するだろうから質が悪い。


「(……なんのよう?)」


「?……何語? それ。やあああああん金髪幼女ぉ~~~!!」


 やはり伝わっていないようだ。悔しいことに聞いたはずの彼女の単語の音を思い出すことができなかった。

 髪の毛をぐしゃぐしゃにされながら考える。


 この世界に存在するであろう言語は聞く分にはほぼ全て学んだはずだった。それらを教えてくれるよう頼んだからだ。

 これはジュラウになにかされたようだ。


 例えばある言語を習得できない呪いのようなものかもしれない。


「ねえねえアンタなんでそんなにステータスにプロテクトかけてるの? ていうか私のアビリティでも覗けないってランク4ってこと?

 うーん。名前はなあに? お姉ちゃんに教えて?」


「(気づいてる感じ? 答えて? くそうわからん!! なぜ音が消えるんだ!)」


「異文化コミュニケーションこわい……。まあかわいいからいいっか。ふふーん」


 抱きしめられ頭に顔をうずめてくる。

 何度も言うがバレていなくても彼女ならこうしてくるのだから質が悪い。


「デュラウグーノン! デュラウ! ビゼンタ?」


 どんな時も自己紹介からだ。自分を指し名乗った後に彼女の方を指す。

 ここは身分を隠す方針で行くことにした。この状況でケンザンの有利はない。正体がバレてしまえばさらに不利になる、もしくはこのまま死亡だ。


 ケンザンが考える尾賀江名桜は快楽主義者である。

 それでいて「楽しむ」という部分が壊れている。この女は楽しめないものを数えたほうが早いかもしれない。

 涙を流しながら人の死を嗤う。たとえそれが自らの死であってもだ。

 授業でそれぞれが国を持って争った時も大抵が好き放題して笑いながら自害である。いかれているのだ。


 少なくともケンザンは理解できなかった。これで一定の倫理観は持っているのだからよくわからない。


「お? デュラウちゃんか。私はナオル! ナ、オ、ル!」


(偽名を名乗ってるのかこれは……? この世界の名前が近いのか。やられた! 判断がつかないよ!!)


 ケンザンは混乱した。自分が知り合いだと分かっていて地球の名前と近いものを名乗っているのか、まったく気づいていなくて偽名を名乗ったのか、もしくは本名なのか区別がつかない。

 名前の発音は聞き取ることができたがやはりその他の部分は聞き取ることができなかった。

 

「ほらほら呼んでみてくだちゃーい。ナオル、ナオル」


「……な、ナオル!」

「きゃああああああああああああっ!!」


 抱きかかえられ振り回される。そもそも同い年ではないのだろうか。彼女の背丈はケンザンよりもあるようだ。

 会話ができないのであれば力で勝る彼女に従うほかなく、もうなすが儘である。



(この子、怯えているような気がするんだけどなんで?)


 ナオの方は少女で遊びながらも冷静に分析していた。近くの村にいた転生者っぽい男に教えて・・・貰った後、おもしろそうだからこの森に入ってみたのである。

 一歩間違えば死ぬ目に遭いながら奥に進んでみれば聖域とでも思えるような魔力の溢れた穏やかな森に不思議な少女。

 鑑定スキル、個体特性の効かない隠蔽されたステータス。聞いたことのない発音と単語。そしてかわいい。


 疲れたのかぐったりした少女を抱きながらどうしたものかと思う。


「ねえデュラウちゃん。誘拐してもいい?」

「ん?」


「はあ。かわいい。バイってないわと思ってたけどこれは……。梨南ごめんバカにして。私も女もいけるかも」


「なおるカウラサイガタメテゴラス、トルプッテ? ミミッテクリャーセフ」


「え? ついていきたいナオルお姉さまって? よちよち!」


「はあ……」


 愛でたいのはやまやまだが得体のしれないこの少女を連れて行くわけにはいかない。それこそこの森の水神の娘などと言われるかもしれないのだ。

 少し会話を重ね分かったこともある。


「デュラちゃん『ミミッテ』ってニキッテクなあに?」


「!! ミミッテフォンジュラウグーノン、トルプット……ニャントルップ!!」


 少し言語を理解し、先ほどから少女の繰り返す単語の意味を聞くとデュラウは、ミミッテとはジュラウグーノンだと(おそらくは名前)言い、ナオルの胸を揉んだ。

 おそらくは母親のことだろう。


 ちなみにこの時の少女の顔は見えなかったが、こんな美人の胸を揉んだのだから幸せそうな顔をしているのだろう。


「あらら甘えんぼねデュラちゃんは~。いい子いい子」


「むぐっ……。チッ……」


 なぜか舌打ちされたが笑顔でスルーだ。


「デュラちゃんパパはいるの? うーん、『ミミッテ、ジュラウ、マカッテクだれ?』」


「? トルプラッテシャメル、ニャフ!」


 そう少女はピースサインをした。おそらく二人で住んでいると言っているのだろう。

 かわいい。


 情報は得られた。

 この森の中心で子育てを一人でする女性とその娘。隠蔽スキルをかけたのは母親であることは確か。

 

 こんな人の来ないところにいるのにもかかわらず他人から鑑定を受けることを想定している。

 公用語を知らぬ娘。しかし教育はされているようでこちらの言いたいことを理解している。


「島流し……? もしくはこの森に古くから住んでいる別種族。あなたを殺しても母親には勝てる気がしないわね。『そもそも転生者かもわからないし』?」


 デュラウを手放し立ち上がると、ナオルは薄く笑いながら少女の方を向きそう日本語で語った。


「てんせいさしゃ? なおるこれ言語分かる?」


「……。えぇ……? あなた日本語分かるの?」


 これにはナオルも半笑いになってしまった。さっきまでのやりとりはなんだったのだろうか。






 話を整理すると日本語は古くからこの世界に存在するらしい。しかし、それを話せるものはもうほとんどいないとのことだ。

 ナオはちゃんと日本人と確認してから教えてもらっていたがもしかしたら無関係な人もいたのかもしれない。運が悪かったと思ってもらおう。


「デュラちゃんいくつ?」


「じゅう!」


 言葉が通じるのが嬉しかったらしく少女は興奮しっぱなしだ。


「そうなんだ私15歳よ」

「おー」


 さりげなく嘘をつく。スキルで肉体を成長させているが同い年だ。それとして見ても少女は小柄だが。

 拙い日本語であることと固有名詞に反応がないことからこの少女はラシューニューのものなのだろう。母親は言語学者だとしても話は通るが注意人物であることに変わりはない。


 少女らしい母親の愚痴を聞いているが聞けば聞くほどかなりの実力者であることがわかる。スキル知識などもナオの数倍は上だ。そして少女に対する溺愛ぶりも。

 手を出していたらと思うとゾッとする。


 この森に住んでいる理由は分からないし、人とは会ったことがないと少女は語った。


「なおる外はどうなってるの?」


「うーん。ここよりもひどいわよ? 1年くらい前のカガラドの噴火で大混乱だし、西の方はなんか蛮族に攻められてるって話だし。あ、あと大量殺人者もいるとか。くふふふっ」


 様々な自分の見てきたことを話す。黙って最初は聞いていた少女であったが次第にいろいろな質問をぶつけてきた。やはり興味があるのだろう。


「……連れてって」

「ぶっ!! ……まじ?」


 しばらくすると少女は呟いた。


「まじまじ!!」


 今度は少女の方から抱き着いてきた。抱き返したい衝動に駆られるが我慢する。


「おふう! ママが心配するでしょ? だめよ!!」


「ん~~~~~~!!」


 デュラウは首を振り駄々をこねる。


「うわお、めんどくさ。ジュラウさん苦労してそう。かわいいけど子育てとか無理だわ」

 公用語でぼやくとデュラウを突き放す。


「え~っとね? お姉ちゃんすごく大変な旅をしてるの。一緒に来ると危ないからだめなのよ」


「いやああああああああああああああああああああああっ!! 出たいいいいいい!!」


「ぎゃあああ!」


 ついに少女は泣き出してしまう。感情がすぐ出てくる子のようだ。

 

【回避:2:危険察知】

【回避:3:致命予知】



「!!?」

 するとスキルの警報というべきものが体を駆け巡った。冷汗が急に吹き出し、寒気がしてくる。


 子を守る獅子か熊が来る。森の中心の魔力の塊が動いたのだ。ナオがこの森の中心一体の魔力だと思っていたのはたった一人の人だったのだ。


 命が危ない。



 すぐさま隠密スキルを使い、脱出する。いつもなら隠れて様子をうかがうだけだが今回ばかりは全力疾走だ。

 命の危機に瀕するとスキルが告げているのだ。こんなスキルも看破されてしまうのだろうか。様々な修羅場を一応くぐっている彼女でも久しぶりにとても恐ろしく感じた。



「あははははははははははっ!! やっば!!! とても教えてもらうとかの次元じゃないわ!」


 笑いながら走っていく。毒の瘴気の立ち込める場所、食人花の雑木道を越える。やがて、あの巨大な魔力が探知の範囲から消えてくる。

 やがて震えていた体は落ち着きを取り戻した。そうして考えてみるとあることが気になった。


「……あの子。わざと泣いた? …………ふっ!! あははははははははははっ!!

 そうか!! 情報を得たのね!? やられた!! なんてこと!?

 そうよねそういう転生もあったわね!! くふはははははははは!!」


 彼女の笑いには表情がある。混乱、閃き、自嘲、挑発。

 逃げ帰ってきた森を再び振り返り呟く。




「……良い盾持ってるわねえ源田くうん?」


 しばらく森を赤い瞳が見つめていたがやがて消えた。







「ここにおったかデュラウ。まったくさっさと帰るぞ! 夕飯ができておる」


 愛娘を見つけたジュラウはそう言いながらデュラウの頭を撫でる。またこの娘は一人森で泣いていたのだ。


 なにも言わずジュラウに抱き着いてきた。かなり安堵しているように思える。


「? どうしたのじゃ。熊かなんか出たのかのう。あらかた狩ったはずじゃが」


「…………」


 ジュラウの腕に抱かれ離れようとしないデュラウ。最近はこういう風に甘えてこなくなっていたので少し喜んでしまう。

 好かれるというのは悪い気がしない。


「ほおれ! 帰るぞ」


 娘を抱きかかえるとそのまま歩き出す。重くなった。娘の成長を感じる。

 もはやこの森から出るという気はないためこのまま娘の一生を見届けるつもりだ。


「怖いことなぞなんもないぞ。わしがおるからのう!! はっはっは」


「……」


 その通りだとケンザンは思った。この母がいなければ間違いなく正体に気付いたナオに殺されていた。

 日本語に気付いた振りもなかなかに綱渡りだった。ジュラウが日本語など話せるわけがない。しかし外の情報を少なからず得ることができた。

 遅かれ早かれナオにはバレていたはずだ。あのタイミングがギリギリだったのだ。初戦はこちらがもらうことができたが次はこうはいくまい。


 なんとしてもここを出なければ。母の温もりを感じながらデュラウは眠るのだった。





 山の麓の少年が何者かの手によって殺され、その犯人の痕跡が森の方へ続くのが発見されたのはその数日後であった。






「こんなところまで来て大変だったでしょう。こんなものしかありませんが……」


 そう言って目の前の女性は何かの果物やスープを差し出してきた。


「すいません。何分飲まず食わずで2日程動いておりまして」


 ガレム達はそれらを受け取る。味はまあまあであったが何より空腹があったためすぐになくなってしまった。


「味はそうでのない! まだましほどです!」

「おいおい、そんなことはないぞデュラウ」

「いえ結構ですよ。料理の腕はまだまだですので」


「(ママちょっと気持ち悪すぎないその口調。猫被ってんしょ)」

「(黙っておれい。まったく……)」


 親子の会話が聞こえてくるがガレムにはその言語は分からない。


「ジュラウさんはどこの出身で? シャクエイ国の出なのですか?」


「昔住んでいただけですよ。西方の出身で言語の研究をしていました。この子を育てようと思ってここに住み始めましたがまさかお客人を招くことになるとは思いませんでした」


 そう笑いジュラウグーノンと名乗った女性は語る。


 どう考えても怪しい。なぜこんなところに居を構える必要があったのであろうか。麓に行けば村はある。村の人々もこのシャルフォルン山に住んでいる人がいると言っていなかったことから、交流もないのであろう。

 尤も交流があるとすればあの危険地帯を一々乗り越えていくということだ。少なくとも一度は乗り越えているからこそここにいるわけだがそう何度も気軽に行ける場所ではない。

 

「そうですか。いや失礼。我々はとある人物を追っていまして、その手掛かりをこの山の麓で見つけたので登ってきたわけですがまさか人が住んでいるとは」


「……。確かにこんなところに住むなんておかしいことですね。あなた方が追っている人とは? まあここ数年人を見たことはありませんでしたが」


 やはり何かから逃れここに住んでいるのであろうか。


「悪魔笑いと呼ばれる怪人物です。誰も姿を知らない殺人鬼です」


 部下が喋ってもいいのかと目線を送ってくるがガレムは無視する。


「……そんな人物がこの森に? それは怖いですね。デュラウも人間を見たことはないでしょう?」

「ん? ない。この人らが初だです」


「え? 天使ちゃんそれホント?!」

「おい!」


 またアホが何か言っているようだ。

 だがこの娘が言っていたことは本当であったらしい。産まれた時からこの森に住み、他人との交流は一切なし。

 一体この女性は何者なのであろうか。


 目の前の母親を見るがその容姿は娘のように金髪でとても若く、親というよりは年の離れた姉のようだ。

 数人の男を前にしても動じぬその姿勢は自分たちよりも遥かに年を取った老獪な人物を相手にしているかのように感じる。



「……少し話しましょうか。デュラウ少し外をお兄さんたちに案内してあげなさい」

「えー、気にになる」


 娘を小突き、ガレム以外を家から追い出すとジュラウグーノンは目の前に座った。


「……私は外……いや人間が嫌いになってしまったのです」


 そう語るその表情は曇っており、おそらく辛い過去を思い出しているのだろう。そして、続けた。


「私は辛いことがありこの地に逃げてきたのです。そして、捨てられているあの子に出会った。あの子は異性魂憑きで、そのことを知った時私はどうしようもない気分になりこの子の為だけになら生き続けられるだろうと考えてしまったのです。ふふっ、自分勝手でしょう?」



 ガレムは率直に言って納得した。ラシューニュー北部出身である彼には余り馴染みはないが、トロット至上主義に染まった国々はステータスを重要視する。

 異性魂憑きはステータスに表示される中でも病気、または呪いなどに分類されるものである。更に嫌われてしまう原因の一つに異性魂憑きは異性魂憑きを生みやすく、異性魂憑きに育てられた子は性別違和を感じやすくなってしまうという。

 それらに寛容な国はとことん寛容だが迫害する所はそれこそあの少女のように捨ててしまうこともあるのだ。



「そうでしたか。私も仕事柄そのようなことに遭遇したことがいくつかありますがどれもやるせない気分になるものばかりでした。あなたがそう考えるのもわかってしまう気がする」


「あらそうですか? こんな山奥に住もうと?」


「まあそこまでかは……。いやしかし、あなたはかなりのやり手のようだ。傷一つなく誰かを殺すことができる程に」


「はい?」


 ガレムの雰囲気が変わった。いや変えたと言う方が正しいだろう。有無を言わさずジュラウを睨む彼に、さすがのジュラウも少したじろぐ。

 獲物を狙う野蛮な眼だ。自分の目の前にそれがいるかもしれないと考えているだろうその野生に還る男に完全に呑まれるほどジュラウも甘くはない。


「それが先ほど言った悪魔笑いの手口ですか? 顕示欲の強い人ですね。なぜそんなことを?」


「……ご存知のようだが? ふっ、専門家の話では『ステータスの表示にある殺害人数の隠蔽』のためだそうですよ」


「へえそんなことが。知りませんでしたよ」


 人を殺した数でスキルや経験値が得られることから分かるように、この世界では殺した人数が自身のステータスに記録されるのである。

 それを胡麻化すことが殺した相手の傷跡を治すことで可能なのだ。

 なぜそんなことが起こるのかは諸説あるが、患者を癒している者達が治療中に患者を死なせてしまったときに殺人扱いになっていたという過去の記録があり、それを癒しの女神にどうにかしてくれと頼んだためにこうなってしまったというものが最も信じられている。


 勿論、一般に知られていることではないし数にカウントされないため禁止スキルを手に入れたい人物がそれを行うメリットは無い。

 この事を学ぶスキル研究家は固く口留めもされる。まあその口は数枚の金貨で動いてしまうのだが。


「それで、失礼だがあなたにはこれを使っていただきたい。どうかお願いできないだろうか? 代わりに外の情報を私が知っている限りで教えよう」


 そんな悪魔笑いの疑いなどはジュラウにはどうでもよかった。その視線はガレムが取り出したモノ、毎夜夢に見たあの全ての始まりであり終わりである忌々しい魔道具、

 


 ――オピスメーラに向いていたのだから。

 





 


「むううううううう……」

「唸ってるね天使ちゃん」


 一方外では川の畔で座り込むデュラウと馬鹿とビオがいた。


「片言フォウはなぜここへ来るたの?」


「えっ? さっき隊長が言ってたじゃないか。わるーい人を追ってきたのよ」


「ママがそれ?」


 そう質問する少女の顔は複雑だ。初めて見る集団を敵と思いたくはないのだろう。馬鹿、ヒルトは女の子に対して厳しくするほど嫌な大人になりたくはないが、状況が状況なだけにうまく答えられなかった。


「それだとしてもママはママ、だから、なので、それから……うぅ」


 普段使わない言語なのだろう。しどろもどろになりながらもヒルトとビオに少女は訴える。


 母は悪くはないと。なぜなら自分の母親なのだから。


「せんぱーいいい。オレ辛いっす。もう見逃していいんじゃないすか?」

「……馬鹿言え。気持ちはわかるが金優先だ。」

「それでも元尉官ですか! 鬼!」


「……? おに! おに!」

「そうだぞ天使ちゃん! この人は鬼なんだぞお!」


「おいおい……」


 突然罵倒が始まったことにビオは面倒に思うが、もしあの女性が悪魔笑いでなかった場合でもさらに大事になると感じていた。

 なぜなら、エーピアの大魔女の可能性があるからである。それはガレムも考えているはずだ。

 もしそうだとすれば今の疲弊しきったこの部隊で足りるかどうか分からない。正体がばれた彼女が易々と自分たちを逃すわけがないのである。


 話に聞くに、かの魔女はギャレイデンとの大戦に於いてかなりの戦果を挙げ、エーピア初代国王とも旧知の仲であるという。カラ・ザイス・サットシーに魔法を教えたのも彼女であった。

 何より保有する魔力が自身の肉体に収まりきらずにオーラとして現れてしまうほどだったとも言われる。

 簡単に言えばまず正面切って戦うことは避けるべき化け物である。


 その可能性を考えていないであろう目の前で少女と戯れる馬鹿を見て気が抜けるのであった。






「おい、帰るぞ」


 しばらく時間が経ち、馬鹿と少女が川で魚を素手で採ろうと躍起なっているのを眺めていたが、後ろから聞こえる声に振り替えると、ガレムとジュラウグーノンの姿があった。もう話は終わったようだ。


「了解」

「隊長! どうだったんです?!」

「……阿呆。どうもせん。捜索を続けるぞ」


 それを聞いたヒルトはデュラウになぜかサムズアップをする。


「ん!」


 それに笑顔で少女は答えるのであった。







 お別れは馬鹿のせいで少し賑やかなものになった。


「元気でね天使ちゃん!! また会おうね! 絶対だよ!」

「うん! 片言フォウ元気が一番! サヨナラ!」


 手を激しく振りながら下山していく男達。生意気にも周囲に張ってあったあらゆるトラップが外されていくのをジュラウは感じた。

 今この場で彼らを即死させることは容易い。心臓を抜いたり、首を切断してもよい。それこそ下山する途中に大型の獣を暴走させておくだけでも良いかもしれない。

 しかし、生き残りを許すかもしれないし、もっと遠くに友軍がいるのかもしれない。下手に触れないほうがいいだろう。



 この10年あの日のことを考えなかったことはない。なぜ、オピスメーラに嘘の情報が書かれたのか。

 あの時は動揺していたが、簡単な事だった。


 あの日、あの場所でオピスメーラに映し出された情報を国王以外見ていなかったのだ。


 つまり、オピスメーラに細工を施したわけではなく王に対し幻覚、認識阻害をかけた者が存在するということだ。

 立派な反逆行為であり、今も操られている可能性がある。元、弟子にまで声がかかっていたのだ。首謀者は余程の念の入れようであり、その力もかなりのものなのだろう。

 

 ジュラウのエーピアに対する憎しみは消えていない。娘に対する愛が心を占めすぎていてあまり表に出てこないだけである。

 娘に対してエーピアで使われている言語を獲得できない呪いをかけたことからも失われていないことが分かる。


 この森を出なかったのは娘と共に暮らすためもあるが、自らを復讐へ向かわせないためでもある。

 この水神の土地は娘に対する籠であり、自分への枷なのだ。



「ママ? 何か嫌なことされたん? ちょーこえぇんだけど」


 娘の心配するような視線を感じ目を向ければ、少し怯えた表情をしていた。



「のう、デュラウ。やはり外に出たいかのう?」


 真剣に。普段のお茶ら気を許さない質問を愛娘に投げかける。膝を折り視線の高さを合わせる。今この時は親子ではなく対等な魔女だ。

 

 それに娘も気付いたようで表情を締める。


「うん。でも、家はココがいい。いろいろ見て回って帰ってきたい」


「おぬしにだけ優しい世界なぞココだけじゃ。自慢ではないがワシの技術を持つお前は世界中から疎まれるじゃろう」


「そんなのどうでもいいっしょ」


「人を殺す、騙す技術をおぬしに教えなければならぬ。ワシが辛い」


「……いやそこは我慢しろって」


 とてもとても大きなため息をジュラウは吐いた。この好奇心の塊に何を言っても無駄。技術も悪用することに関しては自分を超える。


「……よかろう」

「やったああっ!」


 デュラウは跳ねるように喜んだ。知らぬ男どもを連れてきた甲斐があったというものだ。

 母のこの技術は素晴らしい。ここでこのままタイムアップもいいだろう。しかし、同時にこの体を男に戻すというノルマが存在する。

 まだ教えてくれないが若返りの技術が存在するのだから、性転換の技術もどこかにあるかもしれない。今度それとなく母親に聞いてみることにした。


 計画を練り始め、胸を躍らせているデュラウであったが聞き逃せない一言がぶつけられた。


「まあ、ワシもついて行くがの」



 







「……マジ?」


「当たり前じゃ」



 デュラウは頭を抱えるのだった。









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