表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
11/17

11話 小さな島の大きな出来事・上

 白き城の最上階、悪魔の島の頂点のみが入ることの許された部屋に籠りながら、サーデは考え事をしていた。それはつい先日誕生した完成品である我が子についてである。


 精霊の因子を持つ個体同士をかけ合わせ続け出来た母体から生み出すことに成功した、もはや彼にとっての芸術作品だ。サーデは1世代のみのデーメ・アレマテトと呼ばれる超越種であり、交配による遺伝子の受け継ぎは不可能だった。

 彼の精子は入り込んだ肉体のエネルギーを吸いつくしてしまうのだ。


 友人であるジェンド、エルーも似たような体質を持っている。個体としての力が強すぎたのである。子孫を残せぬ彼らに対する同族のあたりは強く、面倒事から逃げるように彼らはギャレイデンが来るよりも前にこの島に移り住んだ。

 そののちに同盟種族や親族が滅んだことを知り、逃げてきた同胞たちを受け入れたのがこの国の始まりである。


 ジェンドやエルーは復讐を掲げているが、サーデ自身は子供が欲しいという目的から変わっておらず大陸への攻撃などどうでもよかった。


 その悩みもこの間までのものだ。産まれてくれた正真正銘自身の子供たち。メイナ、カネル、ローノ。精霊クラスでなければ受け入れられないほどの彼の遺伝子を受け継いだ自然の力を持つ超人たち。

 生きているということが、在るのが当たり前の自然現象の化身。


「その中でもキミはやっぱりちょっとおかしな子ですよ」


 振り返れば床に蹲る紫色の髪を纏う少女の姿があった。

 ローノ。3人の子供達の中で唯一人間のように生まれた子。苛烈な力を持ちながらそれを抑えようともがく幼い愛娘だ。


「毎日言っているでしょう? その力を気に病む必要はありませんと。抑える必要なんてどこにもないのですよ?」


 サーデにはなぜ彼女が力を嫌っているのかが分からない。子育てとは、教育とはよくわからないものだ。


「それに今日はいきなり僕に襲い掛かってきてどうしたんですか?」


 娘にそう言いながら近づく。その身長差はこの数年で縮まり、傍から見ると兄妹のようだ。


「……なぜ、なぜお母様を処理したのですか」


 殴られた腹を抑えながら、獣のように獰猛な瞳でサーデをローノは睨む。消えていた紫の雷光が再び走り始める。


「なんのことですか? 一応、前にキミに頼まれたから家を用意して生かしていたはずですよね?」


 決して人の目には追えぬ速度で放たれた蹴りをいなしながらサーデは答える。こうなった娘は常人ならば3回は息絶える一撃を加えなければならない。

 伸ばされた脚を掴むと床に叩きつけその背に肘を撃つ。少々の鈍い音が聞こえたが死にはしないだろう。


「……。昨日まではッ……。いたはず……が、いなくなっていたのです。なぜ、なぜッ!! ガフッ!」


 激痛に襲われる中も娘はもう役に立たなくなった母体のことを思う。身に覚えのない疑いを向けられ困惑しながらサーデは娘を気絶させた。

 少し力が入ってしまったようで嫌な音が響いた。それもそのはず、腹に穴を空けてしまったのだ。まあ問題はない。明日になれば回復しているだろう。


 この子は間違いなく超人だ。親としての目を外して見てもそう言えるだろう。


「ふーむ。だがなんと言えばいいのか……。ああ、そうでしたそうでした。『優しい』というんでしたねこういうの。あははは、可愛いなあ。どうせあんなゴミキミより先に死ぬんですからほっとけばいいのに毎日世話しに行っちゃって」


 ヤサシク娘を抱き抱えながら陽気にサーデは微笑むのであった。


 本当に、本当に成長が楽しみだ。



















 禍々しい城から少し離れた、森に隠されるように存在する湖。そこには穏やかに過ごす女性たちの姿があった。その身体の一部にある番号から名前を持つことを許されていないことが分かる。




「ケルゴ様、おそようございます。今日もいい天気ですね」


「ああ。そんなに遅いかなあ。それにちゃんと空を見ろ。これがいい天気と言えるか?」


 彼女達は静かに笑う。ここに連れてきたときには欠片も表情が動かなかったというのに今では肌の色も心の動きも健康的だ。

 ケルゴが助け出した廃棄されそうになっていたこの島での『母親』達である。



 ケルゴにはこの島にはない価値観、道徳観が存在する。

 母と父と子は同じ場所にあってこそ。男と女は結ばれてこそ。死ぬときは年老いてからだ。



 故に彼はこの島を出ようと考えていた。自身の助けた番号付きとともに。父の元を離れ、彼は小さな国をここに築いていたのである。




「ケルゴさま、見ましたか南の方の大噴火を」


「ああ。空が燃えているようだ」


 つい昨日起こった大噴火はこの島でも確認できた。空を覆う濁った雲も、荒れる海も少なからずの被害をこの島にもたらしていた。


「作戦は延期かな。この荒れようじゃ船を出しようがない」


 そこにミリャイーヤも現れる。


「いや、逆に今がチャンスだ。注意が南に向いている間に北から脱出する」

「……確かにリスクは零にはできないしね。わかったよケルゴ。ボクも覚悟を決めよう」


 湖畔を歩きながら作戦を立てる二人。そしてそれについて行く名前無き者達。



「母様。ケルゴ様は私達をちゃんと逃がしてくれるの?」

「ええそうよデラトーラ。あの方は私を助けてくれたんだものきっと次もうまくいくわ」


 それを眺める母娘がいた。その母親は仕事・・を終え、ただ生かされていたところを救出された過去を持ち、娘はその時生きていたケルゴの仲間との間の子である。


 まだ幼いその娘の髪は紫色で時折発光していた。











 今日はサーデの城では朝から忙しない。指示する声があちこちから聞こえ、それに答える声、反抗、愚痴、様々なものが交差していた。

 その物音は最上階の一つ下に住まうメイナの耳にも聞こえていた。


「もう! 朝からなんですの?! あなた確認してきなさい!!」


 侍女の番号付きAS20089に聞きに行かせると、愛しの妹のせいであるということが分かった。


「ローノ!! 今度は何事なの!? 昨晩からずっとじゃないの! なぜわたしの城にこんなに下級種族を入れているのよ!」


 侍女が止めるのも聞かず寝巻のままローノの部屋へ向かう。

 確かにこの侵入者たちの動きの中心は妹の部屋であった。すれ違う名前持ちが驚きながらも次々と頭を下げていく。よく観察すればそのどれもが疲労を顔に浮かべていて、本当に昨夜から動いていたことがわかる。


「ローノ!!」


 勢いよく妹の部屋を開けるとそこは会議室のようになっていて、大きなテーブルを中心に少し覚えのある名前持ちが並びその一番遠くに、紫色の髪を輝かせ正装をしているローノの姿があった。


「お姉様。今取り込み中です。お引き取りを」


 部屋にいる者のほとんどが縮こまるほどの殺気を放っているにも関わらず涼しい顔で妹は返事をする。


「ここは確かにあなたの部屋であり、何をしてもいいでしょう!! でも廊下は別です! 彼らはあなたの客人であるのですからわたしに迷惑をかけないよう、教育をしてはいかが!?」

「……それは……? 一体何が迷惑だと?」

「安、眠、妨、害!!」


 少し考え込むローノであったが近くの土木作業を担当させているものに視線を流す。小さな雷光が走る。


「どういうことか?」


「す、すまねえ! あいつらそういう礼儀はねえもんで、気を付けるように言っておきますから!!」


 ローノは舌打ちをすると立ち上がりメイナの元へ向かった。ローノが歩く道に接している名前持ち達は彼女が近づく度に震えていた。


「すみませんでしたお姉様。一晩中この部屋にいたもので外の物音にまで気づきませんでした」

「ま、まあわかればよろしいのよ。……ところでこれは何をしていたの?」


 頭を下げられ、ここまで言われて怒るメイナではない。勿論相手がローノやサーデ、ケルゴの場合のみである。



「先程までの内容で分からぬ部分があるものはいるか?! なければ解散とする!」


 ローノが振り返り名前持ち達に威圧すると、誰もが首を横に振った。


「ではさっさと出ていけ!!」


 言われずともこの城とはおさらばしたい彼らであるが、扉の前には凶悪な姉妹が並んでいる。


「なぜ扉から出ていく気でいる? お似合いの出口があるだろう!?」


 そう言い放つと彼女は取り出した雷槍を振るい、彼らを窓の外に叩き込んだ。悲鳴を上げながら落下していく名前持ち達。この程度では死ぬはずがないので平気ではあろう。


 唖然としているメイナに向き合うとローノはいつもの無表情で軽く言い放つ。


「ではお姉様、朝食の席で簡単にお話ししましょう」










「復興作業……?」

「はい。昨日の噴火の影響でこの島にも被害が出ているので、情報を集め指示を出していたところなのです」

「おいおい。それをお前がやる必要がどこにあんだよ?」


 カネルも含め3人で食事をとりながらローノは説明した。噴火、地震に伴い起こった津波により南側の漁村、農村地帯が死んでしまったのである。

 これの対応が遅れると番号付きたちが食料を求め中心に進出し、名前持ちとの衝突が起こると予想されるために最も南に近い名前持ちの領主がローノに助けを求めてきたのである。


「んなもん鎮圧すればいいじゃねえか」

「お兄様のように相手が百いても勝てるような力を誰もが持っているわけではありませんよ。名前を持たぬとはいえれっきとした御三方の作品たちですから」

「いや……オレはなんでお前に頼むんだって聞いてるんだが」

「それこそ愚問でしょうカネル。ローノ以外にそんな面倒臭いことできる権力者がこの島にいないのなんて城住みの人達なら知っていますわ」


 「夕食会の雷撃」と今は呼ばれるローノの恥ずかしいあの一件以来、彼女は積極的になった。具体的に言うと為政者のように振舞い出したのだ。

 それまでは外に出ても誰とも関わろうとはしていなかったが、関係をよく作り、この城に客を招待するようになった。夕食会の雷撃を知りなめてかかってくる他の名前持ちに、時には力で分からせることもあったので事件を起こしていないわけではない。

 

 それでも今こうして頼られるくらいには信頼を得た。


「あんな喋り方してるのなんて今朝初めて知りましたわ」

「まあ、あれはその……いろいろとお二人を参考に……」

「あんなんだっけかあ?! 固すぎんだよなあ」


 食事を続けていた彼らであるが突然耳を覆いたくなるような叫び声が聞こえてきた。悪魔の声を持つアレマテト・バンセファイの声が窓の外から響いてきたのである。


「なんなの!? っ? ローノ?」


 それを聞いたローノは立ち上がると、近くに控えていたもう自分よりも大きく成長したファルに乗り込み勢いよく、それこそ雷が飛び散るほどの勢いで窓を割り出ていった。


 吹き抜けとなった窓の周りは焦げ、少し涼しい風が残された二人に吹き掛かる。



「……なんですの?」

「知らね。はあーあ何が楽しいのかね。……んだよメイナ」


 退屈そうに外を眺める弟をメイナは笑った。ローノとカネルは少し前まではいがみ合っていたのだ。褒められるローノをカネルが気に食わなかったのである。

 ある日、カネルのおもちゃ遊びをやめるようにローノは珍しくカネルに意見した。勿論カネルは激怒し、サーデに叱られるまでこの城を破壊し続ける程喧嘩したのである。

 それ以来、本人は飽きただけだと言っているがおもちゃ遊びをすることは無くなった。その代わりローノと喧嘩する機会が増えたようである。


 そんな彼らを見てメイナ自身も侍女をちゃんと従えてみることにした。ほんの気まぐれで、今までの捨てたものに対する懺悔は少ししか湧いてこなかったが、ローノはよく話してくれるようになった。



 もう彼らはアレマテトでいう16歳の肉体年齢を持つ。しかし、本来は10歳だ。まだまだ幼い。



「そういえば、聞いてくれるかしら? 今日はケルゴ様とデートの約束をしていますの! 何を着ていくべきかしら! そもそも……」

「うわ……長くなんじゃんコレ」


 







「食事中に呼ぶとは何事か! 事によっては仕置きだぞバンシィ!」


 ファルに跨り、空中を駆けながら先程のアレマテト・バンセファイ、バンシィにそうローノは問い質す。


「申し訳ありませんローノ様……。私も詳しいことは知らないのです。ただ緊急で今すぐにローノ様の判断を仰ぎたいとゲルガン隊所属のバンセファイからの声を聞いただけなのです」



 冷たく、氷のような美しい声が響く。その声の主も冷たい肌と美貌を持ち寒空を静かに駆ける。

 アレマテト・バンセルフォンが暖かい影響を与えるのに対して、人の心に対しての攻撃力を持つよう調整されたアレマテト・バンセファイである彼女の声は、対策をしなければ瞬時に人を狂わせるほど恐怖心を煽る。近くで聞いているローノ自身にもその効果はあり、会話を重ねるだけで冷汗を掻きそうになる。それを悟られぬよう痩せ我慢をしながら続ける。


「この連絡システムはわたしを呼ぶためのものではないと何度言ったら分かるのだあの阿呆は。よい、案内しろ」

「畏まりました我が主」


 遠くまで声を響かせることができるバンセファイ、バンセルフォンによる連絡システム。島に一定の間隔で彼女達に巡回してもらい、その近くで何か起こればいくつかのパターンの歌声でローノの耳に入るようになっている。

 バンセルフォン、バンセファイ達はお互いの声の違いが分かるが、この島のほとんどのものが理解できない。彼女達の声をまともに聞けることの出来るものがまずいなく、聞き分けるにしてもその音が分からぬ音感があまり良くない者が多い。自動的に全てローノが対応することになっているのだ。

 自分にしては良いシステムができたと思っていたローノは少しイラついた。さらにイラつくことにその呼び出される回数の多さである。ちょっと困ったことがあると昼夜問わず喧しい声が響いてくるのである。今となっては島中から名前持ち、番号付き問わず「困ったときのローノ」として召喚されるようになってしまったのである。

 一応組織した警察機構も役立ったことはあまりない。自治するという感覚に疎い名前持ちは勝手な方法で解決しようとするし、番号付きは名前持ちに対して良い感情を持っていないため判断を偏らせる。

 結局ローノが無理矢理その場で解決することになるためまた苛立ちは募るばかりである。



「ゲルガン!! 今度はなんだ貴様! また見つけた茸が食べられるのかどうかだったら容赦せんぞ!」


「ち、違うよローノ様! あれだよアレ!!」


 バンシィに案内されたのは大噴火で被害を受けた海岸であった。

 そこにはアレマテト・ギャレグトル、地球ではオークと表現できる種族であるゲルガンが数人の部下と共に佇んでいた。

 喋り方からもわかるようにあまり脳は大きくない。言語野があまり発達できないと言った方が正しいだろうか。筋力、体力は他の追随を許さぬほど優秀なのでローノは一番動き回ることになる警備隊を彼に任せている。


「あれは……漂流者か?」


「うん。船で脱出してきたらしいんだけど難破してしまったらしいんです。リューンさんが翻訳してくれた」


 見れば海岸にはバラバラになった木片が散らばっており、ケガをしている集団が集まっていた。老人から子供まで、一つの町の住人で噴火から逃げてきたのであろうか。

 警備隊に取り囲まれており、その表情は青い。リーダー格と波覚に優れる種族のリューンが会話しているようだ。


「漂流者だけじゃなくてあちこちにこの島に来ようとする船があるって他の担当から連絡が来てて、今は待ってもらってるけどこのままだと無理矢理上陸しようとしちゃうみたいなんだよ!」


 遠くを見れば確かにいくつかの船団が見える。灰の雨から逃れてきたのであろう。


「なぜ私に判断を仰ぐ? ここらはゼファルスの担当だろう?」


「ゼファルス様だと……その……すぐ殺しちゃうじゃないですか」


「それがこの国の当たり前だからな。……なんだその目は」


 漂着した者はその地の者が好きにするといういつの間にか存在したルールがある。これは番号付きも行っていることでその時に奪う様々な戦利品は貴重な資源でもある。

 

 だと言うのにこの豚は助けたいと思っているようだ。見回せばいくつかの者達もそんな雰囲気を目で醸し出している。


「ローノさまが宣言してくれれば……その……おねげえします!! 家族も町も突然失って、可哀そうなやつらなんです!!」


 部隊の者が一斉に頭を下げる。ゲルガン以外は番号付きのこの隊はローノが拾うまでは島の端で貧乏な暮らしをしていた。

 ローノが髪をいじると、少し大きい静電気の音が何回も響く。

 この音を出しているときはちょっとイライラしているときなので、それを最近理解し始めたゲルガンはさらに頭を下げる。


「チッ……。バンシィ、ゼファルスを連れて来い。話を付ける」

「畏まりました我が主」

「ありがとうございます!! ありがとうごぜえます!! うがあっ!?」


 ゲルガンにしばらく立てなくなる程の雷撃をかまし、ローノは漂流者たちの元に歩き出した。食事中だったとは言え、仕事用の正装を纏うローノの姿は異形の者に震えていた彼らにはまともな者に見えたようだ。

 


 漂流者である彼らは昨晩ここに流されていた。同じ場所から来ていない者も混じっており、なんとか海岸で一夜を過ごした。すると、朝方に見たことのない人型に遭遇しこの島が無人島ではなかったことを知ったのである。

 


「リューン、彼らはなんと?」

「これはローノ様。昨晩の疲れもありましょう。態々ご足労ありがとうございます」



 何人かの息を飲む声が聞こえた。空から現れた絶世の美女だ。紫色の髪は時折輝きを放ち、その凛とした態度は知性を感じさせた。

 先程まで彼らを相手していた黒い翼を持つ少女もかなりのものだったが別格だ。


「津波に流された者、難破して漂着した者様々です。死体もいくつか」

「言語は?」

「エーピアで大丈夫かと。私は話せませんが」

「そうか。あとはわたしが話す」

「畏まりました我が主」



「さて、貴様がこの集団の主か?」


 少し古臭い喋りだがちゃんと話が出来ることに漂流者たちは安心したようだ。



「はい。そうです」


 年配の男が返事をする。


「まず、諸君らは無断で我が国に立ち入った不法入国者である。どんな理由であろうとな」

「そんな……っ!」


 一人の女性が反応する。リーダーはここが誰かの土地であった以上、そうなることを覚悟していた。むしろ、何も言わずに殺さずちゃんと会話をしてくれるだけマシである。

 巨大な化け物達に囲まれた時はこの世の終わりかと思った。


「それは承知しております……。しかし、今の我々には帰る場所が無く……」

「土地はあるだろう? 灰によってしばらくは死んでいるだろうがな。貴様の国がどういう構造なのかは知らぬが、貴様らは国を見捨てた脱国者ということになる。こちらとしては強制的に送り返したい。我が国の資源は我ら国民のものだ」

「……」


「なんだその言い方は!」

「人としての思いやりはないの!?」

「何様のつもりだ! ……ひっ!?」


 予想されたやり取りにローノがうんざりしていると、ゲルガンが復活していて部下たちと共に漂流者たちを睨んでいた。


「言葉でなくとも分かるぞ……。お前ら……お前らローノ様に何の文句がある!! 消し飛ばすぞ!」

「我が主に対してのその振る舞い。決して死無く済む話ではない」


 獣の咆哮を上げ、黒い翼を広げ威圧する波を放つ二人。周りの警備隊たちも今にも殴りかかりそうだ。


 その時轟雷の音が響いた。


 自分たちの真上で起こったかのようなその音に誰もが黙る。

 静寂が支配した後、耳を塞いでいた者達が顔を上げると髪を輝かせ、ゲルガンとリューンを麻痺させているローノの姿があった。


「失礼した。名乗っていなかったな。ローノ・デルタニア・ヴァラケルス。ここを治める御三方が一人サーデ・ヴァラケルスの娘。貴様らが王政の国かは知らぬが私は王女だ。交渉相手として文句はあるまい?」


 地が震えるほどの雷の音を聞いた彼らは必死に頷いた。













 メイナは寂しがりである。彼女自身は本来引っ込み思案であり、甘えたがりだ。


 最初のおもちゃ遊びは父であるサーデの目の前でやった。失敗した従者を脱水して殺したのだ。生き物を殺すことをよく思うことはなかったのだが、父の反応を見たかっただけだ。


 サーデは何も言うことは無く、むしろ当たり前のように思っているようだった。


 自分の方から向かっていくことが苦手なメイナは怒られたかったというよりは何でもいいから構ってほしかったのである。

 徐々にエスカレートしていく行為を誰も止めることは無かった。カネルもそんな感覚だったのだろう。

 どんなに残酷な行いも禁止されず、叱責を受けることもなかった。何のために無駄に侍女を調教しておもちゃにしているのか分からなくなっていた。


 メイナもカネルも父を尊敬する前に、本能的に恐怖している。受け継いだ血が彼を畏怖し、心を縛る。

 だからこそ、自分から父に向かっていくローノが羨ましかった。同時に自分を見てくれる彼女を愛し返した。始まりはあの子の雷撃の直撃を受けてからの謝罪であったけれども十分だった。


 そんなメイナを構ってくれるのはあとはケルゴである。自分にとっての甘える対象。自覚はないが父の代わりに自分を甘やかす存在なのだ。


「さあ気合いは入れましたわ。わたしもいい歳です。いい加減ちゃんとした返事を貰わなくては」


 アプローチはここ数年で確実に増やしている。「血の格」も問題ない。あとは彼の返事を待つのみだ。

 待ち合わせ場所である彼の住む森の泉の前で待つ。1週間前に約束したことを彼はちゃんと覚えているだろうか。

 花を抱えて頬を染める。思い出すのは初めて自分に対し微笑みを向けてくれたケルゴという人物。

 エルー様の息子であり、一人で暮らす変わり者。誰にも優しいため人気者なのが厄介。常にまとわりつくミリャイーヤとかいうコウモリもめんどくさい。


 ローノとケルゴの喧嘩を見てから必死に顔と数字を覚えた侍女が寒くはないかとお茶を用意しようとする。それを断りつつ思い返す。この侍女とも一番長い付き合いになったと。

 この子は自分を見てくれていると言ってもいいが、果たして自分は見ただろうか。


「……ありがと。やっぱり頂くわ。あなたも寒くはないかしら?」


 侍女は少し驚きつつも問題ないと告げ主の傍に立った。少し恥ずかしく思い、胡麻化すように今日の愚痴を侍女に浴びせ続ける。


 水の乙女の待つ泉の水は空を映し暗く濁っていた。












「で? なんで勝手にオレ様の屋敷使ってるんだあ? ローノ?」

「命令する従えゼファルス」

「話がしたいってんじゃなかったのかよ!! なんでもう処理してんだよ!!」

「はあ……」


 ゼファルス。アレマテト・カメンドーギリ、カマキリの特徴を持つ彼はその大顎を鳴らした。名前持ち達の中でもかなりローノとは古い付き合いになる。

 彼の屋敷に一旦漂流者達をまとめることにしたのだ。彼の部屋で今口論が繰り広げられている。


「お前は殺すだろう」

「オレ様に任せりゃあそうなる」

「それは嫌だとゲルガン達に言われてな。優しいな私も」

「……今度は何狙ってやがる雷撃娘」


 なぜか自分の椅子に座りふんぞり返る女を呆れたようにゼファルスは見た。小さな頃会った時に比べ最近は態度まで偉そうになってきた。


「ただでとは言わん。何か言え」

「話が早えな。どうだ、今度食事でも」

「……それでいいのですか?」


 素に戻る彼女を見て笑う。突拍子もなくて驚いているようだ。実際、この国で彼女を狙うものは多い。権力、美貌、理解力、言ってしまえば完璧なのだ。


「それは許されないわよ。ゼファルス」


「うおわっ?! 喋んなバンシィ! びびったわ!」


「いいぞゼファルス。後で予定を合わせよう」

「……ローノ様……」


 地の底から響くような暗い声でバンシィは抗議するが無視された。


「さて、彼らの処遇だが……」

「お前が勝手に決めていいのか? 一応……いやトップは御三方だろ?」

「不敬罪……」

「その声やめろって!」


「構わん。どうせ関与はしないし、あの方達の計画に関わるようなら直接呼出しがかかるはずだ」


 御三方は崇拝対象ではあるが権力を握っているかと言えばそうではない。力を持つが基本的にこの島内の住人達に関わることは無いのだ。どこにあるかもわからない研究所に籠りきりである。


「まあ、そうか。で? 送り返すのか?」

「基本的にはそうだ。滞在期間を1カ月にして貰い、それ以後は彼ら次第だろう」


「ローノ様、彼ら次第とはどういうことでしょうか? 失礼ながら考えをお聞かせ下さい」


 バンシィの願いに対し、ローノは視線を向けると立ち上がり語り出した。


「ここから出ていくのもよし。船を使うのなら全て貸しだ。ここに残るのもよし。ならば彼らは名前を奪い、番号付きとして暮らしてもらう。そのどちらにも従わないのなら……」

「ぶっ殺していいんだな?」

「派手にやれ」


 茶化すようにゼファルスは口笛を吹いた。

 一方バンシィはまだ何か腑に落ちないようだ。


「……なぜ1カ月も待つのでしょうか? それに番号付きとなった場合も普通に殺されるのでは?」


 それに対しいつもの無表情でローノは答えた。バンシィには少し主が上機嫌のように思えた。


「最初は助けを求めたゲルガンでさえ、その数分後には彼らを威嚇していた。文化、社会の違いはそう易々と受け入れられんよ。1カ月もあれば何か問題を起こすに決まっている」


「……我らは大陸の人間を憎むよう教育されています。そんなことが続けば……」


「御三方の思い描く通り、『戦争』だ」



 この島の住人の最終目標は大陸人への復讐だ。だが、それがいつのことなど誰にもわかりはしなかった。もうないのではないかと思い始めていたかもしれない。

 その中、敵を攻めるための口実をバンシィの敬愛する主は作り出そうとしている。より一層の尊敬を胸に抱くとバンシィは深く頷いた。


 その時、部屋の扉がノックされた。


「ゼファルス様、お客様がお見えです」

 その扉の向こうでここの使用人が用件を伝えてくる。


「? 誰だ?」



「ケルゴ様です」


「うげえ……あいつ苦手なんだよなあ」


 エルーの息子として評価の高い人物ではあるが、ゼファルスのような番号付きを番号付きとして扱う者とは相性が悪い。

 大方、慈善活動の願いをしにきたのだろう。


「席を外そう」

「分かってて言ってんだろ。残れ!」



「失礼するよ。やはりいるじゃないかゼファルス。それに……ローノか!」


 少し嫌な空気が流れるが、ローノが座っていた席にゼファルスが座りなおすことで気を取り直す。


「何の用でしょうかケルゴ様よ」


「いや急に申し訳ないんだけどね。手伝えることは無いかなって思って来たんだ。まだ向こうの方で船に乗ったままの人がいるんだろう? 彼らの受け入れ先に困っているようなら僕の領土に案内しようと思ってね」


 そら来た、とゼファルスはローノに視線を送る。


「この件の対応は私が担当しておりますケルゴ様」


「ああ、そうだったのか。やっぱり早いねローノ。それで、どうかな?」

「……お言葉ですが彼らを陸に上げる気はありません。まだろくに言葉も交わせていませんので。侵攻が目的の場合もあるでしょう」


「……ローノ」


 部屋を再び嫌な空気が支配する。バンシィはもう耐えられず汗を流してしまっている。

 ケルゴは甘いと言われるがそれは番号付きに対してだ。名前持ちに対してはこうして強硬手段をとることもあった。


 緊張状態が続く中、別の隊のバンセファイの悲鳴が聞こえてきた。一番使われることの多い緊急の呼び出し

サインである。

「おわあああああっ!? なんだなんだ!? やめろ!? やめろローノオオオオオオ!!」


 ゼファルスが止めるのも聞かずローノは窓を破り出ていった。

 それを唖然と見ていたケルゴは少し苦笑すると背を向ける。


「……緊急の信号らしいんだけどあなたは行かんので? ケルゴ様?」


「彼女がいれば十分だろ?」


 隠さぬ敵意を感じながらケルゴはその屋敷を後にした。






 







 

 










「キミも可愛いもんだよね。自分が嫌われているとも知らずにさ」


 大陸侵攻のための戦艦、リノセンダ船の一室でメイナは柔らかい椅子に座らされていた。その瞳は焦点が合っておらず、ミリャイーヤの声も聞こえているか定かではない。

 エルーとジェンドの血を引く彼女の能力は操心術。人間の心を麻痺、暴走、停止させることが得意だ。ジェンドのような生命力を持っていないのでエルー寄りの体と言えよう。


 その能力により本来の力を出すことができないメイナは水に体を変えることもできず、ただ座らされているのであった。



「……な、なぜあな……ガここニ?」


「へえ、さすがは腐っても超人だね。抵抗するのは良くないよ。あとで障害が残っちゃうかもしれないからさ。ははは」


 麻痺した脳を無理矢理メイナは稼働させた。ミリャイーヤの能力を知っていた彼女は、妹に頼んで電気によって麻痺させられても抵抗できるよう訓練していたのである。

 霊覚、魔覚は沈黙してしまっているが、デーメ・アレマテトとしての力は完全に殺されていないようである。しかし、腕も脚も動いてくれない。


「こんなところに……連れてきてタダで……済むと思ってるのでですかか。よくもケルゴ様とのデートを……」


「あははははっ! ボクが嫉妬してキミを拉致したとでも? ケルゴが助けに来るとでも思ってるのかい?」


 くるりと回るとミリャイーヤはメイナの前に腰掛けた。そうして何か光る液体の入った小瓶と手紙を取り出した。


「キミはボクに騙されたのさ。ケルゴとの約束ってこの手紙のことだろう? 相手がボクとも知らずにさ。羽の付け根とか痒くなっちゃうよね熱すぎて。キミくらいの年齢の時はそうだったかなあ」


「……ッ!」


 メイナは羞恥と屈辱に無理矢理体を震わせた。怒りの感情で脳の神経を溶かしてしまいそうだ。


「だから無理すると……ってまあいいか。どうせ壊れたってボクの人形には変わりないし」


 小瓶から数滴用意してあった紅茶に垂らす。視界がぼやけてよく確認できない。


「ボクの体液さ。それも特別に力を込めたね。ヴェルザイトの体液の効果は知っているかな?」


 動けないメイナにそのカップをミリャイーヤは運ぶ。そして静かに囁く。


「……奴隷化さ」


「……ッあああああああぁぁぁぁ!! グッ!! うう……」


 辛うじて抵抗するが少し飲まされてしまった。


 混乱する頭の中を必死に整理しようとする。

 なぜ、ここに来たのか。ケルゴだと思ってやり取りしていた手紙の相手はこの女だったからだ。


 なぜ、ここに来たのか。この女にそう約束させられたからだ。


 なぜ、ここにキタのか。侍女として仕えていた女の用意したモノを飲んだらココにいたのだ。


 ナゼ、ココニキタノカ。つまり、ずっと前から侍女はメイナを裏切ろうとしていたのだ。


「ふざけたことを……お、お。ゆゆゆるしませ……フッ!! ゴホヘエエエエエエッ!」


 体内の循環系を無理矢理操作して自ら嘔吐する。この女の汚物を一滴残らず体外へ。


「あははははっ! いいね! いいね! はあ……好きだよメイナ。かわいいよメイナ。だからボクのものになってよ」

「はあ……はあ……気色の悪イ……。殺してやりますわ。こんナナにも誰かを憎いと思ったことはありません……のよ?」

「光栄だね! はいおかわりだよ」


 この抵抗もいつまで持つのだろうか。屈辱と憎悪に塗れながら卑しい女を見る。

 人を見下し、その尊厳を壊し、願いを踏みにじる。何がおかしいのだろうか、笑顔を彼女は浮かべる。

 

 それは良くないことだと誰かが言っていた気がする。自分に向けて放たれたものではなかったが、それは自分に向かってきたものだった。

 

『悪いことをすれば自分に返ってくるのですよお兄様。いい加減そのおもちゃ遊びはやめませんか?』


 ああ。本当にその通りになるものだ。

 カネルに壊されるまであの子達は、自らが虐めてきた名前・・も知らぬ従者達はきっと自分のことを恨んでいたのだろう。


 なんて情けない。

 こんなときにやっと、なぜあそこまで愛する妹が訴えていたのかを本当に理解することができたのだ。


 ギリギリの苦しみの中でメイナは憧れていた男性と憎悪する女性の抱き合う姿をその目に収めながら、そんなことを考えるのであった。




評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ