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10話 I-1 尾賀江 名桜 

元気な子です。

 ついにきたわ。

 やった!やった!やった!やった!やった!やった!やった!やった!やった!やった!やった!やった!やった!やった!やった!やった!やった!やった!やった!やった!やった!やった!やった!やった!やった!やった!やった!やった!やった!やった!やった!やった!やった!やった!やった!やった!やった!やった!やった!やった!やった!やった!やった!やった!やった!やった!やった!やった!やった!やった!やった!やった!やった!やった!やった!やった!やった!やった!やった!やった!やった!やった!やった!やった!やった!やった!やった!やった!やった!やった!やった!やった!やった!やった!やった!やった!やった!やった!やった!やった!


 理事長ちゃんについてきてホント良かったわ。数々の摩訶不思議大冒険をやってきて全部面白かったんだけど、異世界転生までこの人生で経験するなんて思わなかった。

 宇宙人のお導きは最高ね。

 

 さて今回はどう動きましょうか。……決めた!







 「勇者」!









 100年以上も昔、ここラシューニューは未知の軍勢に襲われた。


 それらは「ギャレイデン」と呼ばれた。姿形は我々と似ていたが冷酷で残忍だった。

 勝者となったこちらが敗者のイメージを悪くするために広めただとかそういう噂ではない。


 彼らは本当になんの躊躇いもなく殺人を行っていたのだ。無言で淡々と。戦地を駆け生き残った戦士たちは言う。


「彼らはこの世ではないどこかから来たに違いない。地獄と言われても冥界と言われても信じるだろう。まさしく悪魔だった」



 ギャレイデンは指揮者を持たない。本当に絶滅するまで殺戮を続けた。支配も凌辱もせず、ただ命を奪った。

 彼らとの戦いに勝利できたのはジリベリデン帝国をリーダーとした連合の力と一部の強大なスキルを持つ人々の力があったからだろう。

 有名な人物でいえばエーピアを建国したカラ・ザイス・サットシーであろうか。彼と四騎士はいまだに語られているほど人々に勇気を与えた。


 戦争の後も問題は起こった。敵が生まれた。だがそれを打倒する勇者たちがいた。

 勇者たちはいつも突然現れる。自分の使命を分かっているかのようにいつもその目的を遂げる。


 だがその後の彼らを知るものは少ない。










「ねえ、この子の名前は何がいいかしら?」


「そうだなあ、いくつか案はあるがお前は何かあるか?」


 夫婦は幸せだった。

 国の喧騒を離れた田舎で身を落ち着けて、子供を授かったのだ。思えば苦労の連続だった。

 エーピアと神聖ランブラズの間に位置するカセンドラ国はアレマテト・ヴェラザイト、吸血鬼に悩まされていた。

 彼らは独立を目指しカセンドラ政府に対しテロ行為を行った。それはやがて暴走に変わり戦争となる。そして、その争いに終止符を打った者が存在する。


 勇者、ケンジ・ササキ。彼は仲間を集め反乱軍のリーダーを倒した。国に安寧が訪れ、その仲間として戦ったこの夫婦は一線を退いたのである。


「ケンジに早く報告しないとな」


「…そうね。でも彼まだ忙しいと思うわよ。あら動いたわ。この子も勇者が好きなのかしら?」


「ははは、ならたくさん話をしてやれるな!」


「わたしはこの子には戦いと関係のない人生を送ってほしいわ……」


 女性は優しく我が子の宿る腹部をなでる。その表情は悲しげだ。


「何を言ってるんだ! 勇者のパーティにいたオレらの子供を国が放っておくわけないだろ。それに、この子が決めることだ」


 今、国は弱っている。さらに大預言者の予言の示した日も近づいてきていて国中の人々が不安になっている。

 自分たちの子が願わくば民達を導く光になってくれることを祈ろう。


「…そうね。そうよね。……決めたわ名前」


「俺もだ」


 カセンドラの英雄と共に戦場を渡り歩いた護国の騎士と救済の癒し手の娘は「太陽(ナオル)」と名付けられた。









 村に少し涼しい風が流れる。季節の変わり目だ。日の登る時間も少なくなり寂しい気分になってしまいそうだ。

 一日の作業が終わり夕食の準備に入る村人達。静かな時間が流れている。しかしそんな時間も終わってしまうようだ。


「ひゃああああああっ!! どいてどいてえええええええ!!」


 一人の少女の声が響く。村の道に馬に乗ったまま突っ込んでくるようだ。その進路上にいる村人は慌てて避難する。


「コラァ!! ナオル!! あぶねえだろ!!」


「ごめんなさいいいいいいいっ!! あはははははははっ!」


 村のおやじに叱られるも、反省の色のない明るい太陽の笑顔で少女は暴走していった。7年もその笑顔を見ている村人たちはもう慣れたもので、苦笑して見送っている。

 遅れてその父親がやってきた。


「いやあ申し訳ないです村長。そろそろ馬に乗りたいとあいつが言うもんで乗せてみたら……」


「いやいやゴガレスさん。もう馬に乗れるとはさすが勇者一行の娘だ。将来が楽しみですな! きっと奥さんに似て美しくなるだろうから婿探しには困りますまい!」


「いや、ははは。まだまだですよあいつは」



 太陽のような娘。それが不吉な予言の日に生まれたのだから分からないものだ。

 少し赤い髪をなびかせ、笑顔を絶やさない快活な少女。この国の英雄達の娘である彼女は村人の誰からも愛されていた。そして期待されている。この少女は一体どれほどのことを成し遂げてくれるのだろうかと。

 その名はナオル・マイリール。



 ゴガレスはその背を見つめ、ため息するのであった。






 テイレルが夕食の準備を終えて、旦那と娘を呼びに行くとまだ二人は鍛錬を行っていた。

 ナオルは自分たちの過去を知る前から剣に興味を持った。血は争えないなと思ったものだ。この鍛錬も娘が望んで続けていることである。娘の口癖は「教えて」だ。


 子供が持つにしては少し重めの両手剣を扱い、手を抜いているとはいえ大の男に打ち込む姿は見ていて複雑であった。思い浮かぶのはついていくと決めたあの勇者の顔だ。


「二人とも、御飯ですよ」


「おう。終わりだナオル」

「えー、もう?」


 娘は不服そうだ。だがそんな時の対処法は決まっている。


「今日のメニューは何だと思う? ナオ」

「……もしかしてチラシズシ!? 早くいこ!!」

「……はいはい」


 ナオルの好みはケンジと同じなようだ。魚と米と酸っぱいものが好きだ。さすが勇者。ケンジに教えてもらったレシピは役立つ。

 幸せそうに食す娘の顔を見ながら、今年2歳になる息子の世話をする。


「カノはまだ食べられないの?」

「どうかしらね」

「私食べさせてあげる!! ……はいあーん!」


「よせよせ、オレがやる」


 そういってゴガレスがスプーンを取り上げてしまう。


「ちょっとー!! なにするのー!」

「あほ。お前に任せられるか」


 賑やかな家族の食事の風景だ。幸せを確かに今テイレルは感じていた。






「ナオちゃーん」


「ん?」


 ある日、ナオルがいつものように農作業を終え、自主練に励んでいると村の子供たちがやってきた。

 年齢はばらばらだが昔から一緒に遊ぶ仲だ。


「クランちゃんのペットが逃げちゃったみたいなの。見てない?」


「見てないなあ。いついなくなったの?」


 女の子のペットが逃げてしまったらしい。だがそのペットはタンワンと呼ばれるもので、犬のように主人によく懐く。勝手にいなくなることはないはずだ。

 話を聞くとどうやら夜の間に消えてしまったらしい。飼い主の子は大泣きだ。よほど可愛がっていたのだろう。


「な、なあナオ、探すの手伝ってくれねえか?」


 この村のガキ大将であるリックが頼んでくる。子供たちの中でもナオルは別格だという扱いがあった。この男の子も少し勇気を振り絞ったらしい。顔が赤く声が震えている。


「いいよ! もっと早く言ってくれればよかったのに」


 いつもの笑顔で返される。リックはほっとした。ナオルは少し気分屋なところがある。

 今日はいつにもまして気分がよさそうだ。


【強化:2:嗅覚】

【強化:2:聴覚】

【強化:2:視覚】


 取り敢えず感覚を強化する。この時点で一般平均の子供を超える。

 ナオルはなんにでも興味を示すことで有名だ。その度に詳しい人物のもとへ向かい教えを請う。吸収もはやいため既に知識量もスキルもかなりのものになっていた。


「うーん。クランちゃん今日東の森に行った?」

 捜索の途中、鼻を鳴らしながらナオルが聞く。


「え? ううん。おとうさんに近づくなって言われてるし行ってないよ」


「じゃああそこだね! 私のお父さん連れてくるから行ってみよ!」



 数時間後、ペットは見つかった。もう鳴くことはできなくなっていたが。


 女の子は大泣きしその両親に慰められながら帰って行った。

 外傷は何もなかったことから寿命であったのだろう。


 猫は死ぬ前に飼い主の前からいなくなるというが、そのペットの種類は犬に近い。

 犬派も猫派も満足する最強のペットだなとどうでもいいことをナオは考えていた。


 自分のペットで暴れ馬であるサクラの世話を思い出し、自分も帰ろうとするとリックに声をかけられた。


「……ナオ。なんで笑ってんだ?」


「うん?」


 リックの顔は少し険しい。周りの女の子が泣いてるのに自分だけ泣いていないのが変だと思ったのだろうか。


「オレお前に言いたいことがあったんだけどお前いつ泣いてんだ?」


「いつって……さあ? ええへへ。なんでそんな怒ってんのよリック。私はみんなより年上なんだから簡単に泣けないでしょ」


「死んだんだぞ!? クランがずっと可愛がってたやつが!!」


 興奮したのかリックも泣き出してしまった。

 宥めようとするがその腕は振り払われてしまい困ってしまう。


「まあみんながみんなお前のように強くはねえってこった」


 ゴガレスがナオルに一応のフォローを入れる。


「うーん困った……。ちょっと話すからサクラの世話お願い」


「しゃあねえな。ちゃんと仲直りしろよ」


 別に喧嘩したわけではないのだが。子供同士の友情にひびが入ると修正がめんどくさい。

 少しリックが落ち着くのを待ってナオルは話し始めた。


「ねえリック。ウチの親って勇者様と一緒に戦ったんだって」

「知ってるよそんくらい!」


「でね? その勇者はいつも笑ってたんだって。どんなに辛くても悲しくてもいっつも笑ってる。私かっこいいなあと思ってそのマネしてるの。これ誰にも言っちゃやだよ?」


 リックは驚いた。ナオがいつも笑っていることにそんな理由があったとは思っていなかった。

 

「じゃあ今も?」


「……。うん。まあね……」


 そう目の前の少女は答えた。

 ナオは怒らないし、泣かない変な奴だと思い警戒心をリックは抱いていた。

 

 でも違ったのだ。


 少しでも憧れの人に成りたいと思う自分と変わらない子供だ。


「……悪かった。実はさ昨日の夜お前が森に入ってくの見てたから……その……犯人だと思ってたからさ。でも傷は何もなかったんだよな」


「あーそういうこと。いやあ……ちょっとね」


 ナオルは気まずそうに視線を逸らす。彼女にしては珍しく歯切れが悪い。


「……やっぱりお前が?!」


「ええっ!? いや違う! 違う!!」


 大声で叫んだため、他の子と親がこちらを向く。

 慌ててナオルが顔をリックに近づけ小声で話してくる。


「……昨日はスキルがなかなかうまく使えるようにならなくてね……その……泣いてた」


 そう言うとナオルは顔を真っ赤にして俯いてしまった。


「ぶっ!! あはははははは」


「くっ!! 何よ! あんたもさっき泣いてたでしょ!!」


 やっぱり自分と同じ子供だった。リックは安堵したような笑いをした。

 そうだ、自分と同じ7歳の少女なのだ。

 しばらく彼女の抗議を笑い流していた。






「ところで私かなり気を付けてたのになんで気づけなかったんだろうなあ」


 そうナオルはため息をこぼす。

 かなりの才能を持つ彼女にすらばれなかったことからリックは優越感に浸る。


「そりゃそうさ、俺んちはみんな元スパイだったんだから……あっやべ!」


「あははははっ、それ言っちゃダメなやつでしょ」


「いっ、今のウソ! 嘘だからな!!」


 それだけ言うとリックは慌てて走り去ってしまった。


「いいこと聞いた。教えて・・・もらおうっと」


 ナオルは一人残されその少年の後姿を笑いながら見つめていた。






 少年とその家族が姿を消したのはそのひと月程後だった。

 





 朝、娘はオレより早く起きる。そして走りこんだ後剣を振り、本を読む。

 オレは一切そんな生活送ったことはないし、テイレルでもない。一体何を見て影響を受けたのだろう。


 やがて剣の相手をするようになった。だがオレの振るう剣とは全く違う。戦い方も、考え方も。

 誰に教わったのだ。


 娘はやがて妻に似てきた。幼馴染であったあいつの子供のころそっくりだ。


 久しぶりにケンジから手紙が来た。あいつもまだ大変そうだ。娘のことについていろいろ聞いてきたからいろいろ書いて返事を送った。美人好きなアイツに娘はやらんぞと送ったら真面目に否定された。珍しいな。


 オレに対し打ち込みを行う真剣な娘の顔を見てふと思った。





 ――そうだ。誰かに似ていると思ったらケンジの戦う姿にそっくりだなと。


 ああ、そういえば娘はオレのことを「父」と呼んだことがあっただろうか?




「眠れないの?」


 妻が優しく声をかけてくれる。オレの愛するたった一人の……。


「平気だよ」


「そう? ならいいけど。ふふふ、聞いて今日ナオったらね? おいしいご飯作ってくれる男ならだれでもいいって言うのよ? おかしいでしょ?」


 そうだ。お前もそう言っていた。だからいろいろ練習した。あいつ・・・には敵わなかったけど。

 いつだって敵わなかった。


「お前によく似てるな」


「え? そうかしら? じゃあきっと好みは変わるわね、ふふ」


 そう言って妻はオレを包み込む。だがそれにおれがぬくもりを感じることはできなくなっていた。













 季節の変わり目というからには大きな嵐がやってくる。今日もそんな日だった。深夜、雷と雨の音にナオルは起こされ目が覚めてしまい、書庫で読書をしていた。


「起きたのか」


 振り向くとそこにはゴガレスがいた。目の下にできているものを見ると一睡もしていないのだろう。


「うん。うるさいね外」

「……そう、だなあ」


 風と雨の音が窓をたたく。何か言いたそうなゴガレスに視線を止めたままナオルは首を傾げる。


「なあ……オレはお前の父親だよな?」


 当たり前のことを言われて逆に固まってしまう。


「? そうだけどなんなの? ふはははっ、へんなお父さん(・・・・)!」


 するとゴガレスはナオルを抱きしめた。その体は震え、息も荒い。


「そうだよなあ……何当たり前のこと言ってんだオレは。すまんなナオ」

「そうだよ。泣いてるの?! ちょっ、どうしたの?!」


 二人の笑い声が響く。外の音をかき消すくらいの煩さだ。


「っと、もう遅いから寝ろ」

「ええー。うんわかった。……久しぶりに一緒に寝ようよ、だめ?」

「なんだ怖いのか? んん?」

「ちっ、ちがうよ!!」


 手をつなぎ書庫を出る。

 ふと、足を止めナオルはこう言った。










 「そういえば村の占い師に王都で見た勇者そっくりだねって言われたんだ。それってケンジって人? お父さんに似てるって言われたことないのに変だね、あははは」





 雷の音が空を引き裂いた。


 


 











 ゴガレスが家の書庫で首を吊っていたのを発見したのはナオルだった。


 娘の悲鳴を聞きその場に向かうと変わり果てた夫の姿があった。

 村中が悲しみに包まれ、同時に何故自殺したのかという憶測が飛び交った。


 そのどれもが娘に嫉妬したというものだった。なんでもナオルを見る目がとても親の愛情を感じさせるもではなかったらしい。

 なんだそれは。外に出ると突き刺さる視線がとても痛かった。それは心配なのか哀れみなのか。


「お母さん……」


「なに?! 御飯ならそこよ!!」


 そう言って昨日の残りを指さす。


「足りないよお……カノだって元気ないし……」

「だったら自分で作りなさい!!!」


「う、うん。ははは、お、怒らないでよお……」


 息子が喧しく泣くのを娘がなだめる。娘は相変わらず笑うがその笑顔は今までのような明るいものではなくなった。

 テイレルは酒をまた飲むとその娘の背中を眺める。調理場で料理を始めた自分よりも小さなその背中を。家事はもうすべてナオルが行っている。

 娘はなんでもできた。自分以上かもしれない。ゴガレスもこう感じたのだろうか。

 視線に力がこもってしまう。この状況を作り出したのは……。


「で、できたよお母さん?」


 とてもおいしい。


「……。あははははは」

「おかあさん?」


 テイレルの幸せを生んだのもこの娘なら奪ったのもこの娘だ。



「あなたにはわたしはいらないわね……」




 何の意味もない八つ当たりだ。苦しい。とても。涙が流れてくる。やはりこの娘はあの人と私の娘なのだ。

 泣かせてしまうだろうか。嫌われてしまうだろうか。分かってはいるのだ。

 さて、謝る準備をしなければ。




「え? うん。そうだけど。消えてくれない?」





 そんな言葉を自分の娘から聞いた時の気持ちがわかるだろうか。テイレルにも解らなかった。












「はあ、いやあホント参るのよねえ。家族ごっことか。まあ楽しいけど7年もやると飽きるっていうかさあ……」

 そう娘はだるそうに語る。


「……ナオ?」


「あっそうだあ。ナオルってつけたアンタ天才だわ。神。あははははははははっ!!」

 そう馬鹿にしたように笑う。


「何を言っているの?」


「虐待してるやつがなんか言ってるけど。ネグレクトはんたーい」

 そうはっきり軽蔑の視線を送ってくる。



「黙りなさい!!!」


「うわ怒鳴るとか。はいはい黙りまーす」

 笑顔でそう言って黙る。


 理解が追い付かなかった。頭がおかしくなってしまったのだろうか。


「あなたは……誰? 私の娘を返しなさい!!」


 治癒のスキルを使うが何も変化がない。変わらない、戻らない。


 もともとこうだったのだ。






「自分の娘に失礼しちゃう! ところでさあ、おかあさん。あいつってなんでこの家にいたの?」


「……あいつ?」


「ひどーい!! 忘れたの? そこで首つってたジャーン。カノの父親のことよ。なんでこの家にいたの?」


「……なんでって、あの人は……」


「いやあお母様もすごいわあ。くふふふふふふふふふふふふふふふふふ、あははははははははっ!!」


「……まさかナオあなた……」


「知ってるに決まってんでしょお!? ぶひゃはははははは!! 一切似てねえし、遺伝子も違うじゃん!! カノはそうでしょうよ。毎日ギシギシしてたんだからねえ!!

 勇者パーティの女はやっぱ勇者に食われてんのよねえ!!? 最高!! ふふふふ」


 そう娘のようなものは語る。愉快そうに、娯楽を見ているかのように。


 そうだ。

 ナオルは時期を考えてもケンジとの間にできた子供だ。


 たった1回のことではあった。王女あのオンナとの婚約が決まってしまった彼と、お別れのためのものだった。

 テイレルはそれでケンジとの関係を切ったのだった。それ以来、一切そういった感情は持たずゴガレスと結婚した。

 最初から好きだったかと聞かれれば答えられないが今でははっきりと愛していたと言える。




「ごまかすためにヤリまくったんでしょ? 涙ぐましい努力よね? 前の男との子供じゃあれだもんねえ?!

 怖いわお母さん! 女性不信一直線よ! くっ、ふふふふふ!!」


「だっ、黙れ!! 黙りなさい!! それ以上言うのならば容赦しないわよナオ!!」


「何する気? 教えて・・・よお母さん」


 少女の雰囲気が一変する。これは殺気だ。

 この娘はテイレルを殺せるのだ。


 カノをナオルは抱き寄せ、その首筋にフォークをあてる。冷たいものを不快に感じたのかカノは泣いてしまう。


「何をしてるの?!! やめなさい!!!」


「聞いてるのはこっちよお母さん。これは別に気にしなくていいよ。あー力はいりそう。」


 テイレルは戦慄した。あれは娘か?

 太陽の笑顔の裏に何を考えていたのか想像できない。別に本当の父親がいると知って彼女は悲しくなって狂ったのか。


 こんなに頭のおかしいことを最初からできる子ではなかったはずだ。


 いや、父親でないと知っていてもこの子はあの人の娘であろうとしたのだ。

 勘の良い子だったのだ。薄々気づいていたのだろう。


 それでもゴガレスとともにいつも一緒にいた。周りに彼こそが自分の父親であると見せつけるように。母親よりも父を愛していたのだ。


 だが、その父が死んだ。原因は娘。そして母。


 見ればフォークを持つ手は震えている。さらに追い打ちをかけてしまったのはまた母。



「……ナオル。ごめんなさい。……ごめんなさい」


 テイレルは恥じた。ナオルにとって自分は母親ではなく、彼こそが父親であったのだ。

 父を奪われたこの子の悲しみは相当なものだったのだ。




 テイレルの謝罪を聞いたナオルはしばらく呆然とした後、




「……え?……あハハハハハはあハハハハハハハハハハはははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははっ!! いっ、息ができない!!!

 そういう感じ?! そういう感じ!? 何それ私超健気じゃん!! ち、窒息するっ!!」


 壊れたように笑った。



 涙を流しつつも呆然とし、もはや理解のできないものを見る。

 その女は顔を醜く歪め、子が親に自慢するかのように語った。






「言っておくけど、あの男殺したの私だし」























 今回M組の中で異世界転生というサブカル知識を持っているのは名桜だけであった。


 そのためどう行動するか考えるのは一番早かった。どんな世界なのかという、パターンによっていくつかの行動指標を立てた。

 生まれた時の状況からみておそらく普遍的な人間の立場であり、剣と魔法と魔物のファンタジー世界系であると予測を立て体を鍛えてみた。


 するとテンプレもいいところでレベルとスキルとアビリティが存在すると知った。


 スキル獲得の流れは分かりやすくこれは師を仰ぐ必要はあまりなく一人でもなんとかなりそうであった。

 しかし、レベルとアビリティが曲者であり、レベルはその考え自体が広まっていないため迂闊に経験値稼ぎできず、アビリティはおそらく非公開の個人情報であり尚且つ転生特典ようなものだと推測していたので他人に明かすことができなかった。


 個体特性1:{快楽人生}、あらゆるものに対し快楽を得る。同時に理解することができる。

 個体特性2:{遊び疲れることなかれ}、自身強化アビリティ。発動条件:玩具を壊す。


 この特性が一般的ならそれはそれで楽しそうだと思ったが明らかに裏・理事長の手が入っているために晒さなかった。


 レベルは近所の猫犬ペットを殺すことで実験を重ね少し学ぶことができた。しかしここでは特性1は発動しても特性2は発動しなかった。

 玩具の基準とは何か。


 それは苦労して元スパイ一家を殺すことで分かった。玩具とは人間だった。いや違うか。おそらくはナオが興味を持つ生命体だ。


 特性2の効果により殺した者のスキルを手に入れることができた。自身の7年間を返してほしいと思ったが、これで両親はもういらないなと前向きに考えることができた。





 両親はとても面白いと思っていた。どこの昼ドラだと笑ったものだ。笑いを堪えることができず村人たちの前でも笑顔を絶やさなかった。

 あっさり上書きした母と父であろうと苦労する男。


 毎日、父に似ていない顔を見せ、知らぬ剣技を見せ、父とは絶対に呼ばない。



 とてもおもしろかった。





 すぐに家出しようと考えていた彼女だったが毎日男の顔が見たくて居続けた。

 しかし、ある日男は憑き物が落ちたかのようにすっきりとした顔をしてしまった。



 その時の彼女の顔はまるで玩具が壊れてしまった子供のような顔だった。

 そうかでは「壊してみるか」とそう思ったのだ。




 『ある所に家族がいました。


 父と母と娘が暮らしていました。


 しかしこの家族には秘密があったのです。


 なんと父は娘の本当の父ではなかったのです。


 そのことを知った娘はよくわかりませんでした。


 父も娘を大切に思っていましたがうまく接することができませんでした。


 でもある日父はそのことを娘に話します。


 娘はそれでも父を「父」と呼びました。


 父は泣きました。本当かどうかなんて関係なかったのです。


 こうして父と娘は親子となったのです。』





「これって終わりでしょ?」



 リビングに静寂が訪れる。息子は疲れ果て寝てしまった。今ここにいるのは母とその胎から出てきた何かだ。

 母は全身を夫のスキルと剣技で切り刻まれ縛られていた。

 娘のようなものは椅子に座り楽しそうに語る。


「……何が?」


「いやさ、これじゃ話終わっちゃうじゃん? だから続けたかったのよ」


 ソレは語った。全てわかったうえで今まで生きていたと。子を演じていたと。


「いいお母さん? 回復魔法っていうのはね私達の中じゃ完全犯罪のための道具みたいなものなのよ。死体でも傷を治すってすごいことなのよ。外傷が残らないのよ?」


 人を死から救うはずの技術をコレは死体に使ったそうだ。長い間自分の面倒を見てきた父を名乗った男に対してだ。殺した後に。


「実を言うと全力でぶつかった場合私は絶対勝てなかったのよ。『今日村の噂で聞いたけどアンタ父親じゃないって本当?』って言ったら余裕だったけどね!!

 あとは簡単。『第2章、崩れく家庭』を開始するだけ。夫を失い心に傷を負う妻。そのストレス発散の対象となる娘と息子。そしてさらに不幸なことにその家に強盗が!! 哀れ……その妻も凶刃に倒れてしまう……くふふふ。

 ひははははははははははははははははははははははっははははははっはははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははっはは!!!」


 その瞳がテイレルを捉える。まるでこちらを人と見ないその視線。



 そうか、次の玩具は――。

















「本当に行くのナオちゃん?」


「……うん。今までありがとうおばちゃん。カノをよろしくね」


「何言ってんの、いつでも帰ってきなさいな。ここはもうあんたの家よ」


「ふふふ! そうだね!」



 太陽と呼ばれる少女の笑顔を奪い去った事件から3年が経った。今では少しだけ昔のように笑うようになった彼女はここ出身だった父親のように旅立とうとしていた。


「やはり父親そっくりだねえ。あいつもこんくらいのとき出て行ったのよ」


「……」


 ナオルは顔をうつ向かせてしまった。その肩は震えているようだ。

 しまったとその父親の姉は思った。この少女は短い間に両親を失ったのだ。それも仲の良かった父親は自分のせいで自殺したと思っている。


「……そうだよ」


「ん?」


 震える声を絞り出しながら彼女は太陽のように笑った。


「似てて当たり前だよ。私は娘なんだから!!」


 





 村人達に見送られながら英雄の子供が再び戦いの中へ向かっていく。


 英雄に悲劇は付きものだという。確かに彼女はそれを背負った。だがあの明るく暖かな笑顔を見れば誰もが思うだろう。

 




 「まるでそれすらも楽しんでいるようだ」、と。





 















 M組1番 尾賀江名桜 女 15歳


 誕生日3月20日 魚座 AB型


 成績は優秀。部活動や委員会に積極的に参加。友人関係は多岐にわたり趣味も多い。


 担任の平均評価「何事も率先してやってくれるので助かります」

 友人の平均評価「あれで勉強もできるのがおかしいくらい遊んでくれる」

 両親の平均評価 他界








 とても怖いものを見た。テレビでやっていたホラーなやつだ。隣の人は笑っていた。


 とても嫌なものを見た。いじめ的なやつだ。周りは笑っていた。




 家族が死んだ。



 私はとても笑っていた。なるほど、こうすれば笑えるのか。



























 とある場所。ある人によっては真っ白、またある人にとっては真っ暗、そう思えるような不安定な場所。決して行くことのできない場所であり誰でも知っている場所。

 そんな場所を歩く者がいた。


 裏・理事長ととある場所では呼ばれているモノだ。


「クリア条件などないただの人生。しかし、貴方たちならばとても充実したものになると信じていますよ。お膳立ては完了しました。審判の日です。

 ふふふ、さあ楽しんでください私の可愛い生徒たち!!」




 両手を広げそう彼らの主は宣言するのだった。





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