1話 2年M組の普通の子達
プロローグです。
とある世界のとある部屋。円形のその広い空間には、床に描かれた陣の中心に座る一人の老婆の姿があった。
彼女は何かをつぶやきながら手を組み祈っている。やがて静かになったかと思うと今度は震えだした。
「……九つの……九つの凶星が見える」
その老婆の放った一言は大陸中に広まり混乱を呼ぶのであった。
日本、A市にあるここ私立Y高校はほどほどに有名でまあまあ偏差値が高く、なかなかにおかしな学校である。
この学校は推薦のみでしか入学を認めていない。入学試験はただのお飾りだ。個性を重要視し何かしらに特化した人間を好むと言われているが誰がこの日本中の学生を調べ、選んでいるのかは分からない。
一部はここに入り卒業したことをステータスとしているらしいが一般人からすればちょっと田舎にあるそこそこな進学校といったイメージだ。
クラスは厳正に考えられた9つのクラスにわけられる。普通の学校であれば偏差値の高い者やリーダーシップの取れる者などをバランスよく配置するだろうがここは違う。
芸能活動を行っている売れっ子アイドルや俳優の割合が多かったり、いわゆる御曹司や令嬢が多くなるクラスがあったりと少々の偏りが見られる。
AからI組まであるそれらのクラスはアイドルクラスや貴族クラスやエリートクラスなどと呼ばれることもしばしばだ。
しかしこの学校には生徒や一般教員すら知らないクラスが存在していた。
M組。それがこのクラスの名前である。9クラスの中から選ばれた9人が所属している。彼らの一人たりともこのクラスの存在を公言することはないだろう。
なぜならここは『異端者育成のための教育を行う学級』なのだから。
「珍しいね。君がこの時間に登校なんて」
「せっかくの土曜だったから昨日は徹夜してたわけよ? そうしたら朝に急に集合しろと来たわけじゃない? 危うく仮眠が本物になるところだったわ」
日曜の朝に学校に向かう男女。片方は学ランを着たお河童頭の真面目そうな少年。もう片方は少しカールのかかった栗色の伸びた髪を揺らし、高そうな制服を着るお嬢様のようなもの。
「へえ。君も徹夜するんだね。勉強してないと言いつつ勉強してるかのように見えて勉強してないと思ってたよ」
「あははは、何よそのややこしいの。まああなたの言うおベンキョーなんてしてないわよ?」
「え? 勉強以外で徹夜するの?」
「ぷっ! 当たり前でしょう。……ふふふ、だめだわ朝から腹筋が逝きそう」
「?」
勉強好きな彼は真望柴涼。そしてその隣で軽快に笑っているのが尾賀江名桜である。
部活も委員会も入っていない彼らが登校しているのにはもちろんワケがある。リョウはA組、ナオはI組であり、そしてM組であった。
M組は所属しているといっても集まることなど滅多にない。普段はそれぞれのクラスで過ごすのだ。今日に限ってたまたま連絡が来ただけである。しかしサボるわけにはいかないので仕方なく家を出たのだ。家族には補修だの、クラスの勉強会だの言ってぼかしている。
「今日はなんだろうね? ……いい加減笑うのやめたら?」
「ぷククク……ご、ごめん。ふぅ……。まあめんどくさいのは確かだけどまた面白いことよきっと!」
溜息をつくリョウと鼻歌交じりにスキップを踏むナオ。いつもの光景ではある。
M組を担当しているモノは「裏・理事長」と自称している。そいつから直々に集合の連絡が回ってくるときはとんでもないことばかりなのは確かだ。約1年間経験すれば嫌でも分かることだ。
2年生となった春のこんなしょっぱなから何をやらかす気なのかと一人は不安にもう一人は陽気に考えるのであった。
Y高校は昔存在した村をそのまま使っている。校舎の周りにはその村のものが残っていた。その中にある林の奥の教会にM組のクラスはある。教会地下の隠し扉。カードをかざしロックが解除される。
憂鬱そうに扉を開けるチャラい制服を着崩した、金髪の少年。
「おはようございます」
後ろから声をかけられる。凛とした女性の声がする。金髪が振り向くとそこには長い黒髪をこれでもかと垂らし、上はYシャツで下は昭和スケバンスカートを履くテレビの中の井戸から出てきそうな長身の女性がいた。
「おっす露乃子ちゃん」
金髪は笑顔でこれに答えるがロノコと呼ばれた彼女は表情を変えない。まあ顔はほぼ髪に隠れているのだが。
「下の名で呼ぶことを許してはいないと何度言えばわかるのですか源田君」
「ええ~別にいいじゃん。俺らもなんだかんだ1年共に学んだんだからもう友人以上っしょ!」
「この1年間を振り返ってその発言をしているのですか? ぶち殺しますよ」
「うわわっ!? ごめんごめん香崎ちゃん!」
長い脚を使った蹴りが飛んできてそれを難なくかわし、手を振って降参しているのは源田乾山。親が金持ちでここにはコネで入ったと本人は言っている。
「……ちゃん付けを許した覚えもないですが、まあ仕方ないですね。許しますので道案内を頼みます」
「え? もしかしてまた迷ってたの香崎ちゃん!? その迷子属性はいい加減直した方がいいっしょ」
「私は方向音痴ではありません。この罠だらけの地下迷宮を作った裏理事長が悪いのです」
「いや理事長のメールに暗号書いてあったし。……もしかして外れの方から来たの?!」
香崎露乃子は方向音痴で迷っていたのではない。この協会の地下は迷宮となっていて日々教室までの道のりが変わる。変わるのである。
メールや電話、果てにはSNSのメッセージでM組の連絡は来るが、そのどれもこの迷宮のゴールまでのヒントが書かれていてM組生はその暗号を解読してたどり着かなければならない。
ロノコはいつも誰よりも早くこの教会に来る。それは暗号がわからないからである。裏理事長が設置した結構危ない罠や行き止まりを粉砕しながらいつも登校するのだ。ケンザンがそのことを確信したのはたった今だが。
「道案内をするのが貴方というのが少々不安ですが。あとどれくらいですか」
「舐めてるっしょ香崎ちゃん? というか正解なら教室前までワープできるじゃん」
「……さっさと行きましょう」
どうやら彼女は一度も正規ルートで登校したことがないようだ。きっと暗号の答えを考えることが面倒なんだろうなとケンザンが考えていると、いつものよくわからない装置が見えてきた。そしてその近くに人が立っている。
「お。レイジー! どうしたんそんなとこで。さっさと入らないん?」
「やあ乾山。いや僕もそうしたいんだけどね。なにか入ったらやばい気がしてね。こう……今教室に入るとかなり空気が悪くなってて気まずくなるような、あくまで勘だけどね、そんな感じがするんだ」
「具体的すぎっしょ」
爽やかにそんなこと言うのは茅沢玲治。もちろんM組である。短く少し赤みがかった髪を爽やかにかきあげ、下は制服のズボンで上は長袖の私服だ。
余談ではあるがこの高校は制服がないのだが、私服を認めていない。つまり各々が勝手に制服を選び着てくるのである。中学と同じものを着てくるものもいれば入りたかった高校のものを選んだり、私服を制服だと言いはる者もいる。
レイジも私服派閥の一人ではあるが今日は下だけは制服できたようだ。
「私としてはさっさと入りたいのですが。観沙からSOSを受信したので」
そう言ってロノコはチャットを見せてくる。そこには『主よ、我を救いたまえ』と泣いた顔文字がセットで書いてあった。
「ミーサちゃんもしかしてその空気にやられてる!?」
「そのようですね」
「僕は君たちが先に入る分には全然構わないよ!」
爽やかに笑顔でのたまうレイジ。無表情で装置に触れるロノコ。するとその姿は消えた。呆れながらそのあとをケンザンは追うのだった。
そこは古い懐かしい感覚のする学校の廊下だった。その中見える教室の中で一つだけドアの上にプレートがかけられている。
「2年M組」。そう書いてある。そしてその教室内には向かい合う二人の男と離れた場所に泣きながらそれを傍観する少女の姿があった。
「分かんねえやつだなオイ。強気なイケスかねえ女をヤんのがいいんだろうが!!」
「全く理解しかねるな。純粋無垢なあどけない幼女を俺の色に染める方が良いに決まっている」
「んだとゴラァ!! ロリコンがよお。てめえのナニが小さすぎってことなんだろ?」
「悪め。今貴様は俺の正義を敵に回した。確かめてみるか? ……ああ、貴様の事情も考えずにすまなかった。戦闘経験のない貴様には少々酷だったな」
「上等だゴラァ!!!!!」
そう言ってズボンのベルトに手を掛けるバカ二人。その間にある机には大量の成人向けの映像集が置いてあった。
「何をしているのですか変態ども!!!!!」
音を置き去りにして鬼がやってきた。わずかに見えたその鬼の目は釣り上がり、憤怒と化している。健全な男子二人は綺麗に同じポーズで対極線上に教室の端に飛ばされていた。
「ふええぇぇ……。ありがとうローちゃあああん」
そう鬼に抱きつく少女。そうすると鬼は元のロノコに戻った。
「ミーサちゃん災難すぎっしょ。ああそうかいつも一番乗りのお嬢様がいないのか」
「そうなのよケン君! ナオさんがいないからあの二人抑えられなかったの……」
そう泣きながら語るのは国田観沙だ。ヘアピンを右側にして髪は首のあたりで切りそろえている。少し平均より身長が低く、そのおどおどした態度からさらに小さく見えてしまう少女だ。首にはロザリオがかかっている。
今日はさらに薄幸そうに見える。運が悪かった。普段ならばあの二人の会話には一番乗りで教室にいる尾賀江名桜が混じりコントロールしているのである。
「まったく……これは回収します」
そう言ってAVをロノコは回収した。
「待て香崎。そんな横暴は認められん。それらはこの俺が回収し、悪に相応しいか判断する」
そう偉そうに言うのは宮乃陽雄壱。長髪で白蘭を着ている。目つきは力強く、体格も良い。D組で生徒会にも所属している。
「なんでテメエは素直に見たいと言わねえんだよ!! 何が悪だ。ちゃんとした作品だろうが!!」
こちらが三谷那國。体格はヒオイチに比べてさらに筋肉質で身長も2m近い。髪は短く側頭部には剃り込み、前髪を右に流している。目つきは獣のように野性的だ。
「俺が認めれば全て善となる。あれらを見る事が善行になるのだぞ。まったくその手助けをしてやろうというのにこのケダモノは……」
「チッ!! あーはいはい。ていうか回収したぞあの女」
「フン! どうやら発情期のようだな。あの巨乳にはやはり性欲が詰まっているらしい」
「ちげえねえ!! うはっはははは!!」
鬼が復活する。だが今度はそうやられはしない。いつの間にかヒオイチとナクニもお互いに殴り合っている。3人が拳を打ち合う音が教室中に響いた。
「いやあすごいねこれ」
いつの間にかレイジも来ていた。
「相変わらず勘鋭すぎっしょ」
「何かあったの?」
「いやそれがさあひどいんよ。レイジ分かってて教室の前で待機してたんだよ」
「ごめんね! 今日は反省してる!」
「やはり人間に頼るのは間違ってます神様ぁ……」
そう言ってミサは十字を切り始める。なんでも家がカトリックらしいのだ。するとケンザンは手を合わせ、レイジはお経を唱え始めた。
「……カオスってやつ?」
とある3人は教室の備品を壊しながら竜巻を起こし、もう片方の3人は日本の宗教観を体現している。
そんな光景を彼女、瀬川梨南は呆れたように見ていた。
「アホらし」
飛び散った机を直しながらリナンは呟いた。落ち着いて原因をやっと聞けたと思ったらあまりの馬鹿らしさに気が抜けた。
「まあおんなじ男としてはわからなくないんだけどね」
そうレイジは苦笑しながらフォローした。
「だとしても場所を考えろって話よ。……こんなとこじゃなきゃあたしがいろいろ教えてあげるのに」
「冗談に聞こえないよ。君が言うと」
レイジはチラチラとリナンの胸を見ている。リナンの体型はわかりやすく言うと一般男性の理想である。胸が大きく、腰は細く、尻もちょうど良い丸みを帯びている。
「何言ってるのよ。冗談じゃないもの」
そんな彼女自身もまたとてつもなくエロいのだった。
「そういえば名桜と涼まだ来てないのね」
「そうなのよぉ。そのせいであんな目に……」
ミサはまだ気にしているようだ。
「んだよ国田。ただどっちの女優がいいか質問しだけじゃねえか」
「わたしああいうの本当にダメで。……だからどっちも気持ち悪いって言ったじゃない」
クールダウンしていた空気が今度は一気に氷点下になった。ミサの目は虚ろだがはっきりとナクニを威圧している。いや、人間に向ける視線ではないというべきだろうか。
彼女はただ無機質なものを見ているようだった。
「……おおワリィワリィ。聖女様には罪な話だったな」
それに気づかないナクニではない。その視線を向けられながらも飄々と答える。
「はあ……いい加減にしてください三谷君、観沙。そろそろ時間ですよ」
ロノコに注意され古ぼけた時計を見るともう集合の10時まで5分もない。
すると廊下の方からぴょんぴょんと軽快な足音が聞こえてくる。
「理事長のお出ましっしょ」
7人は席に着く。すると前の扉が開きそこから子供が飛び出してきた。
『はあ~い皆さん! おはようございまあ~す!! ……反応が薄いですねえ。はい、もう一度!!』
もう一度その女の子が元気に挨拶するが返ってくるのはバラバラで小さい挨拶だ。
『なんですかなんですか皆さん。ダメですよ! 青少年たちがこの休日の朝から元気がないなんて!』
誰のせいだよと全員が思ったことだろう。
「裏・理事長」。
そう目の前の少女は入学式の日に名乗った。白銀の髪をツインテールにし垂らし、オリジナルという割にはアニメっぽい服装。その目は白く濁り何も映していない。口は常に動いている。
そんな12歳くらいの少女がこのクラスの担任であった。もちろん驚きはした。だが次々と襲う奇々怪々な出来事が生徒たちを麻痺させていった。「異質の中の異質」と彼らはその幼女を評価したのだった。
「んで? 今日はまたなんなの理事っちゃん」
『まあまあ楽しみなのはわかりますが落ち着いてください源田くん! あと二人来ますから』
すると廊下から会話が聞こえてくる。最後のペアが来たようだ。
「あははははははははははははははははっははははははははははははっははは!!!」
「いい加減笑うのやめてよ尾賀江さん」
「ひゃははっ!! 無理!! ムリムリムリ! ふふふふふっ。」
「そんなに笑われることした? 僕」
「いやいやいやいやいや。あなたは良い人! 途轍もなく良い人!! 悪いのは私だから!!! くくく……。いやでもね? 笑うのこらえるの無理じゃない? 電車では腰の悪いおばあさん、妊婦さんに遭遇してその度に席譲って? 優先席付近で電話してるDQN説教して? 痴漢を見つけて? もうその時点で私の腹筋オーバーキルよ? でやっと駅着いて歩いてたらナンパされて困ってる女の子助けて? おばあさんの荷物持って? またおばあさんかよ!! で挙げ句の果てには轢かれそうになった女の子を助ける??!!!!! なによこれ!!? あはははははははは……ッ!!…………あー、死ぬ」
「なんだよ良い事しただけじゃないか」
「そうよ! そうよね!? オォウ!! マイヒーロー!!!! てなわけでオハヨウゴザイマース!! ヒーローとそのヒロイン参上!!」
そう言いながらヒーローとヒドインが入ってきた。
『そうですか。ヒロインさん遅刻の理由はわかったので早く席についてください』
「時間ぴったりじゃないですか理事長」
「ブフゥッ!!!? だ……だそうですよ理事長ッ! ふふふふふふふ……」
『……あなたたちは休日から元気ですね。良いことだと思いますよ、うん』
裏理事長の顔が笑顔のまま固まっているのがわかる。この異物をしてもこの二人のペアはどうしようもないらしかった。
3×3に並んだ席に全員が座っている。ボロボロになった教卓には幼女のようなものが立っている。
『さて今日みなさんに集まってもらった訳はこの犯罪教育の新たな方法を思いついたからです!!』
このクラスに選ばれた者たちはとある試験をクリアした者たちである。180人の中から9人だけ。
入学式の日に行われたその試験は今では「なかったこと」になっている。
その試験はいわゆるデスゲームであった。10人ごとに分けられ殺し合いを強制され、とあるグループは全滅し、とあるグループは脱出を図った。その中でこのクラスの生徒は一人生き残りそのゲームに勝ったのである。倫理的に許されるはずがない。精神が耐えられるはずがない。その極限状態で彼らは運営に逆らわず、人を疑いきり勝ったのである。
そしてこの場所に案内され聞かされた真実はある程度は予想していたがそれすら裏切っていたのである。
――私は宇宙人であり、地球人の研究をしているのです。少々の技術提供をする代わりにこの日本で好き勝手させてもらっています。大学のレポートに付き合ってくださいね? M組の皆さん。
そう目の前の化物は言ったのであった。
『最近異世界の神の友人ができたんですけどその人にいろいろ面白いことを教えていただきまして、なんでもこの世界の人間が送られ転生しているとか! その瞬間ビビっときましてね!? これだ!と。
いやあ地球って文明発達してて精神的にも尊くて、こうパァ~っと暴れられなかったじゃないですか去年は。向こうの世界はそりゃあ酷いものらしいですよ。なにせ管理者があの子ですからねえ! 別の世界から異物が混じっても手出しなし、自分の信者も見捨てる! ふははは愉快愉快!!』
決して突っ込んではいけない。この一年で嫌というほど分かっていたことだ。コイツおかしいと。宇宙人かどうかの議論もするだけ無駄だと判断し、超技術についての推理も否定の証拠がなくあやふやになったのである。異世界とはなんだと。管理者とはなんだと。聞いたところでこのインターフェイスにちゃんと説明され混乱するだけだ。
何よりも自分たちが体験してきたことがその証拠だ。
殺せば次の日にはまた笑う友人。屋上から飛び降りればまた同じ日をベッドで迎える。過去の偉人と喋ったこともある。
『そんなわけで今日の授業は異世界転生です!!』
誰ひとりとして動けなかった。約一名のお嬢様は机に突っ伏して笑いをこらえているが。
『はい! いつもの質問タイムです!! どうぞ!』
このエイリアンは何も言わないと次々と話を進めてしまう。フリーズしている暇はない。
『おっさすがに今回は挙がる手が多いですねえ。香崎さん!!』
「まず目的を。異世界に転生し生活し死ねというなら納得できません」
『はい! まずもう一度あちらに生まれ直していただきまして、20歳まで生きてもらいます。その時点で私が評価をして成績をつけます。そしてそのままこちらの世界に帰ってきます』
「つまりその時点の肉体で来るということでいいですか?」
『はい。資産も私と協議してこちらの世界に合わせ変換して差し上げますよ! はい次源田君!』
「記憶はどうなんの理事っちゃん。向こうでベビィになるんしょ?」
『もちろん全て残したままです。優しくお母さんに抱かれてください!』
「ふげぇ……」
『はあい! 宮乃君!』
「異世界とは言うがどんなものだ? 言語は? 時代は?」
『自分の目で見ましょうね!!』
「フン! まあそう来るだろうとは思っていたが」
『もういいですかあ皆さん。それでは早速……』
一人だけものすごく元気に何度も挙手をしているが裏理事長は無視している。
「はい! はい! 理事長ちゃん!! ひどい!! 生徒に対してその態度はダメよ!! めっ!!
そんな子に育てた覚えはないわよ!!」
『あなた妊娠したことないじゃないですか。……はいなんですか尾賀江さん』
「はいはあい! 種族って選べないんですか!? 私エルフがいいです!!」
『……私友人の許可を得ずに送るのでそこまで干渉できません。よってランダムです』
「へえ、まあいいか。エルフはいるのね理事長ちゃん。以上よ」
さっきまでの雰囲気から一変、ナオは姿勢を正す。引き出したかった情報は得たようだ。その顔は先ほどが泣き笑いに対してニヤニヤといったモノになった。
「あっそうか! 転生って生まれ変わるってことか。すごいなあ。さすが裏理事長」
隣のお河童のその一言でまたお嬢様は決壊した。
「えっ? えっ?」
ミサは今やっとフリーズから解凍されたようだ。ひどく狼狽え、首にかけたロザリオを震える手で持っている。
「かっかかかかか管理者っ?! そっそれははわわわわ!!?」
「それ以上考えるのはやめときなさいな」
今にも泣き出しそうなミサをリナンが宥め、ロノコは手を握っている。
「……すごい嫌な予感する」
「レイジがそう言うってやばい気がするし!」
「ケッ!! 頭ん中では既に計画練ってやがるくせによく言うぜ乾山」
「那國。貴様は少しは考えたらどうだ」
(もう皆さん思考を巡らせているようですね。さすが私の生徒!)
正直なところこの学校を作ったのは彼女にとって気まぐれだった。神々のちょっとした戯れだ。それでこの9人に出会えたことは嬉しい誤算だ。日本で……いやこの時代では異常だと思われてしまうであろう子達。ただ狂っているだけでは気になることはなかった。彼女にとっては『ただ私の目にとまった』、それだけで価値のあるものたちだ。
自分で考え、無機質に行動する。
善と悪を理解しながら悪を選ぶ。
森羅万象全てに怒りを覚える。
絶対の意思を常に自分に置く。
孤独や道化を完全に演じる。
関係を逃げながら築く。
自身の愛を以て他人の愛を壊す。
目に映るものすべてに哀れみを覚える。
感じるものすべてに快楽を覚える。
そう9人とも愛しい未熟者たちだ。何か目の中からこみ上げるものを感じ、本心から完全者は言った。
『それでは行ってらっしゃい可愛い子達。願わくはその人生に幸あらんことを!!』
消えていく子供たちの目はとても冷たくて、擬似幼女は三日三晩落ち込むのであった。
大予言者キャラメティ・ドーモスの残した不吉な予言。
「九つの凶星が堕ちてくる」
その日がやってきた。それを知る者達は夜に空を見上げていた。
酒場から暖かい灯が漏れてくる城下町で。その日の仕事を終えて安らかに座る草原の上で。巨大な樹木の生い茂る森で。弱肉強食の掟に敗れ浮かんでいた溶岩の中で。極寒の土地と化した砂漠で。
その世界の魂を持つ者たちの視線の先でそれは起こった。
星が流れた。9回だ。それは警告か、祝福か。
歓喜と悲鳴にその日、その世界ラシューニューは飲まれたのだった。
よろしくお願いします。