日本でもっとも異世界へと人を転生させた男の話
「ここは……どこだ……」
目を覚ました俺だが、状況がうまく飲み込めない。
頭がクラクラしている。
どうしたというのだろうか。
記憶があやふやで、意識がはっきりとしていないようだと言うことだけがおぼろげに分かった。
手を頭へと当てて、何度か左右に振る。
そうして、もう一度よく周囲の状況を確認してみることにした。
「知らない天井だ」
使い古された感のある言葉だが、まさにその言葉通りだった。
見たこともない場所で俺はベッドの上に横になっていたのだ。
まっすぐに見つめる目には、汚れのない白い天井がある。
慌てて天井以外へと目を覚ますと、壁がある。
だが、その壁も真っ白であり、現実感がない。
「俺は……一体……どうしたんってんだ」
そうつぶやいたとき、ふいに人の気配がした。
誰だと思うとそこには女がいた。
若い女だ。
そこには見たこともないほどの美貌とスタイルの持ち主の女性がいた。
あまりの美しさに目がくらむような感じさえする。
そこで、ようやく俺はこの状況に心当たりがあったことに気がついた。
転生だ。
人は死んだときにこことは別の、異なる世界へと転生することができる。
このまるで現実感のない場所と女性はさしずめ、転生前に出会うことができる女神であろう。
「気がついたようですね。今の状況はわかりますか?」
俺が考え込んでいると、女性が声をかけてきた。
まるで鈴を鳴らしたようなきれいな音だ。
その音が俺の脳に染み渡る感じだけでも幸せな気分となってくる。
この声は麻薬と言い換えても間違いとは言い切れまい。
「ああ。なんとなくだが。俺は死んだのか? これからどうなるんだ。異世界に転生でもするのか?」
「いいえ。あなたはまだ亡くなってなどいませんよ」
なんだ、死んだというわけではないのか。
ということは、まだ体はかろうじて無事で臨死体験でもしているということになるのだろうか。
「あなたにお聞きしたいことがあります。『1563』というのが何の数字かわかりますか」
「1563? ……ああ、わかるよ。よくわかっているとも」
「そうですか。それではそれがどのような意味を持つのか言うことができますか」
「ああ、それは俺が異世界へと送り出した人の数だ。間違いない」
この能力に気がついたのはいつだったか。
それははっきりとは覚えていない。
だが、いつしか俺は「人を異世界へと送る能力」を手に入れていた。
最初は当然戸惑った。
だが、この能力をなぜ自分が持つに至ったのかを考えに考え抜いて、一つの結論にたどり着いたのだ。
異世界は転生者を必要としている。
そのことに気がついた俺は、それ以後積極的に人々を送り出すことにしたのだ。
もっとも老人をいきなり知らない世界に送り出しても何もできはしないだろう。
俺はなるべく環境の変化に適応性のある人物を見繕って、送り出すようにしていた。
「いいえ、違います」
「……違う? 何を言っているんだ?」
「1563。これはあなたがトラックで轢いた人の数です。あなたが殺した人の数なのです」
……はあ?
何を言っているんだこの女は。
「あなたは逮捕されましたが、この病院へと入院することになりました。これから精神鑑定を始めさせていただきます」