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デュランダル・レコード ~ある記録者の言行録~  作者: 鬼灯 守人/ホオズキ カミト
第一章 動き出した英雄譚
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第十八話 咽ぶ心

「ん……うっ……」


 身体が重い。力も上手く入らない。

 仕方なしにと周りを見渡す。月の明かりで暗くはないが、視界がぼやけてここがどこだか見当も付かない。

 ただ分かることは、今が夜であること。そして、辺りの気温がとても低いことだった。


(あの男は……いない)


 どこかで獣の吼え声が聞こえる。

 ガサガサと荒く揺れる草木の擦れる音も相まって、一層にアイラの不安を煽った。


 どうにも意識がハッキリしない。

 寝起きが悪いのとは違う、頭を振っても、瞼を(しばた)いても一向に治る気配がなかった。どうやらなにか別の理由で思考が働かないらしい。


 それが薬物によるものなのか、はたまた魔法によるものなのか……。考えても、分からない。


 それから暫くしてようやく、アイラは自分が縛られていることに気が付いた。身動きが取れなかったのはこのためだ。

 両手を麻縄で括られ、もたれている木の幹にしっかりと固定されていた。

 足を曲げたり伸ばしたりすることは何とか出来たものの、立ち上がることは不可能だった。


「どう……しよう……」


 朧げな思考でも尚、それを止めることはしない。

 打開策が閃いた訳ではない。何かを考えていないと、不安と恐怖でどうにかなってしまいそうだったから。


「そうだ……加護を……使えば……」


 虚ろな視界で縄の位置を確かめる。

 想起するのはやはり今朝の訓練の記憶。

 アイラは刀を強くイメージしながら、意識を集中して手元に風の刃を放った。


「───いっつ!?」


 手首に巻かれた縄に撃ったつもりだったのだが、威力を見誤ったようだ。手首が少し切れている。

 目で確認すると、傷口からうっすらと血が滲むのが見て取れた。幸いあまり深くは切れていないようだと、アイラはほうと息を吐く。


「でも、おかげで意識がハッキリしてきた」


 まだ体身体に上手く力が入らないが、なんとか動くことは出来そうだ。

 よいしょとゆっくり立ち上がり、もう一度辺りを見渡す。


 そうしてようやくアイラは、自身がどこに拘束されていたかを知った。


「ここは……」


(テンペスト村。私の生まれた村。私の育った村。私の……大好きだった村)


 今でも目を閉じれば懐かしい情景が浮かぶ。

 消えてしまった村人の笑顔、崩れ去った住居の暖かさ。村を流れる風の心地よさが。


「どうしてわざわざ、ここに運んできたんだろう」


 感傷に浸っている場合ではない。

 記憶が確かならば、アイラが倒れた位置は村からかなり距離がある。

 人間一人担ぎながら移動するには相当な手間が掛かる。それでもこの場所を得選んだのには何か理由があるのだろうか。

 であるならば、"どうやって"よりも"なんのために"を考えた方が良さそうだ。


「っと、その前に隠れなきゃだよね」


 思考に耽っている場合ではない。今のアイラは拘束された人質なのだ。

 縄が解けたのだから今すぐにここを離れて──


「あれ、人質……?」


 あの人は誰かをおびき出すと言っていた。

 アイラをここに拘束したのは、分かりやすく場所を指定するためだとしたら……


「だとしたら尚更ここを離れないと!」

「おおっと、それは困るなァ」


 突然現れた気配と共に、虚空から男が姿を現す。

 どうやら魔法か何かで隠れていただけで、男はこの場に留まっていたようだ。


「どうして縄を解くまで放置したのか、不思議かい?」


 問うまでもなく男は答える。

 こちらの考えなどお見通しだと、男は大袈裟に肩をすくめた。


「嬢ちゃんの力がどういうものか気になったのさ。なにせ走ってるところしか見てないからね。加速する能力なのか、筋力を上げる能力なのか……はたまた走力強化は派生した能力で、実はもっと強い力なのか」


 男がニヤリと口元を歪める。


 同時にアイラは顔をしかめた。

 頭が回っていなかったとはいえ、拘束されている状況下で見張りが居ないという異常事態に気付かなかったのだ。

 男はアイラを相手に油断をしていない。どころか、彼女を危険対象として警戒している。


 見た目や言動にそぐわず、この男は周到な性格らしい。


「さて、嬢ちゃんの力も分かったことだし。また縛られて貰うよ。ああそうそう、走って逃げるなんて馬鹿な真似はしないことをオススメするよ。ほら、嬢ちゃん足が速いからさ。勢い余って殺しちゃったら危ないよね?」


 新たな縄をどこからともなく取り出し、男が手招きをする。満月を背景に佇むその黒い姿は、まるで物語の死神のようだ。


 アイラは一歩、また一歩と後ずさる。

 このまま大人しく捕まる訳にはいかない。だが、例えこの場から逃げたところで、今のアイラの疲弊は相当なものだ。きっと走っての逃走は不可能だろう。


(──考えろ。考えるんだ。この状況を打破する策を)


「ああもう早くしろよ! うじうじと鬱陶しい女だなァ!」


 男の様子が、纏う空気がまたも急変した。

 突如苛立たし気にフードの上から頭を掻きむしり、地団太を踏む。ズレたフードの間から、男の血走った濃紫色の瞳が覗いた。

 だが視線は合わない。その目はどこか焦点が合っていなかった。


 この男は絶対におかしい。

 漠然と感じる違和感への疑問が、アイラの恐怖を上塗りする。

 この男は、本当に先と同じ人物なのか?


「おらァ! 早くこっちに来やがれ!」

「うっ──!? ぐっ……あっ……!!」


 苛立ちを隠そうともせず、男は私の右肩を掴んだ。

 ローブの袖から現れた浅黒い手は、まるで獣のようだった。

 鋭く研がれた爪が、容易くアイラの肉を食い破る。


 余りの速度、余りの力に、アイラは抵抗一つ出来ないでいた。遅れた思考が慌てて左手で引きはがそうとするも、未だ疲弊した四肢には満足に力が籠められない。

 抵抗すればするほど男の肩を握る力が強まり、爪が食い込むばかりだ。


 抗う私に更に苛立ったのか、男は残った左腕がアイラの首を狙って伸びる。


(──この手を振りほどかなければ、男からすぐにでも離れなければ!)


「ぐっ……!?」


 焦った思考が焼き切れそうな、そんな時だった。

 アイラが抵抗するまでもなく、首を狙って伸びる手はかすかな驚きの声を伴って、第三者によって解かれた。


 誰かの、いいや。"彼"の手によって。


「悪い、遅くなった」


 月光に揺れる、流麗な銀糸を見た。


 青年の装いは別れた時とは違い、あのボロボロの羽織り姿ではない。それは、普通ならば考えられない程の軽装だった。


 闇夜に溶ける、身体に張り付くような漆黒のスーツに身を包んでいる。

 月光に照るのはパーツだけをあしらった白銀のライトアーマー。それ以外の防具は一切見受けられない。

 腰に帯びたベルトには暗器のような小型の武器が幾つも装備されており、それがきっと彼が扱う武器なのだろう。

 しかしその装備もまた簡素なもので、必要最低限の物しか吊るされていなかった。


 黒と白、対局に位置する二つの単色。故にアイラの瞳には、そのどちらもが際立って映っていた。


 アイラが数舜の思考で装備を検分する間にも、ジークは手慣れたように即座に男の右腕を掴んで押さえつけ、組み伏せる。

 途端に男は苦しそうに呻き、身動きが取れなくなっていた。


 その圧巻の手腕に、アイラは意図せず感嘆の溜息を吐く。


「ジーク……生きてたんだ……!」


 ジークは死んでいないと信じていたはずだったのに、つい口をついて出た言葉はそんな言葉だった。

 だが、これは体裁を捨てた私の本心だった。本当に生きていてよかったと、アイラは胸を撫でおろす。


 アイラの歓声を聞くと、ジークはどこか呆れたように溜息をついた。


「おいおい、俺は死なないって言ったろ?」


 微笑みながら、自信たっぷりに言ってのける彼に、アイラは思わず苦笑する。


 ああ、そうだった。そういう約束だった。


「てめェ……何故生きてやがる……!」


 男の瞳が私からジークへと移るが、その目はまだ驚きの色を浮かべていた。どうやら精霊が見たジークを消した魔法。あれは殺傷能力があるものらしい。

 男からすれば殺したつもりの人間が生きて目の前にいる異常事態だ。その声は微量の脅えを含んでいた。


 男の問いに、ジークは実に楽しそうに笑って答える。


「何故生きてるかって? おいおい、分身を消した程度で俺が死ぬわけがないだろう」


 つまり、精霊が見たジークは魔法によって作られた分身で……待てよ。

 それが本当だったら……本当だとしたら……。


「ジーク……どういうこと……? ねえ、ねえってば!」


 気付けばアイラは叫んでいた。


 何故って、それが本当だとするならば、アイラは──


「アイラ」


 冷たい声だった。

 彼女の名前を呼んだ声にはこれまでのような柔和な色はない。

 アイラの姿を写す瞳も、同様に。


「サポートありがとな。おかげでこいつを見つけることが出来た」


 アイラの中で何か大切な物が壊れる音がした。


 頬に熱いものが伝う。

 胸が万力で絞められたように苦しい。

 どんな感情からか、心臓が激しく脈打ち、吐き気までする。


(嫌だ……信じない……信じたく……ない……)


 だが、彼は一切動じない。

 まるで最初からこうなることが分かっていたかのように。

 前からずっと準備していたかのように、逡巡さえ見せず言い放った。


「囮役ご苦労様。もう、帰っていいぞ」


 その笑顔は、これまで彼が見せたどの笑顔よりも優しく、どの笑顔よりも無機質だった。

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