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デュランダル・レコード ~ある記録者の言行録~  作者: 鬼灯 守人/ホオズキ カミト
第一章 動き出した英雄譚
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第九話 実感と後悔

「お? 目が覚めたのか。ちょっと待っててくれ、すぐ終わるから」


 ……ええっと、これはなんだろう?


 朝目が覚め、お風呂場に忘れてそのままだった服に着替え、ジークに借りた髪留めで髪を二つに結ぶ。

 新しい生活への希望で満ちた、清々しい朝だった。


 そう、数分前までは。


 それからアイラはジークを探して森を彷徨っていた。

 小鳥のさえずり等を聞いて軽い遊覧気分を満喫していたその時、突然森に轟音が轟いたのだ。

 何事かと大慌てで向かった先でようやく見つけたと思ったら……現場はとんでもないことになっていた。


 太めの木が密集した広場で、切り出された大きな丸太が計八つ。

 それらは太いロープで吊るされており、恐ろしい速度で縦横無尽に揺れ動いている。

 普通に結んだだけでは枝が先に折れてしまうため、恐らく魔法かなにかで補修してあるのだろう。

 丸太が駆け巡っている中心で、皮の剥いであるツルツルの丸太が一つ。

 そこに目隠しをしたジークが片足立ちで乗っていた。

 まずあんな滑りやすそうな丸太に、しかも目隠しをして乗っていることが既に驚きなのだが、ジークはその姿勢のまま自分へ襲い来る丸太を蹴りや拳で弾いたり、身体を傾けて避けたりしている。


 というか何故アイラが来たことが分かったのだろうか。彼には頭の後ろにもう一つ目が付いているのだろうか。

 自分の理解を軽く飛び越えた光景にまたも思考が停止する。

 アイラが暫くぼーっと見ていると、突然ジークが丸太の上から飛び上がった。


「ふっ……!」


 ──ゴォォォオオオオッ!!


 そして気合の声と共に、凄まじい轟音が森を震撼させる。

 辺りから一斉に動物たちが逃げていくのを目の端で追いながらジークの様子を伺うと、丁度彼が空中から地面に降りたところだった。

 何度か丸太を手で触れたのち、ジークは目隠しをほどきながらこちらへ歩いてくる。

 しかしアイラの視線はジークではなく、その向こうにある光景に釘付けになていった。


 ジークの歩くその向こう。先ほどまでゴウゴウと暴れまわっていた丸太が、すべてピタリと止まっていたのだ。


 考えるだけでも恐ろしいのだが、ジークが丸太を避けたり蹴ったり殴ったりしていたのは、丸太の動く速度を調節するためだったのではないだろうか?

 恐らく彼は最後に飛び上がった瞬間、瞬きの間にすべての丸太を攻撃し、しかも丸太がピタリと止まる威力に加減して殴ったのだ。


 これが出来るようになるまで、彼はいったいどのような研鑽を積んできたのだろうか。

 彼女と年も変わらないこの少年は、一体どれほどの年月を自らの修練に費やしたのだろうか。

 それを考えるだけで眩暈がする。

 そして、アイラは一週間後にはこの人に着いていけるように自らを磨かねばならないのだと、己の覚悟を改めた。


「うーん、いまいちだったな……。おはようアイラ。服は見つかったんだな。よかったよかった」

「う、うん……おはようジーク。ところで、さっきのは……?」


 服の心配をされて昨日の記憶が蘇えるが、頭を振ってそれを掻き消す。

 昨日は疲労と寝起きのせいで自分でも考えられない行動をしていたと思う。

 もうこの話題はあまり突っ込まれたくないので、アイラは彼が聞くより先に気になっていたことを聞いてみた。


「あれか? あれは昨日の晩に思いついたオモチャなんだ。それで早速今朝作って軽くトレーニングに取り入れてみたんだが、これがなかなか面白くてな。つい夢中になってしまった」


 後方の丸太を見ながら本当に楽しそうに快活に笑う少年に、アイラは乾いた笑いしか返せない。

 こんなののいったいなにが楽しいのだろうか。

 目も見えない中であんな巨大な丸太が襲ってくるなんて、悪夢以外のなんでもないではないか。


「お、オモチャね……。あれ、でもさっきいまいちだったって言ってなかった?」


 いまいちな出来な割には面白かった……そういう意味なのだろうか。


「ああ。最後に丸太を止めた時に思ってたより大きな音が出たからな。そうだ、俺のこの一週間の目標はあの音を消すことにしよう」


 つまり青年は、大きな音を出して止めてしまったことが気に入らなかったのだろう。止めるだけでも言葉では足りないくらい凄いことだというのに、ジークはそれが気に入らないと言う。

 考えていることの次元が違いすぎて、アイラの内からは最早凄いという言葉以外が見つからなかった。


「へ、へえ……。ええっと、オホン! それじゃあ、今日もよろしくね! 私も訓練頑張るから!」


 アイラは咳ばらいを一つし、話題を強引に変える。


(だってしょうがないじゃん。規格外すぎてもう訳が分からないんだもん。)


「ああ。ちゃんとメニューも考えてあるぞ。だがその前に飯だ。先に席に着いててくれ。すぐに準備するから」

「うん、ありがとう!」





「さて、訓練を始める前に昨日の調査で分かったことを伝えるぞ」

「は、始める前……?」


 じゃあ今やっている腕立て伏せは一体なんだと言うのだろうか。

 返答を聞くのが恐ろしいので特に聞いたりはしなかったが。


「今回の敵……アイラの村を焼き払った相手はどうやらサラマンドラの幼体という事で当たりが付いた。同じサラマンドラに調べさせたから間違いない」

「へぇ、サラマンドラの……サラマンドラ!? な、なんでそんな相手が私の村なんかに!?」


 あまりの驚きに意図せず腕立て伏せが止まる。すかさずジークに背中を小突かれる。

 大事な話をしてるんだし少しくらいいいじゃないかと、口を衝きかけた文句を飲み込んだ。


 不詳不詳といった様子を隠しもせず、疑問に対する思考と共に、アイラは腕立て伏せを再開させる。

 サラマンドラと言えば、ウンディーネと並ぶほどの知名度を誇る精霊だ。

 そんな精霊が、例え幼体だとしてもこんな人里に降りてくるわけがない。

 というかジークは、ウンディーネに加えてサラマンドラまで従えているのか。


 考えれば考える程、彼の存在が謎めいてくる。


「その理由についてなんだが……」

「どうしたの?」


 急に言い淀まれると急激に不安になってしまう。

 腕立て伏せを続けたまま、アイラは思わず身構える。


「アイラ、お前は人を斬れるか?」

「え……? それってどういう──」


 そう聞き返そうとした直後だった。


「ふぁ……ふう。うむ、ようやく七割……といったところじゃな」


 突如ジークの周りが赤く発光し、全身から飛び出した赤い粒子が少女の形を取った。

 ウルの時と酷似する状況に、アイラは彼女もウルと同じ精霊なのだと悟る。

 非常に眠たそうに長いあくびを嚙み締めた少女は、大きく伸びをし、ジークへと向き直った。


「おはようサラ。昨日はまだ暫くかかるって言ってたけど、もう出てきて大丈夫なのか?」

「うむ。まだ本調子とは言い難いが、(ぬし)を守れる程度には回復したぞ」


 会話から察するに少女は療養中だったのだろうか? ジークに健在を示すように、サラと呼ばれた少女は小さな体で大仰に胸を張っていた。


「そうか。それなら今日もまた調査が進められるな」

「えぇ……主よ、また我をこき使うつもりか? 我は病み上がりなんじゃぞ?」

「俺を守るんだろ? だったら付き合ってもらうぞ。なんせ今回の件は相手が人間だ。下衆なことをさせたら狂暴な魔物よりよっぽどタチが悪い」


 思いっきり眉を寄せて不満を訴える少女に、ジークは動じず淡々と反論する。

 というか、人間への評価が散々なのだが……彼は人間に嫌な思い出でもあるのだろうか。


「まあそれもそうじゃのう。して、主様よ。見知らぬ顔だが……こやつは何者じゃ?」


 少女がこちらへ振り向き、アイラを睨む。

 幼く可愛らしい容姿に反してその視線は恐ろしく鋭い。

 アイラは気圧され、ついつい腕立て伏せを中止してしまった。


「こら、サボるな。サラもいきなり人を睨むな。アイラが怖がってるだろ」

「さ、サボってないよ! せ、せん……ご……っ! ていうか、もう十分じゃない!? 千回だよ千回!」


 大体アイラは昨日までたった五十回で呼吸を荒げていたのだ。

 彼のおかげとはいえ、一日でここまで出来るようになった。ここまで出来たらもう必要以上にやる意味もないと思うのだが……


「決めた回数はちゃんとやれ。ほら、後たったの五九五回だ」


「はーい……。せん……ろくっ! せん……ななっ!」


 昨日私が決めたルールは、百から初めて一セット終わるごとに回数を倍に増やすというものだった。

 そしてその回数は日を跨いでも継続して計算し、翌日に繰り越される。

 我ながら馬鹿な申し出をしたものだと、アイラは今更ながら後悔の念を募らせる。


 つまりアイラは、既に合計一万回以上の腕立て伏せをしていることになる。

 昨日は本当に筋トレと柔軟などの基礎力トレーニングしかしていなかったため、その回数は聞くだけで頭痛がしそうなほどの回数へと膨れ上がっていた。

 それに比例してちゃんと成果は得られているのだ。今朝はついに180度開脚することが出来た喜びは、まだアイラの記憶で強い熱を持っている。


「この娘、昨晩の村の人間か?」

「ああ、彼女の名前はアイラ・テンペスト。昨日の廃村の生き残りらしい」

「ほう……このような生娘がのう」


 何か思うことがあったのか、サラと呼ばれた少女は何処か遠くを見るような瞳でアイラを見やる。


「アイラ……と言ったか。幾つか質問があるのだが」

「……」


 しかし答える声はない。ペナルティーを恐れるあまり集中状態に入ったアイラは、現在周囲の情報の一切を遮断していたのだ。


「む、名前が違ったか?」

「いや、合ってるぞ。ただ単に気付いてないって感じだ」

「人間風情がこの我を無視するか。余程灰になりたいと見た……」


(せんじゅうよん……せんじゅう……あれ、なんか急に暑くなってきたような……)


 ようやくアイラが自らの身に迫る危険を勘付いたが、時すでに遅し。

 サラは双眸に怒りの炎を浮かべながら、口調を強めて再度アイラに呼びかけた。


「おい、娘」

「は、はい! って……ええ!? な、なんで怒ってるの……!?」

「ああ……やっちまったな……」


 アイラが顔を上げると少女は全身がユラユラと霞んで見えるほどの熱を纏い、彼女を睨みつけていた。

 明らかに眼前の少女はアイラに対してその怒りを向けているのだが、彼女にはその理由がさっぱり分かっていない。


「この我、サラマンドラを無視するとは良い度胸じゃな。汝、名は何と言う」

「む、無視!? いったいなんのことを」

「質問に答えんか──!」


 瞬間。

 アイラの隣に生えていた雑草が業火の柱に飲まれ、跡形もなく蒸発した。

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