第零話 親愛なる読者諸君へ
やあ、こんにちは。
いや、おはようかな?
それともこんばんはだろうか?
ああいや、なんとでも取ってくれて構わない。
何れにせよ、ここでの挨拶はさほど重要ではないのだから。
この場に相応しい挨拶は、次までに考えておくとしよう。
と、言うわけで。初めまして、うら若き少年少女。私は……そうだな。
ここでは語り部とでも名乗ろうか。
え?
自分は少年や少女と呼ばれるような歳じゃない?
はぁ全く、君はいちいち細かい奴だな。
そんなもの、私からしてみれば老人だろうと赤子だろうと大差じゃないさ。
なにせ私は単なる語り部。物語を進行させるための部品に過ぎないのだから。
話が大分反れてしまったな。
閑話休題。四方から野次が飛んでくる前に、早速本題に移るとしよう。
ふふっ。私は節度を持った、良識のある語り部だからな。
これより私が語るのは、ある記録者の物語。
記録者とは、かつて冒険者と呼ばれた職業の後継。名前の由来は、成した偉業が本として世に残る点にある。
一人の冒険者が記録魔法を応用して、己の偉業を伝記として世に産み落としたことが起源だと言われている。
どこの酔狂者が始めたのかは知らないが、これが当時大流行したそうだ。
故にこの場所に於いて冒険譚は、路傍の石のごとく、まるで景色の一部のように点在する。
本来憧憬の的である英雄たちの栄光は、有り触れた消耗品に成り下がっていた。
それを聞いても尚、私は彼らの旅路をここに記した。
それを知っても尚、私は彼らの勇姿をここに記した。
それを認めても尚、私は彼らの冒険をここに記した。
何故ならこれは、記録ではなく言行録。
何人も知る筈のない、未曽有の冒険譚なのだから。
ふむ、まだ時間はありそうか。
それでは物語が始まる前に、私から君に伝えねばならないことがある。
聞く者によっては、忠告とも受け取れるかもしれない。
ここから先に美譚だけが語られる訳じゃないことくらい、君は容易に想像していることだろう。
彼らが苦しみに喘ぐことも、悲しみに暮れることだって、きっとある。
だが私は、そんな彼らの道程を楽しんで欲しいと思っている。
強要ではない。これは、君と私との約束事だ。
だから身構えず、安心して寛ぎ給え。
他人の苦楽を特等席で傍観する観客。
読者の本質とは、そういうモノだろう?
悠々と茶でも飲みながら、共に頁を捲ろうではないか。
えー、コホン。
少々長くなってしまったが、前置きはここまで。
停滞していた物語が、どうやら再び動き出すらしい。
私とも、暫しの間お別れのようだ。
待たせたな、英雄譚に飢えた読者諸君。
君の意向に従って、粛々と物語を読み進めようじゃないか。
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『これは、この世で最も臆病な男の物語。
これは、この世で最も勇敢な男の物語。
平凡な……されど比類なき栄光に包まれた英雄譚。
それでは、未だ己の名も知らぬ純白の神の神意に従って──始めるとしようか』