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『……はい?意味がわからないのですが、もう一度お願いできますかしら?』
こんにちは、皆様、ご機嫌いかがかしら。
今、私は頗る混乱しています。
我が契約主たるリーアナ嬢を始めとして、王太子、宰相閣下の御子息、近衛騎士団団長の養い子、リーアナ嬢の兄君+弟様まで一同に集まり、私を呼び出したかと思えばいきなり糾弾が始まりました。
曰く、リーアナ嬢に近しい立場であることを良いことにリーアナ嬢をいじめていただとか。
己の美しさ、生まれもった力の大きさなどを鼻にかけ散々暴虐の限りを尽くしたとか。他にもこちらが呆れてものも言えなくなるような稚拙な事柄をつらつらとあげていっては、時折涙ぐむリーアナ嬢を総出で構い倒すなど。
……意味がわかりませんわ、本当に。
そうして私は続く糾弾が一旦切れるのを待ち、口を開き言ったのが冒頭の内容にございます。
「何を。今更白を切れば見逃されるとでも思ったか!この魔女め!」
「何て醜いんだろうね、この女は。皮の下はきっとどす黒いものが詰まっているんだろう。」
「……この状況をわかりもしないとは、流石だな。恐れいった」
「見損なった」「うん、でも元からあまり好きじゃなかったよ僕」「僕も」「ね~?」
「我が妹に相応しいものかと思えば飛んだ不良品を掴まされたものだ。……全く、父上は何故こんなものを喜んで話を聞くのか理解に苦しむな。」
「兄様、卑しい畜生にも似た女です。どうせ父様にも上辺だけの顔で接し、その汚れた様を隠していたのでしょう。」
酷い言葉を軽々とよくもまぁ使えたものです。子どもとは言え、あれらはもう成人も間近な年頃であろうに。
人の上に立つ事を何よりも先に学ばされてきた子らであったはずが、もうその片鱗さえ見えなくなってしまったとは。なんと悲しく哀れなものでしょう。
「……よって、貴様にはリーアナを任せられん。直ちに契約を排し、あちら側へと帰れ。そして二度とその姿を見せるな。これはこの国の王太子の命令である。破ればどうなるかもわからないほどではないだろう、流石にな。」
半分流してクォトル(死界魚)のような目をしていたら、聞き流す事ができない発言をなされ、もう何度目かわからない呆れと驚きを露わに彼らを見据えました。
国の代表として、私との契約を破棄させるなど……そんな事をすればどうなるかなんてわかるでしょうに。ああ、ああ、そんなにも狂ってしまったのか彼らは。
『……本当に、よろしいのですか?後になってやはり戻ってこいなどと言う事はできませんのよ』
「諄い!とっとと失せるのだ、化け物め!!」
最後の最後、老婆心を出したとしてもその思いは交わされ返されるは知性の欠片も感じられない暴言だった事が非常に残念で、私は嘆息しつつも空を見上げてから大地へと視線を移した。
『我が身は大地、我が子らの望み通り、我は地へ。そして母の元に還ろう。……リーアナ、リーアナ・クレイスとの契約はなきものに。我が力、我が加護もこの身とともに。』
作物の採れなくなった不毛の地の土を豊かにし、母様と縁のある水の精を枯れ井戸に呼び再び水をもたらしてもらったり。穢れを含んだ悪鬼を寄せ付けない加護を幾度となく請われ、かけ続けてきました。
全ては懸命に生きようとする人の子らを母様が懸念していたがため。母様の願いを叶える事が我らの喜び。
契約を結んでも傲らず、母様の願いを叶えるのに協力的なものをと見繕ったつもりでしたが、私も人を見る目があまりなかったようですね。
最初こそ良き関係を築けましたが、王や彼女の父と関わり、関わる人が増える程に彼女は私を疎み始めました。
人を真似た仮の姿を。彼女にはない大きな力を。そして多くのものを跪かせ、崇め奉らせる名声を。信仰心を。人の目を一心に受けられる事を。愛される事を。
母様ばかりだった私もきっと悪かったのでしょう。少しでも彼女の気持ちを汲んで差し上げていたら。
しかしもう全てが遅い。母様は私の目を耳を通して全てを見守っていらしたはず。
母様は慈悲深いが、我ら子や己が身を傷つけるもの達に容赦はない。
直に、大地は荒れ狂うだろう。母様に心傾けていらっしゃる水の精霊王様を始めとする水様方も、母様と嘗ては姉妹同然に過ごしていたという噂話内緒話が大好きな風様も、情に厚く激しい気性をお持ちの火の精霊様方も。闇や光、全ての精霊様方が大なり小なり母様を慕っていらっしゃる。
私が任されたお役目をきちんと果たせずに舞台を降りるのは忍びない、だがしかし母様の傷付けられたお心が救われるならば。私は役を降りよう。そして母様のお側に。