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なんということだろう…
愛しい婚約者から送られた髪飾りを見た瞬間頭を走り抜けた映像――
私はこの髪飾りを知っている。これは私が前世でプレイした乙女ゲーム『貴族たちの優雅な生活~美しい貴公子との恋愛譚~』の恋敵役である令嬢がつけていたもの。
所謂私は転生者だったのだ。どうして私が悪役令嬢なのだ‥こんなに愛しい婚約者をほかの女に奪われるなんて辛い。辛すぎる。しかしもうストーリーは進んでしまっているのだ。たしかこのゲームはヒロインであり、平民として暮らしていたアンブローズが実はロワイアル男爵の隠し子であったことが発覚し、男爵家の令嬢として16歳の誕生日に初めて社交界にデビューするところから始まる。彼女と悪役の伯爵令嬢である私――エミリア・クリステルは1歳しか離れていなかったはず‥そして偶然にも誕生日が一緒なんていう設定だった。
ルーファス様は婚約者である私の誕生日ではなく‥ヒロインであるアンブローズを優先するのよね。そして嫉妬に狂った私は彼女にたくさんの嫌がらせを行い、婚約者であるルーファス様に婚約を破棄された挙句、家を追放‥その後の彼女の話はゲーム内では明かされなかったが追放された者の末路が順風満帆なわけがない。そんなのはごめんだ。
「こんなのってない。あんまりよ…」
その一言を呟き、私は意識を失った。
「み…エミ。エミリア」
耳に心地よく響く声がする。私が大好きな優しい声‥こんなふうにもう呼んでもらえないのだと思うと涙が自然と流れた。
「ルーファス様…」
婚約者であるルーファス・レインズワーズ公爵令息。彼は言わずもがな攻略対象である。前世の私は彼が大好きでなんども彼のルートを攻略した。アンブローズとして
「君が倒れたと聞いて…涙なんて流してどうしたんだい」
愛しいひと。と目が覚め、起き上がった私の目尻に浮かぶ涙を唇ですくってくれる。
「なんでもありませんの。ちょっと夢見が悪かったのですわ」
そう返すと、彼はやさしく髪を撫で額にキスをおとす。
「お手を煩わせてしまい申し訳ありません。ご心配をお掛けしました」
その言葉に彼は目を見開く。それはそうだろう。ここで謝罪をするなど過去の私だったら絶対にありえなかった。きっとなぜもっと早く来なかったのだと騒ぎ散らしたはずだ。とんだわがまま令嬢だったのだ。
彼はそんな婚約者に対し表には出さないが呆れていたはずである。だからこそアンブローズの慎ましやかさに惹かれるのだと話していた気がする。もう決めた。シナリオ通りに動けば私は追放されるのだ…だったら
そんな馬鹿なことはしない。もう手遅れかもしれないが、あきらめない。せめて追放ルートは避けよう。
そう心に決めた瞬間だった。