1-3
僕はあまり色恋沙汰には詳しくない。
「実は○○さんと××さんは付き合てる」、「○○は××が好き、だけど××は□□が好き」なんて事とは、殆んど無縁な所で生きてきた。
赤莉とも、友達という関係ではあるけれど、そういった関係にはなることはないと思っている。実際のところ、赤莉もそう思っているはずだ。僕は、人を好きになることがあまりない。
今現在、入学式が終わり、教室ではとある机の周りに人だかりができている。その机は彼女の場所なのだが、人の壁で顔どころか身体の一部分ですら見ることができない。
僕はあの時、あまりの衝撃で固まって、彼女の名前すら聞いていなかった。
(なんて失態だ。)
そして僕にはあの中に混ざる勇気なんて、これっぽっちも持ち合わせていない。だから、この気持ちを伝える機会も今後ないだろうとは思ってる。
それにしても、あの人の壁ができてから二十分にもなるけど一向に減る様子がない。むしろ増えているようだ。あれでは中心部は相当に辛いんじゃないだろうか。
―――パンパンッ
「ほらっ、もうそろそろHR始まるよ。席についてないと先生に怒られるんじゃないの?」
人壁の中から赤莉の声が聞こえてきた。それと同時に、みんなも自分のクラスへと帰っていく。
どうやら赤莉は、彼女と生徒の間に入ってみたいだ。
(もう、赤莉が先生をやったほうがいいんじゃないかな?)
人がいなくなると、ようやく彼女が姿を現した。その姿は、昔話に登場するお姫様のように白く細い。背丈はは赤莉より少し低く繊細な印象を受けてしまう。だけど、それよりも一番に特徴的なのは、腰くらいまである透き通るような銀髪だ。
「あ、あの、ありがとう」
「いいよ、大丈夫だった?変なとこ触られてない?」
「う、うん。あなたが間に入ってくれたから。えーと?」
「私の名前は清川赤莉、よろしくね」
「私は福路百合、よろしく」
あれは赤莉の性格だ。困っている人を助けに行く。助けた相手とは大抵、仲良くなってしまう。だから、彼女にとっての敵は人を困らせる相手であり、困って人は味方になる。
(それにしても福路百合か……赤莉には後で飴をやろう)
「百合ちゃんか、あの様子だとお昼とかも凄いことになりそうだね。大丈夫?」
「うっ、あれじゃあご飯が食べられない」
「そうだよね……あ、だったらお昼一緒に食べない?
友達とよく使ってるんだけど、中庭にあんまり人が来ないところがあるんだよ」
「いいの? お友達といっしょに食べるんじゃ……」
「あの二人なら誰がいたって気にしないよ! 嫌じゃなかったら一緒に食べよう。」
「ホント? それなら、よろしくお願いします」
……何か知らない間に福路さんとご飯を食べることになってしまった。
(赤莉、恐るべし!? ……今度、何か奢ってやろう)
そんなやり取りを眺めているとチャイムが鳴ってしまった。それに伴い、教室には無精髭の男性が入ってくる。
「おーし、HR始めるぞー、みんな席に着けー。今日から俺がこのクラスの担任になる留岡蓮だ。一年間、問題を起こさないでくれよ。……まあ、本当ならここでみんなの自己紹介をするんだが……面倒くさいからパスだ。後で個人的にやってくれ。パッと見たところ全員いるみたいだし、学校の説明をする。ここまでに質問あるやつは……いないなー」
先生は淡々と話を進めているけど、やる気は全く無さそうで、言葉には「とりあえず」とか「面倒くさいけど」が隠れてるようにも見える。
「お前達には国から、個人証明として専用のIDカードが支給されているはずだ。今から渡す生徒手帳にそれを差し込め、それは今後お前たちの学生証になるから絶対無くす事のないように。」
「それと、校外で魔法を使用することは禁止されていない……が、魔法の悪用や危険性が確認された場合、即刻に処罰される。むやみに濫用すんな。」
先生はやる気がなさそうに説明していく。
「……俺にも罰則があるからな、やった奴は……」
先生はぼそりと呟いたけど、みんなに聞こえたみたいだ。その説明に一人の生徒が手を上げる。
「先生、もし暴漢に襲われ自衛として魔法を使用した場合、相手が怪我をしたら悪用に含まれますか?」
成程、難しい話だ。そんな事になると正当防衛すら許されないじゃないか。
「お前たちに渡した手帳は、使った魔法の履歴が残るようになってる。その履歴から、当時の状況を鮮明に見る魔法もある。だから、嘘を付いてもすぐにばれるってわけだ。逆に言えば、よっぽど酷いやり方でなければ自衛のための使用も認められる。……ただ、人を死なせてしまった場合はどうなるかわからん。加減は間違えるな。じゃあ、手帳を配る」
先生は、真面目な声で僕たちを諭す。きっとそれは、自分も罰則を受けるからではないだろう。
加減……か。それが出来るかは、その時にならないと誰も分からないな。
手元に手帳が届く。手帳という割には少し機械的な雰囲気を受けるけど……
手帳を開くとカードの挿入口があったので、IDカードを差し込む。キュインという音が鳴るが特に何が変わるわけではないみたいだ。
「生徒手帳に詳しい使い方が書いてるから、それ読んで勉強しておけ。それじゃあチャイムなったら昼休みなー」
気怠そうに説明を終えるとすぐに出て行ってしまった。何か用事でもあったのかな?
周りを見ると、友達同士で話してる人と生徒手帳を読む人に分かれる。後ろを向くと赤莉は後者だったみたいだ。
「さすがだよな、あの雑な説明を受けた後でもしっかりとやる気を保つなんて、やっぱり委員長向きだよ。」
蒼羽は前者か……だろうな。
「そういう蒼羽は生徒手帳を読まないの?」
「俺は読んでも理解できないからパスで、後で赤莉が教えてくれるだろ」
やる気がなさそうに机に突っ伏している。随分と赤莉を信用してるみたいだ。
「あっ、そうだ二人とも、お昼ご飯は百合ちゃんと一緒になったから。よろしくね」
赤莉は早くも生徒手帳を読み終えたようで、自然と話に入ってくる。
「百合って誰だ?」
「福路百合さん、入学式の新入生代表だったでしょ。」
「えっ…… あの美人で、今の話題ナンバーワンに輝く、福路百合?」
「そうだよ。さっき話してて、流れでご飯に誘っちゃった。……あれ? 黒君は驚かないんだね?」
「まあね、さっき話してたの見てたし、赤莉の性格はよく知ってるから」
「ふーん、盗み聞きとはいけないねー」
「いや、たまたま聞こえ……。あっ」
「ホントに盗み聞き立ったとは……なーんだ、驚かせてやろうと思ったのに」
一瞬で聞いてたのがバレてしまった。勘の良いやつだ。
「そんなことより! ほんとにあの容姿端麗で才色兼備の福路百合とメシ食えんの! スゲエよ、何で二人は平然としてんの⁉ ……って、あれ? 何でそんな驚いてんの?」
「「……蒼羽が……小学校以上の言葉を使った!?」」
驚きだ! 蒼羽が小学五年生以上の単語を知っていたなんて…… つい赤莉と声がハモってしまうくらい驚きだ。
「お前ら流石に馬鹿にしすぎだろっ! そこまで頭悪くねえよ!」
「…………まあ、蒼羽の冗談は置いておくとして、もうチャイムなりそうだから準備しておこう」
「え、今の間は? 冗談ってどっちの意味?」
蒼羽はまだ抗議を続けてるけど、とりあえずスルーしてお弁当を用意しよう。今日は理緒が作ってくれたから密かに期待してるんだけど、福路さんはどんなお弁当なんだろう?