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最愛の妹とその友人に置いてきぼりにされる……なんてことはあったが、とぼとぼと歩いてようやく学校に到着した。
玄関のガラスに貼ってあるクラス分けを確認すると、重い脚を動かして教室を探す。とはいっても、先日まで中等部の生徒として隣の校舎に通っていたので、ある程度の場所はわかるんだけど……
この学校は、中高一貫校になっている為に校舎はとてつもなく大きい。東側校舎が中等部、西側校舎が高等部になり、連絡通路を使えば校舎外に出ないで行き来ができる。 先月までは、理緒達と一緒の校舎だったので同じ校舎に入っていたが、今日からはお互い違う玄関から入ることになる。
それ以前に一緒に登校するかはわからないけど。
暫らく歩いていると、《1‐A》というプレートを見つけることが出来た。 おおよそ、見当のつけた場所で合っていたのでそこまで歩くことにはならなくて良かった。
ドアから教室の中を覗くと、既に登校してきた生徒たちがいくつかのグループに分かれ、楽しそうに世間話をしている。 僕は、その人たちの横を通り抜け、黒板に貼ってある座席表を確認した。 どうやら、このクラスの担任は不思議な人のようで進学早々、名前順ではなく男女をごちゃ混ぜにして席を決めているみたいだ。
僕の席は窓側の後ろから二番目、中々に良い場所だった。「居眠りをしても見つかりにくいぞ!」と喜びたいところだけど、残念ながら授業中に寝ていて点数を取れるような頭ではない。
(でも、窓側っていうのはありがたいな)
教壇を降りようとすると、周りから様々な視線を感じるでも、その視線のどれもが居心地を悪くさせるものであることは理解している。
「うわ、あいつまた来てるよ」
「よく来れるよね~」
「もう諦めればいいのに。」
僕から離れた所で数名の生徒がヒソヒソと話をしているけど、わざとなのか全てこちらに聞こえている。本当に鬱蒼とした気分になる。
(それでも、もう慣れたものだから気にせずに外でも眺めてよう)
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「おっ! 黒隆、一週間ぶり、元気にしてたか」
ボーっとしていると聞きなれた声がした。大きな声に嫌々ながらも振り向くと、気前のよさそうな青年が爽やかな笑顔を振りまいている。
「蒼羽、もうちょっと声のボリュームを落として、変に注目されちゃうから」
「悪いな、久しぶりに会ったから、ついテンションが上がっちまった」
「久しぶりって言っても、一週間しか経ってないよ」
「一週間も黒隆や赤莉と会えないとか、飯がのどを通らなくて辛い事この上なかったぜ!」
「冗談なのか、本気なのか、判断しにくいよ」
「そりゃ半分冗談で、半分本気だからな。」
「はいはい」
蒼羽は終始テンションが高い。この生徒は、バカでおっちょこちょいな、僕の悪友になる。
落ち着いた雰囲気を感じさせる青髪をシャギーウルフという髪型にしている。先週、「見ろよ! 美容室のお姉様が、似合うって言うから、シャギーウルフって髪型にして貰ったんだよ。 どうだ! 格好いいだろ、羨ましいだろ」といい大はしゃぎしていた。
身長は僕より高く、澄んだ翠色の目、十人いれば七人くらいは振り返るような顔立ちなど、色々揃っているのに何故か女の子にはモテない。
大まかな理由は、外見と中身のギャップに、女の子がついていけないからだと思う。
イケメンに惹かれてやってきた女子にはお調子者で、小さな子供がそのまま大きくなった感じの蒼羽は、イメージがかけ離れているらしい。
「それにしても、我らが学級委員長様は、まだ来てないのか」
「そういう日もあるよ。それに、学級委員長だったのは中等部までだよ」
「このクラスでも、結局、委員長になりそうだけどな」
「そうだね、そうじゃない状況を想像する方が難しいかも」
「別に、やりたいわけじゃないんだけどね」
「いやいや、あいつほど適任者もいないって……にしても、赤莉がこの時間にいないなんて珍しいよな~ 何か事件に巻き込まれたんじゃないのか……大変だ!」
「そんなに焦る事ないってば」
「そうそう。私だって、たまにはゆっくり来る日もあるって。」
「そうか? ならいいんだけどよ」
あれ? 1人増えてる気がする?
「赤莉は、見た目は可愛いから、変な奴にちょっかい掛けられてそうじゃん」
「まぁ、無いって言ったら嘘になるけど、心配されるほど危なくなった事は無いし、危なそうだったらさっと逃げるわよ。」
やっぱり増えてる。何で蒼羽は気付かないんだろう。
「赤莉は結構、隙があるんだよな。 勉強は出来るのに、どこか抜けてるっていうのか」
「そうかなぁ……そんなに抜けて無いと思うけどなー」
「いやいや、抜けてるって。この間だって、テストの当日になって試験範囲を間違えたって、テンパってたじゃん」
「うっ! それなら蒼くんだって、混んでる女子更衣室に入って女の子から袋叩きにされたでしょ。あれを助けてあげたのは誰だったのかなー」
「いや、それは間違って……って赤莉! いつからそこに!」
「え? え~と、「世界で一番愛してる!」の時にはもう居たよ。」
「言ってねえよ!? どんだけ都合のいい耳してんだよ」
「いやー、蒼くんに愛してるって言われてもちょっとなー」
「なっ!」
蒼羽の顔が一気に真っ赤になってしまいもう見てられない。
仕方がないから一応助け舟を出そう。
「おはよう、赤莉」
「黒くん、おはよう。一緒のクラスになれてよかったね」
「本当に良かったよ。それにしても、今日は結構ゆっくりだったんだね」
普段なら、HR開始の一時間前には来て自習や授業の準備をしていたので、今日の登校時間を不思議に思っても仕方がないと思う。
「今日は、お父さんが帰って来てたから、一緒ご飯食べてきたんだ。楽しかったよ! でも、そしたら少し遅れちゃって」
「そっか……まぁ、言う程、遅れてないと思うよ。時間まで、まだ十五分以上はあるからさ」
「ほんとだ。 間に合ってよかったよ」
僕の目の前で明るく笑うこの女子生徒は清川赤莉。
赤莉は、僕と蒼羽の幼馴染で仲の良い友人でもある。しっかり者で成績優秀、頼みごとを断れない程お人好しな性格から、度々クラス委員や学級委員長をやることも多い。
綺麗な赤髪を肩までかかるセミロングにしており、頭に黄色のカチューシャをつけている。身長は百五十六位、灰色のぱっちりした目と整った顔立ちに男子からの人気が高い。
ちなみに先程のテスト結果だが、百点満点中九十点台をキープしてクラス順位では上位に輝いていた。
「それにしても、私たち幼馴染が三人揃って、かなりラッキーだよね」
「うん、本当に嬉しいね。普段の行いが良いからかな」
「いやいや、こういうのに普段の行いは、あんまり関係ないだろ」
「そうかな、きっと、どこかの優しい人が、一緒にしてくれのよ」
「それは後々、面倒なことがありそうだね。」
「まぁ、なんにしても、今年も沢山遊べそうだな!」
「うん、そういえば赤莉と蒼羽の席ってどこだった?」
「俺は黒隆の後ろだ!」
「私は黒くんの斜め後ろだよ」
「なんか、作為的なものを感じる配置だね」
陰口のせいであんまり座席表を見てなかったけど、こうなると一層居眠りはしてられないな。赤莉の目の前で居眠りをすると後々、説教をされてしまうから次の席替えまでは頑張ろう。
結構な時間が経っていたようでチャイムが鳴り、僕たちは講堂へと移動することにした。途中、見慣れない女の子がいたが恐らく転入生だろう。高等部には毎年、外部から一定数の転入生が入って来るので、それほど目新しいことではないのか他の生徒は気にしていないようだ。
講堂に着くと既に先輩達が座っていて、始業式が始まるみたいだ。聞いていた通りに特段、入学式といった雰囲気はなく、校長先生の有難いお話や新任教師の紹介といったありふれた始業式になった。
終盤になってくるとみんな疲れがあるみたいだ。それでも先輩たちが背筋を正し始めたのを見て新入生も真似をする。何があるんだろう? すると、綺麗な女生徒が壇上に上がった。
「新入生のみなさん、入学おめでとうございます。私は、生徒会長の水無玲奈です。この学校は魔法をはじめとした教育を受けることのできる、とても恵まれた貴重な場所です。そのことを片時も忘れることなく、互いが競い合い日々研鑽をして過ごしてください。そして、先輩になる二年生三年生も追い抜かれることのないように、自らの力を高めていってくださいね。この学校の生徒が今よりも更に成長できることを願っています」
会長がお辞儀をすると、会場から拍手がおこりそれを受けて壇上からはけていく。
同じ文章でも読み上げる人が変われば印象が変わる。
五十代の校長先生と、十代の綺麗な少女ではおおよその場合は少女が勝つだろう。
ただ、それだけの話だった。
だから、それと入れ替わりに壇上に上がった生徒の話を僕は覚えていない。
会長の言葉は覚えていても、今壇上に登っている生徒の言葉は一言すら思い出せない。
今現在、壇上に立っている新入生に会場中が釘づけになる。
会場中が、白く長い髪を靡かせて凛と立つ彼女の姿を目に焼き付ける。
司会の生徒が、ハッとしてプログラムを読み上げると全生徒がさらに集中する。
彼女の声に聞き逃すまいと全神経を耳を傾ける。
順番的には新入生の代表による宣誓の筈だ。
だけど、僕の耳には何も届かない。
―――――……生まれて初めての一目惚れだった……――――