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僕は『朝』というものが好きじゃない。
大抵の場合、体に鞭を打ってでも起きなければいけないし、まだまだ眠いというのに学校なり仕事なりに行くものだという雰囲気がある。
「朝になってもまだ寝ている奴は反社会的な人間だ!」と言われているようなものだろう。
それこそ、前に風邪をひいて休んでいるときセールスが家に来た。
「若いのになんでこんな時間に家にいるの?」といった顔をされたが、
「風邪をひいてるからだよ」と少しイライラとしたものだ。
夜に働き、朝は眠る。そんな人が沢山いるのを知っているくせに、自分が面白くなるように解釈したいのが人というやつなんだろう。そして、そんな目で見られることが嫌いな僕は現在、家から三十分は掛かる通学路を歩いている。
今日は四月一日、つまりは入学式の日。しかし、中高一貫校の学校ではそれほど大それた入学式は行わない。始業式のなかで一緒に行ってしまうらしい。
何ともあっさりとしてる。だからなのか「新しい学校生活がんばるぞ!」という気分にもならず、四年連続で同じ通学風景を眺る。
坂道を下っていると隣をひらひらとした物が舞う。
目線を下げると、平均よりも小さいだろう背丈の少女が、何やら嬉しそうにと歩いていた。ヒラヒラ動くそれは真っ赤なリボンだったみたいで、金色の艶やかな髪が二つに結ばれている。
僕とは歩幅が違うので、普通に歩いているとすぐに後ろに消えてしまう。歩幅を広げて追いついてもすぐに後ろに下がっていく。その動きでリボンと髪がさらに揺れて生きているかのように動いている。
歩いている少女を眺めていると、ふと目が合う。
すると愛らしい表情に暖かな優しさを浮かべ、さらに笑顔を引き立つ。
「お兄ちゃん、どうかしたの? 何かご用事?」
「その赤いリボン似合ってるね。この間の誕生日プレゼントだっけ?」
「そうだよ。陽菜ちゃんから貰ってね、一番のお気に入りなんだ~」
伊吹理緒は楽しそうに屈託のない笑顔を浮かべる。
僕の妹ながら、中等部三年生になるとは思えない程に小さく、童顔で幼い雰囲気を醸し出している。
本来の予定では、今日から別々に登校する筈だった――が、理緒が先に準備を終え、玄関でじーっと見ながら待っていたので仕方なく一緒に登校する事になってしまった。
……決して僕がシスコンで、妹に変な虫が近寄らないか心配になったのではない。断じてない。
―――タッタッタッタッ――ドン!
「理緒! おはよう!」
「ひゃあっ! な、なに⁉」
大きな声に反応して振り向くと、理緒より少し背の高い女の子が理緒の背後に回り込み目隠しをしている。目隠しをされている方はといえば、手を外そうと必死にジタバタしているが結構な力が入っているのか一向に解放される気配はない。
少しすると満足したのか手を放し、ニヤリと僕の方を向いて声を掛けてきた。
「黒先輩も、おはようございます。」
「おはよう、陽奈ちゃん。 今日も元気だね。」
「はい! そこが私の取り得ですから! 妹さんと仲良く通学しているだけあって、年下の事を分かってますね。流石、黒先輩です! ホントにどこかの貧乳とは大違いです。貧乳とは!」
野上陽菜ちゃんはケラケラと笑い楽しそうにしてる。小さい頃から理緒と一緒に行動していて一番大切な友達らしいが、悪戯好きなこともあって怒られている所を目撃することも多い。明るくて元気ないい子なんだけど何故か理緒と僕に対しては容赦がない。常に悪戯をしようと考えているので驚かされた回数は数えきれない。
陽菜ちゃんと話していると理緒が服を整えて戻ってきたみたいだ。
「ひーなちゃん……ちょっと向こうに行こうか。大丈夫だよ、何もしないから。」
理緒は涼しそうな表情で笑ってる。けど、全然にこやかじゃない印象を受ける。僕ならあまり近づきたくはないな。
(理緒は胸のこと気にしてたからな……)
チラッと陽菜ちゃんを見てみると「やべー! 怒っちゃった!」みたいな反応をしていてちょっと新鮮だ。
「ほら、大丈夫だよ~、こっちにおいで~」
「うぅっ! わ、わかったよー、それでは黒先輩、行ってきますね……」
バッ!――― タッタッタッタ……
いかにも理緒に従った様子だった陽菜ちゃんだが、急に理緒とは逆の方向、つまり学校のほうに向かって走り出してしまった。逃げたのだ。逃げられた理緒本人も現状の理解が間に合わない様子で、遠く小さくなる陽菜ちゃんを見送ろうとしている。
「……あっ! まてーっ!」
理緒は陽菜ちゃんを追いかけ、颯爽と僕の前からいなくなる。一人だけ通学路に残され、辺りからは誰の気配もなくなってしまった。
(……寂しいわけじゃないけど……一緒に追いかけたほうが良かったかな)