ファンタスティックえーじぇんと! エピソード1
雲ひとつない快晴。
福島康太は、晴々とした気分で学校に登校していた。
「平和って素晴らしいなー」
スカートめくりの犯人は捕まり、心が穏やかではない日々に終止符が付き、康太の心は安堵を取り戻していた。
ついでに、今日は生徒会が朝から何やら活動をするとかで、愛理は先に学校へ行ってしまっていた。
奴がいない事の解放感も大きいのかもしれない、と康太は思った。
学校にたどり着き、校門を通過する。
すると、この世に絶望し、死にかけたような声が康太に語りかける。
「ハハハ……。自由っていいよな。どこへだって行けるし、何だって出来る。俺はどこで道を間違えちまったのかな……」
「お前、まだここにいたのか……!?」
康太の振り向いた先には、頑丈な鉄の柵が今も尚健在しており、相棒の佐竹は相変わらずそこに閉じ込められていた。
「ん? 後ろにいるのは……?」
佐竹の後方にうつ伏せの状態のまま、ピクリとも動かない少年がいた。髪がボサボサでそこはかとなく不潔な感じがする。
「魔法の使い過ぎで透明化できなくなったんだと。気にしないでやってくれ」
しかし、この鉄の柵の中はまるで、別世界のようにひどい有様だと思った。
「いくらパンツめくりしたからって、ここまでするか、ふつう……」
もし、俺もあのままこいつとパンツめくりをしていたら、と思うとぞっとした。
「……仕方ないじゃないか、康太。俺は学校の平和を脅かす事をしてしまったんだからな、その罪は自らの身をもって償うしかないのさ……」
そう真剣に語る佐竹を康太は今まで一度も見たことがなかった。コイツは誰よりもバカで、だれよりも勢いだけで生きる人間で、真面目のまの字も知らないような男だったのだが。
環境は人を変えるというがここまで変貌させてしまうとは……。
「運命とは悲惨なものだな……」
場所は変わって生徒会室。
みんなが揃ったところで生徒会長の斉藤謙一が口を開く。
「朝早くから集まってもらって申し訳ない。さて、早速だが本題に入ろうと思う。梓君、頼む」
黒岩梓が生徒会室の電気を消し、室内は真っ暗になる。窓のカーテンも閉め切っていた。
そして、生徒会室前面にある黒板がゆっくりと横にスライドする。
するとたちまち黒板の後ろからそのまま黒板と同じサイズのスクリーンが出現した!
「これはまた随分手の込んだギミックを作ったのね」
と感心する生徒会副会長の宮川秋穂。巨大なスクリーンにまんざらでもない様子だ。
「いやいや、勝手に学校の中改造しちゃうなんて、バレたらやばいですって!」
結城愛理がとっさに異を唱える。が、
「そうかしら?」
「そうか?」
「……?」
誰一人として愛理に同意する者はいなかった。
「間違ったことは言ってないと思うんだけど……」
そうこうしている内に、スクリーンに一人の少年が映る。梓がスクリーンに接続しているパソコンから操作しているようだ。
詳細データがずらずらと並ぶ。
我が校の生徒、1年4組、豊田影朗。
性格、かなり真面目。
剣道部所属。
小学校、中学校と剣道をやっていた。
足がちょっと臭い。
透明化の魔法を持つ。
「透明化の魔法!?」
愛理が驚きの声をあげる。
「うむ。これは先日の事件で捕まった我が校の生徒のデータだ。私と梓君で調べた結果、この生徒には自身の姿を透明にすることが出来る能力があることが分かった。その能力を端的に簡単に表すとしたら、……やはり魔法という言葉がしっくりくるだろう」
「魔法って、そんな非現実的な……」
「実際に起こりえた以上、信じるしかないだろう。ちなみに鉄の柵に入れてからこれで2日目になるが、柵から出た形跡はない。よって姿は消せるが、すり抜けるといったことは出来ないらしい」
「魔法なんていい響きねー。私にもないのかしら、魔法」
パンダになーれ、と言って人差し指を会長に向ける秋穂。
「…………」
「そんな誰でも彼でも魔法が使えたら、それこそ異常よ」
「いや、それが我が校では既に同時期に二人目を観測している」
「え?」
梓がパソコンを操作すると、スクリーンにはまた別の人物が映し出される。
「こ、これって……」
愛理が目を真ん丸に見開いてスクリーンに釘づけになる。そこに映った人物とは、
「あら、康ちゃん映像映りいいのね」
「秋穂ねえ、言ってる場合じゃないでしょ……」
1年2組、福島康太。
性格、ふまじめ、いたずら好き。
結城愛理と幼馴染。
風の魔法を操る。
「うそ……。風の魔法って」
昔から康太が愛理によく言っていた、嘘のような話。冗談だとしか思っていなかったのに。
「それこそ、今回の犯人逮捕に使われたのが、彼の持つ風の魔法の力によるものだ。これは紛れもない事実だろう。彼には今後の生徒会の活動に協力してもらうつもりだ」
「今後の活動?」
と尋ねるのは秋穂。少し飽きてきたのか、手で顔を隠しながら小さくあくびする。
「このような魔法による我が校の風紀を乱す事案が今後ないとも限らない。いや、むしろ俺としてはこれが何かの始まりに過ぎないと思っている。そこで、“魔法使い特別対策委員”を新規に設立しようと思う」
「魔法使い特別対策委員……?」
初めて聞く名前に首を傾げる愛理。
「そうだ。通常の学校の体制では対処しきれない魔法による事案は全てこの組織により、対処していこうと思う。だが、公式には発表できないという体裁があるため、これに編入できる人員は限られる」
「というと……?」
愛理はあまりいい予感がしなかった。
駅前のちょっと裏路地に入ったところ。
そこに知る人ぞ知る、学校でよく当たるとウワサの占い屋があった。
結城愛理は学校の帰り道、ふとこの場所を思い出して来ていた。
「うちの生徒会長てばひどいんですよ! さも私が暇人かのように思って、私を訳のわからない委員の長にするんだもの!」
ここは愚痴を言うところではないのだが、と思っているのか思っていないのか、占い師は淡々とタロットカードを並べる。
ちょっとした刺繍の入った怪しげな暗めの紫色のローブに身を包み、顔の表情すら見えないその占い師は、先日会った黒いローブの男のイメージとも重なり不気味な雰囲気を醸し出していた。
ローブを着ている奴はなんか不気味だ、というのはものすごい偏見だろうか。
「意外と悪くないかもしれませんよ」
占い師は口を開いた。と言っても、ローブに身を隠しているのと、辺りの暗さが助長して、相変わらず相手の動きはよく分からないが。
あと、声質からしてそんなに歳をとったようでもないらしい。こういう占いとかって歳くったおばさんとかがやってるのかと思ったが。これもものすごい偏見なのだろう。
「悪くないってどういうこと?」
占い師はテーブルに置かれた1枚のタロットを指し示す。
「正位置の魔術師です。これはあなたに置かれた今の状況が、これから何か良い状況へ転がる始まりであることを示しています」
「良い状況ねぇ……。面倒事以外のなにものでもないと思うんだけど……」
「何事も自分の捉え方ひとつで物の見え方は変わってくるものですよ。あと、あまり一人で突っ走るのはやめた方がいいかも」
「ふうん。そんな事までわかっちゃうのね」
「……占い師なものですから」