風の魔法使い エピソード3
結城愛理は体育館に来ていた。
放課後なので、いつものようにバスケ部やらバレー部が練習しに来るかと思ったが、そういう様子もなく愛理がただひとりぽつんとそこにいた。
「驚いた? 実は今日はどの部活も珍しく体育館を使わない日なんだ」
と体育館内に入ってくる二人目の人物。
同じクラスの男子だ。しかし、完全モブキャラなので敢えて名前は出さない。後に描写する機会はあるかもしれないし、ないかもしれない。
愛理をここに呼び出した張本人である。
「ふーん。それで用って?」
ラブレターをもらった時点で分かりきったことではあるが、愛理としてはさっさと聞くこと聞いて、言うことを言って帰るつもりでいた。自分に関心の無いことに関しては非常にドライである。
「まあまあ、そんなに焦らなくてもいいじゃない。時間はたくさんあるのだから」
「たくさんはないわよ。だから用件だけ聞かせてくれないかしら」
「まあいいや、ラブレターに俺の気持ちはすべて書ききったつもりだよ。だからあとはその返事を聞かせてもらえないかな。もちろんオーケーだと嬉しいんだけど」
非常に饒舌に喋る少年。かなり女慣れしているように見えた。
だが、そういう観察とは一切関係なしに、
「ごめんなさい」
という、いかにもな定型文により断りをいれるのだった。
少年は少し残念そうな顔をして、しばらく沈黙した後、再び口を開く。
「そっか……。やっぱり福島康太が好きなの?」
「え、いや……、そんなんじゃないわ」
第三者の目というのは怖いものだと思った。普段ただ喋っているだけなのにこういう見方をされるものなのだと実感するのだった。
「いまは誰とも付き合おうとか考えてないの。……だから、そういうことで」
終わった。言うべきことは言ったので帰ろうとした。
とは言え、少しぶった切った感がなくもないので、「待って!」くらいは言われるのかとは思っていた。
愛理が踵を返して体育館を出ようとしたところで少年は、
「ちょっと待ちなよ!」
突如、軽くてちゃらい感じの口調が180度反転したような、強い威圧感のある口調へと変貌した。
「な、何?」
これにはさすがの愛理も動揺した。少なくとも好意を抱いていた人に対する者への喋り方とは思えない。
「そう言うんじゃないかと思ってたよ。だから強行手段に出させてもらうことにするよ」
「強行手段?」
「そうだな、君には特別に見せてあげようかな、出ておいで!」
と言うと、体育館のステージから二人の少女が現れる。どちらともうちの学校の生徒の女子に違いないようだが、顔は少し俯き気味で、どこか異質なものを感じた。
二人の女子はその男の両隣に来ると両片腕にそれぞれ腕組みをした。
「ど、どういうことなの?」
「簡単なことだよ、どっちも俺の彼女さ、な?」
女子たちは無言でこくりと頷く。
「ど、どうかしてるわ……」
「二人とも、俺の事が好きで好きで仕方ないんだよ。君も今から俺の事が好きで好きでたまらなくしてやるよ!」
「こんな状況見せられて、好きになる女子なんていないんじゃないかしら」
「……魔法とかって信じるかい?」
突如少年から発せられるその言葉。まるで康太のような事を言うものだと思った。
「それがどうしたの……?」
この状況、そしてこの言動。……何か嫌な予感がした。
「俺はついこの間、自分が魔法を使えるという事実に気が付いた。そして、その能力とは、異性を魅了する魔法! この魔法をかけられた者は盲目的に対象の事を好きで好きで仕方なくなってしまう!」
「……!」
愛理はその言葉を聞き終えるよりも早く走り始めた。この状況はどこか危険だと判断したのだ。
「ははは、無駄だ! 体育館に足を踏み入れている時点で、俺の詠唱範囲からは逃れられない!」
少年は右手で銃のような形をつくり、
「ばーん」
愛理に向けて弾を撃つような動作をした。
その後、愛理は頭を抱えて唸り始める。とてもじゃないが走って逃げれる状態ではなくなっていた。
「なにこれ、頭がどんどん何かに浸食されていくような感じ……!」
「まだ、意識があるのか! しぶとい奴め!」
少年は続けざまに右手の銃で2発、3発と愛理に撃ち込む。
「う……。助けて、康太!」
愛理はそれだけ言うと、沈黙し頭が俯き加減になる。
「く、やはり福島康太か。……しかし、魔法は成功した。やった……、やったぞ!」
静寂な体育館はしばらく少年の不気味な笑いで満たされていた。
福島康太のたんこぶはみっつになった!
教師が生徒に暴力を振るわなくなってからもうすでにかなりの時を経ているが、この大谷という男をもってすればそのような話はなんの意味もなかった。
閑散とした職員室の真っただ中、誰の手助けもなく、ただひたすら体育教師、大谷のありがたい話をくどくどと聞かされていたのだった。
「大体、最近の生徒ときたら第一に自分の事優先で、他人を気遣う心を忘れてしまったかのようだ、オイ福島! 聞いてるのか!」
「はい……」
間違ったことは言っちゃいないんだろうが、俺が説教されるいわれはなかった。
「サッカー部め、ぜってーゆるさねえ」
「なんだって?」
「いえ、なんでも」
そういえば大谷はサッカー部の顧問だった。大方さっき校長が倒れた場所の近くに大谷がいたのはサッカー部の指導にでも行くところだったのだろう。
被害者となった校長はどうなっただろうか。この先生も俺を強引に職員室に連れてきただけで、校長の事は一切気にしていないようだった。むしろ気付いてなかったのだろうか。
「その点、うちのサッカー部は部員同士のコミュニケーションに重点を置いてるんだが、やはりその効果はてきめんでな、連携プレイの良さでいえば、他の学校とは比べものにならんくらいレベルが高いといっていい。お前もサッカー部に入ればいい、きっと心の優しい人間になれる! わははは!」
そのサッカー部が真っ先に校長を放置したんですが。なんて言ったらますます説教が長引きそうなのでやめておいた。というかさっきから早く終わらないか、それしか考えてない。
職員室に大谷の声のみが響く中、電話の電子音が鳴りだした。大谷は辺りを見回したが、誰もいなかったので、
「ちっ」
悪態をつきながら、電話に応対する。
突如暇を持て余すことになった康太は、周辺のひそひそ話でも聞いておくことにした。
「よし、今日は大谷来るの遅いみたいだし、ゲームしようぜ!」
「ゲーム? 何すんの?」
「田崎当てゲーム! こっからボール蹴って最初に当てた奴の勝ちだ!」
「おっ、面白そう! やろうぜ!」
どうやらサッカー部の会話のようだ。大方、一人の人間を標的とすることで、他の大勢が協調するといったコミュニティーを築いているのだろうが、この眼前の先生が言うほどの立派な人間であるとしたら、まずやるはずはないだろう。
やはりサッカー部は許せない、と思った。
康太はまた別の場所へと意識を傾ける。
「吉子さん、あなたの事が好きだ! 付き合ってくれ!」
「うーん、あなたのことは嫌いじゃないけど、やっぱり友達としてしか見れないかな」
「友達かー。そっかー」
今日のパンツは黒の相田吉子の告白現場のようだ。相手は誰だか分からないが、どうやら1日1回は告白されるという相田吉子の噂は本当なのかもしれなかった。
そういえば、愛理はどうなっただろう。あいつも今日は誰かに告白されているのだと思うが。
康太は神経を研ぎ澄まし、周囲の音をひとつひとつ聞き分けていった。
そして聞こえる、
「助けて」
という愛理の声。
何が何だかよく分からないが、康太が動き出すのには十分な動機だった。
「お、おい! 待て!」
大谷の呼び止める声にも応じず、康太は職員室を飛び出た。
声のした方角にあるのは……体育館だ。
康太は廊下を、駆け込み乗車する通勤ラッシュのおっさんのように、いや、怒り狂うイノシシのように、いや、ただひたすら怒涛のごとくダッシュしたのだった。
これは康太と愛理が子供の頃の話。
愛理が友達と公園で仲良く遊んでいると、いかにもな悪ガキ二人がやってきました。
「オイ、今からこの公園は俺たちの縄張りだ! 出ていきな!」
と言うと、友達の女の子は遊ぶのを中断し帰ろうとしますが、すかさず愛理は突っかかります。
「公園はみんなの遊び場よ! それを独占しようだなんて何様のつもり!」
「なんだと〜? 俺様を怒らせると怖いぜ?」
悪ガキのうちの一人が地面にあった、手ごろな石ころを拾って愛理に投げつけます。
「痛っ!」
「ははは、もっと痛い目に合わないうちに帰るんだな!」
女子に石ころを投げて愉悦に浸りながら悪ガキ二人は笑っていました。
その刹那、悪ガキ二人はぎゃーだの痛いだのと悲鳴をあげます。
「ざまーみろ! 秋姉から借りてきた改造エアガンの威力を思い知ったか!」
その声の主は康太でした。手にはエアガンを持っており、どうやら悪ガキ二人に向けて発砲したようでした。
「て、てめえやっていいことと悪いことがあるだろ!」
「人に改造エアガン使うとか卑怯だぞ!」
悪ガキが口をそろえて自己の正当性を主張します。が、
「俺はバカだからそんなこと知らねーよーだ!」
康太が相手を挑発します。
「ちょ、ちょっと、相手はそこそこケンカの強い奴らよ! そんな調子乗ってて大丈夫なの?」
さっきまでケンカ腰で話し合っていた愛理が康太に忠告します。
「ふふふ、俺は風の魔法を会得している! こんな奴らザコ以下だぜ!」
「ま、魔法……?」
「風の英霊よ、我が右手に集え。契約者福島康太に大地をも切り裂く風の力を与えたまえ!」
しーーーーーーーーーーん。
風は少しも吹きませんでした。ギャグ漫画等で葉っぱが吹き流れる演出とかあったりしますが、そんな風すら起こりませんでした。
「ば、馬鹿にしやがって! ごっこ遊びなら他でやってな!」
「あ、あれ!? どうして!? あ……ごめんなさい、やっぱ俺が悪かったです、ごめんなさい」
このあと、康太は二人にボコボコにされるのでした。
更に後日談を語ると、康太は勝手に改造エアガンを持ち出しており、その人物から尻叩き100連発をくらうことになります。
「わーい、わーい」
体育館で少年が子供のようにひとりはしゃいでいた。
「…………」
その様子を結城愛理は呆然と眺めていた。
愛理は何度か魔法をかけられていたが、時間経過とともにその洗脳から開放されていた。
しかし、依然として愛理以外の二人の洗脳は解けていないようだった。
「よしそうだ、キッスをしよう。熱いキッスをしよう」
と言うと、モブの少年は愛理の方に向かってやってくる。
さて、どうしたものか……。
「あんたみたいな気持ち悪い奴なんかとするわけねーだろ!」
愛理は一気に間合いを詰め、モブの少年にキッスならぬキックをお見舞いしたのだった。
「……こ、こいつ! また正気に戻りやがった! こうなったら、俺の最大パワーで魔法をかけてやるしかなさそうだな!」
「やめて!」
「おい、お前何してんだ……?」
福島康太が呼吸を整えながら、問いただす。
「ちっ、邪魔が入ったか。今日のところは勘弁してやるが、俺に反抗したことを後悔させてやるからな!」
と言って少年は去っていった。体育館の入り口から。ごく普通に駆け足気味で。
「なんだったんだ、あいつ?」
訳の分かっていない福島康太。そこへすかさず愛理の無慈悲なキックが康太の下腹部に炸裂する。康太は壮大にふっとび体育館の壁に激突し、沈黙した。
「遅かったじゃないの! あと一歩遅れてたらどうしてくれるつもりよ!」
「……し、知るか」
「ホントごめんってば。あの時は私も気が動転しちゃってたんだってば」
「あーはいはい、分かってるから。うん」
いつもよりちょっと遅い下校。
康太はお腹を押さえながら歩いていた。あと、数分に一度頭のたんこぶの様子も触って確認していた。
「うわ、テキトー……。こんなに私が謝罪してやってるっていうのに」
「なんで謝る時も上から目線なんだお前は」
「いいでしょ、うっさいわね! ……でも、来てくれてありがとう」
「え」
福島康太はここ数年の間で一番驚いた瞬間かもしれない。愛理が素直に感謝するなんて。これは大雨どころか地球規模の災害が起こるレベルかもしれない。
「でもなんでかしら。あの時きっとあんたが助けに来てくれる気がしたのよね」
「簡単なことさ。風が知らせてくれたのさ」
「はいはい。さっさと帰りましょうか。まあ、何はともあれ、本当に助かったわ」
「いや、これ本当のことなんだけど……」
信じてもらえないことは辛い。孤独感を味わった康太であった。
不定期の更新になると思いますが、なるべく早く続きをアップしていこうと思いますので、よろしくお願いします。




