えらばれし者 エピソード1
木々が生い茂る鬱蒼とした森の中。
柔らかな日差しが森を照らす。長いとんがり耳をした少年、少女が気の赴くままに走り回っていた。
その間を二回りほど大きい少女が歩いていく。
胸の前に大きな荷物を両腕で抱えていた。少女は草木やツタで作られた家のうちのひとつに入っていく。
「ただいま、おじい様!」
「おお、待っておったぞ、エルナ」
「やはり人間界は疲れてしまいます。特にフードをずっと被ってないといけないというのが……」
少女は自身が来ていた黒ローブに目をやる。
「本来、この世界と人間界が関わりを持つことは禁忌。こうして正体がバレないように買い物に行ってもらうのが精一杯なのじゃ」
「うーん……。むしろアウト寄りのアウトのような気も……」
と、エルナは若干思案するも、
「長老のワシが良いといってるのだから、いいんじゃ! それよりも、頼んでおいたものは買えたかのう?」
「一応、頼まれたものは全て買いそろえる事が出来たと思いますけど……」
エルナは買い物袋をごそごそと漁りながら、買ってきたものを取り出す。
「まずはこれです!」
「おお、ドリアン! これを定期的に食べないと気分が下がってしまうからのう。助かったぞ、孫よ」
ひとまずそれを受け取ったのち、村長は神妙な面持ちになり、孫に問いかける。
「……して孫よ。例のブツはちゃんと買えたのか?」
「もちろんです! イクモーザイですね!」
エルナは再び袋を漁り取り出す。
イクモーザイと呼んだそれは、黒いもじゃもじゃとした物体だった。
「……なんじゃ、これは?」
「……? 店の人にイクモーザイがどこにあるか聞いたら、これだと言っていたので間違いありません!」
「ふむ……」
村長はあまり腑に落ちていない様子だったが、孫の満足げな顔を見て、無碍にはできず、
「ありがとう」
と心の底から感謝した。
康太は目を覚ました。
ただしそこがいつもの自分の部屋ではない事に気付くのに、寝起きの悪い康太は少し時間を要した。
無骨なコンクリートに囲まれた、何一つ洒落っ気の無い部屋。
いや、部屋というよりはむしろ、囚人が入ってそうな牢に近い。
それを証明するかのように、唯一の出口は完全にロックされていた。
何もないその部屋には、天井に照明があるほか、小さな鏡があるくらいのものだった。
何気なく鏡を覗いてみると、なぜか康太の右頬は手形だと鮮明に分かるほど、くっきりと赤く腫れていた……。
「何が起こっている……?」
とたんに寝ぼけていた意識がはっきりとする。
何か良くない状況が起きている気がする、と康太は悟った。
「ようやくお目覚めかしら」
突如、部屋中に少女らしき声が響き渡る。
この小さな部屋の中には康太しかいないので、この声の発生源は部屋の隅にあったスピーカーから発せられたものだとすぐに気が付いた。
「その声は七瀬泉希か?」
となると、この部屋に運び込んだのは泉希という事になるだろうか。
康太は段々と意識がなくなる前の記憶を思い出してきた。
「よく分からないが、俺をここに閉じ込めたのはお前という事でいいんだな?」
あの時、急激に襲ってきた睡魔が魔法によるものだとすると、泉希は自ずと魔法使いだということになる。
「貴方は自分の置かれている状況を理解していない。だから拘束するしかなかった」
「…………?」
拘束するしかなかった? となると、よほどとんでもない事を仕出かした事になる。
思い出せ、自分。
あのとき俺は何をやったのか。
「もしかして……!」
そうだ、あの時俺は、完全に眠りに落ちる前に、
「……?」
あれを見てしまったのが原因か。
「君の白いパンツを見てしまった事は謝る! だからここから出してくれ! この通りだ!」
康太は潔く土下座をした。ニンゲン、過ちを犯したとき、素直に謝るのが一番効果的だという事を康太は深く理解していた。
「そんな理由な訳ないでしょ!」
土下座までしたのにそりゃないぜ…………。
「それに私が魔法をかけたのは、それより以前。……その……み、見られたくらいでここまでするわけない……でしょ」
随分と歯切れの悪い返答だったが、確かにその通りだった。
思い返せば、魔法をかけられたあと、倒れこむしかなかった俺は、ふと見上げたら不可抗力で彼女のアレが見えただけに過ぎない。不可抗力とはいえ、僥倖であった。
「そのわりには、随分と頬が痛むのですが……」
「それは、仕方のないことだ……」
それについては謝罪はないということですね……。
「ところでそろそろ、教えてくれないか。なんで俺はこんなところにいるんだ?」
「自覚がないのなら、思い出してもらうまでのこと」
という言葉のあと、この部屋の唯一の出口がスライドして開いた。
「ここから出たいというのなら、この先に進みなさい……」
「出るも何も、ここしか進むところないじゃん……」
ガシャン。
「……文句言ってすみませんでした。行きます」
康太は再び開いた出口に向かって歩いて行った。
この先に困難が待ち受けるとも知らずに。