不穏な影、微弱な風 エピソード3
男はがくりと膝から崩れ落ち、地面に突っ伏した。
「ま、負けた……! こんなただのガキに!」
「ただのガキで悪かったな」
勝負は一瞬だった。
戦いの流れはこうだ。
黒づくめの男は魔法を発動させた。
だが、彼の唯一の魔法は攻撃用ではなかった。
自らを影と名乗ったとおり、自分の存在を影のように不鮮明なものにする魔法なのだが、風の魔法を操る康太の前では無意味だった。
強めの風を巻き起こし、周囲を片っ端から吹き付けてやると、すぐに男は、
「こ……降参!」
と言った。
影の魔法を解いた男が再び姿を表したときには、風に吹き飛ばされまいと必死に木にしがみついていた所だった。
正直、勝てると思って戦いを挑んできたのか。それが謎に思うほどの圧勝だった。
「おっちゃん、それホンキでやってる?」
「クソ……。少しばかり甘く見すぎていたようだ。……かのお方に報告せねば!」
「あ、待て!」
そこから男が逃げ去るまでは一瞬だった。
再び影の魔法を発動させると、姿は見えなくなる。追いかけようにもどっちに逃げたのか、全く見当がつかなかった。
「なんだったんだ……あれ」
突如として始まった戦闘。康太の操る風の魔法を狙う、ハゲの魔法使い……。
意味のわからない出来事が、この一瞬には凝縮されていた。
「……帰るか」
よく分からないことは深く考えない。些細なことは気にしないのが、康太の生まれつきの性分だった。
だからこそ、勉強もあまり身入りしないのかもしれないが。
「随分とハデにやってくれたわね……」
「お前は……!」
今日はよく呼び止められる。
目の前には、キリっとした麗美な瞳をした少女が康太を睨みつけていた。
ただ、敵ではないだろうと瞬時に思った。
なにせその少女は……康太と同じ学校の制服を着ていたのだから。
「七瀬泉希!」
「あら、名前を覚えていてくれて光栄ね」
泉希は怜悧な風貌を崩すことなく言ったが、心なしか少しだけ微笑んだような気がした。
「貴方は自分が今置かれている状況を分かっていない」
「……ん?」
康太は思った。
この娘、なんかおかしな事口走ってないか、と。
「ネムネムー、ムネムネー、ネムネムー……」
泉希が謎のイントネーションで、そのようなことを呟くと、途端に康太を睡魔が襲ってくる!
「あれ……。おれこんなとこで寝るの?」
睡魔に抗うことができず、康太はたちまちコンクリートの上に崩れ落ちた。
だんだんと薄れていく意識の中で、
「白……?」
清潔そうな純白の色を見た……。




