転校生はハンター!? エピソード2
これまた、朝、生徒会室にて。生徒会長である斉藤謙一は、人を魅了するという件のパンティーを机上に置き、それをしげしげと眺め、じっくりと考察していた。
「やっていることは真面目なんですけど、絵面がただの変態なんですが」
と、冷静に黒岩梓がぼそっとつぶやく。
「私は、自分が行っている事が恥だと思った事はない。なぜなら、自分の行う事こそが正しいと信じているからだ」
「カッコイイような、カッコ悪いような……」
女性の下着をこれでもかと眺める会長を尻目に、梓は溜息をついた。昨日このパンティーを調べると言ってから、この会長はずっとここで研究していたらしい。
梓がいつものように早めに学校に来て、生徒会室に顔を出すと、すでにこの会長は居り、パンティーとにらめっこしていた。それからずっとこんな調子である。
「いいんですか、会長? これも確かに大事だとは思いますけど、さすがに家に帰らないのは……」
「ふむ……。家だとどうも落ち着かなくてね。ここの方が静かだし、集中もできるんだよ」
「そうなんですか……」
「そうだ。ところでこのパンティーを私はあれからずっと観察していて分かった事なのだが、どうもこれ単体では効果を発揮しないということが判明した」
「へぇ、そうなんですか?」
この会長のすごいところは洞察力、推察力どれをとっても人並の数倍上をいくというところである。しかも行動力もある。
「人の心を魅了するというこのパンティーだが、私が長いこと観察していてもその効果が見られなかった。つまり、私は誰かが穿いたときにのみ効果を発揮すると考えた」
「ふむふむ、ということは……」
ところがその行動力は、時としてあらぬ方向へ転じることもある。
「今日は学校も平常授業。被験者は十分にいるわけだ。女物ではあるが、私が穿いたら駄目ということもないだろう」
「いろいろ駄目です!」
すかさず梓がそれを否定する。会長は真面目に言ったつもりだったので面食らったらしい。下着だから見えないかもしれないとはいえ、気持ち悪すぎる。
「うむ……。では、君が穿いてみるか?」
「その発言もなかなか問題だと思うんですけど……」
「困ったな……。この下着の効果の研究成果を得るにはどうしたものか……」
会長は知的探究心を満たすべく、このパンティーに隠された秘密を解き明かそうとしているだけなのだ。それは分かるけど、分かるけども……それでも梓は、
「それはそうと会長。その下着も大変興味深いですが、会長宛ての仕事が今日も山積みになっています。まずは野球部の部室の修繕、サッカー部の女子更衣室覗き問題……」
「いや、しかしこのパンティーが……」
「……ね?」
どうにかして興味を反らすしかないようだった。
頑張れ日本。頑張れ梓。
「今日から初仕事ね、泉希?」
泉希と呼ばれた女子生徒――七瀬泉希は、国語教師である宇佐美光にそう言われると、
「昨日からあれでは先が思いやられるばかりだが……」
遠慮のない感じで答える。二人は学校へ向かう途中の信号待ちの車内で会話していた。
「あらあら、今私は教師で、あなたはそこの生徒さんよ? 他の生徒に勘付かれない為にも言葉遣いには気を付けてね?」
「うぐっ……。どうして光が先生で、私が生徒なのだ。どうにもやり辛くてしょうがない」
「まあ、仕方ないじゃない。悔しいけどあなたの方が肌も綺麗だし、若く見えるもの。歳のわりに。制服、似合ってるわよ……」
光は、ぷぷぷと笑ってみせると、逆に泉希の機嫌がすこぶる悪くなる。
「と言っても私達まだ二十歳なんだが……。光、信号青」
「あら、いけない」
茶化すことに意識の全てが向いていた光が、慌ててアクセルを踏み込む。そのせいか走りだしがきつい。そそっかしい性格はこれから先も直りそうにはない。
そんなこんなで学校まで到着すると、光はいつものとおり自分の停車位置に車を停めてエンジンを切り、車を降りようとする。
「ん、あいつは何だ?」
最初に異変に気付いたのは泉希だった。
車の前方に男子生徒が突っ立っていた。顔を合わせたこともない私に用があるとは思えない。とすれば、光に用件か……。
「あいつの顔に見覚えは?」
「ああ〜……。あの子ね……。前に魅了の魔法を頂戴したときの所有者よ。もしかして、記憶改ざんの魔法が失敗したかしら?」
「はぁ……」
泉希はさっそく溜息をついた。光はこの辺の処置がかなーりテキトーなのである。光がその失敗を自覚しているということはそうなのだろう。
光が車から降りて、その男子生徒に話しかける。
「あら、朝からどうしたのかしら? 私に何か用?」
「返してくださいよ、俺の魔法! 盗ったのあなたなんでしょう? 俺覚えてるんですから! そう、あれは数日前の夜の事。ふいにあなたは俺に声をかけ、「ハーイ、そこの発情期ボーイ! 悪いけどあなたのその魔法はこの、魔法少女マジカル光がまるっと全部奪っちゃいまーす!」って、まさにあなたのその声でしたよ!」
「あはは、ばれちゃった……!?」
光はどうしようもないといった感じで、苦笑いする。全て記憶改ざんの魔法で忘れるもんだと思って、好き勝手喋ったのだが、こうも全部覚えられていると恥ずかしすぎるものだと思った。
「光のバカ……」
あとから車から降りてきた泉希が一言そう言った。それから、
「今の事は全てまるっと忘れてもらいます」
と言って、泉希がその男子生徒の額にデコピンすると、
「あれ……俺は一体ここで何を……?」
今までの事をきれいさっぱり忘れた少年は、不思議な顔をして校舎へと帰っていくのだった。
「サンキュー、泉希!」
「こんなんでこれからやっていけるのかしら……」
はぁ……と、また泉希は溜息をついた。