二人の初仕事 ~不気味な屋敷にて~
夏の暑さに加え、恥ずかしさの火照りも加わっている二人の身体には汗が流れていた。目的地の駅に着いたころには二人ともグッタリしていた。
「はぁ……暑い」
さっきまで抱擁パワーで元気がみなぎっていたロニーでさえダウンしている。無駄に抱擁させられたカノアなんてなおさらである。
「とりあえず、迎えの馬車のところまで行きましょう」
二人はそれなりに繁盛している駅前から北へとトボトボと歩いて行った。
「貴方達が依頼を受けてくださった人達ですか。私は秘書のクライです、どうぞよろしくお願いします」
駅の北側にある馬車乗り場で気品が高そうな二十代後半の男性が待っていた。後ろには光り物が多くてキラキラした立派な馬車が佇んでいてロニーが目を輝かせて興奮している。カノアもこんなゴージャスな馬車は見たことないので目を点にして固まっている。
「ではこちらにお乗りください」
男の子気分がすっかり抜けてキャピキャピしているロニーの後ろに続いてカノアも馬車に乗り込む。
そして室内は人間四人がゆったりと出来るスペースの広さは確実にあった。確実にあるのに、ロニーはカノアの隣に座って身体を密着させていた。
「ロニーさん、ただでさえ暑いのにさらに温度を高くするのは止めてもらいたいのですが」
「二人の愛の炎に比べればこんな暑さなんてちっぽけな物だよ!」
またロニーのスイッチが入った。そしてカノアは横で頭を抱えていた。さっきの列車の中での光景がまたじわじわと蘇っていく。
「ははは、若いっていいですねぇ」
「違いますっ!」
カノアは近づいてくるロニーを片手で抑えながらクライの誤解を全力で解く。ゴージャスな車内には似つかわしい光景が目的地の別荘に着くまで続いた。
「ここが掃除の手が回っていない別荘ですか」
場所は人がたくさんいた駅前とは打って変わって周りが木に囲まれた山の中だった。別荘にはベストポジションな避暑地で暑い陽射しを日中浴びていた二人にとってはオアシスだった。
そして立派にそびえ立つ洋風な屋敷があった。一階建てで横の広さはないが、奥行が見た目よりかなりありそうだ。この屋敷を全部掃除するとなるとかなりの重労働であろう。二人でするならば、半日かかっても疑問に思わない広さである。
「それにしても汚いですね……」
ロニーが素直に感想を述べたとおり、別荘は外からみても圧倒的に汚かった。
「これ、クライさんが掃除していれば済む問題なような気がしますが」
確かに秘書を雇っているなら、使用人もいるものではないか。そして掃除は使用人の仕事ではないか。
「私の他に使用人が二人いますが、三人とも掃除にはあまり力をいれない人間でして。ご主人様も掃除は別にしなくていい、と命じられていますのでこの状態でございます」
掃除できない人間が集まると大変だな、と二人は思い知らされた。そんな二人の後ろからドシドシと足音を立てて誰かが近づいてくる。
「はっはっはー、お前たちが掃除してくれるのか!」
足音の正体は依頼の紙に乗っていたドヤ顔のチョビひげじじいだった。立派に葉巻まで咥えて意味もなく仁王立ちしていた。写真だけではわからなかったが避暑地にいるはずなのに暑苦しさを感じるほど太っていた。
「もしかしたら怪物が出るかもしれないからその時は退治しておいてくれ、頼むぞ!」
それだけを二人に言い残してチョビひげじじいはどこかへ行ってしまった。クライも、それではよろしくお願いします、と掃除用具を二人に渡して同じくどこかへ行ってしまった。
「じゃあ掃除始めようか。早く終わらせて二人でデートだよ! いや、この時点でお掃除デートなのかも……」
「うん、そうだね」
カノアは投げやりに言葉を返して掃除用具を持ってロニーの後に続いて別荘の中へと入っていった。
「う、ホコリだらけ……」
玄関に入った途端、蜘蛛の巣やらホコリの塊やらでいきなり恐怖感を演出していた。この別荘の意義さえ揺らいでくるような汚さの始まりだった。
「と、とりあえず奥まで進んでみようか」
怪物でも住み着いていたら大変なのでまずは調査してから掃除に入ったほうがいいとカノアは判断した。
二人は汚れていない足場を出来るだけ活用して一階の奥を目指して歩いた。
ロニーは女の子っぽく怖がりながらカノアの背中の後ろをずっとキープしていた。ここで勇姿を見せるべきカノアだが彼自身も怖いものは苦手でホラー映画を見た夜は、一人でトイレに行けないタイプの人間だった。
「カノア君、ちゃんとボクの事守ってね」
「できる限りそうしてあげたいけど、あいにくそんな実力は持ち合わせていないよ」
「男っていうのは実力云々じゃなくて、根性で女を守るんだよ!」
バサッ!
「きゃああ!」
二人の頭上を何かが素早く飛び去った。それに驚いたロニーが悲鳴をあげて尻餅をついてしまった。怪物への警戒のため、カノアは素早く武器を構える。
「……なんだ、小鳥か」
どこからか入り込んだ小鳥が飛んでいただけのようだ。ロニーはそれを見て、悲鳴をあげて驚いていた自分に気づいて顔を赤らめていた。
「やっぱりロニーさんは女の子っぽいよね」
「ち、違うもん! ボクは驚いてないもん!」
「ほら、立てる?」
カノアがロニーに手を差し伸べて、ロニーは顔をさらに赤らめながらゆっくりと立った。恥ずかしさのあまり、ロニーはカノアを直視出来ないでいた。
「あ、ありがと……」
「じゃあ進もうか」
二人はまたカノアを先頭にして奥へと歩いて行った。しかしさっきと違ってロニーはカノアの服の裾をギュッと掴んでいた。掴むことで怖さを凌いでいるのだろう。女の子がお化け屋敷で彼氏にしがみついてるイメージと一緒だ。
バサッ
さっきの小鳥が二人の近くの壁のわずかな足場にまだ止まっていた。
「どこから迷い込んだんだろうね。窓はなぜか開かないように打ち付けられてるから入りようがないはず」
ロニーの言うとおり今まで通ってきた廊下の窓は全て釘で打ち付けられていた。なので外部からの光は微かにしか入って来ない、そのため彼らはランタンをぶら下げながら進んでいる。しかしこんな別荘の定義から外れているこの建物だろうから小鳥が入れるスペースなんていくらでもあるような気もする。
「あ、小鳥が奥に飛んでいくみたい」
小鳥は足場から離れてまるでカノアたちの偵察兵のように奥へと進んでいく。
バサッ
バサッ
羽を動かす音が微かに聞こえる。
バサッ
……。
……。
クチュ。
「……なんか今、変な音しなかった?」
クチュ、という確実に小鳥が羽を動かす音でないものが二人の耳には届いた。そしてその音の正体は彼らの前の闇から現れた。
「……ぐるる……」
カノアたちより少し小さめの生き物。両手には鋭い爪を持ち合わせていて、その爪には真新しい血と小鳥の羽の一部がついていた。
そう、これがチョビヒゲじじいが現れるかもしれないと警告していた怪物である。
カノアはすぐに反応して武器を右手にとった。先程までは短剣のような小さな武器だったが、どこかを押した瞬間に黒い槍へと変化した。
彼はそのまま走りながら怪物の顔めがけて槍を突こうとする。
「えぇい!!!!」
全力を込めて槍を突いた。しかし怪物が先に反応して体勢を低くして避けた。そしてその勢いを使って隙だらけのカノアの腹めがけて自慢の鋭利な爪を振りかざす。
「あ、危ない!」
カノアの後ろについていたロニーは反応するのが遅れて、怪物が避けてから自分の武器であるナイフを両手に持って投げる構えを取った。
ぐあぁぁ!
しかし投げる間もなく戦闘は終わった。
カノアの空いていた左手にロニーとはタイプが違う近接用のナイフが握られていた。そしてそのナイフは怪物の顔に深く刺さっていた。怪物はそのままその場に倒れてもう動かない。さっきの声は怪物の悲鳴だったのだ。
「カノアくん、まだまだ衰えてないじゃんか」
「いや、ピークの時だったらまず一撃目を避けられることはないよ」
カノアは右手に持っていた槍を縮小する。持ち運びに便利ということで一昔流行ったライトランスというのが正式名称の武器らしい。そして防御用のノーマルなナイフを左ポケットに常備しているのがカノアのスタイルである。
「ボク、反応が少し遅れちゃった。ごめんね」
ロニーも投げナイフをしまって謝った。彼女のは投擲用ナイフで不意打ちされた時に使うことにしている。メインの武器は彼女がいつも後ろに背負っている大剣である。女性用の軽い物だが歩くのには相当な苦労が必要とされる。彼女もカノアと変わらない程度の筋力を備えている、それが彼女の強さを支えているのかもしれない。
「今度はちゃんとフォローするから、進もう」
今度はカノアとロニーが横一列で進む隊形に変わった。後ろに隠れていたんじゃ攻撃の時に支障が出るのでこの形でなければいけない。
しばらく進んでは、何体か怪物が出てきた。そしてカノアが先頭で戦ってロニーが援護する形で倒していった。初めて組んだとは思えないレベルの連携を見せていた。
「ね、ボクたちっていいコンビでしょ」
「そうですね、戦闘面だけで言えば。戦闘面だけです」
またロニーがスイッチを入れてきたのでカノアは戦闘面でのコンビネーションを強調して抑えに行った。
「地図によると、この扉から一回外に出れるようですね。その先に倉庫があるようです」
別荘に入る直前にもらった地図を見ながらカノアとロニーは目の前の扉を見つめる。わずかだが風の音が扉の向こうから聞こえてくる。
「外に出て倉庫まで行きますか?」
「外の空気浴びたいから行こうか」
ロニーはこのホコリっぽい空間にもう限界を感じているらしい。カノアはロニーの判断に任せて扉を開けた。
「うぅ、眩しい!」
およそ十五分ぶりの陽射しである。木々の隙間から光が幻想的に差し込んできている。
「これまた大きい倉庫だね。掃除が大変そうだねー……」
目の前にはドシンという効果音がぴったりな大きい倉庫が待っていた。屋敷に比べればまだまだ小さいが、やはり大きいことは否定できない。
カノアはこれまた入る直前にもらった倉庫の鍵を使って倉庫の中に入っていった。
「……案外そこまで物は置いてないですね」
「ほんとだー」
倉庫の中は案の定ホコリだらけで蜘蛛の巣は散らばって散布してる、しかし中にある物は積み上げられた木箱しかなかった。そのため広い空間が存在していた。
「良かった、まだ掃除しやすい環境みたい」
「じゃあここから掃除始めちゃおうか?」
「そうですね、始めましょう…………ちょっと、待ってください」
カノアが何かに気づいた。視線は倉庫の奥に向けられる。そこには大きな穴があって、風が通り抜けてるのか、空高い音が聞こえてくる。
その中で明らかに雑音が一つ。息を吐くような低いうめき声。そのうめき声がだんだんと大きく聞こえてくる。もちろん音源は穴の中からで、すぐに音源はカノアたちの前に姿を現した。
「あいつ……さっき出てきた怪物をまとめている主みたいですね」
「な、なかなか大きいね……」
さっき出てきた怪物たちとは一回りも二回りもサイズが違った。つまり自分たちより明らかに大きい相手、ゲームのダンジョンでいうボスキャラである。カノアは自然と身体が後ろに下がっていくのをなんとか止めながら槍を伸ばす。
「ロニーさん……用意はいい?」
「ボクたちの愛はいつでも準備万端だよ!」
ロニーの高らかな声を合図にカノアは覚悟を決めて前へと一気に走り出した。敵との間合いをある程度詰めると、大きく一歩を踏み切った。そして身体は反時計周り、その遠心力を使って槍を全力で怪物の腹に突き刺す。技巧派のカノアの戦い方からは遠く離れていた。今までのカノアではない、そんな雰囲気がカノアを知り尽くしているつもりのロニーにさえ感じられる。
彼はこの一撃で決めるつもりでいた。敵の分析なんてしていないから一撃で決めれる保証なんてない、しかし決めるつもりでいた。自分なら出来る、自分なら出来ると心のどこかで唱えながら。
グチュ
柔らかい物に刺さったイヤな音が倉庫の中に走り回った。槍の先端が怪物の腹に深く刺さっていた。
「や、やった……!」
カノアが槍の刺さった感触を確かめながら勝利を確信した。敵に一人でとどめを差したことなんて、チームでやっていたときはあまりなかっただろう。何とも言えぬ歓喜が湧き上がってくる。
「カノアくん、まだそいつ生きてる!」
「え?」
敵はロニーのが警告するより前に動作していた。カノアが我に返ったときには鋭い爪が目の前まで来ていた。
「うぉあ!」
カノアは槍を敵から抜きながら後ろに倒れながら危機一髪回避する。しかし回避したあとのカノアに第二波が襲いかかる。もう片方の手の爪が目の前まで迫ってきている。あれを急所に喰らったらひとたまりもない。爪が心臓まで到達するかもしれない。
「うわぁ!」
カノアに衝撃が走った。しかし敵のいる前方からではない。カノアの後ろから、ロニーのいる方向から衝撃を受けて思わず前へと吹っ飛んだ。
敵の攻撃とは考えにくい。ならば衝撃は何者だ。すぐそこに答えはあった。腹に爪が刺さっているロニーがさっきまでカノアが倒れてた場所でうずくまっていた。
「ロ、ロニーさん!」
「あ……、あぁ……」
ロニーはただそんな辛そうな声を出しているだけであった。腹の部分の衣服が赤に犯されていく。染まっていく。襲われていく。赤い、と感じるわずかな瞬間にもどんどん赤は広がっていく。
そんなわずかな時にもまだ敵の攻撃は止まらなかった。また違う方の腕を上に振り上げていた。
「うぉぉぉぉぉおおお!」
この時、カノアの意識が崩れた。
彼は叫びながら瞬時に槍を構えてロニーの腹を刺している腕めがけて放った。刺さっていてうまくよけれない敵はそのままカノアの攻撃を喰らって、ようやくロニーから離れた。ひるんだところで最後、カノアは発狂しながらさらに畳み掛けるように槍を放つ。
何度も突く。何度も突く。敵の息の根を完璧に止めるまで突いて突いて突きまくった。その時の感触は覚えたくもないほどイヤなものだった。
そしてぐったりと倒れているロニーの姿を見るのはもっとイヤな景色だった。