パートナー ~新しい挑戦~
常識から言って、性別不明はありえない。だからロニーを性別不明と言うのは語弊があるかもしれない。
正しくは、性別を隠しているのだ。ギルドの仲間は誰も性別を知らなかった。あの魔王ではあるが鬼ではないギルドマスターですら分かっていない情報なのだ。
理由はわからない。単に面白がってやってるかもしれないし、深い事情があるのかもしれないが、それもまたわからない。
見た目は中性的すぎて判断しにくい。声は男にしては高い、女にしては低いくらいなので判断しにくい。結果、性別を決定づける材料が人より少ないのである。
しかしそれ以外の点ではロニーは一般人とかわりない。トイレなどはどうしているかは不明だがそれなりに日常生活を送っている。
そしてカノアに気があることを全く隠さずにさらけ出しているのも事実の一つ。
「ロニーさん、離れてください! そしてマスターはむやみにナイフを投げないでください! ロニーさんに当たったらどうするんですか! そしてボクに当たったらどうするんですか!」
「大丈夫だ、お前しか狙ってない」
一本のナイフが顔の真横をかすったところでマスターのナイフ投げはおさまった。ロニーもだいぶ落ち着いてカノアを抱きしめるのを止めた。
ちなみに抱きしめている瞬間にナイフが投げられていたことに気づいていなかったらしい。そして余程激しく抱きしめたのか、カノアの身体がヘロヘロになっている。
「さて、ナイフ遊びはここまでにして話を戻そう。ロニーとカノアはしばらく二人で仕事をこなしてくれ。理由は特にない。そしてラブラブするなら部屋の外で頼む」
了解しましたー、とロニーが答えて戦闘不能になっているカノアをそのまま部屋の外へ引きずっていった。
さらにロニーは廊下の隅っこまで移動して垂れそうなヨダレを拭いながら改めてカノアに近づく。狙われて怯えている羊と狙っている狼によく似た光景だった。
「さて、やっと二人きりになれたね……」
今すぐにこの状況から逃げたい、カノアはずっとそう思いながらロニーの魔の手を全力で振り払っていた。こんな調子じゃこの先不安しかないだろう。
「まぁイチャイチャするのはあとにして、仕事の話をしよう」
「イチャイチャする予定はないけどそうしましょう」
廊下でする話でもないので、二人はさっきまでいた一階の休憩所に移動した。そこにはチラホラとギルドメンバーが休んでいる姿が見えた。まさかみんながいる休憩所であんなイチャイチャはしてこないだろう、とカノアはふんでいた。
ロニーもさっきのニヤニヤとは違い、真剣な眼差しになってその口を開く。
「パンティーは何色が好みかな?」
真剣になったのは眼差しだけだった。自分がイチャイチャして来ないだろう、というフラグを立てたのがいけなかったのかもしれない、とカノアは自分を無意味に責めていた。
「ごめん、仕事の話をするって聞いたんだけど」
自分の意思が伝わってなかった可能性もある、と思いカノアは確認してみた。
「これも仕事に関係する話だよ。ボクは白が好みかな、清潔感って大事だからね」
ロニーは構わずに自分のパンティー理論を熱く語りだす。
「私はピンクかなー、キュートでセクシーな感じだからねー」
「パンティーに関して真剣に述べないでください! あとメイラさんは何かと会話に入ってきますね!」
いつの間にか再び受付の仕事をサボっているメイラまで加わってアイスコーヒーを飲みながら会話をしていた。
あまりにもメイラがサボってるので、この姿をマスターに見られたら彼女は昇天するんじゃないか、と少し心配もあったがそこは触れなかった。
「それでカノア君はBランクだったよね?」
この職業ではランクが存在して、それに応じて受諾できるクエストが変わってくる。カノアはバーレン、リリアと同じBランクで優秀な方だ。
しかしそれは建前だけで、明らかに二人より劣っていることを自覚している。つまりBランクの実力を持ち合わせていない。
年に一度、ランクを決める試験があるのだが、この前の試験では個人技ではめちゃくちゃでチームとしての評価でランクを保ったらしい。
「バーレンとリリアが優秀だったからなんとかBでいられるものだよ。組んでなかったら今頃Cになってると思う」
「まぁそんなネガティブになるなよカノア君。アメちゃんあげるから元気だしなー」
「どうもありがとうございます…………うぇっ」
カノアがメイラからもらった唐辛子味のアメに吐きそうになりながらも我慢してる間に話はどんどん進んでいく。
「ボクもカノア君もBランクだからBランクのクエストでいいよね?」
「う、うん……」
やはりカノアからすると実力に合ってないクエストに行くのは気分が向かないようだ。Bランクのクエストは命の危険を伴うものが存在するので軽い気持ちで受けてはいけないレベルである。
「あ、そうだ」
メイラが何かを思いついたらしく休憩室のソファから勢いよく出て行った。そして数分後に元の場所に急いで戻ってきた。
「ラブラブなお二人さんにちょうどいいクエストあるよー」
メイラがクエストの書かれた紙をテーブルに勢いよく叩きつける。紙には元々白い建物だったが塗装が剥がれてきている屋敷の写真と、何とも態度のでかそうなチョビひげじじいのドヤ顔写真が依頼主の欄にあった。
「退治クエストですか……」
「アスラハス地区の資産家の別荘なんだけど、そのドヤ顔で映ってるおっさんがズボラでね。汚すぎて別荘によく怪物が出現するらしいの。それで年に三、四回くらい掃除の依頼が来るわけ」
アスラハス地区は最近経済が発展してきた地区で、このギルドのあるバルアン地区から見ると北西に位置していて、電車に乗れば数時間で行ける場所である。
「ど、どんな怪物が住み着いてるんですか?」
カノアが身体を震わせながら確認する。一方、ロニーは特に怖がる様子は見せていない。普段から退治クエストをこなしているので慣れているらしい。
「毎回違う怪物が住んでるらしいけどそこまで恐ろしい怪物は出ていないらしいよ」
メイラの補足情報を聞いてカノアは安心する。
「カノア君、受諾しちゃっていいよね?」
「うん、頑張るよ」
「依頼日時は明日だから、明日の始発で行けばいいと思うよ。じゃあ事務の人に渡してくるからー」
メイラはアイスコーヒーを一気に飲み干して一階の奥の事務局へと消えていった。彼女は自分の仕事はこなさないが、しなくてもいい仕事をやたらしたがる。本人曰く、プラマイゼロだよ、と言っているがカノアはマイナスだろうと思っていた。
そんなマイナスなメイラが仕事に戻ってからすぐにロニーが椅子から立ち上がった。
「アスラハス地区は夏でも涼しいから助かるねっ。じゃあ明日の朝七時に駅で待ち合わせようか。お先に失礼!」
ロニーが珍しく下ネタを発さず真面目な事を言ってギルドホームから出て行った。一人になったカノアはソファに深く座り込み、天井をぼんやりと眺めていた。
もうチームの一員ではない。いつも隣にいた仲間がいない状況で仕事をこなさなければならない。
「本当にボクに出来るのかな……」
カノアの新しい挑戦が始まろうとしている。