帰社 ~理不尽な上司現る~
彼らは「ギルド」と呼ばれる組織に所属していた。
その仕事の内容はランクの低いものは失踪した猫の捜索、高いものは盗賊団を全滅させるものまでさまざまな種類がある。
この世界は各地にある「ギルド」によって治安が守られていて、いわゆる警察の役割を果たしている。子供から見ればヒーローのような存在であるかもしれない。
国の傘下の組織なので、それなりに給料は良くて贅沢な生活が出来るという事もあって、憧れの職業と言ってもいいだろう。
しかし誰でも出来る仕事ではない。一定の戦闘能力がないとこの仕事はやっていけない。カノアたちが入った頃はまだ無かったらしいが、今ではギルドに入るために鍛える専門学校まで設立されているらしい。
三人はそんな聖地、ギルドホームに戻っていく。
「お帰りなさいませ、ご主人様にお嬢様。お仕事お疲れ様です」
決して綺麗ではない装飾が散らばっている玄関を通り抜けるとギルドホームの受付があった。受付の頭上にはここの「ギルド」のシンボルマークらしきドラゴンの姿が書かれた旗が刺さっていた。
そして受付とは切っても話せない存在の受付嬢、そこにはメイド姿の女の人がいた。オーラや素振りからしてアイドル的存在が見受けられる。
「メイラちゃん。その挨拶の心がけは良いけれど、こっちが恥ずかしいからやめてくれないかな?」
バーレンが顔を少し赤らめながら不満を言った。確かにこんな歓迎をされると何か羞恥心を感じてしまうだろう。
リリアは別にどうでもいいですよオーラを放っていて、腹いせにメイラの太ももを見て興奮してるカノアのお尻を蹴って遊んでいた。
「これは私のプライドだからダメです。メイド服が私の生きがいなのです。それとももっと際どいのがいいですか?」
メイラがスカートをちらっとめくってアピールして、カノアが「是非お願いします!」と叫んだところをリリアに顔面を殴られた。そのためカノアの顔の青タンがまた一つ増えた。彼曰く、顔の青タンは男の勲章らしい。
「それはともかく仕事は成功しましたよね?」
メイラはスカートを元に戻してから、まるでこの三人組は成功以外ありえないという口ぶりで仕事の成果を尋ねた。
「なんでどうして私が居て失敗することなんてあるのよ」
リリアがまるで決め台詞のように少しドヤ顔で言い放った。そして理由なくカノアのお尻を蹴って、カノアがあまりの痛さで飛び跳ねていた。
彼曰く、お尻に出来た青タンの数ほどドラマがあるらしい。
そんな理不尽な光景を見ても見慣れた光景なので誰も気に止めていなかった。
「リリアお嬢様はどこまでもキャラを突き通すんですねー、尊敬しますー」
メイラの皮肉めいた言葉を背中で聞きながらリリア達は受付をあとにした。
彼らは階段で吹き抜けの二階へと上がって、さらに上へ続く階段を昇って四階に着いた。
このギルドホームは四回建てで最上階にはギルドマスターの部屋のみがある。なので彼らはギルドマスターに用があった。
コンコン
ノックをすると「どうぞー」とちょいとセクシーな女の声が聞こえてきたので三人は中へと入っていく。
中にはカーテンに仕切られていて、シルエット姿のギルドマスターしか見えなかった。
シルエット越しにでもわかる美脚で、カノアより大きい身長の大人な女性であった。さっきの声は彼女であろう。
「マスター、Aランクの仕事を無事遂行いたしました」
バーレンが代表して仕事の結果を報告した。
彼らの行った仕事は近くの山から凶暴なクマが現れているから退治してくれ、という依頼だった。実際ケガ人も出ているのでAランクと判定されるほど高度な仕事だったらしい。それを実質二人でこなしたところにバーレンとリリアの実力が見えてくる。
「あぁそう。もうちょっと早く終わると思ってたんだけどなー」
彼らに求められるハードルは相当高いらしい。彼らはできるだけ早く、できるだけ正確に仕事を遂行しなければならない。
「す、すいません!」
バーレンが慌てて頭を下げる。このギルドマスターは気分屋であるため、怒ると相当怖いらしい。勢い余って人を平気で殺すかもしれないとギルド内で噂になっている。
「……」
カーテンの向こう側から返答がない。三人が不思議に思っているとカーテンの隙間からナイフが一本飛んできてカノアの髪をかすった。
「なんかカノア見てたらナイフ投げちまったじゃねぇか、どうしてくれるんだ」
理不尽にも程がある、三人が同時に思っていたがそんなことは永遠に口には出せない。
カノアは髪が数センチ切れてる事を確認した途端に鼓動が激しくなった。走馬灯も走ったであろう。
「こういうときはバーレンくんの一発芸だなー、はいどうぞ」
いきなり無茶ぶりが飛んできた。ギルドマスターはサディストなので無茶ぶりが大好きであり、人が困っている姿を見るのが生きがいらしい(本人談)。
バーレンは早く披露しないと昇天する事がわかっていたので、すぐさま一発芸の準備をした。
ポケットから取り出したのは数粒のピーナッツ。
「なんでどうしてポケットから単体のピーナッツが出てくるわけ?」
リリアが小声でツッコミを入れている間に一発芸の準備が整った。
「じゃあ今からこのピーナッツでジャグリングします」
バーレンは大事な試合の直前のごとく深呼吸して落ち着いてからピーナッツを上空にあげた。天井近くまで上げたはずだ。
しかし落ちてこない。
トンッ、トンッ
そんな音が連続で聞こえてきた。そして彼らはピーナッツを見つけた。
ナイフに刺さっていて、壁に打ち付けられたピーナッツを。
三人はナイフからギルドマスターへと視線を移す。
「そんなこと私にも出来るっつーの」
カーテン越しにピーナッツをジャグリングしているギルドマスターのシルエット姿があった。
バーレンは冷や汗をかきながら、あれはピーナッツの次はお前が壁に刺さる番だ、というメッセージかもしれないと大胆な解釈をしていた。
しばらく沈黙が続く。
「まぁいいや。もう出てっていいよー。つーか出てけ」
「は、はい!」
三人は死にたくないのですぐさま部屋を出て行って、勢いそのまま一階の受付の隣にある休憩所へと向かった。まるで凶暴な怪物に追われている逃走者の気分だった。
「助かった……」
バーレンは腰が抜けたようにソファに深く座りながら呟いた。
「マスターにナイフを無意味に投げられましたか、それは災難でしたね」
受付にいるはずのメイラがサボって三人と一緒にアイスコーヒーを飲みながらくつろいでいた。
「カノア君なんて泣いてるじゃないですか」
「う、うぅ。泣いて……ないもん……」
カノアは子供のように泣いていた。ナイフが頭にかすった辺りからずっと泣いていた。リリアはカノアの横で「泣き虫泣き虫泣き虫……」と連呼してからかっていた。
「でも昔はリリアだって失敗したときは泣きながらすがりついてきたじゃねーか」
「う、うるさいわねっ! 女の子なんだから仕方ないでしょ!」
バーレンにからかわれてリリアは珍しく顔を赤らめる。いわゆるツンデレとかいう部類なのだろう。
リリアお嬢様可愛いー、とメイラも褒めていた。
自称紳士であるカノアはリリアをなんとかフォローしようと言葉を探した。
「まぁいいじゃないか。僕なんかこの前、マスター室にある壺の位置をずらしちゃって泣かされたからリリアは偉い方さ」
「「お前はもっとしっかりしろ」」
フォローしたはずがダブルシンクロツッコミを入れられてしまった。
メイラはそれを見て大笑いしながらアイスコーヒーを飲み干して本来の仕事場である受付へ戻っていった。
今日も三人はこんな感じで仲良く過ごしていた。