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みるのさんが描いてくださった、ヒロイン・国沢明日歩のイラスト。
編みこんだ髪の毛をカチューシャ代わりにするという発想に、驚嘆致しました。といいますか、私の考えた設定が地味すぎたんですね。
そこからなんとか特徴をつけるため、試行錯誤してくださったのだと考えると、なんだか申し訳ない気持ちになります。
毎度本当に、お世話おかけします。
みるのさんブログ
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まぶたを開ける。暗闇広がる天井が、視界に映った。
「気がついたか」
隣から、岳人先生の声。
奥の窓から差す月明かりが、ベッドで横たわる先生の姿を照らしていた。上半身裸の状態で、うつぶせに寝転んでいる。背中の包帯が、かなり痛々しい。
ぼくはようやく、ここが病院のベッドであることに気づいた。この部屋にいるのは、ぼくと先生だけのようだ。
「国沢さんは?」
「隣の病室だ。心配するな、ケガはたいしたことない。お前のおかげだ。ありがとう」
おかげ? なにを言っているんだろう。先生の妹は、ぼくのせいで死にかけたのに。
「唐田の奴も、助っ人に頼んであいつの家まで帰してもらった。むろん気絶したままの状態でな。『夜』関連のことについては、いくらかツテがあるんだ」
壁の時計は、午前二時を指している。周囲が無音なため、先生の声はひどく目立った。
「お前もそれほど重傷ではない。朝には無事に登校できるだろう。校舎に残った戦闘の痕跡も、朝までには俺の仲間がなんとかする」
頭に手を当てると、包帯の感触がした。触ってみると、少しばかりズキッとする。
「ぼくが、倒したんですか? あの怪物を」
化け物の体を両断した感触がよみがえり、背中に鳥肌が立つ。
「そのとおりだ。まさかお前があれほどの力を有しているとは。しかし、あの卍印はなんなんだ」
「兄が、つけてくれたんです。失踪する直前に」
心臓に手を当て、ぼくはつぶやいた。
いざというときのお守りだ、って兄は語っていた。
患者衣の胸元を開き、卍のマークをじっくりながめる。どこからどう見ても、平凡な刺青にしか見えない。
印を調べることをあきらめ、岳人先生に質問した。
「『夜』って、なんなんですか。『夜』を討つ力ってのも、よくわからないですし……」
「『夜』は人の悩みを食う生き物だ。特にティーンエイジャーの多感な心を栄養源とする。ここら一帯は、昔から『夜』の温床となっていてな。小さいうちなら宿主の悩み解決によって消滅させられるが、成長した個体はそうもいかない。『夜』を討つ者とは、その『夜』を倒す力を持った生徒のことさ」
どこから取り出したんだろう。先生は手に持った容器のふたをめくり、うつぶせのまま食べ始めた。明かりがないのでよく見えないけれど、どうやらプリンのようだ。
いい歳した男の人が、ほっぺたをふくらませ、無表情でカスタードプリンをほおばっている。
なんだかなあ……すごくシュールな光景だ。
「『夜』を討つ者は三年に一度の割合で、この学校に入学する。日中は相談部員として『夜』の減滅に尽力し、日が暮れれば校舎内をパトロールするんだ」
なるほど。お悩み相談部は、能力者たち専用の部活動だった、てことか。
国沢さんは、ぼくが能力者であることを、先生から聞かされたんだろう。だからぼくを入部させようとした。でなければ、ぼくなんかを相手にするはずもない。
「じゃあ、ぼくはこの先も戦い続けなくちゃいけないんですか。あんな怪物たちと」
「こちらとしてはそれを望んでいる」
にべもない態度で、先生はうなずいた。
「どうして、ぼくや国沢さんなんですか。戦いのプロにまかせたほうが、ずっといいのに」
「『夜』を倒せるのは能力者の刀だけだ。通常の武器では、奴らの体には傷一つつけられない」
だったらなんで先生は、怪物に体当たりなんてしたんだろう? 自分じゃ妹を助けられないって、知っていたはずなのに。
「たった三年の辛抱だ。卒業すれば能力は消える。その代わり、能力者を識別する目を得る。後継者さえ探し出せば、あとはどう過ごそうとお前の自由だ」
血肉をすする『夜』の姿が、まぶたの裏にありありと描き出された。
人を食う化け物。人が造った、闇の塊。
今回はたまたま勝てたからよかったけど、本来ならいつ死んでもおかしくないんだ。
その恐怖が、あと三年も。耐えられない。
「怖いか。だがお前の兄も、かつては同じ道を進んだ。そしてこの俺もな」
それも、うっすら予想できていた事実だ。あそこまで言われたんだ。感づかないほうがおかしい。
「俺はお前の兄と同期だった。奴は強かったよ。したたかで、明るくて。そして誰よりも、強さを求め続ける男だった」
「……過去形ですか」
じゃあやっぱり、兄は失踪したんじゃない。殺されたんだ。あの化け物に。
そして、兄が消えた翌朝、訪ねてきた人。背格好とも、岳人先生とピッタリあう。
ぼくはくちびるを噛み、呼び起こされる恐怖と悲しみで打ち震えた。
先生はそんなぼくを気づかったのか、それ以上は口をつぐんだ。スプーンでカップの底をこする、カツカツという音が、この世にある唯一の音だとすら思えた。
「お前は死なないよ。『夜』なんかには負けない」
ややあって、先生はポツリとつぶやいた。
食べ終えた容器を枕元に置き、首だけでこっちを見る。どこか不慣れな様子で口端を持ち上げ、ぎこちない笑みを作った。
「正義は、必ず勝つ」