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活動報告の欄にも書きましたが、今回より毎週土曜日の更新となります。なにとぞ、ご了承ください。
唐田亮の右こぶしが、ぼくのほほをぶち抜くようにして打ちすえ、そして。
「くっ……」
ぼくの体は、ドミノ板のようにうしろへ倒れた。直後、床に背中を強打する。
すると視線の先に、青空があった。屋上から見る空は、すみ切っている。汚れ一つ見当たらない。
だけどぼくは、その景色にうすら寒ささえ覚えた。お願いだから、視界に映らないでくれ。いまここで大粒の雨がぼくの顔面をたたいてくれたら、それはどんなに幸せなことだろう。そんな風にさえ感じていた。
じんわりとにじみ出た汗が、制服を湿らせる。ぬれた制服は、ピットリと肌にまとわりつく。気持ち悪くて気持ち悪くて、しょうがなかった。
晴れの日なんて、嫌いだ。
大嫌いだ。
「どういうことだよ、明日」
アブラゼミの声にまぎれるかたちで、頭上から唐田の声が降ってくる。荒い息づかい。動揺しているのがわかる。見上げた先にある彼の顔には、おびただしい量の汗が伝っていた。くちびるは、憎憎しげにゆがんでいる。
ぼくは痛むほほを押さえながら、立ち上がった。すぐさま修野くんが駆け寄り、助け起こしてくれる。
「本当なのかい、トモ。……森永さんが、殺されたって」
ぼくはうつむき、うなずくことしかできなかった。
血のしたたる惨劇から、すでに一週間以上が経過していた。
森永さんの死は、まだ世間には公表されていない。彼女の亡骸は、岳人先生の仲間によって処理された。警察に死体を解剖されると、『夜』の存在がおおやけになってしまうかもしれない。いわゆる大人の都合というやつだ。彼女の死が公表されることは、もうないだろう。森永さんの死は夜の闇に飲まれ、次第に次第に跡形も残さず、消えていくんだ。
ぼくはそれが怖かった。幼馴染の死を知らないまま、ひたすらに彼女の姿を探す唐田を見るのが、怖くてたまらなかった。その姿は過去の自分に似ていたから。過去のぼくと、そして両親。兄の死を知らないまま、いまでも帰りを待ち続けている。
それと同じ光景を見続けるのが、怖くて仕方がなかった。
だからせめて、修野くんと唐田には――二人にだけは彼女の死を知ってほしくて、昼休み、校舎の屋上へ呼び出したんだ。
そして語った。彼女の死、その詳細を。
「デート先から帰る途中で、殺されたみたい。自分の影から出てきた『夜』に」
「なんだよ、それ」
唐田は重い声を出し、
ずい、と距離を詰めてきた。ぼくを真上からねめつける。ねじれあがった両方の眉毛には、誰かに対する激しい怒りと、誰かに対する深い悲しみが表現されていた。
ぼくは胸倉をつかまれ、持ち上げられた。かかとが床から離れる。
「じゃあ、俺のせいだって言うのかよ。俺があのとき、あいつを置いて帰らなければ……。傷ついたあいつへ、感情まかせに怒鳴りつけて。そんな、追い討ちをかけるようなまねをしたから!」
「やめろ、亮」
修野くんが、ぼくと唐田を引きはがした。
「しめ上げられなくちゃいけないのは、俺のほうだよ。俺が映画のチケットなんか渡さなければ、こんなことにはならなかったんだから」
しぼりだすような言葉の節々からは、強い後悔の念が感じ取れた。
「唐田のせいでも、修野くんのせいでもないよ。……誰のせいでもなかったんだ」
ぼくは言った。だけどもそれは、ひどく空っぽで、重みの感じられない言葉だった。
誰かが森永さんの心をこじ開けてさえいれば、彼女はここまで追い詰められずにはすんだかもしれない。だけど誰も、彼女を真に癒せはしなかった。実の家族や唐田、国沢さんさえ。
修野くんが、ふと思い出したように切り出した。
「『夜』の存在は、一般の人には秘匿されてるんだったよね。てことは、森永さんの家族も」
その問いに答えたのは、唐田だった。皮肉げにくちびるを曲げ、奥歯をギリリと軋ませる。
「そうだよ。いまでも娘を探している。『行方不明』のわが子をな」
修野くんは「そうか」と言い、沈痛な表情で腕を組んだ。そしてポツリとつぶやく。
「……国沢は、すごいな。親友の死を知ってるのに、普段と変わらない態度で振舞ってる」
ぼくも唐田も、そのセリフには応じなかった。
親友の死を知りながら、普段と大差なく振舞い続ける。笑顔っていう仮面をつけながら、何事もなかったかのように愛想を振りまく。そんな国沢さんを、正直ぼくは見ていられない。それは修野くんも同じだったようだ。
「いつかポッキリ、折れてしまうんじゃないかな」
そんな彼のつぶやきを拾ったのは、ぼくと唐田と、そして憎々しいくらいに広大な、この青い青い空だけだった。




