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夜、人影に潜む  作者: 影人
第4話:それでも花は、日向に咲く
33/41

4-5

 放課後になった。

 ぼくと国沢さんは、連れ立って校舎を出る。その足で、森永さんの自宅に向かった。彼女に会って、じかに事情を聞こうと思っている。多少荒療治だけれど、万が一のことがあってからじゃ遅いだろうし。

 道中、ついつい何度も、国沢さんの手元を見てしまった。包帯の巻かれた右手。見てるだけでも痛々しい。だいじょうぶかな……。

 ともあれ。

 森永さんの住む団地は、学校から四十分くらい走った先に建っていた。階段を上って、三階へ。

 すると目的のドアの前で、人が立っているのに気づいた。見覚えのある長身。学校の制服を着ている。国沢さんが声をかけた。

「やっほ、唐田くん」

 唐田は振り向き、ぼくら二人を見た。その顔は、けわしい。

「やっぱり、ちぃちゃんが心配?」

「べつに。ズル休みばっかしてムカつくから、様子を見に来ただけだ」

「相変わらずウソが下手だね。それより、今日はどうしたの? 授業、途中から来なかったじゃない」

「うっせ。担任様のヘボ授業なんざ聞きたくもなかったから、早退したまでだ」

「そういうサボり癖、なんとかしたら? 部活もまともに参加してないでしょ」

 うっさいボケ、と唐田はいつもどおりの悪態。このままじゃ痴話ゲンカになりかねない。ちゃちゃっとインターホンを押そう。ピンポーン。

 ドアが開いた。

「おやおや、亮くんじゃないか」

 ドアの向こうから顔を覗かせたのは、七十歳くらいのお爺さんだった。背が高く、しゃんと腰を伸ばしている。メガネをかけ、たっぷりと生えた白髪を一つ縛りにしていた。

「この間は、娘の葬式に来てくれてありがとう。……そちらの二人は?」

 会釈する唐田に軽く微笑んでから、お爺さんは温かく細めた目を、ぼくと国沢さんに向けた。

 国沢さんが一礼する。ぼくもあわてて、彼女にならった。

「突然お邪魔してすみません。わたし、千尋ちゃんのクラスメイトで、国沢明日歩っていいます。千尋ちゃんはいらっしゃいますか」

「おお、千尋のお友達かい。わざわざありがとうねえ。実は千尋の奴、あれからずっと部屋に引きこもってるんだ。こちらが呼びかけても、出てこようとしなくてね」

 ……! そこまで、落ちこんでいたのか。

 お爺さんは、優しそうな人だ。こころよくぼくらを招き入れてくれた。靴が三足しかない殺風景な玄関を抜けて、お邪魔しまあす。

 うーん……こう言っちゃ失礼だけれど、あんまり広い家じゃない。玄関を抜けた先に、リビングへと通じる廊下がある。その反対側のドアに、「千尋の部屋」って書かれたプレート。お爺さんは、そのドアをノックした。

「千尋や。亮くんたちが来てくれたよ。ドアを開けてくれんかね」

 でも、返答はない。

「すんません、あとは俺らでなんとかします」

 唐田はそう言ってお爺さんをどかし、ドアの前に立った。お爺さんはなにか意味深に微笑みながら、リビングへと消えていく。それを見届けてから、唐田はドアに向かって呼びかけた。

「開けろ、森永」

 返答はない。

「ちぃちゃん。いるなら、なにか返事して」

 返答はない。

「さっさと開けろ。居留守使ってんじゃねえぞ」

 返答は、

「亮くん」

 リビングから、お爺さんの声が響いた。

「修理代なら、心配いらんよ。ドア一枚など、孫と比べたら安い物だ」

 その言葉を聞いて、唐田は深呼吸した。

 直後――

 ズシン、

 って音がして、ドアが軋む。

 唐田は、ドアに体当たりをしていた。

 さすがに、ぼくはおどろく。サスペンスではよくある光景だけれど、現実じゃあ、まずお目にかかれない。

 もちろん現実は、ドラマみたいに甘くはなかった。ドアはビクともしていない。

「唐田くん、ちょっとどいてて」

 国沢さんが咳払いして、ドアと向かい合った。足を開き、息を整える。

 ま、まさかっ!

「ちぃちゃん。危ないから、ドアから離れててね」

 渾身のかかとが炸裂した。

 吹き飛んだ金具が、宙を舞う。

 ドアがへこみ、不自然な音を立てて、内側に開いた。

 ひええっ……。改めて見ると、すっごい脚力。でも、ポカンとしてる場合じゃない。

「ちぃちゃん!」

 国沢さんを先頭に、ぼくらは部屋の中へ突入した。

 明かりを点けず、カーテンで閉め切られた室内。いたる所にぬいぐるみが置かれたその部屋は、だけどもファンシーさとはまるで無縁だった。

 鶴の形に折られた折り紙が、床一面を埋めつくしている。ざっと百を超える数で、足の踏み場もない。

 そして部屋の中央に、いた。

 森永さん。ベッドの足に背中をあずけながら、膝をかかえて縮こまっている。うつろなその目は、きっとどこも見てはいない。味のあった天然パーマは干し草みたいにパサついていて、いちご柄のパジャマがやけに不釣り合いに感じられる。

「ちぃちゃん、なにをしてるの。こんな暗い部屋で」

 森永さんは――

 ぽそぽそと、乾ききった口調で答えた。

「なにも、してないよ。うん、なにも」

 力のない目で、ひたすら中空に視線を注いでいる。ぼくらの顔さえ見ようとしない。

 国沢さんは言葉を失ったまま、ぼう然とその一歩を踏み出した。足元で、紙がひしゃげる音。折り紙だ。床いっぱいに敷かれた折り紙の鶴を、国沢さんが間違えて踏んじゃったらしい。

 とたん、森永さんはピクリと肩を動かす。

「やめて。踏まないで。やめて」

 切実そうな声。ぼくは初めて、この鶴が誰に向けて折られてたのかってのを理解した。

 彼女の周りに散らばった鶴たちは、さながら彼女を守るバリアーの役を務めているようにも見えた。ここから先は、誰だろうと立ち入らせない。そんな意思さえ感じさせる。

 だけどそのバリケードは、やすやすと蹴散らされた。

 唐田の左足によって。

「ふん」

 鼻を鳴らしながら、足元の鶴を一掃する唐田。肩を抱いて縮こまる森永さんへと、少しずつ歩み寄っていく。むらがる鶴たちを、ようしゃなく踏みつけながら。

「唐田くん」

 国沢さんが呼び止めた。

「その鶴が誰のために折られていたのか、わかってるの」

「当たり前だ。だからこそ踏みつぶすんだよ。こんなチリ紙に執着してるようじゃ、こいつはいつまでたっても、ここから出られやしない」

 震える森永さんの手を、唐田は乱暴に引っ張り上げた。両手で抱きかかえ、部屋の外へと歩き出す。

「やだ、お願い。部屋の中にいさせて。お願い」

 手足をばたつかせて、森永さんは暴れだした。

 見ていて辛い。唐田はいったい、彼女をどうしようとしてるんだろう?

「ねえ唐田くん、ちぃちゃん嫌がってるじゃない。そんな乱暴にしなくたって」

 唐田は答えもしないまま部屋を出て、明るい廊下側に踏み入った。ぼくと国沢さんも、急いであとを追う。

 森永さんはまばゆそうに目を細めて、顔を両手で覆った。

「まぶしいよ、唐田くん。なんでこんなこと……。どうしてわざわざ、ここに来たの?」

 その瞬間――森永さんをつかんでいた手が、離れる。

「痛いっ」

 にぶい音を立てて、森永さんは背中を床に打ちつけた。

「……ざけてんじゃねえぞ」

 国沢さんに助け起こされる彼女を、唐田は鋭い目つきでにらみ下ろす。

「お前に会いに来たんだろうが」

 激しくつばをまき散らした。

「いま、『痛い』って言ったよな。てことはお前、生きてんじゃねえか。生きてんのに、そんな死人みてえな面してんじゃねえよ!」

 辺りは水を打ったように静まり返った。

 ややあって、森永さんがつぶやく。

「どうせなら」

 その声は、廊下の板張りに冷たく落ちた。

「本当に死んじゃいたいくらいだけど」

「そうか。じゃあそのセリフ、死んだオフクロさんの前で言ってこいよ。あ?」

 沈黙。

 しばらくして、唐田は急に、その声音を落ち着かせた。理性が追いついてきたらしい。再び静かな口調で、

「タンポポってよ」

 うん? なんか、妙な切り口から話を広げようとしてるぞ。

「あいつらショボくれてても、コンクリートの間とかでしぶとく生え伸びてるだろ。だから、なんつうかよ。お前もちゃんと、しっかりやれっつうか」

 たどたどしい様子で言葉をつむぐ唐田を、ぼくと国沢さんは色違いのキンポウゲでも見るような目でながめた。唐田がこんな風に人をはげますなんて、思いもしなかったからだ。

 クサい。クサすぎる。でも、言いたいことはわかる。

 唐田は不意に言葉を切って、少し照れたように頭をかき、

「……この先は忘れた。なんかこの前、ドラマであったんだよ。こんなセリフ」

 ポケットから二枚の紙を取り出した。それを森永さんに突きつける。

「つうこって、ん」

「え」

「え、じゃねえよ。映画の券。修野の奴に押しつけられた。行くぞ、明後日。日曜」

 国沢さんが、「おおー」とうなずいた。イイモノって、映画のチケットだったのか。

 どうも見たところ、人気シリーズの最新作みたい。封切り日は明後日になってる。きっと映画館は、家族連れとかでごった返すんだろうなあ。

「……わたし、人の多い所に行きたくない」

「お前の希望なんて知ったことか。俺が行きたいんだよ」

「え」

「俺がお前と行きたいんだよ」

「行ってきなよ、ちぃちゃん」

 国沢さんまで、親友の背中を押している。

 唐田は猛禽類のように小ざとく獰猛な視線で、森永さんを見下ろした。

「十時に駅前。絶対来いよ。来なかったら」

「……来なかったら?」

 森永さんが、乾いたくちびるを震わせる。

 唐田はしばらく、考えるそぶりを見せたあと――やおら口を開いて、言い放った。

「小さいころ、ランドセルを忘れて登校してきたことを、周囲にバラす」

 森永さんはときどき、ぼくの度肝を抜いてくれる。

「それは……拷問に等しい所業だね」

 国沢さんが、あごに手を当ててうなった。

 だけど森永さんは、平然としていた。あいかわらず、表情らしい表情を宿らせてはいない。淡々とした声で、

「残念。昔のことなんて、ちっとも恥ずかしくないもん。だってこの前も、通学カバンを忘れて下校したし」

 うん、なんだかなあ。

 三つ子の魂、百までってことなのかな。


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