表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
夜、人影に潜む  作者: 影人
第4話:それでも花は、日向に咲く
32/41

4-4

 それから三日後の、お昼休み。

「森永さん、まだ来ないな」

 ぼくの机にほお杖をつきながら、修野くんがため息混じりに漏らした。

 ぼくは背もたれに寄りかかりながら、二列横にある森永さんの席へ振り向いた。彼女の席は、いまだに空っぽのままだ。

「亮に会ってくわしい事情を確認したいけれど、どうもどっかに行っちゃったみたいだし。そういや国沢って、森永さんのメアド知ってたよね」

 真横に立った国沢さんに、修野くんは視線を移した。

「うん……。何度も連絡してるんだけれど、返信がなくて」

「そっかー。じゃ、打つ手なしだなあ。あーあ、なにかいい手段ないかな。一応、亮にはアレを渡してあるんだけどさ」

「んにゃ。勉くん、アレって?」

「ふふん、イイモノだよ。イ・イ・モ・ノ」

 ニマァ、と意味深に口を広げる修野くん。

 そのとき、教室のうしろから、かしましい声が飛んだ。森永さんの席があるほうだ。

「よっしゃ、配置カンペキッ。ねえ、これヤバくね? すっげえサマになってるじゃん」

 あのグループだった。五月のとき、森永さんをいじめていた女子集団。唐田の目を盗んで、また好き勝手にやり始めたらしい。

 彼女たちは、森永さんの机にいたずらをしていた。先生の机に置かれていたユリの花を、森永さんの机に設置していたんだ。ドラマとかで、死んだ生徒の机に花ビンが置かれていたりする。あれのマネだろう。

「チョージ読もうよ、チョージ。あー、つってもアタシよくわかんねえわ。このたびはご愁傷様でした、ちーん、みたいな?」

「つうかさー。いくらお母さんが死んだっていっても、もう五日だよ? 五日。その間ずっと不登校って、どんだけメンタル弱いんだよって感じじゃね?」

「だよねえ。ひょっとしてホントに、あと追い自殺とかしてるかもよ。お悔やみ申し上げます、ぽくぽくぽく、て感じでさ」

「うっは、やめてよ。シャレになんねーって」

 さすがにぼくは絶句した。肉親を失って落ちこんでいるだろうクラスメイトに、この仕打ち。

 家族を失うってことを――なんだと思ってるんだ?

「やめてよ、なにやってんの!」

 怒号が飛んだ。マグマがほとばしった。そうと錯覚しちゃうくらいの激しい叫びが、国沢さんの口から飛び出した。そのときにはもう、彼女は森永さんの席まで移動していた。焼けた鉄のように真っ赤な顔は、さわれば火傷をしちゃいそうなくらい熱を感じる。

 いじめグループは露骨に顔をこわばらせた。

「なにって、見てわかんじゃん。遊びだよ、遊び。ちょっとはしゃいでただけだって」

「ちょっと? はしゃいでた? ふざけないでよ、この卑怯者! 弱虫!」

 国沢さんはやおら右手で花ビンをわしづかみ、床にたたきつけた。花ビンが割れ、けたたましい音がし、教室中のクラスメイトがいっせいに目をひんむいた。国沢さんが履くリボン付きソックスが、またたく間にずぶぬれになる。

 いまにもいじめグループにつかみかかろうとする彼女を、駆け寄った修野くんが羽交い絞めにした。

「まあまあまあまあ、落ち着け国沢。トモ、雑巾を」

 ぼくは小走りで掃除用具入れへと向かい、中にある雑巾をつかみ取った。割れたかけらを一ヶ所に集めながら、床や机の脚を拭いていく。

 頭上でいじめグループの声が響いた。

「あーあー、なにムキになってるわけ? ただの遊びだってんのにさあ。つうかどうすんの? この花ビン、先生がめちゃくちゃ大切にしてたヤツじゃん」

「それを持ち出したのは誰!」

「国沢。気持ちはわかるが深呼吸だ。怒ったところでどうにもならない」

「そんなにキレる必要もないでしょ。カッカカッカしちゃって、ヤカンじゃないんだから。カリウム足りてますかぁー?」

 たぶん、カルシウムって言いたかったんだろう。

「足りないのは、あんたたちでしょ。人間性が足りてない。お母さんを失った子に、よく平気な顔して嫌がらせができるね。自分がそうなったらって、考えられないの?」

「考えないよ。だって、母親のことなんてどうでもいいもん」

 修野くんの足が、ピクリと動いた。それに気づかず、いじめグループは続ける。

「勉強しろとか夜遊びすんなとか、もういちいちウザったいのよ。こっちがなにしようが、んなもんあたしらのジユーじゃん。なんであんたらに、そんなこと言われなくちゃいけないのって思うわ、マジで」

「まあまあまあまあ、そこまでにしときなよ」

 修野くんが笑顔でなだめた。表情をそのままに、ゾッとするくらい声を低くし、

「これ以上言われると、殴っちゃうかもしれないし」

「へ?」と、いじめグループ一同、口を丸くする。そのとき、

 ガラリ。

 救いとも言えるタイミングで、ドアが開いた。

 唐田! ――一瞬そう期待したけれど、違った。担任の先生だ。なにかいいことでもあったのかな。るんるんと鼻歌を口ずさんでいる。

「へろぅえぶりぃわん! さあ、そろそろ席に着いて。お腹いっぱいで眠くなってるかもしれないけど、張り切っていきましょう」

 にこやかな笑顔で教壇に立ち、生徒全員に呼びかけた。

 そしてにこやかな顔のまま、割れた花ビンに目を向ける。

 にこやかな笑顔が、消えた。

 静まり返る教室。

 授業開始のチャイムが鳴る。

 みんな、いっせいに席に着いた。座ってないのは、ぼくと国沢さん、修野くんだけだ。

「だ、だだだだだ、誰!」

 先生、ほとんど泣きそうな声色だ。ていうか泣いてる。花ビンが割れてガビーン、って感じの表情だ。

「だれだれだれだれ、誰! わたしのハニーちゃんを割ったのは!」

 名前付けてたんだ……花ビンに。

「すみません、わたしが」

「俺が割りました」

 凛とした修野くんの声が、国沢さんのセリフをさえぎった。

「え?」っていう声は、ぼくと国沢さん、どっちの口から放たれたモノだろう。

「ちょっと。なに言ってるの、勉く……」

 国沢さんの声は、いつにもなく切迫している。説明を求めるその言葉は、しかし先生の声によってかき消された。

「修野くん、本当にあなたなの。副委員のあなたが、人の物を壊すなんて思えないけど」

「持って遊んでたら、手をすべらせて割ってしまったんです。それで、陽之上くんたちにあと片付けを手伝ってもらってました。すみません、全部俺の責任なんです」

「……そう」

 先生は腕を組んで眉をひそめた。どことなく腑に落ちてない様子だ。クラス内の何人かが、咎めるような視線をぼくらに注いだ。

「まあ、失敗は誰にでもあるしね。でも、人の物を勝手に持ち出すのはご法度よ。罰として、三日間トイレ掃除ね。じゃ、国沢さんたちは席に着いて」

「え、でも……」

「いいから。俺のことは気にしないで」

 言いよどむ国沢さんの肩を修野くんは軽くたたき、しゃがみこんでぼくと目を合わせ、

「ごめんよ、トモ。手伝わせちゃって。雑巾貸して。あとは自分でなんとかする」

 人懐っこいウィンク。

 ぼくは雑巾を差し出すのを渋った。このまま席に戻っちゃうのは、なんだか嫌だった。

 それは国沢さんも同じだったようだ。彼女はおもむろにしゃがみこみ、一心不乱に破片をひろい始めた。軍手もつけずに、素手で。

 ぼくらはなにも言わず、黙々と作業を続けた。

「きみら、もういいってのに」

 修野くんはあきれ半分のため息を放つ。だけれどその声は、どこかうれしそうだ。

「ごめんね。勉くん、陽之上くん」

 国沢さんが、ぼくらにしか聞こえない声で漏らした。

「なにが?」

 修野くんは腰を下ろして、破片をビニール袋に放りこんだ。

 ちくり。

 胸になにかが突き刺さったような気がして、ぼくはフッと顔を上げた。

 すると、破片を持った国沢さんの手に、一筋の赤い液体が伝っている。彼女はクシャリと破片をにぎり、その手のひらを包み隠した。噛み締められたくちびるは、小さく小さく震えている。

 見ていられない光景だった。無意識のうちに、こぶしが固くにぎりしめる。やさしく胸をなで下ろし、呼吸を整えた。いま自分がなにをするべきなのかを、考える。

 そして次の瞬間。

 ぼくは動いた。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ