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夜、人影に潜む  作者: 影人
第4話:それでも花は、日向に咲く
31/41

4-3

 ケータイを開くと、時計は正午を指していた。ざっと一時間半くらい、話を聞いてたことになる。おおかたの区切りをつけたところで、ぼくらはベンチから離れた。

 その足で、火葬場へ。タイミングが合えば、森永さんたちに会えるかもしれない。会って、話しかけることができるかもしれない。

 ぼくらは一言の会話もなく、ただひたすらに歩いた。

 やがて目の前に、白い横長の建物が現れた。空を刺すような、長い長い煙突がある。

「……ここだね」

 国沢さんのつぶやきを受け、ぼくはまじまじと建物を見上げた。

 この中で、人の遺体が焼かれている。ひょっとしたらぼくも、近いうちにお世話になるのかもしれない。ぼくや、ぼく以外の誰かが、『夜』の犠牲になってしまうかもしれない。食べられて、遺体すら残らないってこともありえるけれど。

「死」っていう概念が数メートル先で待ち構えているような気がして、ぼくは唐突に怖くなった。入り口の自動ドアが、死への扉のようにも感じられる。

 そのとき、まさにぴったりのタイミングで、ドアが開いた。

 国沢さんが叫ぶ。

「ちぃちゃん!」

 自動ドアの向こうから、森永さんが出てきた。どういうわけか一人きりだ。いつもはリンゴ色のほっぺたも、いまはどこか暗い影を落としこんでいる。

 すごく不思議な光景だった。昔、森永さんを抱いていただろう人が、今度はその森永さんの両腕に、抱きかかえられている。四角い壷に収められて。

 森永さんは国沢さんの声に応えることもなく、下を向いてコンクリートを踏みしめた。一歩、また一歩と、こっちに近づいてくる。

「一人じゃないからね、ちぃちゃんは!」

 国沢さんは言った。たどたどしい口調で、声の限りをつくして。

「わたしだって力になるし、唐田くんも勉くんも、陽之上くんだっている。だから――だから、困ったときはいつだって」

 森永さんは。

「さようなら」

 顔を上げず、小さくささやいて、そしてぼくらの横を通り過ぎた。

 国沢さんは虚を取られた顔をして、振り返った。追いすがるように片手を伸ばして、

「待って!」

 だけど森永さんは、立ち止まらない。

 ぼくはかける言葉さえも見つけられず、だまってその背中を見送る。肩を落とした小さなうしろ姿が、誰かの姿とだぶって見えた。八年前、兄を見失ったぼく自身だ。

 ああ、そっか。

『真心の愛』を、彼女にくれた人は。

 もうどこにも、いやしないんだ。

「森永」

 遠ざかる背中へ、唐田が呼びかける。せいいっぱいの張りを感じさせる声で。

「前見て歩け」

 森永さんはなにも言わなかった。振り返りもしなかった。

 ただその顔を少し上向け、遠く遠くに離れていった。

 しばらくは、誰もしゃべらなかった。若葉のこすれる音だけが、静かに耳をくすぐる。

そんな状況だったから、

「わたし、なにもできなかった」

 国沢さんが放ったこのつぶやきは、穏やかな水面に波紋を広げる、一滴の水みたいに感じられた。

「悲しんでるちぃちゃんを前にして、なんて言葉をかければいいのかわからなかった。友達が辛い目に遭ってるのに、なにも、なにも」

 ぼくは息を詰めた。唐田までもが、おどろきの目つきで彼女を見る。

「国沢、お前……」

 国沢さんは、泣いていた。一粒の涙が、ほっぺたに筋を描いている。

「あれ?」

 国沢さん本人も、意外そうな顔をした。しゃくり上げるのと同時に、しずくが地面に落下する。

「なんでわたし、泣いてるんだろ。おかしいよね、反対じゃん。わたしが、ちぃちゃんを元気づけなくちゃ、いけないのに。こんなんじゃ、こんなんじゃ、あの子を守れない」

 いじめられた幼児のように、腕でごしごしと涙をぬぐった。

「嫌だな。本当、嫌だな……」

シクン、と胸が痛んだ。口の中で、苦い味が弾ける。

「あの」

 ぼくはハンカチを差し出した。ぼくにできることって言えば、しょせんこれくらいだ。

「泣きたいときは……自由に泣いてもいいと思う。誰かの代わりに泣いてあげることって、そうそうできることじゃないよ」

 だけど国沢さんは、ハンカチを取ろうとしなかった。

「ありがとう。でもわたし、決めてるんだ。誰かの前では、絶対に泣いたりしないって」

 彼女は顔を覆っていた腕を下ろした。その下から、いつもどおりの笑顔が出てくる。

 でもその目元は、ほんの少しだけ赤くなっていた。

「だってわたし、お悩み相談部の部長だもん。みんなを元気づけられないわたしなんて、いてもいなくても変わらないよ」

 ぼくは歯軋りした。それが一種のスイッチになった。ぐっと力のこもった右手が、ハンカチをにぎりつぶす。

 結局ぼくは、なにもできないのか。親を亡くしたクラスメイトをなぐさめもせず、目の前で泣いている友達を、助けることもできない。

 ……そんな自分なんて。

 そんな自分なんて、いなくなっちゃえばいいのに。


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