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夜、人影に潜む  作者: 影人
第1話:放課後は夜の気配を帯びて
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1‐2

挿絵(By みてみん)

 イラストレーター・「みるの」さんに、拙作「夜、人影に潜む」のキャラ絵を描いていただきました。 まずは主人公・陽之上明日ひのかみ・ともろうの立ち絵です。


みるのさんのブログ http://blog.goo.ne.jp/namaharu01

 次の日の夕方は、まるでぼくの心をあざ笑うかのような大雨だった。

 放課後、ぼくはゲタ箱の前に立っていた。

 目的は、目の前に収められた一足のスニーカーだ。

 新生活に合わせて購入したのだろう。まばゆいばかりの白が、少し目に痛く感じる。靴の入ったスペースの上には、『国沢明日歩』と書かれた名前シールがはられていた。

 ぼくはつばを飲み、両手をにぎり固めた。

 これで周囲に人がいたら、ぼくはなにもしないまま、葛藤することもなくこの場を立ち去れたかもしれない。

 靴を盗ろうと手を浮かし、再び下ろして息をつく。これを八回はくり返したか。

 やらなければ、殴られる。

 でもこれを盗ってしまえば、国沢さんは大雨の、どうやって帰るっていうんだろう。

 雷が鳴る中、ソックスを泥んこにしながら走る彼女を、想像した。

 だめだ、そんなの。あのリボンつきニーソックスを汚す権利なんて、ぼくにはない。

 だけど……いまこれをやらなくちゃ、ぼくがひどい目に遭う。

 ぼくは目をギュッとつむり、眉間にしわを引き寄せた。まぶたの裏に、国沢さんの顔が描かれる。その隣に、唐田のずる賢い笑み。

 そもそも、悪いのは唐田じゃないか。

 そうだ、ぼくは悪くない。国沢さんも、事情を話せばわかってくれるだろう。この場でぼくが彼女の靴を盗ってしまっても、彼女だったら許してくれるはずだ。

 意を決した。

 目を見開いた。

 彼女の靴を抜き出し、カバンのチャックを開ける。靴底の土でカバンが汚れるかもしれないけど、そんなことには構ってられない。

「なにをしてるの。……陽之上くん」

 声が、した。

 恐る恐る振り返ると、通学カバンを肩に下げた国沢さんが、あっけに取られた様子でこっちを見ていた。

 まずい。

 心臓が、バクバクと音を立て始めた。体が硬直し、脳内が真っ白になる。

「あ、ええと」

 なんでもないよと言いたいところだけれど、動かぬ証拠が手元にある。なんせぼくはいままさに、彼女の靴を自分のカバンに納めようとしていたんだから。

「どういうことか、説明してくれないかな」

 国沢さんの目が、まっすぐにぼくをとらえる。

 鉛のような感情が、心の底でズドンと響いた。ついさっきまでの自分を殴り飛ばしたくなる。わが身かわいさに恩人を犠牲にするなんて、信じられない行為だ。

 言うんだ、正直に。

 奥歯を噛みつつ、自分に言い聞かせる。

 ぼくは彼女をおとしいれようとした。そのことを、この場で打ち明けるんだ。

 だけど、できなかった。

 気づくと、ぼくは彼女に背を向け、校舎から飛び出していた。

「あ、待って。陽之上くん」

 呼び止める彼女の声を無視して、雨の中を駆ける。またたく間に全身、ぬれネズミになった。

水たまりに踏みこむ。すると靴の中に、冷たい泥水が染みこんできた。

 ゴメンよ、国沢さん。ぼくはやっぱり、きみの部活には入れそうもない。自分のことすら持てあますぼくなんかが、人の悩みなんか解決できるはずもないんだから。

 校門を抜け、道路に出る。雨粒が目尻に当たり、ほほへと伝った。

 最低だ。ぼくは唐田以上のクズだ。恩を仇で返した上、その事実から逃げ出すなんて。

 悔しかった。大雨に打たれている自分が、みじめで、ブサイクで、かっこ悪かった。

 卑怯者、と。

 弱虫、と。

 国沢さんは唐田を、そうののしった。

 違うんだ、国沢さん。そのセリフはそのとき、きみの真後ろにいた奴にかけるべきだったんだ。

 取り柄もなく、存在感もなく、根性すらもない、雨に打たれてずぶぬれの自分。

 こんな自分じゃ、一生かかってもたどり着けない。兄や、国沢さんのような強さには。

 兄。

 その単語に、心のどこかで引っかかりを覚える。ぼくはいまさらながら、自分がどこに行こうとしているのかを悟った。

 気づくと、あまりなじみのない道に出ている。しばらく走っていると、目の前に、無言でたたずむ墓石はかいしの群れが見えてきた。

 墓地に入ったぼくは、一つの墓石の前にたどり着く。

 それは、ぼくら陽之上家の墓だった。

 墓石には、兄の名前も刻まれていた。


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