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「なにも、はたくことはないだろう」
季節外れの紅葉をほほに咲かせた岳人先生が、つぶやいた。
「妹の裸を見たところで、劣情をもよおしたりはしない。共に入浴していた仲だろうが」
「それは、お兄ちゃんが高校に入る前の話でしょ! 昔といまをいっしょにしないで」
パイプイスの上にあぐらをかきながら、耳の穴から蒸気を吹き出しかねない様子で異議を唱える国沢さん。
よかった……。彼女にも、思春期相応の恥じらいはあったんだ。
「で、ちぃちゃん――森永ちゃんがどうかしたの? あの子なら、十分くらい前に帰ったよ。唐田くんといっしょに」
「そうか。しまったな。縄で縛ってでも食い止めておくべきだった」
物騒なことを言いつつ、先生は目を伏せた。
「追うぞ、すぐに」
「えっ。どうしてですか」
唐突な発言に虚を突かれ、ぼくは思わず問い返していた。
「森永とやらの影には、『夜』がいた」
「わ、わかるんですか? そんなことが」
「まあな。だが、説明しているヒマはない」
立ち上がり、ケータイを取り出す先生。白衣を脱ぎつつ、どこかと連絡を取り始めた。
「俺だ。十九時二十分ごろ、一組のカップルが下校した。いまごろは一号線付近を歩いているものと推測される。ただちに足止め願いたい」
はっきりとした声で、用件を伝える。唐田たちの特徴を述べて、電話を切った。
「喫緊事項だ。森永の『夜』は、かなり成長していた」
ぼくと国沢さんは、急いでヘルメットをたぐり寄せる。
「もはや、いつ血を降らせてもおかしくないぞ」




