2-7
あっ。
という間に六時になった。晩春の空もさすがに暗闇を帯びてきて、夜の到来を知らせている。
でも探し物は、一向に見つからない。各自に分かれてゲタ箱やら池の底やらをしらみつぶしに当たったんだけれど、髪留めらしき物はどこにもなかった。
そんなわけで、一同、教室内で結果報告。
「見つかった?」
国沢さんの問いに、みんなそろって首を振る。
「だよねえ。やっぱ、本人たちが持ってるって考えるのが、一番自然なのかな」
国沢さんも、覇気のない息をはいた。話の矛先を、森永さんに向ける。
「そういや、この前はペン入れを沈められてたよね。あれはどうやって見つけたの」
森永さんはうつむいていた顔をわずかに上向け、答えた。
「ああ、そのときはね。クラスの子に教えてもらったの。わたしのペンケースが、池に沈んでるって」
それに対して、修野くんが口を開いた。
「たぶんそれ、そう言うようにいじめグループから言われてたんだよ。池に沈んでたのをたまたま発見って無理があるし、沈んでるのが誰の筆箱かなんて、普通はわからない」
「えっ。そ、そんなあ!」
ガガガガーン! 森永さんは口を閉ざす。その事実に気づいてなかったらしい。
下校をうながすチャイムが響いたのは、そんなときだった。
「うわ、やっべ。もう帰らなくちゃ」
カバンを手に、修野くんが立ち上がった。心残りのある表情で、ぼくらを見下ろす。
「これ以上遅くなると、オフクロが捜索願を出しかねない。ごめん、力になれなくて――でもまあ、だいじょうぶ。この先は、俺の代わりに亮が手伝ってくれるから」
「は? なんで俺が」
教室のすみから、不服そうな声が上がった。
唐田だ。さっきからずっと、窓際の席でほお杖をついている。
「うん? ていうか唐田くん、帰るんじゃなかったの」
目を丸める国沢さんに、修野くんがウィンクを放った。
「帰らないよ、亮は。無事に髪かざりが見つかるかどうか、気が気じゃないのさ。その証拠にさっきから、やたらと俺らを盗み見てた」
「うっせえ、なに的外れな推論を――」
「このすす」
修野くんはおもむろに唐田へ近寄り、そのほほを人さし指でなぞった。
「校内で体にすすがつく場所といえば、俺的には焼却炉くらいしか思いつかない。掃除当番でもない亮が、焼却炉へ行くのには理由があったはずだ。たとえばあそこに――森永さんの髪かざりが捨てられてるって、予想したとか」
「なんだそりゃ。ほほにすすをつけた程度で。俺も善人扱いされたもんだな」
「たまにはすなおになってもいいんじゃないか? じゃ、また明日。ごきげんよう」
髪をひるがえし、教室を出ていく修野くん。去り際までもが、爽やかだ。
その背中を見届けながら、唐田は鼻でせせら笑った。
「はん、とんだ迷推理だな。あきれてものも言えなかったぜ」
カバンを手にして立ち上がり、出口へ向かう。帰るつもりらしい。
「待って、唐田くん」
風邪をこじらせたような鼻声が、その背中を呼び止めた。森永さんだ。
唐田は彼女の言葉に答えず、ただ黙々と歩き進んだ。
「今日はありがとう。唐田くんは、いつもわたしを助けてくれるね」
彼女は言った。そばかすだらけのリンゴ顔に、えくぼを作りながら。
わたしにとってのヒーローだよ――と。
その頭に、げんこつが落ちた。きびすを返した唐田が、彼女の頭めがけて振り下ろしたんだ。森永さんの顔は、首の座っていない赤ん坊のように左右へ揺れた。
「ちょっと! 殴ることはないでしょ」
森永さんを抱きかばい、彼女の頭を撫でさする国沢さん。
唐田はうんざりした様子で、目をそらした。
「いい歳こいてヒーローだなんだって、バカじゃねえのか? お前の頭ン中のタンポポ畑を、一輪残らず焼きつくしたい気分だぜ」
静かに鼻を鳴らし、そしていやに沈んだ口調で、ボソリとこぼす。
「ヒーローなんかじゃあねえんだよ――俺は」
たしかに唐田は、ヒーローなんかじゃない。ぼくからしてみれば、むしろ小悪党だ。
だけど、なんでだろう。
このとき、ぼくは初めて、この小悪党を少しだけ見直した。
修野くんの推理が正しければ、唐田は森永さんを助けるために、陰ながら奔走していたことになる。冷たいようでいて、情に厚い部分があるのかもしれない。
「唐田は……本当は森永さんを、助けたいと思ってるんじゃないの」
ぼくはおずおずと発言した。
「ああ? なに言ってんだ、空気くんのくせして」
「もしそうなら、もっと自分にすなおになっても、いいんじゃないかな。森永さんのために、協力してくれても――いいんじゃないかな」
ああ? って声を上げながら、唐田がぼくをにらむ。
唐田だけじゃない。みんなの視線が、ぼく一人に集中していた。
自分でも、なんでこんなことを言い始めたのかわからない。
ただ、自分の感情を押し殺して強がろうとする唐田の姿に、歯がゆさを感じた。そして三日前、いじめの渦中に飛びこんで森永さんを助けた彼の様子に、なにか熱い感情を覚えていた。
その行動力がうらやましくて。
自分にも、なにかできることはないのかなって考えた。
その結果が、これだったのかもしれない。
「お願いだよ。森永さんを、助けてほしいんだ」
みんな口をつぐんでいた。唐田は奥歯にはさまった小骨をこらえるような表情で、ひたすらぼくを見下ろしている。口を開けようとしない。
口火を切ったのは、国沢さんだった。
「助けが必要かどうかは、ちぃちゃん本人が決めることじゃない? ねえ、ちぃちゃん」
軽やかに声を放って、森永さんの顔を覗きこんだ。
「ちぃちゃんは、唐田くんが味方についてくれたら、うれしいって思う?」
「それはうれしいけど、でも」
森永さんはおっかなびっくりといった様子で、続けた。
「わたしがそう頼んだところで、唐田くん困っちゃうから。わたしこれまで、いっぱいいっぱい、唐田くんに迷惑かけてきちゃったから。助けてほしいなんて、言えないよ」
「だけど本音を言っちゃえば、助けてほしいってことでしょ」
しばらく、森永さんは押しだまった。十秒くらい経ってから、首をちょっぴりかたむける。
「うん」
唐田がいらだたしげに舌を打った。
「くそったれが」
カバンを机に、ドスン。
「誰が、お前なんかを手伝うかよ」




