表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
夜、人影に潜む  作者: 影人
第2話:大きな声で小さな一歩を
11/41

2-3

挿絵(By みてみん)


 みるのさんよりいただきました。ヒロインの兄・国沢岳人です。予想通りといいますか、険しい顔つきをしています。


みるのさんのブログ

http://blog.goo.ne.jp/namaharu01

 岳人先生。

 が、突撃してきた。

「隙だらけだぞ、陽之上!」

 剣道場の板張りをキュッと鳴らし、一気に踏みこんで、先生は振りかぶった。歴史を感じさせる古びた竹刀は、だけども磨かれた刃物のようにギラリときらめき、空気をビリビリと裂いてぼくの頭上へ襲いかかった。

 ぼくは泡を噴くような思いを味わいながら、手に持った竹刀でその攻撃を迎え撃った。

 刀と刀が、空中で合わさる。ビシリ。まるで空間そのものに亀裂が入ったような音が、剣道場内に反響した。

 先生はそっと刀身をそらし、手首を回転させて横なぎに竹刀を振るい、

 ――視界の隅で、先生の白衣が横切る。

 そうか、脇だ! 先生は、むき出しになった、ぼくの脇腹を狙っている。

 ぼくはいま、防具なんかは一つも身につけていない。この稽古は、互いに私服で行うことになっている。いつ、どんな状況でも戦えるようにっていう狙いがあるらしい。

 竹刀は、

 斬、

 と、まるで牙を研いだ獣のように、ぼくのわき腹に食いつこうと飛びかかってくる。

 ぼくは瞬時に、襲い来る刃を膝で蹴った。

 あくまでこれは、実戦練習。わざわざ剣道の型にとらわれる必要もない。勝つために、身を守るために、あらゆる手段を使い尽くす。

 弾かれた先生の竹刀は、涼しい音を立てて板張りの上を転がった。

 いまだ!

 丸腰になった先生の頭めがけて、思い切り打ちかかる。

 だけど先生は、落ち着いた姿勢を崩さない。

 息をシンと潜め、

「背中がガラ空きだ」

 瞬間――背中を、これでもかってくらいに強打された。

 背骨がビィンとたたき伸ばされ、全身が思い切りそり返る。

「がっ……」

 かすれた悲鳴が、口から漏れた。

 全身にしびれが発生し、膝下から力が抜けていく。ぼくは音を立てて、前のめりに倒れこんだ。

 な、なんで? どうしてぼくは、攻撃を食らったんだ?

 先生が動いた様子はない。それに彼の竹刀は、ぼくが遠くに弾き飛ばしたはずだ。

 てことは、ぼくの背後を襲ったのは……。

「あちゃ。ゴメン、力加減がなってなかったかも」

 国沢さんの声を背中越しに聞いた。下手人は彼女だ。

「甘いな、陽之上。実戦では、敵が一体であるとは限らない。うかつに背後を取られるなよ。それは死を意味する行為だからな」

「あのねえ、お兄ちゃん」

 国沢さんのとがった声が、頭上を飛んだ。

「陽之上くん、剣道なんてこれっぽっちもやってこなかったんだよ。そんな子にいきなり実戦練習って、ちょっと段階を飛ばしすぎじゃない? まずはじっくり剣の型を教えこんでから、次のステップに移るのが筋ってもんでしょ」

「そんなことをすれば日が暮れる。すると『夜』たちが動き出す。剣の型を教えこんでも、実戦に慣れていなければなんの役にも立たない。陽之上には即、戦力になるための力を付けさせる必要がある。陽之上自身の命を守るためにも、な」

 ぼくはうつぶせになりながら、呼吸といっしょに背中を上下へ揺らし続けた。ほほに当たる床の冷たさが、ほてった思考をゆるやかに冷ましていく。

 体を回転させ、あお向けになった。無機質な光沢を放つ電灯たちが、ゾッとするほどはるか高くから、ぼくを見下ろしている。

 市営体育館のように広い場内で横たわっていると、なかなかの開放感を味わうことができた。昼下がりの日光が差しこむ薄明るい場内は、時間の流れをひどく緩やかなものに感じさせた。せっかくの土曜日なのに、ぼくら三人以外に人はいない。まあ、それも当然だ。

 なにせここは、市営体育館じゃない。

 国沢さんの実家が所有する、専用の剣道場なのだから。

 それを最初に聞いたときは――ぼく自身、にわかには信じられなかった。

「……」

 胸が、静かに波打つ。前髪が額にペッタリと貼りつき、まつげにかかった。喉が異常なくらいかわいている。稽古を始めたのが、十時ちょうどだったから……ざっと五時間、飲まず食わずで続けてきたってことになるのか。だっていうのに、どっぷりと滝のように噴き出る汗が、喉のかわきを手助けしている。

「立てる? 陽之上くん」

 国沢さんが手をさしのべてくれた。ぼくはその手を制し、両手を床について上半身を起こした。自分の体くらい、自分自身の力で起こさないと。

 思えば、国沢さんの私服を見るのは初めてだ。黄色を基調に、黒のラインが入ったジャージ姿。カンフー映画が好きなのかな? でも、小柄な彼女が着るには、少しサイズが大きすぎる。ズボンのすそは何重にも折りたたまれ、あまった袖の部分が、小さな手元をすっぽり覆い尽くしていた。

「ボサッとするな、陽之上。早く身を起こせ」

 先生が、やや厳しさをこめた口調で言い放った。ぼくは、あわてて立ち上がる。すると先生は口調を急激に和らげて、

「昼食にしよう。腹が減っては、戦もできないだろう」

 隅に置かれたバッグを取りに行き、そして数十秒後、中から出されたのは、弁当箱の包み。全部で三つあり、黒、白、グレーの三色。どうやら、事前に作ってきてくれたらしい。黒と白のをぼくら二人に手渡してくれた。全員、輪になる形で座りこみ、一斉に手を合わせる。

「いただきマンモス!」

 一人だけテンションが高い。国沢さんだ。彼女は目にも留まらないものすごい手さばきで包みを解いたあと、あっという間にふたを開け、俊敏な箸使いでオカズを吟味し始めた。

「……」

 言葉を失うぼく。

「気にするな、陽之上。こいつはカバと張り合えるくらいの胃袋魔人なんだ」

 岳人先生が悪態をつくけど、国沢さん本人は気にも留めていない。両手で弁当箱を持ち上げて、一心不乱にかっ食らっている。ズゴゴゴゴ、って音を立てながらメンチカツを食べる人を、ぼくはいまだかつて見たことがない。

 え、ええと。深く突っこむのはやめて、話題をそらしたほうがよさそうだ。

「にしても……知りませんでした。国沢さんたちの家って、ものすごいお金持ちだったんですね」

家屋のほうがどうなっているのかは知らないけど――それでも。

「こんな広い剣道場を、市内に作れるなんて。しかもぼくら専用の」

 言ってから、先生のほうを見た。先生は細い喉をコクリと鳴らして、噛んでいた物を飲みくだす。光ひとつない瞳で、ぼくを見下ろした。

「国沢家は昔から、政財界やら金融界やらにいろいろ手を回していてな。家柄自体もかなり古い。表社会にあまり出ないせいで、それほど知名度は高くないが――早い話が、暴力絡みのアレだよ」

 サラリとすごいことを言われてしまった。

「『夜』関連の情報管理や費用出資も、ウチの仕事さ。大半の雑務は、『上』の連中がこなしている。極秘情報も多いから、詳しいことは伏せるがな」

 思わず身を乗り出すぼくの横では、国沢さんが弁当をかっこみ続けている。つやつやと目を輝かせ、てかてかと肌をてからせ、剣さばき以上にすばやい箸さばきで。

 ……平和だなあ。

「でも、なんていうかその、すごい偶然ですよね。『夜』を倒すことに、協力している家。その家で育った兄弟が、全員『夜』を討つ能力を持っているなんて」

 つい気になったことを、口にしてみた。すると先生は、けわしい顔つきになって腕を組んだ。

 落ちる。静寂。

 国沢さんの食べる音だけが、剣道場内にむなしく響く。

 沈黙に耐え切れず、ぼくはなにか言葉をかけようと試みた。

「……あ、あの」

「陽之上」

 先生の声、どこかトゲを含んでいる。

「お前の疑問はもっともだ。この偶然は出来すぎている。俺も常々、それを考えてきた。『夜』討伐への資金援助を生業とする家系で、何人もの能力者が輩出される――これにはなにか、特別な理由があるのかもしれない」

 特別な、理由……?

「あるいはなにか、仕組まれた事情があるのか」

 それっきり、先生、黙りこんじゃった。な、なんだかシィンとした雰囲気……。仕方ない。ここはもう一度、話題を変えよう。

「で、でも――先生。訓練の相手なんて、本当によかったんですか? まだ、背中のケガが痛むんじゃ」

「だいじょうぶだ。もうどこも痛くない」

 考えこみつつも、ハッキリとした口調で言い切った。大ケガを負ってることをついつい忘れちゃうくらい、背筋をきっちり伸ばしている。健康な人の姿勢と、まるで区別がつかなかった。

 まさか、もう治ったとか? いくらなんでも、そんなはずは……。

「ふいー、ごちそうさま。ありがとね、お兄ちゃん!」

 国沢さんがカラッとした笑みと共に、弁当箱を置いた。

え、ええ! 

 ぼくは、度肝を抜かれる。彼女の弁当箱は、まるで洗い立てのようにピカピカだ。ご飯粒一つ残されてない。

 それに、なんて早さだ。ぼくなんてまだ、メンチカツとエビフライにしか口をつけてないぞ。

 先生が目を伏せ、ため息をついた。

「お前な。毎度のことだが、もっと味わって食べろよ。……まあいい、食後のデザートだ。陽之上にも、ついでに渡しておこう」

 言って先生が投げよこしたのは、

「くるみ、ですか……?」

 固い殻に包まれた、手のひらサイズのくるみだった。

「そうだ。これから毎日、これを出す。片手で殻を砕けるようになるまで、ずっとな」

 片手で、くるみの殻を?

「それって、大の大人でも中々できないんじゃ」

 真横で、軽い音がした。くるみの割れる音だ。国沢さんが、むき出しになった中身を、ひとさし指と親指でつまんでいる。

「こんなの、慣れちゃえば簡単だよ。わたしなんて、指二本でつぶせるもん」

 ぼくは呆気に取られながら、至福の表情でくるみをほおばる彼女を見つめていた。

 手の中のくるみに視線を落とす。殻に閉じこもったくるみの姿は、まるでぼくそのものを表しているようだ。

 両手でそれを包みこみ、グッと力を入れこんだ。

 ……砕けない。


 久しぶりの更新となります。

 掲載が遅れて、申し訳ありませんでした。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ