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美しい貴女  作者: 川木
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恋しい貴女

 言いたいことならたくさんあった。だけど言うべきことがわからない。結局、私は子供だったんだ。あーちゃんよりずっと幼かった。


 前みたいに寄り添って、お互いの温もりが混じり合ってどちらがどちらかわからないくらい一緒にいた。

 だけど心の距離は離れてしまったみたいだ。ほんの少し前なら、何も考えず、ただあーちゃんの隣にいるだけで幸せだったのに。


 家に帰って一人になった私は考えた。


 あーちゃんについて考えた。


 あーちゃんが好きだ。我が儘を言うあーちゃんが好きだった。

 だって、我が儘を言うというのはリスクだ。相手に嫌われる可能性がある。だから我が儘を言うというのは、それだけ私を信頼してくれている証だと思っていたし、私に心を開いてくれている証だと信じていた。

 だから我が儘を言われるのが好きだった。甘えられて頼られるのが好きだった。


 私はあーちゃんを子供だと、保護対象で私がいなきゃダメな子だと思ってた。

 でも本当はあーちゃんは何でもできるのに、私が勝手にやってたんだ。そのあげく下に見るなんて、私はどれだけ傲慢なんだ。


 今まで通りがいいなんて言えるわけない。あーちゃんの思いをはっきり知ってしまった以上、言えない。

 前みたいな関係は、あーちゃんの望みとはもはや違う。

 このまま変わっていくあーちゃんを受け入れるしかない。別に嫌なところはない。ただ私と適度な距離を保つというだけだ。今までは幼なじみの関係としておかしかった。


 でも胸が苦しい。もやもやする。なんでこんな風に思うんだろう。

 どうしたらいいんだろう? 私はどうしたいんだろう?


 私の思いはなに? あーちゃんを愛してる? 恋してる?


「……あーちゃん」


 目を閉じて名前を呼ぶと、それだけであーちゃんの姿が鮮明に浮かぶ。

 あーちゃんの可愛い笑顔。あーちゃんが怒った可愛い膨れ面。あーちゃんが拗ねてする綺麗なじと目。けだるげなため息も麗しく、投げ出された体の柔らかさ。全て大好きだ。


 大好きだけど恋かと言われたらはてな? わからない。そもそも恋ってなにさ。頭では一応わかってる。

 でも漫画とかドラマの中の話で、私たち子供にはまだまだ未来の話だと思ってた。どういう気持ちなんだろう。好きと愛と恋ってなにがどう違うの?


「……はぁ」


 考えたってわからない。

 もし私の好きが恋だとしても、あーちゃんは前には戻らないだろう。私も積極的に戻ってほしいわけじゃない。勉強を真面目にするのも自力で寝起きしたりするのもいいことだ。

 ただ、些細なことでいい。前みたいに我が儘を言ってほしい。パシリでいい。それは叶わないのか。


 ……パシリって、私マゾか。ていうか、うーん。こき使われたいってわけじゃ、ないんだよね。尽くしたい? っていうのかな?

 あーちゃんのために何かをするっていうのが私の愛情表現というか、とにかくあーちゃんのために何かしたいんだよね。


 えーっと、話がそれてきた。要は私がどうしたいかが重要だ。

 あーちゃんと前みたいには無理だから置いといて、一緒にいたい、かな? 今も一緒は一緒だけど、もっと。もうあーちゃんが四六時中我が儘を言ってくれなくてもいいから、せめて放課後は今まで通りずっと一緒がいい。


 よしよし。見えてきたぞ。そのためには、やっぱりあーちゃんが勉強したいんだからその手伝い、は拒否られてるんだよねぇ。うーん。ん? でもよく考えたらあーちゃんは私を振り向かせたくて一人で頑張ることにこだわってるんだよね?

 てことは、もし私の好きが恋でもう一度恋人になったら勉強の手伝いはできるんじゃない?


「……」


 いや、だから恋かどうかわかんないんだって。


「うーーん」


 ……わからん。よし! 自分一人でわからないならしょうがない。誰か友達に相談しよう。

 さて、誰が適任だろう。









「で? 相談って?」

「うん…」


 目の前にいるのはお隣りの浩子。

相談相手を間違ってる気もしなくはないけど、夜になってから話ができるのは浩子くらいだ。

 


「その……浩子には難しいかも知れないから、わからなくても無理しないでいいんだけどね」

「おーい。それが相談する態度か。つかあたしのこと馬鹿にしすぎじゃね?」

「ご、ごめん。つい。それじゃ相談するね」

「任せなさいな。お姉さんが華麗に解決してみせましょう」

「お願いします」


 頭をひとつ下げてポーズは完了。では、と仕切直して私は恥ずかしさをこらえて切り出した。


「あの……私、ある人のことが大好きなの。でもそれが恋なのか、わからないの。恋って、なんだと思う?」

「は?」

「……」

「……」

「だ、黙らないでよ。恥ずかしいんだから。」


 驚いた顔で私を見つめる浩子に注意する。浩子は頭をかいて一度視線を泳がせた。


「いや……うん、わかった。恋が何かね。言葉で説明するのは難しいから、もし私ならで言うね」

「うん」


 真面目にアドバイスをくれるらしい。私は背筋を伸ばして体勢を整える。


「私なら、相手とキスする想像をしてみる」

「え」


 き、キス? キスってそんな。わ、私にはまだ早いって言うかっ。大人がすることだしっ。


「佐知、顔真っ赤にしてるとこ悪いけど、想像だから。想像だけだから。実際にしなくていいから」

「……わ、わかってるよ。で? その、き、キス、が、どうしたのさっ」

「想像して、しっくりきたら恋だよ。想像して嫌だったり、何か違うと思うなら恋じゃない。なんて、まー、色々考え方あるけど、あたしはそう思うよっ」


 途中で気恥ずかしくなったのか、浩子は早口になってそう言った。

 成る程。確かに。恋人行為を想像して嫌なら、恋をしてるとは絶対に言えない。逆に恋人行為を許容できるなら、もはや恋人にしたいと言っても過言ではないし、恋なのか。……一理ある。


「成る程ねぇ」


 想像してみよう。あーちゃんとキス、き……あ、あーちゃんと!? そんなの恥ずかしっ…いや、ちゃんと想像して判断しないと。実際にあーちゃんがいるわけでもないんだから。


『さっちゃん…』


 目を閉じるあーちゃん。いつも頬ずりしたりするけど、真正面からゆっくり近づくその顔はいつもより可愛くて、いやになまめかしい唇が−


「う、うわあああああっ」

「ひゃっ!? ちょっと佐知! うっさい!」

「うっ、ご、ごめん」


 頭を叩かれて正気に戻る。顔が熱くてたまらない。

 うわぁぁ。やばい。照れすぎて恥ずすぎて死ねる。あーちゃんのキス顔とか想像だけで綺麗すぎて鼻血出そう。


「さっきから赤すぎ。あんた大丈夫?」

「だ、大丈夫?」

「あたしに聞かれても……よし、とりあえず目ぇ閉じて、あたしとのキス想像して落ち着け」

「う、うん」


 浩子ね。浩子なら余裕余ゆ……


「うん。ない。気持ち悪いね」


 普通に浩子とキスとか嫌だ。途中でやめた。


「そこまで言うか。幼なじみに」

「えー、だって浩子はないわー。浩子ってそういうのと違うし」


 素直に言うと浩子はあはははと声をあげて笑いだした。人に注意しといて声大きいよ。


「はは、ほら、簡単でしょ?」

「ん? なにが?」

「なにって、答えでてんじゃん。私相手なら普通に嫌で、あ、相手にはめっちゃ真っ赤だし? あたしはあんたの好きな相手しらないけど、そりゃ決まりでしょ」

「え……」


 決まり、って、つまり……私、あーちゃんに恋してたの? LikeじゃなくLove?


「……」

「うわ、面白いほど赤くなった。ほら、もう結論出たし帰ったら?」

「……」

「おい、帰れ」

「あ、はい」


 どつかれて正気を取り戻した私は家に帰った。


 そっかー、私、あーちゃんに恋してたんだー………まじかっ


 ううぅわぁー……ど、どんな顔であーちゃんに会えばいいの!?









「さっちゃん、暇なら遊ばない?」


 日曜の午後、あーちゃんが訪ねてきた。土曜は来なかったし、そもそも今まであーちゃんから訪ねてきたことなんてないから油断してた。

 あれからずっとあーちゃんのこと考えようとしたけど、赤面するばかりでもう何も考えられない。


「あれ、さっちゃん? 顔赤いけど風邪? おばさんは何も言わなかったけど…」

「あ、うぅ…」

「さっちゃん?」


 はっ! 不審がられてる! あーちゃんに嫌われたくないよ!


「きょ、今日はどうしたの?」

「ん? だから、その、さっちゃんに会いたかったの」


 かっ、わいいぃ……っ!

 照れてるっ。あーちゃんが照れて指先もじもじさせながら上目遣いでデレてる! あーちゃん優等生化計画大賛成! こっちの方がいいよ!!


「私もっ、あ、会いたかった…よ?」

「……な、なんか改まると照れるね」

「うん…と、隣どうぞ」

「うん。さっちゃんは今何してたの? お昼寝?」


 ベッドに転がってあーちゃんのことを思いながら悶えてました、とは言えないよね。


「うん、まぁ、ぼーっとしてた」

「ふーん、つまり暇だったんだ。遊びに来てくれたらよかったのに」

「え、だ、だってあーちゃん勉強するから邪魔かなって」


 答えつつも、本当は違う。あーちゃんに会うのが恥ずかしくて、勇気が出なかった。会いたくて恋しくてたまらないのに、行けなかった。


「遠慮なんかしなくていいのに。ま、でもさっちゃんのそういう優しいところ、うん、いいよ。ていうか…好き」

「わっ」

「な、なに。驚きすぎ。私がさっちゃん好きなの、知ってるでしょ?」

「う、うん、うん。私も、好き」


 わ、何言ってんだ私。えと…いや、別に隠すことないんだけど。りょ、両思いだし? 恋人に……恋人に、なったら、ききキスとか、するのかな?


「また赤いよ?」

「あ…」


 あーちゃんは何気ないみたいに私のおでこに自分のおでこをくっつけた。熱を測るあれだ。ちょくちょくやってたけどこれ改めて見ると顔近あわわわ。


「さっちゃん?」

「……あ、あーちゃん、わた、私……」

「ん? 具合悪いの? さっきから元気ないし」

「……私、あーちゃんに、恋、してる、かも」

「え……え!? 恋!?」

「う、うん……元々大好きで、よく考えたら…恋、だった」

「……ねぇ、さっちゃん」


 思い切って告白したのに、何故かあーちゃんは驚いてから悲しそうな顔になる。あーちゃんは熱を測るのをやめて体を元の距離に離した。

 え? どうしてそんな顔してるの?


「さっちゃんが私のこと好きでいてくれるのは知ってる。でもね、だからって無理して恋人になってもらってもしょうがないの。だから、そういう嘘はやめて」


 う、嘘? そんな……確かに今までは気づかなかったし、そんな気なかったけど、自覚した。あーちゃんに恋してるとわかった。

 確かに急な変化だし、私がどれだけあーちゃんを好きかわかってるならそう勘違いしてしまうのは仕方ないかも知れない。元々、自覚がなくてもOKすると思うし。


 どうすれば誤解がとける? どんな言葉ならあーちゃんに気持ちを伝えられる? 好きや恋でも無理なら……そうか。


「あーちゃん」

「さっちゃ………ん!?」


 あーちゃんの肩を掴んで、目を思いっきり閉じて、顔を突き出した。


「さ、さっちゃん…」


 あれ? あーちゃん普通に話してる? それに、明らかに口じゃない……


「…ご、ごめん」


 鼻にキスしてた。めちゃくちゃ恥ずかしい。強引にキスしようとしたのも今になって恥ずかしいし、馬鹿みたいだ。うーわー。


「ん」

「っ」


 離れて顔を伏せる前に、キスされた。目を閉じる間もなくて、あーちゃんの綺麗な顔がドアップになった。

 あーちゃんの顔は見たままに思い返していたはずなのに、記憶のそれよりずっと美しくて、ただ見とれた。あーちゃんは相変わらず睫毛が長い。

 ふにっと柔らかいものが唇に触れて、離れる。そのままあーちゃんは目を開けて、私を抱きしめて至近距離のまま囁く。


「疑ってごめん。さっちゃんの気持ち、届いたよ」

「……大好き」

「私も、大好き」











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