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美しい貴女  作者: 川木
3/6

愛らしい貴女

「……」


 放課後になっても、あーちゃんは私を無視してる。手を繋ごうとしたら拒否された。


「あーちゃーん」

「……」

「あーあーちゃーんんん」

「……」


 うぅぅ。な、泣いてないもん。まだこぼれてないからセーフだもん。そうだ。上を向いて歩こう。涙がこぼれないように。


「ちょっと」

「え…え!? い、今私に離しかけた!?」

「他に誰がいるの」

「いないです!」


 帰宅中で他に生徒も見えなくないけど隣にいるのは私しかいないし、私なんだけど、喜びのあまりテンションがあがって挙動不審になってしまった。

 こんなに長くあーちゃんに無視されたのは初めてだから、あーちゃんが無視をやめてくれて本気で嬉しい! あーちゃん可愛いよあーちゃん! 久しぶりに聞くあーちゃんの声可愛い! あーちゃんは声まで美人!


「なに? なになになに? なにかな? あーちゃんの言うことならなんでも聞いちゃうから遠慮せず言ってね」

「さっきから、うるさい」

「…………ごめんなさい」


 やだ。泣いてなんかないよ。これは雨。私の顔に雨が降ってるだけだよ。ちょっとだけ局所的なだけだよ。


「さ、さっちゃん? なに泣いてるの? 大丈夫?」

「な、泣いて、ない」

「おもいっきり泣いてる……は、ハンカチ、どのポケット?」


 泣き出した私に気づいたあーちゃんは慌てたように私のポケットに手をいれた。


「ぐす」

「ほら、拭いて」

「ありがとう…」


 私のハンカチを渡されて涙をぬぐう。

 あれ、もしかして心配してる? てことは私、嫌われてない?


「あ、あーちゃん」

「なに?」

「私のこと、嫌いになった?」


 思い切って聞いてみた。こんな気持ちのままじゃいられない。嫌いなら嫌いでどこが悪いか聞かなきゃ。悪いとこ直さなきゃ。


「きっ…嫌いじゃないし。むしろ……さ、察してよ、馬鹿」

「……」


 むしろ、って逆になるわけだし、つまり嫌いの反対で、好き、ってことだよね? ね? ね? 私のこと好きなんだよね!?


「あーちゃん大好き!」

「……」


 抱き着いた。拒否はされなかった。あーちゃんいい匂い! 可愛いよぅ!









 抱き着いたままあーちゃんの家へ。そのまま部屋へ直行し、ベッドイーン!


「ぅぎゅ、く、苦しい」

「あ、ごめんごめん」


 抱きしめたままベッドに転がったので押し潰してしまった。慌てて拘束を解く。


「ごめんね、大丈夫?」

「ん」

「調子にのっちゃった。もうしないから許して」

「……別に」

「ん?」

「別に、たまにならいいけど?」

「あーちゃーん」


 とりあえず座り直して抱きしめる。あーちゃんは遠慮がちにちょっとだけ私の腕を抱いた。いつもは私がなすがままなのに! あーちゃんからくっついてくれた! 嬉しい!


「…さっちゃん」

「なに?」

「……ずっと、一緒に、いて、ね」

「うん。もちろん」


 何だか知らないけどあーちゃんはデレ期らしい。可愛い! よし今後のツン期に備えて理由を聞いておこう。


「あーちゃん、何だかご機嫌さんだね。いいことあった?」

「……さっちゃんは、自覚が足りない」

「へ?」


 自覚? 何の話?

 あーちゃんはむくれた様に頬を膨らませた。ハムスターのように可愛いけど、機嫌を損ねないように話をすすめなければ。


「んー、と、ちょっとぱっと思い付かないんだけど、何の自覚かな?」

「……」

「ん?」


 ぼそぼそと何かを言ったみたいだけど、よく聞こえないから聞き返す。あーちゃんは真っ赤になってる。何故? 怒ってはないみたいだけど。


「だから、こ…恋人の自覚、よ」

「……」


 何だか、大袈裟じゃない? 自覚って…。


「あーちゃん、そんな難しく考えなくてもいいんじゃない? 所詮ごっこ遊びなんだからさ」

「え?」

「ん?」


 あ……れ? なに、その驚愕!な顔……あれ、今私、変なこと言った? あ、真面目に? 真面目にしろってこと? 遊びでもテキトーとか所詮扱いは許せないってこと?


「あ、あーちゃん、ごめ−」

「死ねっ!」

「うわっ!?」


 謝る前に突き飛ばされてベッドから落ちた。


「いたた…」


 あー、驚いた。あーちゃんにはつねられたりチョップされたりはあっても、こんな風に力強く押されたこともないから油断してこけてしまった。


「あ…ぅ、さ、さっちゃんの馬鹿! でてけ馬鹿!」

「ま、待って、あー」

「うるさい! さっちゃんの顔なんか見たくない! 馬鹿! 馬鹿! 大馬鹿!!」


 興奮したあーちゃんは手近にあった枕を掴むとそれで私を叩いてきた。手でガードして後ずさりつつ、何とか話をしようと試みる。


「あ、ちょっ、まっ」

「でてって!!」


 ドアを開けて押され、ついには追い出されてしまった。


「あ、あーちゃん」

「帰って! ……今日までのことは、忘れて。恋人ごっこは、おしまい」

「……鞄、中」


 ドアが少しだけ開いて、鞄が投げられてすばやくドアが閉められた。


「……あーちゃん、聞いて」

「お願いだから……今日はもう帰って」

「……わかった。明日、ちゃんと話しようね」


 あーちゃんは一度決めてしまえば頑なになる。私が何を言っても聞かないだろう。

 私も一人で考えたい。









「ただいま」

「あら、早いわね。おかえりなさい。お弁当箱忘れずにだしといてよ」

「はーい」


 台所のテーブルにお弁当箱を出して、自室に戻る。鞄を机に置いて、着替えて部屋着のジャージになってベッドに転がる。


「あーちゃん……」


 あーちゃんの態度、明らかにいつもと違う。

 所詮ごっこ遊びって言っただけで目茶苦茶怒って、もうごっこは終わり、なんて。急すぎるよ。

 ……もしかして、と全く見当がつかないわけじゃない。あーちゃんの態度から、察しがつかないわけじゃない。


 よく考えたら、あーちゃんは『恋人ごっこをしよう』と言ったわけじゃない。『恋人になって』と言ったんだ。私が勝手にごっこと思っただけだ。

 つまりあーちゃんは、ごっこじゃなく、本気だった? 本気で私に恋愛感情を持っていて、私と恋人になりたかった?

 私にくっつきだしたのは一緒にいたいから?

 機嫌が悪いのは私が恋人らしくなくて他の子と話して嫉妬したから?

 前ほど甘えなくなったのは、恋人として対等になろうとしたから?

 さっき怒ったのは私が勘違いでオッケーしたとわかったから?

 最後の言葉の意味は?


 ……どうしよう。

 あーちゃんは好きだ。大好き。ずっと一緒にいたい。

 嫌われたくない。あーちゃんが好き。手を繋ぎたい。抱きしめたい。私だけのものでいたいという独占欲もある。


「……はぁ」


 これは愛だろうか。恋をしているのだろうか。だけどそもそも本当に、あーちゃんが好きなのだろうか。

 あーちゃんの美しく愛らしく可愛らしい容姿が好きだ。

 可愛い手足やあどけない声が好きだ。

 手触りのいいふわふわの髪が好きだ。

 頭のてっぺんから足の爪先、髪の先まで好きだ。

 拗ねた仕種も我が儘放題な態度も、私を抓る指先も気ままな視線も好きだ。


 あーちゃんの全部が好きだ。だけど、あーちゃんの中身は? あーちゃんの見た目が、体が、声が、好きすぎて、私はあーちゃんの性格が、性格だけでも好きになったか自信はない。

 中身も好きだけど、見た目の補正で好きと感じてるだけかも知れない。あーちゃんがぶさいくだったらここまで好きではなかったと思う。


「……好き、なんだけどなぁ」


 好きなのは好きだ。だからあーちゃんが私と本気で恋人になりたいというなら、最初からそうだとわかってても、多分それでも私の返事はイエスだ。

 だってあーちゃんの申し出を断れるわけがない。あーちゃんを悲しませる存在は敵だ。あーちゃんを笑顔にするために私はいる。それが私の生きがいと言ってもいい。

 でも誤解からこじれてしまった。どうしよう。今から恋人になってと言ってもダメだろう。嘘はいけない。

 というかそもそも私たち女同士だよ? 本当にあーちゃん私のこと好きなの? 私の考えすぎな気がしてきた。

 いや、でもあの感じはやっぱり本気でしょ。うーん。


「どうしよう…」


 どうやったらあーちゃんを笑顔にできるのか。多分私が本気であーちゃんに恋して告白したなら許してくれるはずだ。でも

 私が勘違いといえ本気でイエスと言ったから信じたのであって、嘘だとすぐに見破られるだろう。あーちゃんとは長い付き合いだし、嘘はすぐにわかる。


 私があーちゃんを好きなのかどうか、それが問題だ。


「……」


 あーちゃんは好き。大好き。たまらなく好き。でもそれは美しいから? 容姿が好みだから? あーちゃんが成長してブスになったら嫌いになる?

 ……嫌いにならないと思う。こんなに好きなのに、容姿が変わったくらいで嫌いになるはずない。そう自分を信じたいけど、信じられない。恋をした記憶なんてないからわからない。

 あーちゃんを抱きしめたってドキドキしない。あーちゃんを恋愛対象と意識したことない。

 間違いなく、私は世界で一番あーちゃんが好き。人生を捧げてもいい。でも恋なの?

 愛してるなら言えなくない。でも恋してるかはわからない。

 女同士だからそんなの考えたこともない。考えてみようにも、恋がよくわからない。

 どうしたらいいんだろう。


 あーちゃんと離れたくない。嫌われたくない。一番近くにいたい。死ぬまで一緒がいい。

 これは、恋なの? ただの友情? それとも、ただの独占欲? 美しい彼女を手に入れたいだけ? 美しくなくなればいらなくなる?


「…はぁ」


 自分で自分がわからない。あーちゃんのどこが好きでどう好きでどんな種類の好きなのか、わからない。今まで考えなかった。


 あーちゃん。あーちゃんあーちゃんあーちゃん、あーちゃん、好き。あーちゃんが好きだよぅ。あーちゃんが世界一好きなのに。あーちゃんのためなら、なんだってするつもりだよ。

 あーちゃん。あーちゃんが望むならなんだって叶えてあげたい。あーちゃんの幸せのためなら私の何もかもを捧げるよ。


 なのにどうして、私もあーちゃんに恋してるよって、言ってあげられないんだろう。あーちゃんはそれを望んでるはずなのに。


 恋って、何だろう。ただ好きなのとどう違うんだろう。


 私は一晩中考えたけど、答えは出なかった。











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