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美しい貴女  作者: 川木
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美しい貴女

 私の幼なじみには凄い美人がいる。死ぬほどの美人。美の女神とやらが実在するなら、きっと彼女と同じ姿をしているだろう。いや、むしろ彼女こそ美の女神で、今だけ人の姿をしているのだと言われても納得してしまいそうなほど、彼女は美人だ。


「さっちゃん、髪くちゃってなったしもっかいやって」

「はいはい」


 ただ、それを台なしにするくらいに面倒くさがりだ。息をするのも面倒だと言ってはばからない。疲れたという彼女をおんぶして運ぶのも毎日で、一日に一度や二度ではない。面倒だからと挨拶を返さないことも多々ある。


 私は彼女の幼なじみで、昔から世話をしてきた。断じて言うけど、私は別に世話焼きではない。一人っ子だし家では甘えっ子な方だ。

 出会いは幼稚園。今でもはっきり覚えている。親から離れずに泣いている彼女があんまりに可愛くて、私は声をかけたのだ。

 なんて声をかけたかなんてちっとも覚えてないけど、初めて見た彼女の美しい顔は忘れようったって忘れられない。


 彼女がやって、やって、とねだると私は何でもやってあげたくなる。何も言わなくったって困った顔をしただけで私は何としてでも助けてあげたくなる。

 私は美しいものに弱い。可愛いものに目がない。


 彼女は私が好きだ。言えばなんでもやってくれる私を召し使いと思っていても、少なくとも嫌いではないだろう。

 では私は彼女を好きなのか、といえばどうなのだろう。


 本当に好きなら彼女を甘やかしすぎるのはよくない。時には突き放す必要もある。

 私は彼女のあらゆる宿題をやってあげてるから彼女はあまり頭がよくない。ノートをとらないし寝てばかりで、私が彼女にテスト対策勉強会をしてもかろうじて赤点をとらないくらいだ。

 彼女のかわりになんでもやるから、彼女は自分で髪をとかしたこともないし、蝶々結びすらできない。


 彼女が将来困るのだからやめなさいと、別の友人に言われたことはある。

 私だって物の分別はつくし、そんなことはわかっている。一生面倒をみるわけにはいかない。

 たとえば他の人に頼られた時は普通に勉強を教えてる。写させない。でも彼女には写させるどころか代わりに書いてあげてる。

 いけないことなのはわかってる。彼女のためにならない。私はむしろ彼女に甘えぐせをつけさせてるダメな存在だ。でも、彼女に頼まれたらどうしたってNOとはいえないのだ。

 美しく愛らしい彼女に、尽くしたくてしかたない。ちょっとでも笑ってほしい。美しいその顔をできるかぎり見続けたい。


 私は彼女を好きなのだろうか。そりゃ好きは好きだ。でもそれは綺麗だからで、はたして私は彼女がぶさいくだったら好きだっただろうか。彼女の性格がどんなでもただ見た目だけで好きだというのは、本当の意味で好きとはいえない。

 かわいい猫を猫っ可愛がりするようなものだ。私は彼女をちゃんと人間としてみてるのかさえあやしい。


 自分が本当はどう思ってるのか、自分でもよくわからない。

 だって彼女を見ると、ただただ彼女の容姿に見惚れてとらわれて他になにも考えられないから。


「さっちゃーん」

「どしたの? あーちゃん」


 美しい彼女の名前は愛美あみ。愛らしく美しい彼女になんてピッタリなのだろうと常々思う。あだ名なんて本当はつけたくないけど、最初に仲良くなったころにあーちゃんと名乗られたので仕方ない。


「喉乾いた」

「はいはい」


 水筒を取り出して蓋のコップに注いで向けるけど、あーちゃんは受け取らない。


「飲ませてー」

「はいはい」


 あーちゃんの後頭部に手をあてて、そっとコップを傾けて飲ませてあげる。


「ん、美味しい」

「よかったね」

「うん」


 あーちゃん可愛いなぁぁ。


「ねぇ、さっちゃん」

「なに?」


 ぼけーっとテレビを見てるあーちゃんの頭を撫で撫でしながら聞き返す。


「私の恋人になってよ」

「……え?」

「……なに、嫌なの?」

「いやいや、嫌ってわけじゃないわよもちろん」


 むっとしたように眉をしかめられたので、慌ててとにかく否定しながらも混乱する。

 恋人って……女同士なのにあーちゃんはなに言ってるんだ?


「じゃあ今から恋人ね」

「あ、うん。わかった」


 まあ、あーちゃんもお年頃だから恋人が欲しくなったってとこか。あーちゃん、男友達どころか私以外には仲いい友達すらいないからなぁ。しばらく恋人ごっこしてあげれば飽きるでしょ。


「……」

「……」

「……」

「…ちょっと!」

「え? どしたのあーちゃん。何だかご機嫌ナナメ?」

「……なんでなんにもしないの」

「はい?」

「だから、恋人がふたりきりなんだから、手をつなぐとか、肩をだくとか、抱きしめるとか……き、キスするとか、なんかあるでしょ!」

「あ、ああ……じゃあ、手、繋ごうか」


 とりあえず手を繋ぐ。おんぶしたりするのでむしろ手を繋ぐのは少ないけど、だからって普通に普段から繋ぐし、改まって繋いだからってなにもない。

 ぷにぷにちっちゃな可愛い手だけど、特になにもない。今更なぁ。と私は思うのに、何故かあーちゃんは真っ赤になった。


「……ま、まぁまぁね」

「はぁ。ありがとう」


 意味がわからない。

 けどまぁ、あーちゃんが相変わらず可愛いからいいか。


 こうして私とあーちゃんの恋人ごっこは始まった。









 その日は私はあーちゃんとできるだけ手を繋ぐようにした。そしたら散歩中もいつもならとっくに疲れた、と言って私におんぶをねだるのに歩いてくれた。

 これは大進歩だ。私としても顔の見えないおんぶは好きじゃないからこれは嬉しい。


 週末あけた月曜日、私はあーちゃんを迎えに行く。


「おはようございまーす、朝のご奉仕お届けにまいりましたー」

「はーい。いつも悪いわね。行っちゃって」


 あーちゃんのお母様に流れ挨拶をしながら、いつも通り2階のあーちゃん部屋にあがる。あーちゃんのお父様は朝早くに出ちゃうらしく滅多に顔を見ない。


 私は隣の家の幼なじみより30分早く家を出て、角を曲がった4軒向こうのお向かいという微妙な距離のあーちゃん家に行ってあーちゃんのお世話をする。小学校にあがってからずっと続く日課だ。


「はいるよー」


 ドアを開けるけど、当然反応はない。部屋にしてはかなり大きなベッドで寝ている。あーちゃんは寝相が悪いのでベッドが大きい。


 壁の方に転がっているあーちゃんを起こすため、ベッドにあがって布団をはぐ。


「あーちゃん、朝だよ。起きて」

「ん……」


 肩を揺らしてもむにゃむにゃ言うだけで起きる気配はない。いつものことだ。冬なら布団をはぐだけで起きてくれるんだけどな。

 いつも通りだし仕方ない。私はあーちゃんの両肩を掴んで、引き上げる。無理矢理起き上がらせるのは大変だけど、あーちゃんが軽いので助かる。


「あー……」

「はいはい、着替えましょうね」


 起こして揺らしながら、耳元で話しかけると微妙に反応してるので半分は起きてるはずだ。そのまま着替えさせる。もはや慣れたもので、10分かからずに着替えとベッドメイクをすませ、あーちゃんの鞄を持ってあーちゃんを背負って一階に降りた。


 鞄は玄関に置き、洗面所であーちゃんを降ろして顔を下げさせて洗う。


「うみゃっ……あー、おはよう、さっちゃん」

「おはよう。目ぇ閉じて」


 顔を拭いてから自分で歯磨きさせる。


「おはよう、お母さん」

「おはよう。んじゃさっちゃん、私ももう出るから後よろしくね」

「はーい」


 お母様は春からパートを始めた。あーちゃんがもう中学生だから安心よねと言っていた。肯定しにくいけど、私がさらに面倒みる方便にもなるからいい。


 用意されてるご飯をあーんして食べさせ、家を出て鍵をかけ、鍵をあーちゃんの首にかける。戸締まりなんかはすでにされてる。一応火の元や電気がつけっぱなしじゃないかは確認する。


「うー、まぶしぃ…」


 目を閉じるあーちゃんの手をひいて誘導しゆっくり歩く。


「そだねぇ。春だもんね。学校にはもう慣れた?」

「遠いから最悪」

「まあまあ。疲れたらおんぶするから」

「ん……そこまで貧弱じゃないし」


 おや? いつもと反応が違うぞ? どうかしたのかな。

 まあ元々、中学は遠くない。のんびり歩いて20分ほどで、走れば5分で行けなくもない。小学校が歩いて10分もかからなかったので、あーちゃんにしたら遠いのだろうと思ってたけど、そろそろ慣れたのかな。


佐知さち、おっはよー。あーちゃんもおはよう!」

「ん」

「おはよ、由真」


 小学校からの友達の由真が走って通りすがりに挨拶していった。由真とは私の方が仲はいいんだけど、あーちゃんは何故かあーちゃんというあだ名が定着していて、私も仲良くない相手すらあーちゃんと呼んでる。


「……さっちゃん」

「ん? なに?」

「手」

「ん? 手……ああ、手繋ぎたいのね。はい」


 手を差し出すと何故かあーちゃんは、顔を赤くしながらも私の手を握らずに目をそらした。


「こ、恋人なんだから、さっちゃんから繋いでよ」


 ……あ、まだ続いてたのか。私はあーちゃんが機嫌を損ねないうちににこっと笑って手を握った。


「そだったね。ごめんごめん」

「ん、よろしい」


 ほ。ご機嫌になった。











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