第八話 軍が軍でなくなる ― 眠れない海
夜が来る。
だがそれは休息ではなかった。
合図もなく、太鼓も鳴らない。
それでも誰もが同時に理解する。
「また来る」
鎌倉武士団の奇襲は、時間を選ばない。
夜明け前。
深夜。
日が沈んだ直後。
規則がない。
だから待てない。
待てないものは、防げない。
兵は眠ろうとする。
目を閉じる。
その瞬間、甲板が軋む音がする。
目を開ける。
誰もいない。
だが眠れない。
別の船から叫びが上がる。
「来たぞ!」
全員が武器を取る。
構える。
何も起きない。
だが誰も武器を下ろさない。
下ろした瞬間に来ると、全員が知っている。
だから眠れない。
時間が崩れる。
昼と夜の区別が消える。
何日経ったのか分からない。
ただ「眠っていない」という事実だけが積み重なる。
目の下が落ちる。
手が震える。
だがそれは疲労ではない。
“警戒が解けない状態”だった。
将は命じる。
「交代で休め」
その言葉は正しい。
だが成立しない。
休んだ者から壊れる。
夢の中に、鎌倉武士団が出る。
目を閉じた瞬間、すでに斬られている。
だから誰も休まない。
いや、休めない。
ある夜。
いや、もう夜かどうかも分からない。
一隻の船で、音がした。
足音。
確実に、人の重み。
兵たちは振り向く。
そこにいた。
鎌倉武士団。
だが次の瞬間、消える。
斬られた者だけが倒れている。
誰も追えない。
どこから来たのか分からない。
どこへ消えたのかも分からない。
ただ結果だけが残る。
そして最悪の理解が広がる。
「眠っている間にも来ている」
確認できない。
だが否定もできない。
だから全員が起き続ける。
眠らない軍。
それはもう軍ではない。
判断が遅れる。
声が遅れる。
動きが遅れる。
だが恐怖だけは遅れない。
常に最速で来る。
鎌倉武士団は攻め続けているわけではない。
だが「来る可能性」が、常に最大で存在する。
それだけで十分だった。
兵は座ったまま眠る。
立ったまま意識を失う。
その瞬間。
音がする。
誰かが斬られる。
また目が覚める。
それが繰り返される。
休息が存在しない。
回復が存在しない。
ただ消耗だけが蓄積する。
そして気づく。
戦っていないのに、負けている。
鎌倉武士団は見えない。
だが確実に「奪っている」。
時間を。
意識を。
判断を。
そして最後に残るのは、
眠れない人間の群れ。
それは軍ではない。
ただ“壊れかけた存在”の集まりだった。




