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蒙古襲来  作者: レモンティー


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第五話 臭くて眠れない

夜。

海の上は静かだった。

本来なら、静けさは救いになるはずだった。

だが今は違う。

風が止まる。

波も落ち着く。

音が消える。

そして、その代わりに“匂い”だけが残る。

腐臭だった。

最初は気のせいだと思われた。

戦場の記憶が作る幻覚だと。

だが違った。

甲板のどこにも原因はない。

海からも来ていない。

それでも、臭いは増していく。

誰かが口を覆う。

別の者は吐く。

しかし止まらない。

「死体の匂いだ……」

誰かが言う。

だが船には新しい死体はない。

あるはずがない距離だった。

それでも臭う。

むしろ“距離が関係していない”と気づいた瞬間から、強くなる。

鎌倉武士団。

その名が、頭の中に浮かぶだけで吐き気がする者もいた。

昼間の記憶。

海に投げ込まれた馬の死体。

甲板に落ちた腐敗の感触。

あれは終わっていなかった。

夜になると、匂いは変化する。

ただの腐臭ではない。

“戦場の残り香”だった。

血と鉄と、湿った布と、死の密度が混ざったもの。

そしてそれが、眠気を壊す。

目を閉じると、浜辺が浮かぶ。

鎌倉武士団がいる。

だが彼らは戦っていない。

ただ立っている。

それなのに、脳が休まらない。

「寝ろ」

命令は出る。

だが誰も眠れない。

眠るという行為が、“戦場に戻ること”になっている。

ある兵は言う。

「夢の中にいる」

別の兵は言う。

「まだ浜辺だ」

現実と夢の境界が曖昧になる。

そして最悪の瞬間が来る。

風向きが変わる。

臭いが強くなる。

それは遠くから来ているのではない。

“どこにいても同じ強さで存在している”。

甲板の誰かが叫ぶ。

「どこだ!どこからだ!」

答えはない。

将は理解する。

これは攻撃ではない。

「環境だ」

戦場ではなく、状態。

鎌倉武士団がいる限り、戦場は“続いていることそのもの”になる。

眠れない。

休めない。

離れても消えない。

そして誰かが言ってしまう。

「……勝ったのはどっちだ」

誰も答えない。

なぜならその問い自体が、もう成立していないからだ。

海は静かだ。

だが船の中だけが地獄になっている。

そして夜は続く。

臭いだけを残して。

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