第十話 撤退か、継続か ― 崩壊する会議
陸から離れた沖合。
損耗の少ない船が寄せられ、将たちが集まる。
本来ならば、戦を立て直す場。
だが、空気が違う。
誰も机を見ていない。
全員が、出入口を気にしている。
沈黙。
やがて一人が口を開く。
「……あいつらは、ヤバい」
誰も笑わない。
否定も、訂正もない。
別の将が低く言う。
「ヤバい、では足りん」
さらに一人。
「見えたか?」
首が横に振られる。
「俺も見ていない」
「だが、斬られた」
短い言葉が、重く沈む。
「どこから来る?」
答えは出ない。
しばらくして、誰かが呟く。
「来ている、じゃない……“いる”」
その言葉で、場の温度が下がる。
「船でも来た」
「陸でも来た」
「夜でも、昼でも来た」
「いや、“来た”のか?」
別の将が首を振る。
「違う。最初からいる」
誰かが机を叩く。
「ふざけるな!」
だがその声には、怒りよりも恐怖が混じっている。
「ならどう戦う!」
沈黙。
誰も答えられない。
一人が小さく言う。
「戦えていない」
誰かが苦く笑う。
「そうだな……俺たちは、もう戦っていない」
別の将が続ける。
「眠れない」
「目を閉じると来る」
「開けていても来る」
「休めば死ぬ」
会話が崩れていく。
報告ではない。
体験の吐き出しになる。
「あいつら、音がしない」
「いや、する時もある」
「いや違う、聞こえた時はもう終わっている」
言葉が噛み合わない。
だが全員、同じものを見ている。
「距離が意味を持たん」
「囲もうとしたら、もう内側にいる」
「数も意味がない」
誰かが笑う。
乾いた、壊れた笑い。
「なあ……あれ、本当に人間か?」
誰も答えない。
だが否定もしない。
長い沈黙のあと。
一人が、はっきりと言う。
「撤退だ」
視線が集まる。
「このままでは全滅する」
正しい。
だが、すぐに別の声が返る。
「どこへ?」
言葉が止まる。
「海に戻るのか?」
「陸に残るのか?」
「どっちでも来る」
誰かが呟く。
「逃げ場がない」
それが結論だった。
将の一人が震える声で言う。
「……あいつらは、戦っていない」
全員が顔を上げる。
「なのに、ここまで壊されている」
「じゃあ何なんだ」
返答はない。
だが、誰かが小さく言う。
「災いだ」
その言葉で、会議は完全に崩れる。
戦略ではなく、理解不能の共有になる。
その時。
外から、音がする。
足音。
全員が止まる。
息が止まる。
誰も動かない。
「……来たか?」
誰も答えない。
誰も確認に行かない。
確認することが、終わりを意味するからだ。
やがて音は消える。
だが、誰も安心しない。
「もう無理だ」
その言葉は小さい。
だが誰も否定しない。
会議は終わる。
結論は出ない。
だが、全員が同じ結論に至っている。
言葉にしないだけで。
「アイツらはヤバい」
それだけが、最後まで残った。




