悪党の頼み
あなたが犯人だと思う容疑者は?もしもこの話を読む前に真犯人と殺害トリックを当てた方はかなりのミステリー通ですね!
〇相模原ABCマンション・6階共用廊下
601号室のドアのインターホンを押す盾原。盾原の背後には瑠子。
部屋の住人の犬飼弥月がドアを半分開ける。
犬飼「はい?」
盾原「どうも!盾原です 最後に確認したいことがあって来ました」
困惑した顔の犬飼。
犬飼「確認したいこと…?なんですか?」
盾原「その前にリビングに通してくれませんか?ここじゃ話しにくいことなんで」
犬飼「はぁ……」
〇相模原ABCマンション601号室・リビングダイニングキッチン。
リビングに通してもらった盾原と瑠子。
盾原「――率直に言います 犬飼さん」
犬飼「なんですか?」
盾原が自信に満ちた顔で、
盾原「磐瀬氷見秋さんを殺害した犯人は…あなたですね‼」
苦笑いを浮かべる犬飼。
犬飼「えっ?何を根拠に…」
犬飼「てか!私は氷見秋さんを愛してたし 殺してません!」
犬飼「それにどうやって上の階のバルコニーから氷見秋さんを飛び降りさせたっていうんですか?」
盾原、リビングの奥を指差す。
盾原「アレですよ」
盾原の指差した先に、折り畳んで重ねられたマット。
盾原「あのマットで701号室のバルコニーからこの部屋のバルコニーまで磐瀬さんを飛び移らせるよう仕向けたんですよね?」
犬飼「待ってください!なんで氷見秋さんが私の部屋のバルコニーまで飛び移る必要あったんですか⁉泥棒じゃあるまいし!」
瑠子に指示する盾原。
盾原「瑠子ちゃん あのマットを」
瑠子「了解です!」
マットに走る瑠子、それを制しようとする犬飼。
犬飼「ちょっと!」
盾原「まあ見ててくださいよ!」
犬飼「でも!」
1枚のマットをバルコニーに運ぶ瑠子。
瑠子「……」
瑠子、マットの半分をバルコニーの柵にかける。
瑠子「そして…床にも敷いて…」
瑠子「完成です!」
柵と床面がマットで覆われたバルコニー。
犬飼「何がやりたいの⁉あなた達!」
盾原「気づきませんか?今のバルコニーの状況?真上のバルコニーから飛び移るにはもってこいですよ!マットがクッションになって‼」
犬飼「だから!なんで氷見秋さんが泥棒みたいな――」
自信満々に盾原、両手を広げる。
盾原「〝ショートカット〟‼」
盾原「…磐瀬さんは『近道』したんですよ!自分の部屋からこのバルコニーへ直接向かう際にね‼」
苦々しい顔の犬飼。
犬飼「…くだらない!全部憶測よ‼」
盾原が余裕の笑みを浮かべ、
盾原「いいえ だいぶ理に適った推理です‼」
犬飼「バカ言わないで‼そもそも氷見秋さんが自分の部屋のバルコニーから私の部屋のバルコニーまで飛び移ったっていう証拠がどこにあるのよ⁉」
右手の人差し指と中指でVサインを作る盾原。
盾原「シューズとスマホ!この二点です‼」
犬飼「…はっ?何言ってんの?」
盾原「まず!磐瀬さんの履いてたシューズ 汚れが全くなく まるで内履きだったそうです!」
盾原が掃き出し窓を開けてバルコニーに移動し、
盾原「なぜなら!」
屈んでバルコニーのマットに触れる盾原。
盾原「マットに汚れが付くのを防ぐためです!汚れた外履きのまま着地したら靴底の跡が付きますからね⁉」
犬飼「でも だからって――」
盾原「次にスマホに関してですが‼」
盾原が柵に手を突き、真上のバルコニーを見上げる。
盾原「おそらく被害者の磐瀬さんが柵にぶら下がって 真下のバルコニーに降りる直前 自分のスマホをマットの上に落としたはずです!」
犬飼「なんで⁉なんのために⁉」
盾原「磐瀬さんのスマホを奪うためです!こういう内容のメッセを送ったんでしょ?」
盾原「「バルコニーから飛び移る際 万が一 ポケットに入れたスマホが空中で落下しないよう 先にスマホをマットに落とした方がいい」って」
盾原「こうしてあなたは磐瀬さんのスマホを奪い どこかに隠滅した!」
怒った顔で反論する犬飼。
犬飼「じゃあなんで氷見秋さんは『ショートカット』なんてしたの!?近道だとしても目的がわかんないし⁉」
盾原「――単純に自分の部屋から交際相手の部屋に向かう際に〝近道〟して楽したかっただけです〝行き〟の最短ルートになりますから!」
盾原「というより犬飼さん自身が磐瀬さんに促したんですよね?「バルコニーにマットを用意してるから急いで来てほしい」っていうメッセを打って」
盾原「もしくは以前にも何度か 磐瀬さんがこの部屋に向かう際〝近道させてあげるから〟って犬飼さんがバルコニーに敷いたマットでショートカットさせてあげたんですよね?」
激昂する犬飼。
犬飼「あ~~ もう‼さっきからネチネチと屁理屈を!」
犬飼「それじゃ 私は真上のバルコニーから飛び降りてきた氷見秋さんを突き落としたっていうの⁉
犬飼「マットに着地した瞬間を狙って⁉」
盾原「いいえ 磐瀬さんは立ってではなく座って着地したはずです!」
盾原がマットの上にしゃがみ込み、
盾原「いくら山登りでバランス感覚が鍛えられてるとはいえ 高さ約3メートルのところから落ちれば 両足で着地する際に耐え切れず マットの上でしゃがみ込みます」
盾原「そこであなたは立ち上がる瞬間を狙ったんです!」
犬飼「へぇ?氷見秋さんが着地して 立ち上がった直後に私は突き落としたの?」
犬飼、再び取り乱す。
犬飼「そんなの無理よ‼仮に氷見秋さんが無防備の状態だとしても抵抗されて失敗に終わる可能性が高いじゃない‼」
マットから立ち上がる盾原。
盾原「無理じゃないですよ」
盾原「あるものをロケット代わりにして 氷見秋さんを突き飛ばしたんです!」
盾原「作るのに手間とコストは多少かかりますけどね」
犬飼「ロケットなんて作れるわけが……」
盾原「ご存じだと思いますが…スキューバダイビングで背負うタンクのバルブが破損・全開した場合『200気圧の空気』が噴出し『100kg以上の推力』で〝ロケット〟のように暴れ回ります」
盾原「あなたはロケット状態のスキューバのタンクで殺害したんです!」
犬飼「…私もスキューバやってるからある程度タンクの知識をかじってるけど!」
犬飼「バルブが破損して空気が放出されたタンクをそのまま氷見秋さんに当てるなんて至難の技よ!」
犬飼「外れたりでもしたらバルコニーの柵だって破壊するわ!」
スマホを操作する盾原。
盾原「…確かに犬飼さんのご指摘の通りです ですがタンクをあるものとセットにして使えばいいんです…」
盾原「これをね!」
盾原がスマホの画面を見せると、そこには小型のゴムボートの画像。
犬飼「…ゴムボートじゃない?まさか……」
盾原「そう!小型のゴムボードの『フロア』と呼ばれる床板部分にタンクを縦向きに寝かせたまま ロープでボートに何重にも固く縛り付けて発射させました‼」
スマホをウィンドパンツの右ポケットにしまう盾原。
盾原「発射方法は少々力ずくですが タンクのバルブ部分に重石などの硬いものを強く当て 損傷させて高圧空気を一気に漏れ出させたんです‼」
マットが敷かれたバルコニーを指差し、
盾原「リビングを発射したゴムボートはバルコニーに向かって全速前進し 磐瀬さんを突き落としました!」
盾原「あとはバルコニーの柵に敷いたマットがロケット状態のゴムボートをしっかりと捕らえ タンクの中の空気が尽きるまで制止させたんです!」
盾原「この方法ならバルコニーの柵は突破されません!」
犬飼「あっ けど ゴムボートがリビングの床の上を走ったら真下の部屋に音が響くかも……」
盾原「大丈夫です!瑠子ちゃん!」
瑠子「はい!仕上げの作業ですね!」
再び、マットを運ぶ瑠子。
瑠子「この残りの3枚のマットを……」
瑠子、リビングからバルコニーにかけて3枚のマットを縦につなげて敷く。
瑠子「完成です!この3枚のマットの上にボートを発射させたのですね!」
深刻な顔で黙る犬飼。
犬飼「……」
盾原「正しく!完全犯罪ですね まさかスキューバの道具を殺害トリックに使うとは」
犬飼が声を震わせて、
犬飼「…私は犯人じゃない!…証拠は⁉…第一あなた達が今まで推理した凶器の道具はどこに片づけたの⁉」
盾原「――マンションの非常階段を降りた場所の近辺!…ですね?」
犬飼「んな…どうして?」
盾原「警察が来る前に最もすぐに隠しやすい場所なんで もちろんとっくに警部達にも調べるよう頼みました」
絶望に満ちた顔の犬飼。
犬飼「…………」
犬飼、両手を強く握りしめて観念する。
犬飼「…わかったわ…認める 認めるから 私が氷見秋さんを殺した……」
瑠子「動機はなんなのでしょうか?」
犬飼、言葉を詰まらせる。
犬飼「……!」
盾原「言いたくないのも無理ないですよね なんせ現金輸送車襲撃事件が関わってますから」
犬飼「‼なんでそのこと⁉警察でもないのに⁉」
盾原「だって津久井中央署の刑事課長から頼まれましたから 米津銀行で起きた襲撃事件について解決してほしいと」
盾原「ここに来る2時間ほど前に 電話でね」
盾原「俺は襲撃事件の真相を語り 山岳救助隊が関わってる可能性が十分に高いと推理しました」
盾原「だけど 山岳救助隊のメンバーの1人 磐瀬さんは殺される有様 そして俺は磐瀬さんを殺害した犯人も見つけるよう刑事課長から要請を受けました」
盾原「襲撃事件に犬飼さんにとってかけがえのない人物も事件に関わってるんじゃないんですか?」
盾原「親族とか」
憂いを帯びた表情の犬飼が絶え入るような声で、
犬飼「…ええ…会社の経営がうまくいっていない私の大切な弟がね…襲撃に加担したの」
犬飼「夕方…スマホに「奪った大金の分け前を増やしたいから姉さんの恋人の氷見秋さんを殺してほしい」って連絡が入って…」
犬飼「もちろん最初は断ったわ…けどそうしないと残りの強盗仲間の2人に殺されるって言われて仕方なく……」
犬飼「殺害トリックに関しては普段からとっさの機転が利く弟が考えたの…」
犬飼「スキューバやってる私にしかできない殺し方で道具はちょうどそろってたから……」
盾原、ボソリとつぶやく。
盾原「闇探偵が関わってるね…」
瑠子「えっ?」
掃き出し窓のガラスに右手のこぶしをぶつける盾原。ゴンっと鈍い音が響く。
呆気にとられる犬飼。
犬飼「……⁉」
瑠子「盾原先生…?」
盾原が澄んだ笑みを見せて、
盾原「では 犬飼さん 署の方へ」
犬飼「はっ…はい……?」
犬飼を連れていく盾原と瑠子。
盾原「悪党の逃げ場が地獄しかないのは間違いないね」
瑠子「確かに…です」
たまにサイコパスのような一面をむき出しにする盾原。普段とは違うギャップを感じますね‼




