6 母プレアの決断
「リンド皇国皇帝陛下、モイラ・フルロスで御座います。こうして再びお会いできて大変嬉しく思います。」
と挨拶をするモイラ。
「うむ。モイラ殿と再び会える日が来て、余も大変嬉しい。良く、無事でありましたな」
「はい。ありがとうございます。これも、大神官プレア様の御導きでありましょう」
「え? モイラと皇帝様は会った事あるの?」
私は驚いた。
「はい。プレア様が、神官になってしばらくした頃。まだ、皇帝陛下が皇太子様で合った頃。太上皇様と御一緒に参られました。皆様をご案内した時に」
「そ、そうか」
この人。そんな、人だったのか。
「ガルド様も、お懐かしゅうございます」
「うむ。息災であったか?」
と、仏頂面で返事をするガルド。
ガルドの方が、皇帝様より偉そうに返したな。
にしても、ガルドとも面識あったのか?
「どうしたリリィ。何を緊張している?」
親方様が、声を掛けて下さった。
「いえ。緊張と言うわけでは」
昨日は、どこの怪しい女なのかと思っていた人が、実は前の皇帝と現皇帝と顔見知りと知りとは。
「あの、リーゲンダ様。お尋ねしてよろしいでしょうか?」
と、モイラ。
「何でしょう?」
「プレア様とは、どういった御関係だったのでしょうか?」
モイラが尋ねる。
「……」
親方様は、少し沈黙された。
そして、私の方を見て、それからモイラの方を見て答えられた。
「私は、リリィの父であるシャランジェール・エクセルキトゥス。その友であった」
「!」
その言葉を聞いて、私は少し寂しかった。
今まで両親の事に付いては、親方様には一度も尋ねた事は無かった。
やはり親方様は、私の父親では無かった。
「リリィ。今まで話せず済まなかったな。”人外”への脅威が、未だぬぐえない状況では、お前の素性を必要以上に知られる訳にはいかなかった。知られれば、先の帝国との戦争の様に、他の国に利用される可能性も考えたからだ」
「……。はい」
私は、言葉少なに返事をした。
「まだ破壊されていなかった大聖堂で、お前の母・プレアに会った。その時、プレアは赤子のお前を抱いていた」
私は、話の続きを黙って聞いていた。
シャトレーヌ婦人が、厳重なケースに入っていた剣をケースごと親方様に手渡した。
警備の安全上の為、厳重なケースに入っていた。
「その時には、プレアは毒に犯されていた。刺客が仕掛けたドク針の罠に、かかってしまってな。このシャランジェールが持っていた剣を私に渡す為、無理な行動をしたようだ」
そして、親方様はケースに入っている剣を私に見せた。
この部屋で剣を携帯しているのは、ガルドと皇帝様方の警備の者だけだ。
事前に、私に見せたいからと話を通しておいたのだろう。
「はい」
私は、その剣を見ながら淡々と返事をした。
そうか。
あの剣の一つは、私の父、というシャランジェールの形見だったのか?
毒を刃物や槍、針なのに塗って罠を張るのは、刺客なら普通の事だ。
私も、逃げ回る相手を仕留めるのなら同じ事をしただろう。
シクシクと小さく泣く声がする。
誰が、私の代わりに泣いているのだろうか?
「プレアは、私にお前を託してくれた。暗殺者としてしか生きてこなかった私に。もちろん、シャランジェールも同じだが。私とシャランジェールは、お前の母に会った時に、その使命を放棄した。お前の母プレアは、我らを会心させるだけの威厳があった。長らく闇の世界で生きて来た我々には、とても眩しい存在だった。私とシャランジェールは、その姿に打ちひしがれた。私は、その場から動けなかった。だが、お前の父、シャランジェールは違っていた。どうして良いかわからなくなっていた私と違い、お前の母プレアに結婚を申し込んだ。流石に私も驚いたがな」
そう言って、苦笑いする親方様。
「私の、母に?」
「そうだ。あいつは斜め上の判断が私よりも一歩早い。プレアを守るためには、それが良いと本能的に思ったのだろう」
そうなのね。
逃げ場の無くなった大神官に、力ずくで迫ったわけじゃないのか?
まあ、どっちでもいいけど。
「お前の母は、自分の命が”前の国”と、この世界の運命を握っている事を良く理解していた。恥も外聞も無く、生き延びる道を探していた。しかし、”前の国”から逃げ出せない以上、限界はある。それは、わかっていたのだろう。そして、大聖堂を最後の死に場所にとやって来た所に、刺客として来た我々の一人に求婚されたのだ。流石のお前の母も、少し面食らっていたようだがな」
「その時リリィのお母様は、シャランジェール様と一緒になる道を?」
言辞が尋ねる。
「そうだ。そのままプレアを殺せば、我々の仕事は終わる。だが、それをしないとなれば、我々もタダではすまない。それどころか、プロポーズまでしたのだ。あいつは、私がプレアを守ると言ってな。プレアは、シャランジェールの言葉に、奴の覚悟を感じ取ったようだった。最後の望みを託したのだろう」
「そうでしたか、リーゲンダ様。それでプレア様とシャランジェール様がご一緒に。そして、リリィ様が生まれたのですね」
モイラが尋ねた。
「そうだ」
「実に、プレア様らしい御判断です」
モイラはそう言うと、少し誇らしい表情をした。
モイラはシャトレーヌ婦人の顔をジッと見つめていた。
シャトレーヌ婦人は、視線に気が付き軽く挨拶をする。
「リーゲンダ様。お連れの御婦人のお名前は、シャトレーヌ様と仰るので?」
「うむ。そうだが」
「モイラ様、御挨拶が遅れました。妻のシャトレーヌと申します」
モイラは、シャトレーヌ婦人の顔を見つめていた。
「……。失礼いたしました。御足労頂き、ありがとうございます」
モイラは、シャトレーヌ婦人に挨拶をした。
その目は、僅かに潤んでいる気がした。
シャトレーヌ婦人は何かを察したのか、笑みを持って答えていた。
「リリィ様。逃亡中の移動については、私の方にも少し情報が来ておりました。かつて、聖導会を支援していた貴族の方々が秘密裏に支援していたと。それを聞いた時、私は嬉しかったです。プレア様は、まだ諦めていないと。しかし、……。御子様がいらっしゃると知った時は、流石に驚きましたが」
そして、モイラは微笑む。
「まあ、結婚したのだからな。何もないわけがない」
「ちょっと、リリィちゃん」
シャトレーヌ婦人が、私に注意した。
「まあ、他に話すこともあるが、この場で必要なことは、これで良いだろう。後は時間を取って、お前に話そう」
「はい。親方様」
親方様とて、私の母プレアと会ったのは、大聖堂の時からだ。
そして、途中は逃げ回る母を追いかけていたが、母とは会えていないという。
やっと会えたと思ったら、赤ん坊の私を預かれと押し付けられた。
親方様も大変だったろうなぁ。




