2 訪問者
「旦那様、旦那様。奥様にお会いしたいと仰っておられる方が、いらっしゃったのですが」
「え? 誰?」
執筆中だった言辞は、顔を上げて尋ねた。
「それが、フードを被っておいでで。お顔を見せてくださいとお願いしたのですが、とても用心なさっているようで見せて頂けませんでした。お名前もお伺いしたのですが、それも直接会ってと申されまして」
「う――ん。誰だろう?」
言辞は天井お見上げながら考えている。
「誰か、尋ねて来る予定でもあるの?」
私は聞いた。
「いや。今日は無いんだけれどもね」
戦いが終わったとは言え、私の出自の件もあり、私達は用心していた。
「いいよ。言辞顔だけでも見てやろう。刺客なら、私がその場で切り捨てる」
と言うと、言辞はズルっと椅子から滑り落ちる。
「いや、そこまで用心しなくても。……。でも、まあ。あいつの時は、突然だったしなぁ」
あいつとは、きっとアルキナの事だな。
「あ、あれは、油断しただけだから」
少しムッとなって言い返した。
「あ、はいはい。そうですね。じゃ、玄関までお通ししてください。何か怪しければ、お帰り頂こう」
言辞は、私の反撃を軽く交わしながら使用人に指示を伝えた。
「はい。旦那様畏まりました。オルト様方にも、念のためおご連絡しておきましょうか?」
うむ、これは出来る使用人だな。
私だけでは対応できない時に備えて配慮してくれる。
「いや、まだ大丈夫だよ。その時お願いするから」
「はい。畏まりました。では、呼びに行ってまいります」
使用人は執筆部屋を出て、屋敷の外の門の所に向かって行った。
オルトに連絡すると、少し大ごとになるかもしれない。
ましてや、ルナの耳に入ったら、有無を言わさずフードの女性に切りかかって行きそうだ。
オルトという男は、元帝国暗殺部隊の第1位で、現在はリンド皇国・第三特殊守備隊の隊長を務めている。
ルナも帝国暗殺部隊の出身で、私が抜けた後に帝国暗殺部隊の第1位でとなった女性暗殺者だ。
今は、皇太子特殊守備隊1番隊隊長アミュレット・ブクリエの奥さんとなってしまった。
そう、なってしまったのだった。
オルトは、私とルナが抜けた後、元帝国暗殺部隊の第1位となった。
そして、なんやかんやでリンド皇国に来た。
ルナは、特に皇国としての役はないけど、私の補佐役として動いてくれている。
「言辞。私は、前回の事もあるから剣を身に付けて行くぞ」
私は前回の苦い教訓から、念のために剣を装備した。
「え? あ、そう? まあ、しょうがないか」
言辞も、私が串刺しになって帰って来たのを見た事もあり、納得してくれた。
言辞は書いていた小説に印とメモを書いて、私と一緒に屋敷の玄関に降りていく。
普通なら下の応接間まで案内し、私達がそこに向かうのだけれども、今回の訪問者はフードを脱ごうとしないらしい。
名前すら名乗るのを躊躇っていると言う。
追い返しても良かった。
だけれども、使用人の様子からとても重要な話をしに来たと、私と言辞は感じたのだ。
だから会おうと思ったのだが、万が一の時、屋敷内で暴れる訳にもいかない。
玄関を出て、ドアの前でフードを被った女性が来るのを私達は待った。
使用人に連れられて、そのフードを被った女性は歩いて来る。
「どんな怪しい恰好かと思ったけれど、ちゃんとした感じに見えるね」
と、言辞は言う。
「そ、そうね」
私は、答えた。
そう答えながら、剣に手をかけた。
フードの女性は、ゆっくりと歩いて来る。
隣の使用人も言辞の二人も普通にしている。
当たり前だろう。
だが私は違っていた。
今まで味わったことの無い緊張感が、私を支配していた。
(私は。……、私は。この女を警戒しているのか? 何で、こんな気持ちに?)
柄に手を添えているだけだったのが、いつでも抜ける様にしっかりと握っていた。
そして、フードの女性と使用人が、私達の近くまでやって来た時。
「待て! お前は、誰なんだ?」
私は、フードの女性の喉元に向けて、剣先を突き立てていた。
「リ、リリィ? どうしたの?」
「リリィ様?」
言辞と使用人がビックリした顔をしている。
フードの女性は、少し驚いたような表情をして顔を少し上げた。
少しだけフードの中の顔が見えた。
「リリィ。剣を納めてよ。どうしたの? 何か感じたの?」
言辞の言葉は耳には入って来るが、私は剣を下ろす気になれなかった。
「リリィ?」
言辞が、また声を掛けてきた。
その後、言辞は、私とフードの女性の間に、スッと割り入って来た。
「!」
戸惑う私。
そして、それは、フードの女性も同じ様子だった。
「あの、すいません。フードを取って頂けませんか? 失礼な事をしていますが、私達も色々と危険な目に会って来たので用心しているので」
言辞は、フードの女性に声を掛ける。
下手をすれば、命の危険もあるかもしれないのに。
私の異常な感じを、言辞は察してくれたのだ。
「……。これは気が付きませんでした。失礼しました」
そう言うと、女性は頭に罹っていたフードをゆっくりと下ろし、素顔を見せた。
「申し訳ございません。私も、用心深くなっておりましたので変な警戒をさせてしまいました。お許しください」
フードの下の女性は、シャトレーヌと同じぐらいの年齢の人だった。
襟元の隙間から、”前の国”の女性神官が着ていたという服が少し見えた。
フードの女性は私の顔を見ると、優しく微笑んだ。
(何? 今笑ったの? 何故?)
「お名前を伺って宜しいでしょうか? 直接会ってから名乗ると伺っていたので、まだお名前を知らないのですが」
言辞が尋ねる。
「重ねて大変失礼しました。初めまして、言辞様。リリィ様。私は、モイラ・フルロスと申します。”前の国”では、聖導会従者神官をしておりました」
「モイラさん?」
「はい。大神官となられたプレア様に仕えておりました。プレア様とは、リリィ様の母上様で事でございます」
「え? リリィのお母さんの? リリィのお母さんの名前は、プレアと言うの?」
「はい、その通りです。まだご存じなかったのでしょうか?」
少し、驚いた表情をするフードの女、モイラ。
「ええ。初めて聞きます。私達も、やっと戦いが終わって、これからどうしようかと思っていたところなので」
言辞が答えた。
「リリィ? 聞いた? リリィのお母さんと一緒に神官をされていた方だって? お母さんの名前、プレアと言うんだって」
「う、うん」
と、私。
言辞は、私の手を取り、突き出したままの剣をゆっくりと下ろしてくれた。
「言辞様、リリィ様。驚かせてすいません」
モイラという元神官の女性は、お詫びの言葉を言った。
「い、いいや。良いんだ」
そう言って、私は剣を鞘に戻した。
手は、まだ軽く震えている。
柄にもなく緊張していたんだろうか?
「じゃ、中へお入りください。あ、応接室までご案内して」
言辞は使用人に伝えた。
「はい、旦那様。ではモイラ様。ご案内いたします」
「ありがとうございます」
使用人の案内で、モイラさんは屋敷に入った。
私達も、それに続いて行く。
「ねぇリリィ。フェイスには伝えておこうよ。フェイスならモイラさんに付いて、父上の皇帝様から何か聞いているかもしれない。フェイスも崩壊前の”前の国”の事は知りたいだろうし」
「う、うん。そうね。任せる」
私が、そう言い終えると、言辞は私を優しく抱きしめた。
「大丈夫だよ。あの人は、悪い人じゃない」
と、言辞は私を安心させようと言ってくれた。
「……」
私は、空を見上げて少し考えてから答えた。
「そうだね。自分でも、何であんな風に警戒してしまったかわからないんだ。こんな変になったのは、言辞と初めて会った時以来だよ」
私は、初めて言辞と出会った時の事を思い出していた。
「うん、まあ。でも、……。僕から見ても、ただ者ではない感じはするけどね」
言辞は、ニコリと笑って言った。




