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短編

婚約者の浮気をコラムにしたら、氷の貴公子に溺愛されました ~令嬢Mの婚約者観察日記~

作者: 志熊みゅう

 私の婚約者、セドリック・ハートフィールドは今日も絶好調である。


 今宵は仮面舞踏会。仮面で顔の上半分を覆っても、彼の美しい顔立ちは隠しきれない。エメラルドを埋め込んだような緑の瞳、燃えるような赤い髪。その色香に誘われて、夜の蝶が次々と群がっていく。その中の一人、彼が紅色の"蝶"とホールを抜け出していくのを、確かに目撃した。――お相手は、未亡人・ティアニー侯爵夫人。社交界でも"有名"な貴婦人である。


 私メリッサ・ワトソンは、自慢のプラチナブロンドを染め粉で真っ黒に染め、仮面に少し細工をし真っ青な瞳をより暗い色に見せ変装している。目立たないダークブルーのドレスを身にまとい、夜闇に紛れ彼を尾行した。廊下の柱に隠れ、二人の様子を事細かにメモに取る。彼らが別棟の休憩室に入るところを確認し本日の任務は終了。その走り書きを手に、ホールに戻ろうとした時だった。


「ご令嬢、大丈夫ですか?」


「あ、こちらこそすみません。」


 薄暗い廊下の角で、銀髪に菫色の瞳の貴公子とぶつかった。彼は親切にも床に散らばったメモを集めてくれた。その紙の一枚を凝視して、彼は言った。


「……も、もしかして、あなたは『令嬢Mの婚約者観察日記』の作者様ですか?」


 令嬢M――それは私のペンネームだ。


 元々、新聞社勤めの私の従兄、クリストファー・ワトソンに婚約者・セドリックの浮気の証拠を見せ、有能な弁護士を紹介してもらおうとしたのが事の始まりである。彼は私のメモを見るなり、これをもとに新聞のコラム欄を書いて欲しいと、懇願してきた。


 それから毎週末、私は新聞に『令嬢Mの婚約者観察日記』を掲載している。なかなか好評だと従兄からは聞いてはいたが、所詮三文コラムである。現実世界でその話題に出す人を初めて見たので、かなり面食らってしまった。


「え、ええ!?令嬢Mなんのことでしょうか?」


「"今日のSは紅色の蝶に目を付けた。彼女は社交界きっての移り気な方、最近Sをことのほか気に入っている。蝶の群れをすり抜け、近づいてきた彼女の手を取り、Sは別棟の休憩室へと消えていった。"――私は、毎週『令嬢Mの婚約者観察日記』をスクラップして、集めているんです。この独特な語り口、見誤る訳がない。」


 貴公子はメモを握りしめ、恍惚と私を見つめる。これはもう逃げ切れないと悟った。


「……そうですね。私が新聞で連載コラムを書いている『令嬢M』です。まさか、あの三文コラムをそこまでご愛読されている方がいるとは思いもよりませんでした。」


「なんと、やはり!三文コラムなんて卑下なさらないで下さい。これも何かの縁です。中庭で少し話をしませんか?」


 彼に促されて、中庭に移動する。彼は仮面舞踏会だというのに、仮面を取って、律儀に挨拶をしてくれた。


「私は、ライナス・ブラッドフォードと申します。どうか、ライナスと。」


「え、まさかブラッドフォード公爵家の御令息ですか?お名前でお呼びするなど、とんでもないです。」


「そんな、かしこまらないで下さい。先生には、ぜひ私のことを名前で呼んで欲しいのです。」


「は、はい。分かりました。それと先生なんて恐れ多いです、私のことはメリッサとお呼び下さい。ライナス様のことは、新聞で度々お名前を拝見しております。領政改革がとても上手くいっていると、話題になっておられますよね。」


「ああ、あれは、父と一緒に考えたものです。ここのところ父は体調が悪くて、いつ私が家督を継いでも大丈夫なように、色々気を回してくれているのです。」


 私もマスクを取り、彼に自己紹介と、少し身の上話をした。元々、セドリックの家とは同じ伯爵家同士、家族ぐるみで仲が良かったこと。小さい頃から婚約者と決められていたこともあり、彼とよく遊んだこと。彼が初恋だったこと。


 だがある時、私たち二人の関係は、変わってしまった。セドリックが父親のハートフィールド伯爵に言われて、王都の騎士団に入った直後だ。


「見目のいい方です。貴婦人、ご令嬢たちから人気があるのは分かります……。」


 騎士団でも剣の腕が立つセドリックは常に女性に囲まれるようになった。その誘惑に年頃の青年が耐えられるわけもなく……。


「うちは父が厳格で婚前交渉は禁止なんです。だから……。」


 初めての浮気は男爵令嬢とだった。彼女はある日、私のところにやってきて、セドリックとの婚約を解消するように迫った。慌てたのはセドリックと彼の家の方だった。セドリックは私に平謝りで詫びた。そして男爵令嬢にはそれなりの額のお金を渡して別れた。


「でも、Sはそれで懲りなかった。」


「ええ。」


 一度女の味を知った彼はそれで止まらなかった。今度は彼の娼館通いが始まったのだ。


 また同じ轍を踏んではいけない。私はひそかに彼と関係を持った娼婦たちを王都の外れの教会に呼び出した。娼館の女主人に少しお金を渡すと、喜んで彼女たちを教会まで連れて来てくれた。


「顔を隠して、会おうなんて、私らは随分信用されていないんだね。」


「こら、ベラ。神の御前ですよ。お行儀よくなさい。」


 女主人に叱られても、娼婦たちはどこ吹く風だ。


「はいはい。私らにだってプライドや誇りってものがあるんだ。金をもらっている以上、関係を言いふらしたり、あとで脅したりなんてしないよ。」


「それなら良かったです。」


「セドリックなら、安心しな。婚約者"一筋"で、私らと遊ぶ時も『メリッサ、メリッサ』ってあんたの名前を呼んでいるんだ。ははは。それに絶対に口づけをしない。彼なりにあんたに操を立てているんだよ。」


 娼婦たちは「純愛だねえ」と、げらげら笑っていたが、私はその話を聞いても、ちっともうれしくなかった。私と彼の中で積み上げてきた十何年の月日は、こうしてもろくも崩れ落ちたのである。


「それでSは、未亡人や後腐れがない女性を相手に選んでいるんですか。――メリッサ様はSと婚約破棄はされないんですか?あなたほどの女性なら、相手なんて選び放題でしょう。」


 一通り話を聞き終えると、興味津々といった様子でライナスが尋ねた。


「それができれば一番なのだけど、セドリックのお母様がご病気なの。色々と良くしてもらったし、今は心配を掛けたくなくて。それに去年うちの領の水害で、彼の実家ハートフィールド家からたくさん支援をして頂きました。だから、うちからは婚約解消を言い出しづらくて。」


 セドリックの母はのんびり、おだやかな女性で、刺繍が苦手な私に、うちの母よりも根気強く丁寧に教えてくれた優しい人だ。私が彼の家に嫁ぐことを誰よりも楽しみにしてくれている。


「そうですか……。メリッサ様にとっては気の毒な話だが、一ファンとしてはこれからもあなたのウィットに富んだコラムを拝めるのだから、ありがたい話かもしれない。実は私も少し辛いことがあって、あなたのコラムを読んで元気をもらいました。もし何かあったら、ブラッドフォード公爵家を頼って下さい。悪いようにはしませんから。」


「――ライナス様、ありがとうございます。」


 私たちは固く握手をして中庭を後にした。


 家に帰ると、記憶が新しいうちに、メモの内容を新聞のコラムにまとめた。私のコラムのファンだと言う、ライナスのことも"L"として登場させた。


「明日の午後はセドリックとお茶会か。――ティアニー侯爵夫人と一晩を共にした後、彼がどういう顔でうちに来るのか楽しみだわ。」


 初めは私も彼の浮気を知り、怒りそして悲しんだ。でも今はそういう気持ちはない。ただ淡々と檻の中の動物を見るように彼を見ている。


 翌朝一番、従兄のクリストファーの新聞社に原稿を届けに行った。


「おお、メリッサ!新しい原稿だね。コーヒーを淹れるから、そこに座ってちょっと待ってて。」


 淹れたてのコーヒーの香りが部屋いっぱいに漂う。コーヒーを一口すすると、クリストファーが原稿を読み始めた。


「へえ、セドリックの奴、すっかりティアニー夫人に気に入られているんだね。彼女結構"激しい"らしいから、彼女好みに仕上げられているかも……。」


「やめてよ。従兄さん。変なことを言わないで。」


「冗談冗談。それにしても、この新しい登場人物、Lって誰?もしかして何かの伏線だったりする?」


「ああ、それはライナス・ブラッドフォード様よ。昨日の仮面舞踏会でお会いしたの。私のコラムの大ファンなんですって。」


「へえ。あの氷の貴公子が君のコラムのファンね。こんな下世話なコラムを読んでいるなんて意外だな。」


「氷の貴公子?とても気さくな素敵な方でしたよ。」


「彼はもともと隣国の王女殿下と婚約していたんだが、彼女が近衛騎士と駆け落ちしてね。それ以来、全ての縁談を断り続けているって噂だ。」


「そうなんですね。ならどうして仮面舞踏会にいらしてたんでしょう?」


「さあ?君の婚約者と一緒で一晩限りの相手を探しているんじゃない?このコラムを読んでいるくらいだし。」


「紳士的でしたし、違うと信じたいですが……。」


 新聞社を後にして、私は午後のセドリックとのお茶会に備えて、パティスリーでケーキを買った。いつでもこちらが有利に婚約解消できるよう浮気の証拠は集めているが、家と家のことを考えれば、感情を押し殺してこのまま彼と結婚した方が良い。だから何事もなかったように、良好な関係を続けたいと思っていた。


「セドリック、久しぶりね。元気だった?」


 我がタウンハウスに訪れたセドリックをサンルームに通し、私はにこやかに言った。もちろん昨晩も尾行していたとは、お首にも出さない。


「メリッサ~!会いたかったよ。僕の大好きなチョコレートケーキだね。いつもありがとう。母さんの具合さえ落ち着けば、すぐにでも君と式を挙げるのに。」


 早速、彼の右耳の裏にキスマークを見つけたが、それは黙っていることにした。


「そうね。おばさまのご体調が心配だわ。早くお元気になられるといいのだけど。」


「メリッサは優しいね。大好き。」


 にこにこと当たり障りのない会話をつなげ、ケーキをつまむ。そこに侍女が申し訳なさそうに現れた。


「――あのお嬢様、ニコラ様がお越しなのですが。」


「え、ニコラが?今日はセドリックが来るから、会えないって伝えておいたのに。」


「ああ、ニコラちゃん?ほら、久しぶりに王都に出てきたから、早くメリッサに会いたかったんじゃない?」


 ニコラは二歳年下の子爵令嬢で、うちの母とセドリックの母、そしてニコラの母が、母親同士とても仲が良かった。だから小さい頃からよく一緒に遊んだ。ちなみに今日、彼女が会いに来たのはおそらく私ではない。昔から彼女はセドリックのことが大好きで、色々と彼にちょっかいをかけてきた。今日もセドリックに会いに来たのだろう。


「セドリック兄様、メリッサ姉様、お久しぶりです!」


 そう言って、彼女はカーテシーで挨拶した。ピンクブロンドを二つに結び、ルビーのような瞳を潤ませている。そして当然と言わんばかりに、サンルームのテーブルセットに腰掛けた。


「ニコラちゃん、今度王城に侍女として奉公するんだろう?王妃付きの侍女なんてすごいじゃないか!」


「そうなんですの!王城のことは何も分からないから、兄さまに色々と教えて頂きたくて。」


 そして、二人は楽しそうに話を始めた。セドリックもニコラを妹のようにかわいがってきたから、うれしいのだろう。一方、私は蚊帳の外だ。


「では、セドリック兄様、メリッサ姉様、今日はとても楽しかったです。」


「ニコラちゃん、また王宮で。」


 とても嫌な予感がしたが、私は黙って事の成り行きを見ることにした。


***

 ニコラが王宮に勤め始めて、半年が経ったころだった。セドリックとニコラがまた我がタウンハウスにやって来た。同じようにサンルームのテーブルセットに腰掛ける。


「姉様、ごめんなさい!姉様を傷つけるつもりはなかったの!」


 隣でセドリックは青ざめた顔で茫然自失としている。


「私を傷つけるつもりが無くて、どうしてあなたがセドリックの子を身ごもるの?」


「そ、それは。」


「――テディベアのハリー、お気に入りの髪飾り。あなたはそうやっていつも私の大切なものを奪っていく。私ね、昔からあなたのことが大嫌いだったわ。親同士が仲良くなかったら、とっくにあなたとの縁なんか切っていた。」


「――メリッサ姉様、それ本気でおっしゃっているの?」


「ええ。だから私はこれを機にあなたと絶縁するわ。もう二度と私に近寄らないで頂戴。それと、セドリック、これからの話し合いは、弁護士を通して下さい。"今まで"の分も含めて慰謝料の相談をしたいから。」


「今までの……?」


 不思議そうにニコラが小首をかしげる。


「待ってくれ!メリッサ!俺には君しかいない。ずっと君が大好きで、君と婚約できると決まった時は天にも昇る気持ちで……、でも君は身体を許してくれなかった。だから……。」


「だから?セドリック、あなたは私の初恋の人。私もあなたと婚約できた時はうれしかった。でも、それを裏切ったのはあなたよ。――さようなら。」


 呆気ない終わりだった。「メリッサ」と私を呼ぶ彼の声を聞いて、初めは胸が高鳴った。でもいつごろからだろうか、こんなに胸の奥が冷えるようになったのは。


 私は、従兄のクリストファーに紹介してもらった弁護士に、今までの資料を全て渡した。もちろん今回の件は、セドリックの有責、慰謝料は水害の支援分くらい取れるだろうと言われた。


 セドリックの母から申し訳なかったという主旨の長い手紙を頂いた。それからしばらくして、彼女は心労がたたり息を引き取ったと聞いた。もちろん喪中のため、二人の結婚式は執り行われなかった。


 "Nは泥棒猫のような令嬢だ。昔から私たちの周りをうろついて、その隙を狙っていた。彼女は口ではすまないと言いながら、とても満足そうに少し大きくなった腹を見せつけてきた。隣でSは絶望に満ちた顔をしている。どうしてSがそんな顔をするの?全部Sがしたことなのに。私は呆れて二人を眺めた。きっとSの浮気癖は一生治らない。でもNはまだそのことを知らない。泥棒猫が他の泥棒猫から獲物を奪われる、そんな未来が目に浮かんで私はほんの少しほくそ笑んだ。"


 ニコラの話を書き終えると、私はコラムを連載終了にした。クリストファーに止められたが、仕方ない。婚約者の観察日記だ。婚約が解消されてしまっては、もう書くことがない。


「さて、どうしたものか。」


 我が実家、ワトソン伯爵家は兄が継ぐ。今は兄嫁とも仲良くさせてもらっているが、世間一般では未婚の女性がいつまでも家に残ることはよしとされない。両親はゆっくりしていていいと言ってくれるが、今の私は完全に行き遅れだ。このままでは修道院で神にその生涯を捧げることも考えないといけない。


「――クリストファー従兄さんに相談したら、何か職を斡旋してくれないかしら?記者とか、家庭教師なら、私に向いている気がする。」


 私は早速、クリストファーに手紙を書いた。後日、紹介したい人がいると、彼から返事をもらった。


「メリッサ様、お久しぶりです。」


 クリストファーに呼ばれて、新聞社の彼の居室に行くと、何故か氷の貴公子・ライナスもいた。


「ライナス様、どうしてここに?」


「君のコラムが連載終了になって、新聞社に問い合わせしたんです。それでクリストファー殿から、君の話を聞きました。新たに職を探しているとも。」


「は、はい。」


 ライナスが、いきなり跪き、私の手を取った。


「メリッサ様、単刀直入で申し訳ないですが、私と結婚してもらえないでしょうか?」


「私とライナス様が!?ブ、ブラッドフォード公爵はお認めになっているんですか?」


 いくらなんでも単刀直入過ぎる。私が固まっているとライナスが口を開いた。


「私は以前隣国の王女殿下と婚約していました。完璧な政略結婚でしたが、私なりに彼女を愛そうと思っていました。ただ彼女は隣国に嫁ぐことをとても嫌がっていたそうです。駆け落ちされて、婚約が解消になって、それ以来私は女性が信じられなくなりました。父は私が連れてくれる女性なら誰でもいいと言っています。」


「なるほど……。」


「あなたのコラムは、そんな時、私に生きる元気を与えてくれました。赤裸々な筆致に、同じ悩みを抱える者として深く共感し、さらに、このような苦境にありながらも物事を達観して捉えられる強い姿勢に、心から敬意を抱きました。」


「そう言って頂けて、嬉しいです。」


「でも、実際に仮面舞踏会で会ったあなたは、想像の何倍も傷つきやすい普通のご令嬢でした。だからSに婚約破棄されたら、あなたに結婚を申し込んで、必ずあなたを幸せにしたいと思ったんです。」


「――そうだったんですね。」


 情熱的過ぎる氷の貴公子の求愛に困惑してしまう。


「もちろん、私の話もコラムに書いて頂いて結構です。昔、私を"L"としてコラムに書いてくれましたよね?あれ、とてもうれしかったんです。」


「ライナス様のことをコラムに書くんですか?!」


 セドリックには黙ってコラムを書いていた。だから好き放題、彼のことを書いた。コラムの一番のファンであるライナス様のことをコラムに書くのとは、だいぶ勝手が違う。それまで黙っていたクリストファーが口を開いた。


「俺からも頼む。あのコラムが連載終了になって、惜しむ声が編集部にたくさん届いているんだ。『令嬢Mの婚約者観察日記』のL編スタートということで、どう?」


「クリストファー従兄さんまで!」


 私は少し考えた。ライナス様のことはよく知らないが、公爵家との縁談はまたとない機会だ。それに、今まで縁談の全てを断ってきた彼だ。セドリックみたいになる可能性も少ないだろう。


「――分かりました。私はライナス様のことを良く知りません。それに長年連れ添った婚約者と婚約解消をしたばかりです。まず恋人同士からでよろしいでしょうか?」


「ええ、もちろんです。よろしくお願いします。」


 それから、あっという間に話が進み、私たちは両家公認の恋人同士になった。


 "Lは婚約破棄された私の手を握り、情熱的に求婚してきた。彼もまた過去に相手の浮気から婚約破棄になった経験がある。私たちは互いの傷をなめ合うように一緒にいることを決めた。"


 ライナスは私との距離を縮めるために、いろいろな場所にデートに誘った。ディナーに、観劇、そして遠乗り。セドリックと一緒にいた時も令嬢たちからの羨望の眼差しを浴びることはあったが、氷の貴公子・ライナスを落としたということで、社交界での私の知名度はうなぎのぼりだ。今日は王宮舞踏会、私のパートナーはもちろんライナスだ。彼の瞳の色に合わせた紫色のドレスに身を包む。


「きゃあ、ライナス様よ。麗しいわ。」


「隣のご令嬢はワトソン伯爵家のメリッサ様よね。どんな手を使って彼を落としたのかしら?」


 どんな手。――その疑問に率直に答えるなら「コラム」だ。だが、これはクリストファー従兄さんの伝手があって実現したことで、普通の令嬢が行うには難しいだろう。


 "Lの手を取り、ダンスホールの真ん中で躍り出る。彼の元々の婚約者は高貴なお方。エスコートはとても手慣れている。初めて一緒に踊ったと思えないほど、私たちの息はあっていた。Sとの辛い別れは全て彼と巡り合うための序章だったのかもしれない。"


 ダンスを終えると私たちは、会場の端に捌けた。


「そういえば、どうしてあの日、仮面舞踏会に参加されていたんですか?お付き合いして思ったんですが、ライナス様らしくないですよね。私は完全にセドリックの尾行が目的でしたけど。」


「お恥ずかしい話、私があまりふさぎ込んでいるので、友人に少し"女遊び"をするように誘われたんです。仮面舞踏会に連れてこられても、結局私には"女遊び"ができなかった。それでホールにいるのも息苦しくて中庭に出ようと思ったら、あなたに出会った。」


「あ、そういうことだったんですね。」


「そういえば、メリッサ様。『令嬢Mの婚約者観察日記~S編~』ですが、とても売れているらしいですね。本屋でも売れ筋だと言われて、私も鼻高々です。」


「いえ、クリストファー従兄さんがいつの間にか企画を通してくれて、クリストファー従兄さん、さまさまです。」


 『令嬢Mの婚約者観察日記~S編~』は、クリストファーがコラムをまとめて本にした。初めは誰が読むのかと思ったけれど、思いのほかよく売れているらしい。クリストファーも喜んでいた。そんな話をしていると、会いたくない人たちが痴話喧嘩しているのが目に入った。ティアニー夫人とニコラだ。ニコラは出産を終えたばかりだと聞いたが、貴族が一同に会する王宮舞踏会のため、ハートフィールド家の嫁として出てきたのだろう。真ん中でセドリックがおどおどしている。


「セドリック様、どうしてこんな"おばさん"と関係をお持ちになったの?!信じられませんわ!ニコラは妊娠中でしたのよ。」


「あなたのことを、口の利き方を知らないってセドリックが言っていたけど、本当でしたのね。そもそも私たちの関係は、セドリックがあなたと関係を持つずっと前から続いているの。あなたが私のかわいいかわいいセドリックを盗んでいったのに良く言うわ。そうだ、いいこと教えてあげる。セドリックあなたじゃ、全然物足りないって。彼はもっと激しいのがお好みなの。」


「セドリック様、嘘でしょう?嘘って言って。」


 ニコラが金切声を上げる。


「皆見ている。ニコラ、もうヒステリーを起こさないでくれ。ティアニー侯爵夫人も申し訳なかった。ニコラには口の利き方を注意しておく。」


 セドリックがティアニー夫人に頭を下げた。私の時は必死に浮気の言い訳していたのに、ニコラ相手だと世間体の方が気になるのだろう。


「おお、これは新鮮なネタが転がってきましたね。メリッサ様がどう調理されるか楽しみです。」


「もう、ライナス様ったら。」


 私たちがクスクス笑いながら話していると、何故かセドリックと目が合った。そして、隣にいたニコラとも。彼らはこちらを睨みながら、一直線に向かってくる。私は思わず、ライナスの影に隠れた。


「メリッサ。久しぶりだな。俺たちは話し合わないといけないことがあると思うんだ。」


 婚約破棄してから、彼と面と向かって話すのはこれが初めてだ。そもそも王宮開催の舞踏会でもなければ、主催者の側が気まずい二人が鉢合わせないよう考慮してくれる。あえて会おうとしなければ、本当に会わないものだ。


 ライナスが私の代わりに答えてくれた。


「メリッサ様の元婚約者・ハートフィールド伯爵令息ですね。あなたはもう彼女とは婚約を破棄し、別の女性と結婚した。今の態度は少し馴れ馴れしいのではないですか?それと隣はご夫人ですね。メリッサ様は何かあれば弁護士を通すように言っているはずですが、一体何の用でしょうか。」


 ライナスは声色こそ穏やかだが、絶対に私を守るという芯の強さがあった。


「どなたか存じないが、あなたには関係ない。私はメリッサと話がしたい。」


「名乗り遅れて、申し訳ない。私はライナス・ブラッドフォード。彼女の今の恋人です。ですから、大いに関係があります。」


「なるほど。公爵令息を捕まえたから、メリッサはこんなに強気なのか。この本はなんだ!俺のプライベートを新聞社に売るなんて!俺は本当に君を愛していたのに、見損なったよ。」


 見ると彼の手には『令嬢Mの婚約者観察日記~S編~』が握られていた。見ると彼が気になったページが何か所も折られている。繰り返し何度も読んだのだろう。ボロボロだ。


「メリッサ姉様、ひどいです。私のことを泥棒猫だなんて。お友達が一人もいなくなってしまいましたの。」


「それはセドリックが私の婚約者だと知っていたにも関わらず、あなたが関係を持ったからでしょう。誰もそんな女性と付き合いたいと思わないものよ。」


「ひどいわ、姉様。うわーん。」


 昔から物事がうまくいかないと、ニコラはウソ泣きをする。もういい大人なんだから、いい加減にして欲しい。


「メリッサ、どうして気づいていたなら、言ってくれなかったんだ。行いを改めることならできたのに。――それに君がこんなに口汚い人だと思わなかったよ。俺の女神だと思っていたのに。」


 セドリックの怒りも治まらない。どうして私がこの二人に責められなきゃいけないんだ。全て事実だし、彼らの名前は出していない。新聞社にも確認して、法律に触れない範囲で書いた。なんと言い返そうかと考えていると、ライナスが口火を切った。


「――口汚いだと?メリッサの文章のどこが汚いというんだ。終始、上品な文体で皮肉たっぷりに君の交友関係を描いただけだろう。むしろ、君はメリッサのコラムのモデルになれたことを光栄に思った方が良い!」


 ん?話がおかしな方向に流れ始めた。ライナスはセドリックから本を奪い取ると高らかに言った。


「私の一番好きな部分はここだ、67ページ。"Sは私への操を立てているつもりか、娼婦たちに決して唇を許さない。そして、恋しそうに私の名を叫び、荒々しく娼婦を抱く。娼婦たちはそれを『純愛』だと言った。私の中での『純愛』と、Sや娼婦の思う『純愛』。おそらく、同じ言葉でも定義が違うのだろうと悟った。" 君の汚らしい不貞をこんなウィットに富んだ表現でまとめてもらって、どこが口汚いだと?どの口が言うんだ。」


 やめてくれ、ライナス!確かに既に出版されたものだが、私にとってもあれは『黒歴史』に近い。それを堂々と多くの貴族の面前で読み上げないで欲しい。私の周りの視線が一気に我々に集まる。セドリックも顔を真っ赤にして俯いた。


「私は、今彼女の新しいモデルになっていることをとても誇りに思っている。新シリーズの貴公子"L"こそ私だ。」


 彼の宣言に一気に、会場が湧き立つ。


「ワトソン伯爵令嬢が、令嬢M先生だったのか。」

「Sってハートフィールド伯爵令息のことだったのね。憧れていたから残念だわ。」

「略奪泥棒猫のNってニコラ様のことだったのね。」


「ニ、ニコラ行くぞ。」


「待って、セドリック様!」


 セドリックとニコラは足早に会場を去って行く。私は茫然と彼らの後姿を見つめた。ライナスがこちらを振り返った。


「メリッサ様、私はあなたのことが大好きです。今後もあなたの創作活動を一番傍で応援したい。だから私と結婚して下さい。」


 私に集まる視線。――もう答えは『はい』しかない。


「ライナス様、末永くよろしくお願いします。」


 "氷の貴公子Lは私を抱き寄せ、燃えるような口づけを落とした。「永遠に君だけを愛する」と耳元で囁いて。"

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