8.第二王女
悪しき魔獣を天から監視し、善良なる人々を見守る神々の目も腕も、そこまでは届かぬと呼ばれる遥か南の地。
その大地を覆う岩は血鉄岩と呼ばれ、鉄分と魔力を多量に含む。
武器への加工や容易で、血を吸うほどに固くなり、また衝撃で爆ぜるように砕ける特殊な岩だ。
その土地は人々が国を作り始めた大昔から罪人の流刑地と呼ばれた。
血鉄岩から戦の道具を作り出すことで生まれた国家は、やがて周辺の小国を飲み込み巨大な軍事大国、グラニス帝国となった。
だが岩の国は不毛の地。
僅かな地面に育った食料と、固い甲羅を持つ魔物のほんの少しの身を食べ、周辺諸国から奪った金品を周辺諸国へ売る、常に食糧難と隣り合わせの歴史を歩んできた。
そして五年前からほんの一月前まで、小さな同盟国を挟んだルクレイン王国からは国家の交流を図るためという名の人質が送られている。
その女性の名はルクレイン王国第二王女、ヘンリエッタ・ルクレイン。
亡き母と国王である父、兄や妹と同じ光り輝くプラチナブロンドのロングヘアがその血筋の正統性を誇っている、国内では誰もが認める慈愛に満ちた王女である。
以前のルクレイン王国は自然は豊かだが獰猛で狂暴な魔物が溢れかえる土地と思われており、わざわざ手に入れるほどの価値は無いと思われていた。
だが魔物の生まれ故郷である魔の森の脅威がなくなったのが約十年前。
豊富な資源に目を付けたグラニス帝国は、間に挟まれた同盟国を飛び越えルクレイン王国に書状を送った。
内容は、簡潔に言えば脅迫文である。
『ルクレイン王国 国王陛下
南方に座すグラニス帝国皇帝の名において、書を送る。
我が帝国は、両国の恒久的な平和と相互理解を深めるため、
より密なる交流を望むものである。
ついては、貴国王族、もしくはそれに準ずる高位の立場にある女性を一名、
親善の証として我が帝国へ派遣されたい。
また、その際に生じる事態について、我が帝国は関知しない。
なお、本要請が受け入れられぬ場合、
我が帝国は貴国に友好の意思なしと判断せざるを得ない。
グラニス帝国の未来と、貴国の賢明な決断に期待する。
グラニス帝国 皇帝名義』
それは丁寧な言葉で綴られてはいたが、その実、選択の余地を与えぬ通告に等しい書状であった。
高貴な身分の女性を一人こちらに寄こせ。その女性に何をしても責任は取らないが、従わないなら敵国とみなす、という事である。
しかも、帝国は広く知れ渡るほどの無法国家だ。
皇帝ら統治首脳らを筆頭に、力があるものが強く、強い者は何をしても許される、という考え方が蔓延している。
特に数少ない女性に対する扱いは酷く、書状を持ってきた国の代表たる大使ですら王城や城下町ですれ違う女性に対して手を出そうとし、衛兵が止める騒ぎを何度も起こしたほどだ。
この書状の形を取った脅迫文に、ルクレイン国王は頭を抱えた。
女性と言えば自分には王女が二人いる。
公爵家や侯爵、伯爵家まで探せば妙齢の独身女性は何人かいるであろう。
誰かしらを犠牲にすれば・・・その女性は言葉にするのもおぞましいような凌辱を受けるのであろうが、数年間の平和は手に入る。
だが、今回の要望に答えたとて、それで終わるとは思えない。
むしろ更なる要求をされ、何かしらの理由を付けて攻め込んでくることだってあり得るだろう。
どうすれば良いのか・・・。
三日三晩悩んでいた国王の元に、ある朝、第二王女であるヘンリエッタ・ルクレインが訪ね決意を込めた瞳でこう言った。
「お父様、いえ、国王陛下。わたくしがグラニス帝国へ参ります。かの国では女性は欲の限りをぶつけられ、人としての尊厳は奪われ、生きて帰る希望は捨てよと言われています。そのような辱めを、我が国の民にさせる訳にはいきません。わたくしが赴き、彼らを、そして皇帝を説得してみせましょう!我が国の民は、絶対に誰一人としてわたくしの後を追わせてはいけませぬ!」
そう宣言し、その日中に支度を終え、すぐにグラニス帝国へと独り旅立ったヘンリエッタ王女。
獣のような輩に囲まれ非道な扱いを受けつつも、その高貴な御心は陰る事もなく、数ヶ月に一度当たり障りのない便りが届く事でその生存が確認され、ヘンリエッタ王女の犠牲で今日も国は平和を保てているのだ・・・。
「・・・と、いうのが俺が団長に赴任する直前に起こった出来事だ、と伝え聞いていたんだが。そのヘンリエッタ王女が、もうすぐ帰って来るのか?」
ここは王城の敷地内にある第一魔法騎士団の訓練場。
アダムスの視線の先では外周を猛スピードで走り抜けるフェルザードに、オリヴァンが「魔術は禁止って言ってるでしょうが!」と足元を凍らせ止め、ホルマドの猛抗議を受けている。
フェルザードが訓練に参加するようになって二日目。
新入団員と同じように扱って欲しいというフェルザードの願いで、やっと団員達の緊張がほぐれて来た所だ。
早朝から数時間の稽古の後、木陰で休んでいる所でイヴェリンに話しかけられ、ヘンリエッタ王女の帰国を告げられた。
「影の報告では、あと2週間くらいかしら。だから、ちょっとその間に色々準備しなくちゃいけないのよ。」
「準備?何のだ?」
「私はぜっっっっっっったいにあの馬鹿オージと結婚する気がないの。それはわかってるでしょ?」
「ああ・・・。まぁ、それはそうだろうな。」
「ん〜・・・私が誰と結婚したいのか、もう一度言った方がいいかしら?」
「い、いや、だからそれはもうわかってると・・・違う、だから、ヘンリエッタ王女の話だ!何の準備なんだ?!」
木陰にいるのに顔を赤くしたアダムスの様子を見てイヴェリンが満足げな顔をした。
「帰って来た姉さんと、あの馬鹿とくっ付ける準備よ!」
イヴェリンの発言の意味を数秒間考えたアダムスが、眉間にシワを寄せた。
「イヴェリン・・・いくら何でも、それは人としてあんまりだ。ヘンリエッタ王女はその身をもって国を救ったんだろう?帰国される予定なのに、帝国との戦争についての話もないって事は、王女の長年の苦労が実を結んだって事だ。そんな王女に、また隣国へ嫁げなどと・・・」
「あら、アダムスは知らないのね。姉さん、自分で望んであの国に行ったのよ?」
「いや、だからそれはさっきも言ったし、知ってるが・・・。」
「あの人、近しい人の中で何て呼ばれてるのか知ってる?」
眉間にシワを寄せたまま疑問を前面に出した顔のアダムスに、イヴェリンがにこやかに告げた。
「性欲魔人よ!限界知らずの、ね。」




