29.振り回されるアダムス
「先ほど我が妃の声が聞こえた気がするが、どこにいるのだ?!」
鼻息荒く迫って来るフェルザードをアダムスが必死に押さえている。
背後にあるデザート・ドラゴンの死体の後ろには、ヘンリエッタが第二太子と共にまだ横たわっているのだ。
「待て待て待てフェルザード!今ちょっと事情があって・・・」
「もうほとんどの敵は倒した!弟がデザート・ドラゴンから落ちる姿をホルマドも見たというし、もう一件落着だろう!」
「いや、それはそうなんだが、こっちにもちょっと事情が・・・」
「私はここにいるわよぉ、私の王子さ、もがっ!」
背後から、あのぬめっとした声が上がるが、何かで塞がれた。
おそらくイヴェリンに口でも塞がれたのだろう。
「我が妃か?!」と目をキラキラさせて突撃しようとするフェルザードを必死に食い止める。
しかしこの場を切り抜けたとして、一体どうすれば良いのか・・・くそっ、イヴェリンはどうするつもりなんだ。
「なぜ行ってはいかんのだ!しかし、我が妃の声とはちょっと違ったな。怪我でもしたのか?」
何で話はちゃんと聞かないのに声は聞いてるんだ、話を聞け話を。
とは言わず、とにかく押し戻す。くそ、フェルザードめ、いつもより力が強い気がするぞ。
すると、ルクレイン側の国境の向こうから声が聞こえて来た。
「・・・んちょ~!イヴェリン様ぁ~!オリヴァ~ン!こっちは終わりましたよぉ~!」
「カリナ!」
ナイスタイミングだ!薬が出来たのか!
顔を上げて目を凝らして見たが、カリナは開いた両手を振りながらこちらに近付いてきた。
「もう大変でした~!」
「おい、カリナ、どこだ?」
「どこって何がですか?もう団長、これ手当出ません?ほんと酷かったんですよぉ。」
「いやだから、お前、今まで作ってたんだろう?」
「え?アタシは今までラブ・ゴキブリを一匹残らず燃やし尽くしてましたけど?」
「はぁ?!お前、何してんだ!」
「何してんだって何ですか!あんなもん放置してたらルクレインもサハラードもゴキブリまみれになりますよ?!いいですか?!あいつらは一匹見たら数千匹居ると思え、と子供の時からおばあちゃんに言われてて・・・」
「わかった!わかったから、薬は出来たのか?!」
フェルザードを押さえたまま大声を出すと、正面からもっと大きな声を浴びた。
「薬だと?!我が妃が怪我をしたのかっ?!あの神の恩恵に傷がついては一大事だ!我の魔術で綺麗に直して・・・」
「私じゃないわよ。」
後ろを振り返ると、デザート・ドラゴンの上にイヴェリンが立っている。
またそんな高い所に・・・と思ったが、今はそれどころではない。
「おお、我が妃!無事だったか!」
「この私が怪我するわけないでしょ。姉よ。第二王女のヘンリエッタ・ルクレイン。」
「お?姉君がここに来ているのか?」
「お、おい、イヴェリン!お前、ヘンリエッタ様の事・・・!」
「怪我したから、今薬を使ってるの。もうすぐ治るはずよ。」
「・・・へ?」
アダムスの側にすすす・・・とカリナが近づいてきた。
「もうとっくに薬は完成してますよ。イヴェリン様ですよ?当たり前じゃないですか。」
小声で話しかけたカリナの顔を見ると、呆れた顔をしている。
なんでお前がちょっと得意げなんだ。
「ああ、そ、そうか。なんだ、それならそうと早く言ってくれれば・・・。え、どのくらいかかるんだ?もし何日もかかるようなら・・・」
アダムスがあたふたしていると、イヴェリンの後ろから気だるげな、ねっとりとした声が聞こえて来た。
「んもォ、イヴちゃ~ん?これ、かなり痛いんだけど・・・。あんっ、やだ、ねえ何か替えの服持ってなぁい?」
「カリナ。」
「はいさ!ちょいとお待ちを!」
カリナが来た道をまた走って戻って行く。
服?ああ、そうか、痩せ薬を使ったという事は、ドレスがぶかぶかになったという事で・・・という事は、成功したのか!
「イヴェリン、じゃあ、ヘンリエッタさ」
「ヘンリエッタ様というのは、先ほど第二太子と共にデザート・ドラゴンから落ちたルクレインの第二王女の事で間違いないですな?」
「どわぁ!」
喜びかけたアダムスの目の前に、突然ホルマドの顔がドアップで現れた。
いくら強大な魔獣が現れようと動じないアダムスだが、視界いっぱいに広がる初老男性の顔は苦手だったようだ。
激しく脈打つ胸を押さえながら答える。
「そ、そうだが、今はちょっと見た目が変わっているというか何と言うか・・・。」
「あの方ならばわたくしはお会いした事がございます。フェルザード様がまだ大公子となられる前、今の王と共にルクレインを訪問した際にお目にかかりましたが・・・まさかあの第二王女を第三王女の代わりにフェルザード様に、などとお思いではありますまいな?」
「え、あ、いや、ヘンリエッタ様がお相手を探されているらしいから、イヴェリンがどうかと言っ」
「あの方をフェルザード様が好まれることはあり得ません!」
キッパリと、顔と言葉でホルマドが否定した。
「そちらの国では違いましょうが、我が国では見た目こそが最重要視され、その次に能力、お人柄です!神に見放された証拠であるお姿をされた第二王女をフェルザード様が娶られるなど、この世がひっくり返ろうとあり得ま」
「ホルマドよ!」
ホルマドの口からつらつらと流れ出ていた拒否の言葉を、アダムスから解放されそ~っとドラゴンの向こうを覗きに行っていたフェルザードがぶった切った。
「この王女を、我の妃にするぞ!」




