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完全無欠の第三王女と最強剣士は結婚したいがしたくない  作者: 斉藤りた


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21.ウルバヌス・オルド

「見えてきました!」


秋の母神の足音を乗せたような、涼しさを含んだ風が汗ばんだ額を撫でる。

強めの風が吹き降りてくるなだらかな丘の上に、ただ一つだけ、小屋のように小さな家が建っている。

魔の森が隔てていた国境。

今は深い崖に隔たれ地上より遥か下に沈んだ魔の森を見下ろす場所で一人の大男がこちらを見下ろしていた。


「なんだなんだ、そんな大所帯で!王城からの連絡は来てたが、二番目の姫様とサハラードから王子さんがこっちに向かってるだけなんだろ?お前ひとりでも良かったんじゃないのか?」


大男二人が住んでいたにしては小さな家の前に到着した一同。

全員が整列した後、前へと進み出たアダムスが声をかけられた。


ウルバヌス・オルド。

言わずと知れた、アダムスの祖父であり、その名はルクレイン王国内だけでなく周辺諸国でも戦いを生業とする者ならば必ず耳にしたことがある名だ。

大氾濫(スタンピード)を一人で止め国を救った英雄であり、その後も数十年にわたり魔の森から出てくる魔物を倒し、大断層カタクリズムを乗り越え、齢七十を超えた今もなお現役で魔の森を見張り続けている、まさに生ける伝説である。


アダムスより小さいが、その存在感はアダムスよりも大きく見える。

長い顎ひげを蓄えた顔や年齢を感じさせない身体に刻まれた無数の古傷はこれまでの激しい人生を物語っており、立っているだけで威圧感すら感じさせている。


「うるせぇな、こっちにも事情があるんだよ。で、ヘンリエッタ様はまだ来てないのか?」


普段よりやや荒っぽい口調でアダムスが答える。

そんなアダムスを嬉しそうに見上げながらイヴェリンが横に並んだ。


「おじい様、お久しぶりでございます。お元気そうで何よりですわ。」


優雅なカーテンシーで、鎧のミニスカートを上げてみせる。

まるで積極的に人を襲う魔物のような顔をしていたウルバヌスだったが、イヴェリンの挨拶を見た途端に破顔し、まるで孫を愛でる好々爺になる。


「久しぶりですなぁ、姫様。相変わらずお転婆なご様子で。」


「意中の方を射止めようとしたらこうなってしまいましたの。お転婆な方を追いかけるのも大変ですわ。」


「ははは!そりゃあそうだ!して、この間来た姫様の使いの子供が来て教えてくれましたが、そろそろ射止めましたかの?」


「そうねぇ、そろそろ刺さってくれてもいいと思うんだけど。どう思う?アダムス。」


「何の話をしてるのか、わからねえって事にしてくれ・・・。」


大きな右手で顔を覆ったアダムスが、声を絞り出した。

その手と耳は真っ赤になっている。


「ったく、情けねぇなあ!俺がお前くらいの歳の頃には、お前の親父がその辺走り回って魔物狩ってたんだぞ?!早くひ孫の顔をだな・・・」


「あ~うるせえうるせえ!いいからこっちの話を進めろ!サハラードの第二公子とヘンリエッタ様の・・・」


「サハラードの方は知らんが、もう一方は今日中には着くと思うぞ。」


当然のように言い切るウルバヌス。

一瞬不意を突かれた顔をしたが、すぐに団長の顔に戻る。


「そうか。じゃあ準備しないとな。イヴェリン、調合とかするんだろ?」


同じく当たり前のようにそれを受け入れ、すぐに次の行動に移るアダムス。

イヴェリンも小さく頷くと、回れ右して馬車の方へと戻ろうとする。


「ちょ、ちょっと待ってください!すいませんが、理由を伺っても?」


アダムスとイヴェリンの後ろに控えていたオリヴァンが慌ててその場を止めた。

おそらく嘘ではないのだろうが、本当だという確証もない。


「お前さんは?」


「団長付きの副官のオリヴァン・グレイスです。こちらにも何度か訓練遠征の際に伺っておりますが・・・。」


オリヴァンの顔を見て考えるように顎髭を撫でていたが、チラと腰元の剣を見てを見て思い出したようだ。

パァ!と顔が明るくなる。


「あの細剣二刀流の奴か!おお、久しぶりだな!まだ二本でやっとるのか。前は踊っとるみたいだったが、副官って事ぁそれで戦っとるのか。ちょっと見てみてぇなあ。」


「あ、そうっすね、それはまあ追々・・・。」


「あ~そうだな。ほれ、あの渡鳥はこの時期西に向かって飛ぶんだが、東に向かってるって事は西から何かが来てるんだ。二週間前に飛び立って、戻って来てこの辺を飛んでるって事は大体一週間前位に引き返してきたって事だな。アイツらは魔物に襲われやすいから、魔力の流れを感知すると逃げるし、ナントカ言う車は魔力を垂れ流して走ってんだろ?」


ウルバヌスが指を差した方向の空を見上げると、言われないとわからないほどの高さを砂粒ほどの大きさをした鳥が編隊飛行している。


「あとほら、足元に落ちてるのだな。お前らが来るちょっと前に、あのやたら早く飛ぶ蝶がいるだろ?疾香蝶(シッコウチョウ)だったか?アレが飛んで来たから切ったんだが、そいつらから媚薬の入った香水の匂いがしたんだよ。アホみたいに高い薔薇の匂いだな、ありゃ。匂いを保持出来るのは精々一日だし、スピードを維持してきたとしても一日以上は離れちゃいねぇ。だからだな。」


言われるがままに視線を落とすと確かに蝶だった破片のようなものがそこら中に落ちている。

よく見るとかなりの広範囲に落ちているので、かなりの数だったことが見て取れた。

疾香蝶(シッコウチョウ)とは吹き荒れる吹雪よりも早く飛ぶといわれる蝶で、接触せずとも近くと飛ぶだけで腕や足を切り落とすほどの早さを誇る虫型の魔物である。

積極的に人を襲う事はないのでCランクだが、見かけたら地面に伏せる事が推奨されている。

花を好み、花粉や香りを体に溜め込む習性がある。


「な?」


白い歯を見せて笑うウルバヌスに、同意するべきかわからないオリヴァン。

何しろ常人には砂一粒程度にしか見えない鳥の種類を言い当てる事も、疾香蝶(シッコウチョウ)の集団を相手にすることも、強めの風が吹く場所でその残り香を言い当てる事も出来ないのだ。


「まあ団長のお爺様なんだし、そりゃそうよね。」


オリヴァンの横でカリナが小さく呟いた声が風に乗って届くと、団員たちは大きく頷いた。

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