1.微睡みの謁見
青く澄み渡る空。
天高く積み上げられた白い雲の向こうには、空に住まうドラゴンの飛跡が残り、太陽の揺らめきは微細な魔素を金粉のように照らしている。
もう暦の上では夏の姫神を迎えに秋の母神が訪れても良い時期なのだが、降り注がれる日差しにまだ陰りの気配はない。
窓の外に見える城門の兵士も、暑さから鎧ではなく肘当てなどを身に着けただけの軽い装備になっている。
確か数十分に一度水分補給をする決まりだが、自分がここに立って話を聞き始めてからあの兵士が水分補給をするのは何度目だろう、とアダムスは考えていた。
王城の中は魔法道具のおかげで冷気が循環し、正装である鎧を着ていても汗をかく事はない。
だが、流石にいい加減疲れてきた・・・。
そろそろ訓練に戻りたいのだが、国王のすぐ近くに並んで立っていては後ろからこっそり抜け出すのも難しそうだ。
仕方なく前を向き、壁に取り付けられた月光真珠貝の光に照らされ話し続ける初老の男性へと視線を戻した。
ルクレイン王国第一魔法騎士団団長のアダムス・オルドが今立っているのは、ルクレイン王国の首都グランセリアの中心にそびえる王城で、他国の王族や貴族、大使などが訪問した際に使われる大広間である。
世界中の魔物が生まれ出づると言われる魔の森を隔てた隣国、サハラード王国からの使者が訪れたという知らせが届いたのは、午前の訓練が終わって昼食を食べ終えた所だった。
通常であれば王族や貴族の守護を任されている第二魔法騎士団が同席するため、第一魔法騎士団が呼ばれることなどない貴賓の訪問。
だが今回は、何故か団長であるアダムスら指揮官四名も名指しで呼ばれてしまった。
仕方なく事務官を兼ねている唯一の眼鏡団員、キリル・ハイネにその場を任せ、食後の運動をする暇もなくすぐに身支度をして同席している。
お腹も程良く膨れ、気を抜くと背後に睡魔が迫って来る午睡の時間。
貴族や王族の堅苦しく遠回しな言い回しは元平民のアダムスには理解しがたく、早々に思考を手放すと窓の外へと意識を飛ばしては戻って・・・を繰り返していた。
立ったまま居眠りをしていないだけ偉いというものだ。
「・・・でありますので、つまり、先ほど申し上げました幾つかの点を、重ねてご高察いただければと存じます。貴国におかれまして生じました責任の重大さは、我らの稚き言葉で十分に伝わるものではございませぬ。また、その償いが金銀や贈物のような形あるものにて済まされるなど、当然ながらご理解いただけているものと存じますが・・・以上、ご高察くださっておりましょうな?」
・・・ん?
声が聞こえなくなった事に気が付き意識を戻すと、初老の男性は話し終わったようだ。
初老とは言ってもその身体は筋肉質で日焼けしていて浅黒く、老いを感じさせるのは顔に刻まれた皺と後退している前髪、そして少なくなったグレーの頭髪だけだ。
その男性の後ろでは四、五人の男性が神輿のような箱を担ぎ、箱にかかった薄いカーテンの向こうには人の輪郭が見て取れる。
おそらく高貴な位の主がその中に座しているのだろう。
周囲の男達は隣国の文化なのか、下半身はゆったりとした薄い生地の膝下までのズボンを履き、びっしりと刺青の入った上半身には前の開いたベストのような物だけを着ている。
あちらの国は年中今日のような気候だと聞くから、薄着でもそれが正装なのだろう。
見るからに重そうな神輿を肩に乗せたまま微動だにしない男達は護衛も兼ねているのか、屈強な体つきは第一魔法騎士団の団員のそれと比べても引けを取らない。
戦いの中に身を投じても数人がかりでないと倒せなさそうな雰囲気を纏った佇まいに、一度手合わせを願いたい気持ちがウズウズと顔を出してきた。
「・・・だ、そうだが。アダムス、お前の考えは?」
「はっ!」
自分の上司、つまりルクレイン王国の国王陛下に名前を呼ばれ慌てて頭を下げ返事をしたものの、話を聞いていなかったアダムスは床を見ながらパニックになった。
いや、正確には耳には入っていたのだが、内容が理解出来ていなかった。
だが何となくわかる。コレは言い訳をして良い雰囲気ではない。
例えるならウチの副団長との約束を忘れていていつもの店に入ったら、バッタリ出会って約束を思い出した時のような・・・。
「つまり、こういう事よね。」
右側から聞こえてきたのは、天使が舞いながら歌ったような美しいソプラノの助け舟。
第一魔法騎士団副団長かつ我が国の第三王女、イヴェリン・ルクレインである。
玉座に座る国王陛下から数段の台座を降りた自分と陛下の間に立っていたが、一歩前に出ると初老の男性に向かって言い放つ。
「ウチのお宝がそっちの国民に盗まれて悪用された挙句壊されたから、責任取りなさいよっ!でもお金なんかじゃ納得してあげないからねっ?!どうすりゃいいのか自分たちで考えな!って言ってるんでしょ?ややこしい言い方でごまかすなんて詐欺師みたいなやり方せずに、ハッキリ言えばいいじゃないの!」




