15.グリズリーレオン
グリズリーレオン。
簡単に言えば熊の身体に獅子の頭を持つ魔物。
だがその恐ろしさは爪や牙、身体強化の魔法や威圧咆哮の魔法などではない。
民家の三階建ての屋根に届こうかという巨体と、鋼のような体毛に攻撃が通らない事だ。
身体が大きすぎて並みの魔法が効かず、矢は弾き飛ばされ、剣の通りの悪さはオークエンペラーの比ではない。
不用意に近づけば鋭い爪で切り裂かれるか噛み殺される、Sランクの中でも討伐に時間のかかる魔物である。
「いち、に、さん・・・六体か。確かにこれは放置出来ないな。さて、どうするか・・・。」
アダムス率いる第一魔法騎士団は馬車を降りて前後に列の隊列を組み、低い戦闘態勢を取ったまま徐々に近付いている。
Sランクが六体となると数人ずつのグループに分かれるのが定石だが、グリズリーレオン相手だとなかなか手こずりそうだ。
しかも隣国の王太子が居る。
下手な作戦で動く訳にはいかない。
ジリジリと進みながら考えていると、その様子を見ていたのかすぐ横でスッと立ち上がる気配がした。
「私が捕まえるわ。」
ゆっくりとグリズリーレオンに向かって進む団員たちの歩みが揃う中、イヴェリンだけが歩調を変え、前へと出た。
まるで自分のために用意された舞台の中心へ向かうように、迷いのない足取りだ。
剣を構えるでも攻撃を警戒するでもなく、胸を張って背筋を伸ばし、長い脚が真っ直ぐに前へ前へと繰り出される。
カツン、カツン、カツン・・・
プラチナゴールドの鎧とお揃いのデザインをしたハイヒールのブーツが、荒野の地面と小気味良い音楽を奏でている。
なんであんな高いヒールで俺と並んで走れるんだ・・・
アダムスが複雑な表情を見せた時、異彩を放つ存在にグリズリーレオンが気付いた。
「グオォォォォォォ~!!!」
一際大きい身体を持った一匹が、こちらを向いて咆哮した。
足元の小石がカタカタと振動する、大地を揺らすような轟音。
アダムスが団員達の様子を伺うと、数人は恐怖で動けなくなっている。
新人はまぁ仕方ないとしても、二年目三年目の奴らは訓練メニューの追加だな・・・。
そんな事を考えながら後ろを振り返った。
万が一を考えてアダムスの真後ろに配置したフェルザードとホルマドは、幸いというか流石というか、恐怖で動けないという事はなさそうだ。
「フェルザード様!危険ですよ!馬車に戻りましょう!」
「何を言うか!我が妃が獰猛な魔物と対峙しておるのだ!伴侶として共にあらねば!」
・・・妃だ伴侶だとワァワァ騒ぐ二人の会話に、アダムスが苛立った様子で声をかけた。
「フェルザード、ホルマド。騒ぐとイヴェリンの気が散るからやめろ。」
キュッと口をつぐんだ二人を確認して、再び前を向く。
数度の咆哮を直接受けたはずのイヴェリンは、爽やかな初秋の風に髪をなびかせるかの如く、何て事のない様子でグリズリーレオンのすぐ側まで近付いている。
一番身体が大きく一番イヴェリンの近くにいるグリズリーレオンが、馬車よりも太い腕を振りかぶった。
ブオンッ!
「いてっ!」
風圧で飛んだ砂や小石が飛んできた。
攻撃されたイヴェリンは首をかしげる程度の最小限の動きで避けたのに、攻撃されてない数人の団員達の目には砂が入ってしまったようだ。
「イヴェリン!六体全部イケるかっ?!」
アダムスの声に振り向いたイヴェリンが、フッと悪戯っ子のような笑みを浮かべた。
官能の精霊も裸足で逃げ出すような、蠱惑的な微笑みだ。
「誰に言ってるのよ。当たり前でしょう?」
蝶が羽ばたくようなゆったりとした動きで両腕を上げ、胸の前で交差させる。
そのまま、手首を返すようにして手の平を開く。
そこには、二つの花を形作る指の動きがあった。
グリズリーレオンの足元から、光る細長い綱がズズズズ・・・と音を立て固い地面を割りながら上へと伸びてゆく。
光を放つ綱はそのままグリズリーレオンの身体に絡まり、足に、腕に、身体に、顎に巻きついて行く。
イヴェリンが開いた手の平をグッと握り締めた時、Sランクの魔物グリズリーレオン六体は完全に静止し、自慢の爪も牙も咆哮も全て封じられてしまった。
「ふうっ・・・。さ、これで誰も怪我しないから、思う存分やっつけちゃって頂戴!」
唖然とする団員たち。
「こ・・・光縛魔法・・・?」
光縛魔法。
何十本もの紐状にした魔力を編み上げ、編み上げた魔力紐をさらに編み、強度を極めた綱で対象を確実に捕縛する魔法だ。
高等魔法の中でも魔力の消費が激しく、更に魔力紐を瞬時に編み上げて綱状にする緻密さを必要とするため、原理は理解していてもあまり手を出す人間のいない魔法である。
通常の拘束魔法では魔力紐一本、もしくは近くにある草木の蔓を成長させて縛るのが一般的なのだが・・・。
まぁそこはイヴェリンだから、が理屈として通じてしまう。
「う・・・うおおおおお!!」
団員達が一斉にグリズリーレオンに襲い掛かった。
一瞬、反撃してこない魔物を倒すのは騎士道的にどうなんだ・・・?と思ったアダムスも、ホッとした様子のホルマドを見て複雑な気分になる。
無抵抗の相手を倒すのは心苦しいが、フェルザードが怪我をしてしまうのは避けたい。
今回だけ、今回だけだ・・・と自分に言い聞かせ納得しようとしている。
と、その時、イヴェリンの声で我に返った。
「じゃっ、私はちょっと野暮用があるから!後は頼んだわよ!」




