13.ヘンリエッタの献身
「姉さん。それ以上魅了魔法を使ったら怒るわよ。」
ヘンリエッタの身体を見て失礼にならないよう顔を注視していたアダムスが、ハッとイヴェリンの方を見た。
すぐ横にいるオリヴァンから「さっき言ったのに」と視線で刺されている気がする。
「うふ、イヴちゃんってばヤキモチぃ?だぁいじょうぶよ、アダムス君ってば全然魅力されそうにないもの。もう一押し倒しなんじゃなぁい?」
「その口縫い付けるわよ。」
「ヤダァ、怖ぁい!」
ヘンリエッタがケタケタと笑うと、今にも折れそうな長椅子がギシギシと音を立てた。
その音で我に返ったアダムスが、慌ててまた頭を下げる。
「初めて拝謁いたします、ヘンリエッタ第二王女殿下。このたびは長き危難の旅路を越え、無事ご帰還なされたこと、騎士団一同、胸をなで下ろしております。」
「うふふ〜ありがと。でもね、全然危なくなんてなかったのよぉ?むしろ気持ち良い事ばっかりでぇ。岩の国って言うだけあって、アッチの人って全部固くってぇ。」
「姉さん!アダムスの前でそんな話しないで!」
「んもぉ〜イヴちゃんってば厳しぃ〜!」
イラついた様子のイヴェリンがため息を一つ吐くと、アダムスとオリヴァンに向かって口を開いた。
「すぐ準備にとりかかって。明日から遠征よ。」
軍事大国グラニス帝国は非道な文化が取り沙汰される事が多いが、食物が育ちにくく常に国民が飢えてきた歴史的背景から、太った身体は男性も女性も裕福な証として魅力的に見られる文化が根付いている。
つまり、超肥満体系のヘンリエッタはグラニス帝国において非常に魅力的な女性であり、高貴な身分の男性達からそれはそれは可愛がられ、ヘンリエッタとグラニス帝国の男性達はWin-Winな関係が成り立っていたのだという。
その結果、元々イヴェリン三人分ほどの大きさだったのがイヴェリン四人分ほどまで身体が大きくなってしまったらしい・・・というのが歩きながらイヴェリンから聞いた話だ。
現在アダムスとイヴェリン率いる第一魔法騎士団がいるのは、ルクレイン王国の首都グランセリアから南に下った大きな街道である。
グリフォンの一鳴きならぬイヴェリンの一声で、ヘンリエッタとの面会からすぐに準備に取り掛かり、一部の団員を残して宣言通り明朝には出発となった。
道のりを進みながら話すのは、やはりヘンリエッタ王女の事である。
「まぁヘンリエッタ様が大きくなろうが小さくなろうが俺には関係ないから別にいいんだが・・・。良い関係が築けてたのなら、なんで帰されたんだ?」
歩くのが早すぎて、フェルザード達が乗った馬車を置き去りにしないよう後ろを振り返りながらイヴェリンに聞いてみる。
ちなみにフェルザードは出発してすぐに馬車酔いになり、非常に大人しい。
何故人力の神輿は平気なのに馬車で酔うんだ・・・?
「言ったじゃない。お偉いさん達が枯れ果てたのよ。」
「枯れ果てたって、お前なぁ・・・。」
「あっちに行った当初、食べ物が少ない事だけが姉さんは不満だったの。欲に忠実だから、食欲も我慢出来ないのよ。だから、作っちゃったの。」
「作った?何をだ?」
並んで歩いていたイヴェリンが、足元の石を拾い上げた。
「岩の国で、岩に張り付いて土の代わりをする大地苔。」
イヴェリンの手の中にある石が光って消えると、深緑のモサモサとした毛が生えたボールに変わっていた。
猛スピードで成長するその苔は数年かけて国中を覆うと、他国から運ばれてきた食べ物の種を芽吹かせ、苗の根を支え、木々の土台となり、様々な植物を育む大地となった。
ただの人質の王女が、建国当初から誰も成し得なかった悲願を叶えたのだ。
最初は半信半疑だったグラニス帝国の皇帝や貴族達も、国中に広がる緑を見てヘンリエッタを救世主だと褒め称えた。
しかし、その救世主が求めているのは賞賛ではなかった。
豊かな自然を手に入れ、これまでのように他国から奪う必要がなくなり、全く新しい政策と業務が山積みになり、国民が大喜びで日々勤しむ中。
対応に追われる皇帝大臣貴族達は、日々積み重なる疲労の中で救世主の夜の相手を余儀なくされた。
その結果、過労で倒れる者が相次いでしまい、多額の褒賞や金品と今後永久的にルクレイン王国への新略はせず、何かあれば全力で力になるとの約束を押し付けてヘンリエッタは返品されたのである。
「・・・まぁ、向こうの国民達が飢える事も無くなったんなら結構じゃねぇか。」
「まぁね。それは別に良いんだけど、性欲オバケのお相手探しをまたしなくちゃいけなくなったお父様は、帰国の報を受け取ってから残り少ない髪がさらに減って大変だったのよ?噂を聞いた貴族令息達は慌てて婚約者達と教会に駆け込むし。」
そういえば、最近街に降りた時に小さな教会でも人が並んでいるのを見かけたような・・・。
アレはこのせいだったのか。
一人合点がいって納得するアダムス。
「だから兄さんの言ってる通り、馬鹿オージが姉さんを引き取ってくれれば万々歳なのよ。姉さんも嬉しい、オージも王位を継げる、私もアダムスと結婚出来て、国同士も平和。全方位幸せになるわ!」
ヌアレス王子、言ってたか・・・?
一言しか言ってなかったような気がするが、兄妹間では通じるのだろう。
何か変なのが混じってたのは聞こえていないフリをしよう。
「しかし、いきなり遠征ってのは急だなぁ。ヘンリエッタ様は本当に見たのか?帰国する際に馬車の中から見ただけだろ?」
「そうよ。でも出たんなら、行くしかないじゃない?グリズリーレオンがいるなら、討伐しなきゃ!」




