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縁結び王女の復讐

作者: 江葉

番好きな人は読まないほうが良いです。



 グランディール王国のサラ王女が、番を見つける魔道具の開発に成功した。


 その噂は一昼夜にして世界中に広がった。


 特に獣人の国、ディスポランド王国では、驚きと喜び、そして多大な不信を持って、その噂を聞いていた。


 サラ王女と獣人には因縁がある。


 十五年も昔、サラ王女はディスポランドの王太子サファーに婚約を破棄されたのだ。


 結婚式の前日に現れた娘。祝賀のためにやってきた踊り子の一団に、サファーの番バーディアがいた。


 サファーとバーディアはたちまち運命の恋に落ち、サラ王女との婚約はその場で破棄となってしまったのだ。


 サラの不幸はそれだけではなかった。婚姻による同盟となるはずだったのに、獣人国の誰もが――宰相や外務大臣、国王でさえも、サファーの番が見つかったことを喜び、サラの味方にはなってくれなかった。


 獣人にとって、番と結ばれることは悲願なのだ。番と出会うことさえ奇跡といってよい。


 その番が現れたのだから、獣人国は喜びこそすれ反対するものは皆無だった。

 王太子となればなおさらだ。


 王族が番以外と婚姻を結ぶ際、『番殺し』と呼ばれる薬を服用する。

 王族の婚姻とはすなわち政略である。番にその政略を壊されないための措置であった。

 獣人と人間の婚約は、王族でなくとも法で保護されている。


 ところがサファーとバーディアが出会ったのは結婚式の前日。


 『番殺し』も法律も、サラ王女を守る前であった。


 こうしてサラ王女はグランディール王国に出戻った。

 同盟は破棄され、同盟を見越してディスポランド王国に進出していた店舗、事業、人員などもグランディール王国に戻らざるをえなかった。


 グランディール王国は、王族のみならず国民全員が、ディスポランド王国に激怒した。


 サラは姫というだけではなく、グランディール王国の誇りであったのだ。


 燃える炎のような深紅の髪、理知的な緑瞳。天使とも妖精とも謳われる美貌もさることながら、そのやさしさ、その賢さ、その勇敢さは全国民の知るところだった。


 特にサラは魔法においては百年に一人の逸材、といわれ、彼女の開発した魔道具はいまやグランディール王国のみならず、世界中で愛用されている。


 そんな王女をまるで罪人のごとく傷つけたディスポランド王国と、国交断絶に至ったのは、むしろ当然の流れであっただろう。


 サラ王女はその後、出戻りを恥じて引きこもり、魔道具開発に精を出していた。


 父王や兄王子たちに慰められても心の傷は癒えず、このまま王女として国に尽くしていきたいと言って、独身のままである。


 そのサラ王女が、獣人を助ける、番を見つけ出す魔道具を作り出した。


「このままでは、獣人にも人間にも不幸な結婚が繰り返されることでしょう。わたくしはもう、番による悲劇が起きてほしくないのです」


 サラ王女はそう言った。

 心やさしい王女殿下に、グランディール王国の民は涙を流したという。



◇◇◇



 番を見つけ出す魔道具『縁の糸』は、小指に装着するタイプの指輪型魔道具だ。

 番が生まれていれば、番まで続く赤い糸が装着者に見える。

 人間は番を感知できないため、獣人の番は必ず獣人である。


 番同士で結ばれる。獣人の悲願が叶う魔道具は、瞬く間に獣人たちに広がっていった。


 ただし、グランディール王国に国交を拒否されている、ディスポランド王国を除いてだ。


 ディスポランド王国、サファーとバーディアは、はじめのうちその噂を信じなかった。


 たしかにサラは魔法の天才だ。彼女の能力を欲して、ディスポランドから政略結婚を持ち掛けたのだ。疑うべくもない。


 獣人は身体能力には優れているのだが、魔法に関しては極めて低い。魔力が少ないだけではなく、そもそも魔法の素質が低いのだ。


 なので便利な魔道具があっても上手に使いこなせなかったり、力が強すぎてうっかり壊してしまったりと、そういうトラブルが後を絶たなかった。


 サラの優秀な血を王家に、ゆくゆくはディスポランドに浸透させ、魔法においても才を出す。そのための政略結婚であった。


 代わりにグランディール王国は有事の際に優れた軍の協力を得る。これはなにも戦争だけではなく、天災による人命救助や復興も含まれていた。


 さすがに他国に軍を常時駐留させるわけにはいかないので、技術者だけを教官として派遣していただけだったが、国交断絶により彼らもディスポランドに返されている。


 番という、素晴らしい運命を感じることもできない蛮族の娘。ただ魔法が使えるにすぎない人間の娘が、なぜ番を見つける魔道具を作り出すことができるのか。


 完全にサラを見下していたサファーたちは、そう言って信じなかった。


 それで現在、こんなことになっている。


 何度も何度も書状をグランディール王国に送り、送り返されること数年。使者は国境を越えることもできず、他国を頼ってもグランディール王国に配慮して融通してもらえない。他国の獣人は番探しに来るが、『縁の糸』は一人につき一つの魔道具なので、転売すら断られていた。『縁の糸』は装着者が番を発見し結ばれると、祝福するように光となって消えてしまう。どうあがいても、ディスポランド王国が『縁の糸』を得るにはグランディール王国と国交を再開するしかなかった。

 焦り、泣きつき、恫喝し。苛立つサファーを宥めること数年だ。ようやくグランディール王国とディスポランド王国の会談が成った。


 会談には、二国の外務大臣だけではなく、サラ王女も同席した。


「頭を上げてください、ルールー卿」

「は……っ」


 ディスポランド王国外務大臣ルールーが頭を上げた。


「お久しぶりです。健勝でありましたか」

「サラ王女殿下も……」


 ルールーは言葉を詰まらせた。健勝でなどあるものか。『縁の糸』ができてからというもの、なぜ我が国では買えないのかと国民の突き上げがひどいのだ。

 だが、恨みがましくサラを見ることはできなかった。


 サラ王女もまた、同じくくたびれていたからだ。


 十五年以上の歳月が流れ、さすがに歳を取っている。美貌にはやや翳りが現れ、髪に白いものが交じっていた。

 公式の場であるために身なりは取り繕っていたものの、疲労は隠しきれていなかった。


「王女殿下も……ご健勝でなによりです」


 そう言うしかなかった。グランディール側は外務大臣だけではなく事務官、書記官、護衛まで揃って全員が今にも切りつけんばかりの目をしているのだ。


「ようやく、ディスポランド王国との国交が回復されるのですね」


 サラ王女は涙ぐんですらいた。


 えっ。ルールーは思わずグランディール外務大臣を見た。

 大臣はいかにも憤懣やるかたない、といった表情で、


「本日の会談は、サラ殿下たってのご希望です」


 ルールーは信じられない思いだった。


 しかしすぐにあの時も――あの婚約破棄の時も、国益を考えるよう、サファーに説いていたことを思い出す。ルールーはまだサファーの側近の一人にすぎなかった。

 あの時は王太子に番が見つかった喜びで、水を差すことを言うサラに苛立ったが……ルールーはようやく、サラに申し訳ないことをしたと罪悪感を抱いた。


 ディスポランド王国に『縁の糸』が輸入されないのは、どうせサラ王女の嫌がらせだとさえ思っていたのだ。ルールーだけではなく、ほとんどの国民がそう思っている。


「王女殿下……」


 サラはさっと涙を消すと微笑み、うなずいた。


「わたくし、もはやこれ以上の軋轢は必要ないと思いますの」


 誰よりも苦しかったはずのサラ王女が言うのだ。グランディール王国は渋々ながらも会談の場を用意するしかなかった。


 結婚式の前日に、人生でもっとも幸福であるべき日を目前にして踏みにじられ、石を投げられ唾を吐きかけられながら追い返されたサラ王女の慈悲に、ルールーはついに膝をつき、頭を擦りつけながら咽び泣いた。


「申し訳……っ、申し訳ありません!!」

「ルールー卿」


 サラ王女自らが立ち上がり、蹲って泣くルールーを慰めた。


◇◇◇



 会談の場はグランディール王国側、ディスポランド王国との国境にある辺境伯の城で行われている。

 王宮と比べると質実剛健、といった勇壮な城である。サラ王女が命からがらといった風情で辿り着いたのもこの辺境伯領だった。


「もう良いのです。もうこれからは、番によって不幸になる者はいなくなります。いいえ、幸福な者が増えるのです。番こそ幸福の象徴。獣人の国は無理をして人間と婚姻をする必要はなくなるのですから」


 サラ王女のディスポランド王国入りは、婚約が決まってすぐ、結婚式の三年前だった。

 サラは十五歳。獣人国に慣れるためと、王太子サファーとの交流のためであった。


 そしてなによりサラには目的があったのだ。


「サファー殿下は番に強い憧れを抱いていらっしゃいました。わたくし、見つけてさしあげたかったのです」


 そう、番の研究。こればかりは獣人の協力を得なくてはできないことである。


「サラ王女殿下、それは……」

「思いがけず、殿下の番は見つかりましたけど……わたくしが甘かったですわ。番への愛があれほど強いとは、予想していなかったのです」


 サファーの場合、憧れなど生温い。執着、執念というべきだろう。


「……王族は、番ではない者と結婚する時、『番殺し』を飲みます」

「……ああ、それで……」


 少し考えてからサラは理解した。


 『番殺し』は番との運命、絆を断ち切る薬だ。永遠に、たとえどこかで番と出会ってもわからなくなる。

 それはもちろん飲んだ者だけの効果だ。番はサファーが番だとわかる。わかってしまう。そしてサファーとの運命がすでに断ち切られていると知れば狂死するだろう。


 番とはそれほどのものなのだ。会わずに済むのなら良い。だが会ってしまえば耐えられない。


 サファーはそんなもしもに期待し、恐れていたのだ。


「サファー王太子殿下はわたくしを表面上、とても丁寧に扱ってくださいました。政略をわかっておられると思っておりましたの……」


 だがあの瞬間、サファーは王太子からただの男に転がり落ちた。今も落ちたままだ。儘ならないすべてをサラのせいにして、逃げている。


 番とはいえ平民の踊り子が王太子妃で国は大丈夫かと不安になるが、前例があるため、妃の側近は仕事のできる貴族婦人で固められている。

 彼女たちは番婚の王太子夫妻を祝福していて、バーディアを蹴落とそうとするものは一人としていなかった。つまりはサファーと同類だ。


 ルールーは俯いた。獣人にとっての番を、人間のサラ王女が完全に理解できるはずがなかった。獣人の中でさえ、番なんて理性を無くさせる悪魔だと軽視するものがいるのだ。番と出会っていなければ、番は憧れか舐めてかかるかの二択だった。そして舐めている者のほうが、いざ番と会うとすさまじい執着を見せる。


「政略をわかっていなかったのは、わたし共も同じです」


 ルールーの言葉にグランディール外務大臣が溜息を吐いた。愛に狂った愚か者め、ようやく愛だけでは食っていけないと気づいたか。



◇◇◇



 ルールーを落ち着かせて、国交回復の会談がはじまった。

 とはいえすでに決まっているようなものである。


 サラ王女との婚約破棄後、ディスポランド王国の国力は急速に衰えていった。

 グランディール王国だけではなく、人間を王とする国のほとんどからそっぽを向かれたのだ。


 無理のない話だった。獣人と人間との結婚は、まず番の存在で揉める。

 過去には番が現れたことで、邪魔な妻子を捨てたり、酷い時には殺害、あるいは売ってしまった獣人がいた。

 反対に、番と結婚していた配偶者と、その間にできた子供を殺すケースも多々あった。


 獣人との結婚などとんでもない。獣人の語る「愛」ほど信じられないものはないと揶揄されたほどだった。


 人間の国から抗議を受け、獣人の国で人間との結婚に関する法律が制定されて百年ほど。ようやく自然と受け入れられるようになってコレである。やはり獣人とは信用すべき相手ではないという流れになるのは当然だった。


 しかもサラ王女は「まだ結婚していないから」という理由で何の保証もされず、謝罪もなかった。

 一国の王女に対するディスポランド王国全体からの無礼。これで友好的な関係を結ぶ国はどこにもないだろう。


 ディスポランド王国は農業国だ。国民が飢えることはない。だが、生活水準は格段に下がった。

 サラ王女の輿入れに伴ってやってきた、生活に役立つ魔法と魔道具。血の気の多い獣人が喧嘩で怪我や骨折をするのはしょっちゅうで、全治三か月を瞬く間に治す回復魔法は大変有難られた。

 また獣人は大食いで、食料品は毎日大量に買い込む。重量軽減と拡大魔法が付与されたバッグは生活に欠かせないものとなった。

 他にも冷保存庫や、火も水も使わずに料理ができる調理器、畑の雑草を自動で刈ってくれる草刈り魔道具。


 魔道具は耐用年数までは魔法が持つが、それが切れると魔法も効果が切れる。新たに魔法を付与する必要があるのだ。

 まして力の強い獣人だ。ついうっかり、乱暴に扱って壊しても、買った店に持っていけばすぐになんとかしてくれた。


 それらすべてがなくなった。保証期間内であっても店はなく、グランディール王国とは国交断絶で修理ができなくなったのだ。


 一度、楽を覚えてしまえば後戻りできないのは人間も獣人も同じである。

 サファーに番が見つかったのなら番と結婚するのが当然。とはいえそれはそれ、これはこれ。不満は徐々に、だがたしかに、溜まっていったのだった。


「一度はディスポランド王国の王太子妃、ゆくゆくは王妃として、骨を埋める覚悟でしたもの。ディスポランド王国の現状は、本意ではありません」

「サラ殿下」


 グランディール外務大臣の呼びかけに、サラはゆるゆると首を振った。困ったように微笑む。


「大臣、もう何度も話し合ったでしょう」

「しかしっ」

「わたくしを思ってのこと、大変嬉しい。けれど、国益を考えるならば、いい加減国交を再開するべきです」


 サラはきっぱりと言った。


「皆が、国民がわたくしを守ってくれました。わたくしに傷など、ついていないのです。ならば今度はわたくしが、王国のすべてを守る番です」


 凛としたサラの姿に、大臣たちはただ頭を下げた。



◇◇◇



 サラ王女が一言でも良い、「嫌だ」と言ってくれたなら、ディスポランドの要求など頑として撥ねつけ、何があってもサラ王女をお守りしたのに。


 他でもないサラ王女が「許す」と言うから、大臣も国民も、悔しさを憤りを涙と共に呑んだのだ。


 グランディール王国とディスポランド王国は、まさに一触即発の状態だった。


 グランディール王国にしてみれば、自分たちの自慢の姫様を傷物にしやがって。ふざけんじゃねえこの犬っころ。

 ディスポランド王国は番の素晴らしさを知らぬ蛮族ごときがいつまでも根に持ってんじゃねえぞ。やんのかオラ。


 魔法のグランディールと力のディスポランド。周辺国はグランディール寄りだが戦争はどう転ぶかわからないものだ。

 なにより、こんなつまらないことで国民を危険に晒すなど、サラは王女として、許せなかった。


「サラ殿下……」

「殿下……」


 グランディールの者たちは、思わず涙ぐんだ。我らの姫君の、なんと気高くおやさしいことか! 見ればディスポランド側も感激に身を震わせている。


 グランディールが譲歩してくれなくては、サファー王太子は開戦に舵を切っただろう。このままでは、サファーは戦争と共に王座に就くことになる。


 暴君の誕生だ。


 『縁の糸』どころの騒ぎではない。獣人対人間の構図が完全にできあがってしまう。


 もちろん、ルールーとてそう簡単に負けるとは思っていない。


 だが、番を見つけ出す魔道具を作り出したサラ王女が、他にも切り札を持っていたら。いや確実に持っている。魔法を道具に込めることができるのだ、もっと広い範囲の魔法や薬を作ることだって可能だろう。


 番は獣人の急所である。そんな存在を人質に取られたら、手も足も出せない。

 敗戦は濃厚なのにサファーは理解せず、和解ではなく恫喝で『縁の糸』を手に入れれば良いと豪語していた。


 サファーは焦っているのだ。今まではサラのせいにして国民の不満をやり過ごしていたが、そのサラが獣人のために魔道具を生み出した。なのに、それがディスポランドでは手に入らない――ディスポランドで持っているのは、番を探しに来た他国の獣人だけだった。


 会えば確実に番だとわかる。『縁の糸』の、その効果が、本物であると証明していた。


 ルールーによる懸命な懇願とサラ王女の後押しにより、グランディール王国とディスポランド王国の国交は再開された。



◇◇◇



「それで、慈悲深き我が妹、獣人族の女神様。何が目的だったのか、そろそろ教えてくれるかい?」


 国交を再開してもすぐに友好国、同盟国になれるはずがない。商取引と人の出入り制限が一部解除されたにすぎなかった。


 それでも『縁の糸』が手に入ること、サラが開発した獣人用の頑丈な魔道具がディスポランド王国に流れたことで、グランディール王国サラ王女の名誉は回復した。


 いわく、


 ――かつて番によって婚約を破棄され、まるで唾棄すべき存在が如くに打ち捨てたディスポランドにも救いの手を差し伸べる、いとうつくしき慈悲深い王女。


 ――番との絆を結びたもうた、獣人の女神。


 サラ王女の名と共に、グランディール王国の名もまた上がったのである。


「まあ、お兄様。まるでわたくしが何か企んだようなおっしゃりようですわ」


 王族のみの晩餐の席。両親にして国王と王妃、兄の王太子と兄の妻である王太子妃とその子供たち。

 彼らだけではない、臣籍に降った第二、第三王子とその妻子も同席していた。


「当然だろう。ディスポランドから帰ってきて、獣人どもを絶滅させてやると息巻いていたのは誰だ」

「わたくしですわね」


 若かった日の傷口に触れられても、もう胸は痛まない。

 それに満足して、サラは赤ワインに口をつけた。


「しかもその後研究室に引きこもりましたね」

「降るようにあった縁談を切っては捨て切っては捨て。下心のある者も多かったですけれど、本気のお方もおりましたのに」


 第二王子と第三王子が王太子に加勢する。彼らはサラの兄ではあるが、すでに臣下として降っているため、口調は丁寧だった。


「殿下。我らは殿下についてゆきますわ」

「その覚悟を持って、こちらに参りました」


 彼らの妻が付け加えた。

 サラが何をしたとしても、家として応援する。死なばもろともの覚悟を見せられ、サラは白状せざるをえなくなった。それほどのことをした自覚もある。


「……番を見つけ出す『縁の糸』は本物です。獣人特有の、彼らは「匂い」と言っていましたが魔力でしょう。魔力に反応して導くものです」

「番の魔力が惹かれあうのか?」

「いいえ」


 サラは笑った。妖艶な笑みだった。


「逆です。惹かれてはならない――結ばれてはならないからこそ、反応するのです」

「……うん?」


 王太子は虚を衝かれた顔になった。


「しかし……番は」

「ええ。我を忘れ、理性を失い、番のこと、番のためにしか動けず考えられなくなりますわね」


 フッ。サラが鼻で笑った。


「そのような相手、普通は避けるものでしょう? 自分を無くすのですから」


 たしかに……。第二王子がうなずいた。


「では本来は避けるべき相手だということですか? ディスポランドの王太子夫妻はたいそう仲睦まじいと聞きますが」

「根拠はあります。番同士の夫婦は、子が極端に生まれにくいのです」


 楽しさを抑えきれないとばかりに肩を揺らすサラとは反対に、王太子たちの顔から色が消えた。

 そして、国王を見る。王は重々しくうなずいた。


「事実だ。獣人国の王となる者は、例外的に番を得た王を除き、全員が人間と婚姻している」


 王妃がそっと補足した。


「特に魔力に自信のある者、つまり王族は番との婚姻では子に恵まれません」


 番と結婚した王には子ができず、王弟や王妹の子が次代の王となった。


 稀に子ができることもある。だがその子は獣人でありながら体が弱く、たいてい成人できない運命にあった。

 獣人の間では、番同士に子ができないのは、それだけ愛が深いからだとされている。

 我が子といえど、自分と番の間に割り込んできた異物。それが子どものあつかいだ。体が弱いのも、長く生きられないのも、むしろ当然であった。


「おかしいではありませんか。運命の番なのに、なぜ子ができないのでしょう? 理性を失うのでしょう? 恋だなんてとんでもありません! 恐怖ですわ。目をそらすこともできない恐怖。本能が恐怖を遠ざけようと、恋だと錯覚させているだけなのです」


 ようするに吊り橋効果だ。生存本能が忌憚するべき相手を恐怖の対象ではないとすることで危機から逃れようと信号を出す。目の前に現れた悪魔に服従するようなものだ。一度屈してしまったから、引き離そうとする者を攻撃する。自分の正当性を守るために。素晴らしき勘違いである。


 くすくす。笑うサラはもう三十を過ぎている。

 十五の歳でディスポランドに行き、婚約期間の三年を過ごした。

 十八で出戻り、以来ずっと、魔道具の開発に心血を注いできた。


「……絶滅させると言ったのは、本気だったのだな」

「いやですわ、お兄様。それは言葉の綾というもの、絶滅などできませんでしょう」


 笑うサラ王女は少女の頃と変わりなく見えた。無垢で愛らしい美貌そのままだ。


「だって国ですもの。いずれかの王族が人間を娶って存続していきますわ」

「しかし、番はどうする」

「『縁の糸』は番へと続く糸が見える魔道具。ええ、不幸な結婚を防ぐための」


 そこでサラは一拍置いた。


「切れるんですの」

「えっ?」

「番に繋がる糸は、自分で切れるのですわ」


 運命の番、最愛だと信じている自分の幸福な未来を、自分の手で断ち切る。

 『番殺し』と違うのは、たとえ出会って番だと思っても繋がる糸が見えないことから、一目惚れや錯覚と判断できることだ。視覚化したことで「気のせい」にしてしまえる。むしろ紛らわしいと怒るかもしれなかった。



◇◇◇




 国王、王妃、王太子、王太子妃は瞬時に為政者の顔になった。国と血統を守るために自分の幸福を差し出す者こそ王であり、貴族である。


「それは」


 蒼褪めたのは第二第三王子とその妻子だ。愛する家族を失うことを思ったのだろう。人として正しい。


「ええ、絶滅などさせませんわ。獣人たちにはぜひ、愛とは本能ではなく、互いに育ててゆくものだと教育してさしあげましょう」


 どこまでも優雅に、やわらかく笑うサラに、王太子たちはうなずき、第二王子たちは気を引き締めた。


 サラ王女の慈悲は、獣人の幸福を思ってのこと。番との出会いこそ彼らの最大の幸福なのは、間違っていない――今は、まだ。

 本能が発した警告を、恋だと錯覚したのは獣人たちである。サラではない。


 やがて獣人たちは気づく。番のことばかり考えて、次代がいなくなっていることに。

 そして、人間に頭を下げて懇願するのだ。結婚してください。子どもをください。愛してください、と。


「……なるほど。では獣人との婚姻は、自国内に限るとしたほうが良いな」

「そうですわね。我が国にも獣人はいますが、番を選ぶ場合と人間を選ぶ場合の新たな法整備をしていきましょう」


 王太子と王太子妃が言った。獣人であれど自国民なら守るべき対象だ。たとえ番を選んでも、働いて税を納める者ならば、保護してしかるべきである。


「あ、そういうことですか」

「国益というのは建前ではなかったのですね」


 第二第三王子の妻子がどういうことですかと聞く。父の顔になった二人が小声で教えていた。

 サラを捨て、番を選んだサファーには味わえない幸福がここにある。


 現在ディスポランド王国は、人間の国からそっぽを向かれた状態にある。

 これから再び、しかし緩やかに、グランディールの人と物が流通してゆく。


 次代がいない以上、グランディールがディスポランドに食い込むのは容易いだろう。

 そして、子を作るために、人間との結婚を選ばざるを得なくなる。


 その頃には法整備が成立しているだろうし、結婚前に『縁の糸』を使って番との縁を切ることが絶対の条件となっているはずだ。


 獣人は絶滅しない。


 代わりに番の存在は種の存続を危うくする悪魔のごとき扱いになる。グランディールの王女を捨てて番を選んだサファーは、きっかけとして語り継がれてゆくだろう。

 どちらが正しかったのか。その証明を歴史がする。


「……グランディールに獣人が流れ込み、逆にグランディールの人間がディスポランドに入り込む。利権と土地と地位もグランディールが乗っ取るんだ。これはそういう長期の計画なのだよ」

「王女殿下の愛がディスポランドを、ひいては獣人を支配する。そういうことなのだよ」


 父親の説明に子供たちが称賛の眼差しをサラに送る。サラは面映ゆい気持ちになった。


 戦争だけが、国を攻めとる手段ではない。戦わずして勝つ。これこそが最良の勝利である。


 ――番との運命を理解できぬ哀れな蛮族の娘。さっさと消えろ。


 かつてサファーに言われたセリフが脳裏に蘇る。三日三晩続く華燭の典。ディスポランドの花嫁衣裳を身にまとったサラと対峙するバーディアは、煽情的な踊り子の衣装。百獣の王の爪と牙がサラに向けられていた。

 本能のまま、番を否定するサラに喉を鳴らして威嚇していた。怯える猫のように。


 三年間。二人で育てていた愛は、その一言で摘み取られた。しかし枯れずに根が残った。


 やがて咲き誇る。


「……わたくしの愛、どうぞ味わうが良いわ」


 サラが育てた、復讐の花が。




グランディールは「契約」でディスポランドが「破棄」。

サファーはライオンの獣人でバーディアは鳥の獣人です。番同士の結婚で出生率が低いのは、元の種族が違うから。ライオンと鳥じゃ繁殖できないよねってオチ。たまに生まれる番同士の子どもはたまたま種族が同じだったから。長生きできないのは、自分以外の異性を愛する番に嫉妬を抑えきれず虐待してしまうからです。息子なら夫が、娘なら妻が。


ハイファンタジーか異世界恋愛かその他かジャンルで悩んだのですが、サラはサファーを愛まではいかずとも感情を育てていました。根底にはそれがあります。

自分の夢とサファーの幸福。結果的にサファーの「番と結婚するのは無上の幸福」は獣人たちに広がり一般的になっていきます。やがてグランディールと同盟を結び、さらに番婚が広がるでしょう。自分は間違っていなかった、と確信し、得意の絶頂でサファーは王となり讃えられて死んでゆく。

おかしいな?と思われるのはサファーの晩年でしょう。サラは幸福なまま、サファーに死んでほしいのです。サファーに捧げる幸福がサラの復讐の花であり、実をつけ収穫するのは後でいい。気が付いた時にはグランディールがディスポランドのほとんどを支配していて、取り戻そうとしてももう遅い。その頃にはサラも死んでいるでしょうがそれで良いのです。

愛する男に至上の幸福を。それが、サラの愛でした。なのでこの話は恋愛ジャンルで。

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― 新着の感想 ―
番自体あまり好きなジャンルではないが(他の人がコメントしたと思う、理屈が分からないとか)こういう設定で納得した。まぁ、作品ごとに獣族同士限定だと違う形になるし、そもそも番の話で必ず説明を入れるのも避け…
面白かった! 番だからで決着するお話が苦手なので、これは!と拝読しました。 うん、サラはかっこいい。
サラのような女が大好きです。 サラのようなキャラを生み出せる作者様、神
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