8.聖女の疑問
明確にはまだ教わってないけど、なんとなく神力の使い方は想像できるようになってきた。結局これは魔法のような呪文を唱えてどうこうするものではない。
どちらかと言うと超能力的な感じだろう。まあどちらにしてもフィクションで見聞きしただけの知識しかないし、今は適当に試せそうなことをしてみるだけだ。
目にしたことがあるのはこの離宮にいる全員が使っている水属性の力だが、これはどうも水が手元にないと何もできないらしい。
と言うより基本的に神力と言うのは無から有を生み出すわけではなく、あるものを別の物へ変化させることが基本だと思われる。
私が神力を発動できたのはあの最初の日以来一度もないのだが、それはやり方がわからない以前に属性がわかっていないことと、条件がそろっていないことだと考えていた。
水に対しては特別なんの感覚も持てないし、触れてもゆすっても念をこめてもなにも起きない。ほかの属性だと火と地と鉄があるが、それもいまいちピンとこない。
あとは過去に一人しかいなかったと言う光属性なのだが、私はこの光属性を持っているような気がしている。
聖女だと持ち上げられて調子に乗っているわけではなく、朝日を浴びるとなんだか妙に力が湧いてくるとか、頭の上に何かが降ってきている感覚を持つからとか理由はいくらでもある。
それに今までに確認されたその一人と言うのは、過去の聖女なんじゃないかと思ったのだ。それについてリヤンたちに聞いてもよくわからないとはぐらかされてしまうし、ルカ統括なんてあからさまに話をそらそうとするのだ。
それにそもそも私が呼ばれた経緯がそれを証明している。現在、天から降ってくる神力を大地へ繋ぐ力が弱まり、世界中の神力全体が低下していると言っていた。
この世界に住んでいる人たちは全員が神力を持っているわけではなく、なくても生活していくことはできるのだろうが、それこそリヤンたちをはじめとする水属性の浄化術によって街は清潔に保たれていて病気も少ない。
地属性の術は建築や治水に役立っているし、火属性と鉄属性は農機具をはじめとするいわゆる工業製品を作ることに利用されていると聞く。つまり神力は一般庶民の生活にも広く活用されていてなくてはならないものだ。
現代でいえば電気や水道のような生活基盤に近い扱いなので、なければないで何とかなるなんてとても言えるもんじゃない。
こっちに来て一週間くらいは、手元にスマホがない違和感でおかしくなりそうだったし、今でもいつの間にか無意識に手のひら見てるくらいである。
「どうかされたのですかアキナさま? 朝食が足りなかったとか? それとも食後のミルクでおなか痛くなっちゃいましたか?」
「だからウチはそんな子供じゃあ・な・い・の! まったくもう、リヤンだけじゃなく最近はセナタまでウチのこと小さい子扱いしてるでしょ……」
「そんな失礼なこと思っておりません。ただ、絶対に逃がさないよう目は光らせていますからね。部屋の扉には探知の術がかかってますし、廊下も同じです。いくら策をめぐらせても無駄ですからあきらめてください」
「そんなのわかってる。だから制限が解かれるにはどうしたらいいのかを考えてるんじゃない。暇なら一緒に考えてよ。セナタだっていつまでも遊びに行かれなかったらつまらないでしょ?」
「それはその通りですが…… なにか案があるのですか? 統括に怒られないような方法でお願いしますよ?」
「結局はさ、ウチが神力を制御できればいいわけじゃん? だから使い方を学ぶのが一番手っ取り早いと思うのよ。でもルカ統括はいつまでたっても教えてくれないし、暴発しない方法を考えてるようにも思えないじゃん」
「それは調べても属性がわからないから仕方ないのではありませんか? いつだったかダメもとで鉄属性の職人長に来てもらってもダメだったじゃないですか。でも水、火、地、鉄のどれにも当てはまらないなんておかしいですよね」
「そこでウチはピンと来たわけ。きっと光属性なのよ。大昔にいたって言う光属性の人は聖女なんでしょ?」
「いや、それは…… 私にはわかりません…… 統括に聞いてください……」
「またそうやってはぐらかすんだから! ホントは知ってるんでしょ! 大人しく白状なさい!」
「そんな、ダメですよアキナさま、いい子だから大人しくしてください。興奮して暴走したらどうするんですか!?」
「ウチはいい子じゃない! いい子にもならないの! 悪い子になってここから出るんだからね! 知らなくてもいいから神力の使い方を教えなさい!」
私は顔を真っ赤にしてセナタを追いかけまわした。もちろん本気で怒っているし、知ってることを聞き出すつもりで走っている。
それなのに追いかけられている当人は楽しそうに振り返り、追いつきそうになるとまた逃げていく始末だ。
「はあ、はぁ、ぜぇ、ぜえ、もうムリぃ……」
「今日もいっぱい追いかけっこしましたね。はい、お水どうぞ」
ぐるぐると部屋の中を逃げ回っていたはずのセナタは息を切らす素振りもなく、目の前へ座ってカップの水を差し出してくれる。
直前に少しだけ凍らせているのでキンキンに冷えていて心地よく、私は半分ほど飲んでから息を整えようと深呼吸をした。
その様子をにこやかに眺めていたセナタは、座ったままで私を持ち上げ自分の膝の上へと座らせる。誰がなんと言おうとこれは完全に子ども扱いだ。
こんな赤ちゃんみたいに屈辱的な扱いをされても、水の入ったカップを両手で持っているためもがくこともできず、ようやく息が整ったくらいなこともあってされるがままである。
「あのさ? いつも思ってるんだけど、アンタたちって若い割りには子供の扱いに慣れていると言うか、まるで子持ちのお母さんみたいなとこあるよね」
「ああ、それはですね。聖女さまのお世話をする係を選定するにあたって、妹がいることが条件だったんですよ。それで神官見習いの中から私たちが選ばれたのです。他にも候補はいましたけど優秀さで勝ち取った栄誉ある職務なのですよ?」
そう誇らしげに説明してくれたセナタを見ながら、私は微妙な違和感を持ったのだった。